表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/46

戦争の始まり (14)

 ハイドが言葉を出せるようになったのは、目を覚ましてから一週間後だった。無理に話すと傷口が痛む。しかし、ヨシノと大切な話をするためには、この痛みを我慢しなければならなかった。


 「……そういえば、話すの忘れていたんですけど」


 「そうですね。もうこんな時期になってますし」


 ヨシノはそう言って窓の外を見る。ハイドが寝ていた間に、積もっていた雪はほとんど溶けて、春はすぐそこまでやって来ていた。この時期が来ているということは、ヨシノと話さなければいけないことがある。そのことをしっかりと憶えていたため、ヨシノが始めた話題を聞き流すことはできなかった。


 「僕がぶっ倒れていたせいで全然協力できなかった。……それでどうなったのかな?」


 一ヶ月が経っても、戦闘による重傷者の多くはハイドと同じように救護所生活を送っている。ハイドはまだ回復が早かった方らしく、中には意識を回復していない人もいるという。ベッドの数が足りていない弊害で、ハイドは地下ではない場所で生活している。ヨシノは、そんなハイドとほとんど一緒に過ごすような形で世話をしていた。


 ハイドとしてはヨシノの世話はとてもありがたい。しかし、ヨシノのことをこのまま束縛させておく訳にもいかない。ヨシノもそのことを理解していて、最初は照れくさそうにしてその後は息を小さく吐いて困った様子を見せた。


 「……本当は、店長が寝ていた間に新しい仕事についての最後の話し合いをすることになっていたんです」


 ヨシノは呟くように話す。ハイドはもしかしてと冷や汗をかいた。


 「その話はなかったことになりました。……どうしましょう?」


 困ったように笑うヨシノは、ハイドが今までに見たことがないほど綺麗な顔をしていた。その瞬間は、そんな顔をするヨシノにどのような反応をすれば良いのか分からなかった。しかし、時間を無駄にはできない。自分がもたらしてしまったかもしれない罪深い過ちについてハイドは口にした。


 「もしかして……僕のせいでそうなった?」


 気を失っていた間の出来事など、ハイドには関与できないことである。そのため、ヨシノがその時にどんなことを考えていて、どんな気持ちで行動していたのかを知ることは叶わない。大怪我を負ったハイドを気にしてヨシノが自分の人生を犠牲にしていたのであれば、ハイドはヨシノに謝罪するどころの話ではなかった。


 しかし、ハイドがそんなことを心配して食い気味に問いかけると、ヨシノは慌てて両手を横に振ってそれを否定した。


 「違うんです。店長は全く関係ないですよ。……街であんなことがあったせいで、私に話をしていた方の事業にもかなり被害が出てしまったらしくて、人を雇う余裕がなくなってしまったんだそうです。……それで途方に暮れているような状況で」


 ヨシノはハイドに説明して、今度は申し訳なさそうな顔をする。ヨシノとしては、ハイドにこんなことを報告することは不本意であると考えているのかもしれない。しかし、ハイドはその話を聞いて、大きく息を吐いて安心することができた。ヨシノが自分に対して何か心の奥に不満を持っているのではないかと、ハイドは思ってしまっていたのだ。実際は持っているのかもしれないが、認識できる範囲でそのようなことはないと判断できてハイドは純粋に嬉しく感じた。


 「……なんだ、そんなことか」


 ハイドはそんな自身の心の様子を隠すことなく、安心したことを口にしてしまう。それを聞いたヨシノは、ハイドに明確な不満を示した。


 「私は……困ってるんです。店長は私が自立できるようにと仕事を与えてくれて、半年間一緒に生活してきました。ですけど、こんなことになって半年間の意味が分からなくなってしまっています。それに、私は私のせいで店長をこんな怪我を負わせてしまうようなこともしてしまいました。……取り返しがつきません」


