戦争の始まり (11)
連続ではないものの、乾いた破裂音がハイドとアルを襲う。その一瞬は何を考えるでもなく、二人は男と一緒に建物の陰に隠れた。
「なんだあいつら!?お前の知り合いか?」
アルは隠れるなり男の胸ぐらを掴む。ハイドはそんなアルを落ち着かせて、陰から敵対者を確認する。しかし、顔を出そうとするなり発砲音が響くような状況で、まともな確認もできなかった。
「どうする?」
「どうするもこうするも逃げるしかないだろ!あんなの相手にしていられるか!」
ハイドの言葉にアルは即座に言い返す。ハイドらには荷物がある。今はこの男を連れて他の自警団員と合流することが最優先だった。
「とはいえ、どうやって動く?この道はもう使えないし、回り道をしたとしてもどこに他の奴らが潜んでいるか分からない」
ハイドはもう一度陰から覗いて状況を確認する。悪いことに、敵対者は確実にハイドらのもとに近づいてきていた。
「とにかく動くしかない。このままじゃあいつらに殺される」
アルはそう言って男を引っ張って移動することを進言する。ハイドもそうするしかないと考えていた。そんなとき、男はアルに抵抗して突然叫びだした。
「おーい!こいつらは戦えないぞ!急いで……」
「黙れ、この野郎!」
アルが叫ぶ男の鳩尾を殴りつけて黙らせる。しかし、男の声は確実に銃を持つ集団に届いているはずだった。
「急ごう!」
ハイドは危機感と焦燥感にあおられる。アルも慌てた表情をして、男を引きながら小走りで動き始めた。ただ、ハイドらに行く当てはない。
アルは道を選んで進み、途中で出くわした住民には注意を促して避難を呼びかける。ハイドが後ろに振り返っても、追跡者は確認できなかった。住民のほとんどはどこかの工場で爆発が起きたとしか考えていないようで、どこか余裕さえ見せている。しかし、起きていることがその程度のことではないと知っているハイドらは、せめて安全が確認できるまでは家の中に入って出てこないよう指示を徹底した。
二人は時間をかけて東地区から抜け出すと、そのまま西地区を進む。その途中で事態の収拾のために動員されていた自警団員と遭遇し、安堵感から二人はその場に座り込んだ。
「二人とも大丈夫か?……その男は?」
「こいつは東地区で爆破行為を行った張本人だ。丁重に扱ってこいつから話を絞り出してくれ」
アルは恨みも込めて男をその自警団員に引き渡す。ハイドも命を襲われているという感覚から一時的に逃れることができて、大きく息を吐いた。ただ、二人はこれから自警団長、もしくは他の誰かに指示を仰いで次の行動を取る必要がある。それに加え、知り得た情報を素早く共有する必要もあった。
二人は出会った自警団員らに敵が銃を所持していることを伝えて、直ちに自警団本部に戻った。そこでも、自警団をまとめていたニッケスに見てきた情報を説明した。ニッケスはその情報をもとに、自警団の行動を決定していく。ハイドらも装備を整えた後に、これから東地区へと向かうことになっている集団に合流した。
駐屯軍もすでに行動を開始している旨をハイドらは伝えられている。メンデレーでは数ヶ月前に同じような事件が起きて、大きな被害を受けた。今回の事件は前回と状況が似ていて、自警団はこれを未然に防げなかった。そのため、少なくとも被害をこれ以上出さないようにするためにも、駐屯軍と協力して敵の排除に乗り出していた。
「……聞く話によると、二人はよく事件に巻き込まれるみたいだな。前回の時も銃撃戦を経験したというし、侵入者の件にもかなり関わっているらしいじゃないか」
今回ハイドらが同行することになったグループのリーダーのタリューがそんなことを口にする。ハイドはそれを聞いて確かに高い頻度で事件に関与していると感じた。しかし、アルはそんなタリューのことを睨む。
「それがなんなんだ?」
「いや、疫病神なんじゃないかと思って。……それとも敵の一味だとか」
タリューはそんなことを言うと睨み返す。アルはそれを聞いて鼻で笑った。
「じゃあ、背中を見せないように気をつけていろ。知らない間に切られるかもしれない」
アルは皮肉を込めて言い返す。ハイドはそんな二人のやりとりを聞いて苦笑いを浮かべるしかなかった。
「冗談だよ。逆にそんな事件に巻き込まれていながら元気でいるんだから、お守り代わりになるかもしれない」
「お守りにするのはいいが、盾に使うのはやめてくれよ?」
タリューが笑って話したためか、アルも冗談を口にする。ハイドはとりあえず険悪な雰囲気にならなかったことを安堵した。
とはいえ、今は笑っていられるような状態ではないことは間違いない。少なくともアルは、戦うことになったとしてもそのための能力をある程度持ち合わせている。しかし、ハイドにそのようなものはなく、戦うことになれば怪我を負うことや命を落とす可能性は高い。
二人と同じ意思を持って活動しているはずであるが、ハイドの場合は不安要素が大きい。アルにも考えられることではあるが、今度は命を失うことになるかもしれないと考えてしまうことは仕方がなかった。