 「………?」


 「……事実だけを話すと、店長に相談すればどうにかなるとホウカさんに言われました。ですけど、私は本当はそんなことをしたくないんです」


 ヨシノの言葉は、今までで一番棘を持っているような気がした。少なくともハイドはそのように感じた。どうしてそんなことを考えるのか、どうしてそんなことを今のハイドに伝えたのか。知りたいことはたくさんあったが、ハイドは何も聞くことができないでヨシノのことを見ていた。


 「私は、曖昧なまま時間を過ごすことは良くないとずっと考えてきました。ですけど、結果はこの調子で、今は行く当てがなくなっています。ホウカさんの言う通りにしないといけないかもしれません。……それに店長のことが心配だということもあります。私のせいでこんなことになってしまったと言っても過言ではないんですから」


 ヨシノは極めて冷静に淡々と話をしている。ハイドもそんな雰囲気を守ろうとゆったりと聞いていたが、心の中では吹き荒れる暴風の対処ができていなかった。ヨシノに気持ちが知られてしまったのかもしれない。そんなことまで考えてしまう始末だった。


 ヨシノは真剣な顔をしている。その表情を作らせているものが何なのかは全く理解できない。どのように返事をして、どのようにヨシノが抱えている問題を解決すれば良いか、ハイドは真剣に考えた。


 この場に酒があればとハイドは本気で思う。何かの力を借りてヨシノに気持ちを伝えられれば、それが失敗したとしても後悔はしないかもしれない。しかし、勇気も度胸もないハイドにそんなことはできない。あくまでこれまで通り、一人の雇用主としてヨシノに提案をするくらいしかできそうになかった。


 「……きっと本当にどこかで仕事を見つけようとすれば見つかると思う。たくさんの人が怪我をして、たくさんの人が街を出て行った。そんな空白を埋めるために、きっとヨシノさんの知らないところで人手を欲しがっている店はいくらでもあると思う。きっとヨシノさんもそんなことに薄々気がついているんじゃないかな?」


 「それは……そうですね。実はこの救護所も人手を求めていました。入院している方を世話する人手がなくて困っているんだそうです」


 ヨシノは俯いて答える。つまり、ヨシノは少なくない代替案を知っているということである。それを選べていないことに、ハイドは何か解決の糸口があると思った。


 「僕のことは気にしないで良い。僕が怪我したのはヨシノさんが気にすることじゃないし、前も同じようなことがあったからどうしたら良いのかなんて分かってる。……気を遣われると僕の方が心苦しくなるよ」


 伝えたいことは正直に伝える。ヨシノはそれを聞いて何も反応しない。ハイドは言葉を続けた。


 「……ヨシノさんがこれからどんな道を選べば良いのかなんて、そんなの僕には分からない。それに、強制的に何かを要求することもできない。僕が雇用者としてヨシノさんのことを使役できる期間は、もう終わってしまっているからね」


 「……では、一人の友人としてどのようにすれば良いか教えてくれませんか?分からなくなってしまっているんです」


 ヨシノは弱々しい姿を見せる。ハイドはそんなヨシノのことを見て、なんとも言えない気分になった。ヨシノにはこの半年間で色々なことが起りすぎた。フリース共和国の一員となることで故郷を失い、新しい土地での生活はハイドと共同生活を強いられた。戦闘の中で混乱に巻き込まれ、頼る人が限定的な環境だった。ヨシノがどんな気持ちで生活していたのか、ハイドがそれを推し量ることはできない。


 だからこそ、自分がしっかりしなければならないとハイドは感じた。


 「もし、ヨシノさんがまたヘリー修繕店で働いてくれるなら……それほど嬉しいことはないかな」


 ハイドは言えるだけのことは言ってみる。ヨシノは求めていないかもしれず、ありがた迷惑だと感じるかもしれない。しかし、ハイドが最後にヨシノに対して言ってあげられることはこんなことだけだった。断られれば、次の案を考える手伝いをすればいい。


 「……店長は嫌じゃないんですか?」


 「嫌?どうして?」


 「そんな気がしていたんです。店長は優しいですけど、元々私と出会い方が良くなかったと言っていました。私もその通りだと思うんです。私はこれ以上店長に迷惑をかけたくないです」


 ヨシノはまた同じことを言った。ハイドが何度も訂正していたことである。しかし、このときのハイドは、間違っているといつものように言い退けさせはしなかった。


 「そうだね。迷惑という言葉は本当に便利だ。僕だって今、ヨシノさんにすごく迷惑をかけている。ヨシノさんもヘリー修繕店に働き始めて、色んな迷惑を重ねてきた。それは事実だから、ここにはっきりと断言しておく」


 途中から言おうとしていなかったことが口から出てきていると、ハイドは気付く。しかし、言ってしまったからには、言い切らないと形にならない。ここで止めてしまえば、きっとヨシノはどこか遠くに行ってしまうのだ。案の定、ヨシノは落ち込んでいるような顔をしていた。


 「でも、この前も言ったかもしれないけど、今のヘリー修繕店にはヨシノさんが必要だ。僕が必要としている。僕は大した人間じゃないから、いつもこんなことになる。ヨシノさんがいてくれて何度助かったか覚えていないくらいだ」


 「……気を遣わないで良いんです」


 「気を遣っているんじゃないよ。僕はヨシノさんにもう半年でも、それが無理なら一ヶ月単位でもいい。手を貸して欲しいんだ。これはなんていうか、優秀な人材を失いたくない……みたいな」


 威勢良く話し始めたはいいものの、言ったことを頭で復唱した時に恥ずかしさを通り越して頭が蒸発してしまいそうになる。そのため、最後は小さく声を萎ませてしまった。ヨシノは驚いている。ハイドのことを一点に見つめて、綺麗な瞳をハイドに見せつけるように目を見開いている。ハイドは自然とそのヨシノの瞳に吸い込まれた。


 「……困りました。そんなことを言ってくれるなんて」


 ヨシノは恥ずかしがっている訳ではなさそうである。しかし、口に出した言葉は震えていた。嫌がっている訳ではないかもしれない。そんな根拠のない可能性に気分を良くすると、ハイドは一言付け加えた。


 「……ヨシノさんと仕事をしている時は楽しかった」


 ハイドはそう言って笑いかけてみる。ほんのわずかな時間、ハイドは何を考えれば良いのか分からなくなる。こんなことを言ったのは気まぐれではない。そんな上手い言い訳はハイドにはできない。


 ただ、ヨシノは笑顔を見せてくれた。それが意味していることはすぐに伝えられる。


 「私もです。……私もなんです」


 ヨシノは嬉しそうにも見えて、恥じているようにも見える表情を作る。吸い込まれそうなその表情は今までに見たことのない新鮮なもので、これが人を好きになっているという証拠なのだろうとハイドは一人で考えた。ヨシノはそんなことを知らない。余裕があればヨシノの表情の意味を探ってみたかもしれないと、ハイドは暢気に考えた。


 ヨシノはその後、ハイドと話し合いをして再び半年間の契約を交わした。ホウカとアルはそんな結果を予想していたようで、それに対して何も言ってはこなかった。


 ヨシノに課せられた最初の仕事は、結局以前と一緒だった。ヨシノは怪我をして不自由になっているハイドのことを手助けして、できる範囲での仕事をヘリー修繕店で行う。


 対するハイドは、混乱する生活の中で小さな安定を手に入れた。ヨシノのあの時の表情は鮮明に脳裏に焼き付き、それを忘れない限りはその安定が崩れる心配はないと思えた。


 しかし、メンデレーという街は残念なことに、ハイドの小さな浮き沈みとは関係なく戦争に巻き込まれようとしている。ハイドたちはそれを理解しながら、将来の大きな展望を考えていかなければならなかった。

 この話で一度完結としますが、これはラフに書いているものなのでいつか続きを投稿できればと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