しばらく移動してから、ハイドらは指示された場所に到着した。ハイドらに求められている仕事は戦うことではない。事件が起きている場所から離れた地域で、住民の安全を確保することだった。戦うことは、完全に駐屯軍が担当することになっている。頭数をそろえた若干の訓練をしている集団には、そもそも戦いは荷が重すぎる行為だったのである。
ハイドらが入った場所は比較的落ち着いていて、遠くで起きている戦闘の小さな音を聞いているだけだった。住民は指示に従って家の中で待機してくれている。ハイドらは各住宅を急患が出ていないか見て回り、住民が困っていることを解決する。
担当している地区内で、ハイドとアルはペアを組んで異変がないか住民と接触して確認していく。東地区ではあったものの、このような事件が頻発すると東地区の住民の中でもハイドらのことを必要と認識してくれる人は増える。起きていることは決して良いことではないが、信頼関係が全くなかった人と徐々に関係を作っていくことができる状況は歓迎すべきだった。
「……しかし、あんたたちも大変ね。最近はこんなことばっかりで」
「まあそうですよね。街全体が辛い状態にあると思います」
ハイドは訪れた一つの家で、そこの家主の女性と玄関口で立ち話をする。アルはその間に周辺の様子を見回っている。
「あんたは修繕店のとこの……」
「ハイドです」
ハイドは女性が自分の顔を知っていたことに驚く。ヘリー修繕店の名はこの周辺で良くない意味で有名であるが、ハイド個人のことはそこまで知られているわけではないのだ。
「こんなことをしている場合じゃないほど大変なんじゃないの?こっちの人たちに虐められてて」
「はは……そんなことはないですけど」
ハイドは少し笑って否定する。東地区の人たちがヘリー修繕店へ駐屯軍を介して税金が流れていることを問題視しているのは、ハイドに私的な恨みを持っている人がいるからという一面もある。しかし、街の資金である税金の用途を真剣に考えることは当たり前で、意味を成しているのか分からない仕事へ税金が流れていることを否定的に捉えている人がいても、それはおかしな話ではなかった。
「ハイド、ここらは大丈夫そうだ。次の所に行こう」
見回ってきたアルが戻ってくる。ハイドはそれを確認して、話していた女性に別れを告げた。
「それじゃ、僕らはこれで。自警団か駐屯軍の人が来て、安全が確保されたことが知らされるまで家から出ないようにしてください。それまでは他の自警団員が回ってきたりすると思うんで、用事があるときはその人に伝えてください」
「ありがとう」
女性はハイドらを手を振って見送ってくれる。ハイドも手を振り返すと、そのまま次の場所に向かった。
「……案外いい人だったな」
「案外って何だ?」
「いや、自警団相手にこんなに親切に話をしてくれるなと思って」
アルはただそれだけのことを不思議に感じているようだった。ハイドはそれを聞いて馬鹿にすることはしなかったが、それでもおかしいことではないと感じる。東地区に自警団を好んでいない人がいることは確かだが、自警団がそのことを認めて誇張してしまっていることも、今のメンデレーの背景を形成してしまった一つの要因だとハイドは思っていたのだ。
「まあ、そうかもね」
結局、ハイドはそんな曖昧な言葉でこの話題を終わらせた。このことは今話すべきことではない。街に多くの考え方を持っている人がいてそのことで反発し合うことは、この街が平和に成り立っていることを前提として行われる。この街がなくなってしまえば、そんなことでいがみ合うことさえできなくなってしまうのである。
それからしばらく、ハイドとアルの仕事は同じことの繰り返しだった。ハイドはそうして任務を全うする一方、ヨシノのことを心配した。西地区で同じようなことが起きたという話は聞いていない。しかし、この事件は唐突に発生して、ヨシノに注意することもできない内にこんな所までやって来てしまっている。ヨシノはどこかから情報を得ているはずである。それでも、自分の口から話をして今のヨシノの様子を確認しない限りは安心できそうになかった。
そんなことを上の空で考えていると、アルはそんなハイドの感情の揺れを感じ取った。
「……なんだ、心配しているのか?」
「ん?まあね。駐屯軍がどんなことになっているのか分からないし、もしかしたら負けて僕らが馬鹿げた抵抗劇を繰り広げることになるかもしれない」
「また分かっていてそんなことを言う。違うって、今の今までヨシノさんのことを考えていただろ?そんな顔をしていた」
アルはハイドがごまかしたと感じたのか、そんなことを言う。しかし、ハイドにそんなつもりは全くなかった。ただ、自分がどんな顔をしていたのかは気になる。
「それはもちろん心配してる。こんなことになるとは思っていなかったから、戸締まりをしっかりするようにとかそういうことも言えなかったし」
「子供じゃないんだから、そんなこと言うまでもないだろ」
「でも、店という形を取っている以上、誰かが自由に中に入れることは確かだ。その中に不審者がいないとは限らないだろ?」
ハイドは本気で心配していることを口にする。ヨシノは五ヶ月近くメンデレーで生活しているが、それでもメンデレーの状況を完全に把握できているとは考えていない。このような事態はハイドも経験したことがなく、そうであるからこそメンデレーにやって来て日が浅いヨシノのことが心配になったのだ。
しかし、アルはそんなハイドに言いたいことがあるようだった。
「……あのな、ハイド。過保護だなと言おうとしていたが、ハイドのそれは過保護とは少し違う。何か別の感情をヨシノさんに向けているような感覚がある。それはもちろん、好きだという感情以外にな」
「な……何だよ」
ハイドはアルの言葉に少し怖がる。ハイドがヨシノのことを好きなのは間違いない。しかし、そんな恋愛感情と少し違う感情があると聞かされて、ハイドとしてはその言葉に警戒したのである。アルは人が持つ感情について妙に正しいことを言い当てる気質がある。簡単に否定できないことを知っていたため、今度のアルが何を感じ取ったのかがハイドにとっては重要なことだった。
「何というかな、束縛っていうのかな。ヨシノさんのことを好きなのはそれでいいが、そうであるからこそ束縛しようとしている感じが強く見える。……それを日頃からヨシノさんに伝えていれば、それは束縛とは言わないで愛情と言うのかもしれないけど、それでもハイドはその感覚を心の中に秘め込んで隠している。だから、束縛しているように見える」
「……束縛?」
ハイドは考えもしていなかった言葉に困惑する。そんなことは考えたこともないというのがハイドの正直な感想である。しかし、アルの表情は正しいことを言っていると自負しているようだった。
「よく分からないけどそうなのかな?僕はヨシノさんを束縛しようとしているのか?」
「さあな。俺の目にはそう映ってるってこと。だから、もしかするとホウカの目にも、あげくの果てにはヨシノさんの目にもハイドがそんな風に映っていたっておかしくはないということだな」
アルは目の前の雪の塊を蹴りつける。ハイドはその残骸を飛び越えて歩き続ける。ハイドらがいる場所は終始落ち着いた雰囲気となっている。ハイドはこんな雑談をしている内に、メンデレーの状況について考えることをやめてしまっていた。
「……自警団活動に集中しよう。そういうことを考えているとおかしな感覚になる」
「ああ、そうだな。俺もハイドのことを無性にいじりたくて仕方がなくなってくるからな」
ハイドが活動に意識を集めることを提案すると、アルも一言余計なことを良いながら賛成した。ハイドはアルがそういう人間であることを知っているため、何か文句を言ったりはしない。本当にアルの目に映っているハイドが言葉の通りなのであれば、それを改める必要があるかもしれないと考えて、この話題については一度引き出しの中に仕舞い込んだ。
ハイドらはそれから色々な家庭を回って状況を確認し、その後にタリューらと合流した。任務が一通り終われば、一度西地区の自警団本部とは違う別拠点に戻って休憩を取ることが許されていたのである。
自警団員の数は絶対的に足りておらず、ハイドらは仮眠を取るとすぐに動員されることになる。それでも一時の休息の間に体力を回復させて、家族や知り合いの安否を心配する程度はできるはずだった。また、駐屯軍と敵の戦闘の経過についても新しい知らせを受けられると期待していた。
そうしてハイドらがその拠点に戻り簡易的な食事を配給してもらっていたとき、状況は大きく一変した。
「大変です!」
ハイドが冷たいパンにかじりついているとき、拠点に一人の自警団員の男が飛び込んできた。その場でハイドらと同じように休息を取っていた自警団員はその一人に視線を集中させる。男はすぐに言葉を続けた。
「西地区の一角で大規模なデモが起きています!それもデモというか……ほとんど暴動に近い形に発展しているような状況です!」
「何!?」
唐突な情報にその場の全員が驚く。この場の指揮をとっているニッケスは絶句していた。ただ、そんな自警団員らに理解する時間が与えられることなく、情報はどんどんと入ってきた。
「自警団と駐屯軍が留守になっていることを見計らってなのか、役所や自警団本部、その他隣接している店舗や周囲の家屋に手当たり次第に攻撃しているような状態です。すぐに人をよこしてください!」
伝えられる情報は、一瞬では信じられないような話だらけである。メンデレーの中で破壊活動やデモ活動が起きる時は、たいてい東地区かその近くで起きることが多かった。それは、東地区の方が自警団や駐屯軍の影響力が西地区に比べて小さいからである。しかし、今回は西地区のそれも中心部でデモ活動が行われているという。それは全く想像していなかった状況だったわけである。
ただ、どんなにあり得ないことが起きたと混乱していても、放置しておくことはできない。自警団員の多くは西地区で生活していて、そこには自警団として働いている理由が数多くある。ハイドもその中の一人だった。
「……分かった。自警団をすぐに送り対応に当たってもらおう。行政や自警団が制圧されるようなことになれば、本当にこの街はエイフと同じ道を辿ることになってしまう」
ニッケスは危機感をあらわにする。その言葉に誰もが戦慄する。しかし、大切なものを守るため、大きな決断をして動き出すしかなかった。




