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戦争の始まり (9)

 メンデレーの中では、まだ特別問題になるような大きな事件は起きていない。自警団が未然に摘発して冬の厳しい天候が味方することで、メンデレーでの勝手な行動は阻止されていた。ある程度安定な状態を維持できていたのは、間違いなく自警団活動の賜物だった。


 しかし、気がかりなことも少なからずあり、自警団や駐屯軍はそのことに頭を悩ませていた。その一つが侵入者を見つけられていないことであり、もう一つはエイフに向かった連邦軍の情報が全く入ってきていないことだった。エイフの件ではあくまでも敵はゲリラ集団と考えられていて、一時的に占領されることになったものの連邦軍によってすぐに奪還されると認識されていた。


 しかし、全く経過が知らされない状況が続く。そのことはメンデレーの住民を不安にさせるには十分だった。仮に奪還に成功した場合、そのことを軍が功績として知らせないわけがない。そのように考えている人が多くいる中で、黙り込んでいる軍の態度は何かを隠しているように疑われていた。


 そして、そのことを帝国派が利用しないはずがなく、そのような曖昧な状況が帝国に反抗していることに起因していると主張して不安を煽っていた。


 そんな中で、ハイドがしていくことに何ら変わりはない。自警団として活動しながら、ヘリー修繕店の仕事を淡々とこなしていく。ゲリラの活動が活発になっていることは疑いようのない事実で、旧アボガリアで戦禍に巻き込まれて持ち主を失った遺品がハイドのもとに集まってくる。ある程度戦力として活用できるようになりつつあったヨシノと協力しながら、忙しい時間を過ごしていくだけだった。


 あれから契約が切れた後のことについて、ヨシノが決断した様子はない。ハイドに伝えていないだけかもしれなかったが、ハイドはそのことを気にしていた。ハイドが自分の本音を伝えることはできない。そうであるからこそ、ヨシノがどのような決断をするのかということが重要だった。


 しかし、今日になってもヨシノはその話題に自ら触れてくることはなかった。


 「店長、そういえば話しておきたいことがあったんですけど」


 二人でヘリー修繕店の仕事をこなしている時、ヨシノが突然話しかけてくる。店の中の雰囲気はいつもと全く変わらない。ハイドは作業をしている手から視線を離すことなくヨシノに反応した。ヨシノも特に改まった様子を見せることなく話を続ける。


 「そういえば昨日、ホウカさんから伝言を頼まれていたんですけど伝えることを忘れてしまってて」


 「……?ホウカが伝言なんて珍しい。別に忙しいわけでもないだろうに」


 ハイドはホウカの珍しい行動の裏にある何かを考察する。きっとハイドにとって何か良くないことを伝えようとしているはずである。そんなことを前提にして考えてしまっていた。


 「確かに大した内容ではなかったです。伝える必要もないんじゃないかって思うくらいに」


 ヨシノはそう言って何かを思い出そうとする素振りを見せる。しかし、そんな話題であれば、ハイドが時間を割いて考える必要はない。もったいぶらないで話をするようヨシノに指示した。


 「リッチのことです。リッチにはちゃんと会ったときにご飯をあげておくから、その代わりしっかりと面倒を見ないとダメだよと」


 「……僕には矛盾したことを言われているような気がするんだけど?」


 ハイドは行っていた作業の手を止める。ホウカが言ったという言葉の意味を理解できなかったのである。猫全般に関して言えば、食事を与えること以外にしなければならない世話というのが思いつかない。リッチの場合は特にである。


 ホウカがハイドの目の前で同じことを言っていれば、すぐにその矛盾を指摘していたはずである。しかし、今回に限ってホウカは人に伝言を託すという面倒な方法をとっている。ハイドがホウカにその真意を問い詰めることはできなかった。


 「私もそう思ったんですけど、それ以外のことは何も話してくれなかったです」


 ヨシノも理解に苦しんでいるようで、ハイドに対して首を傾げてみせる。ハイドはそんなヨシノの仕草を見て、すぐに作業を再開させた。


 「……で、その話はどういった話題の中から出てきたんだ?いきなりホウカがそんなことを言い出したのであれば、僕はホウカとの付き合い方を考えないといけないかもしれない」


 ハイドは冗談を言って自分で少し笑う。ハイドが最初に考えていたほど、その伝言は深刻な内容ではなかった。そのことがハイドの事を安心させていたのである。ホウカの日頃を考えれば、何か小言が飛んできてもおかしくはなかった。この程度のことであれば、ハイドの中では小言の内にも入らないと考えていた。


 「それは……大したことではないです」


 ハイドは、きっと共通の話題となり得るリッチのことが話に出ただけだとばかり考えていた。しかし、ヨシノが口にした言葉は、これこそヨシノの反応と矛盾していた。ヨシノは何かを言いにくそうにしていたのである。些細な話題であれば聞かないでおこうと考えていたハイドだったが、ヨシノの反応を見てしまっては引き下がれなかった。


 「どうしたの?僕の悪口があまりにも盛り上がったとか?」


 「そんなことはないです……」


 ヨシノはすぐに否定する。この言い方は本当のことを話している。ハイドはすぐにそう判断して、余計にヨシノのことを疑いの視線で見ないといけなくなった。


 「なにかホウカに嫌なことを言われたりした?」


 「違います。最近のホウカさんはずっと私のことを気にしてくれていて。……本当に大した話ではないんですけど」


 「早く言ってよ。何かあるんじゃないかって感じるだろ?」


 「はい。……実は私のこれからのことで色々と。ホウカさんはそのことでよく助言をしてくれていて」


 ヨシノはそう言って困ったような笑みを浮かべる。それと同時に、ハイドはヨシノが話すことを拒んでいた理由を把握した。ヘリー修繕店での契約が切れた後どうするのか。そのことで決断ができていないヨシノにとって、ハイドと話をすることは躊躇われたわけである。


 ハイドとしては、ヨシノの方から助けを求められれば嫌な顔することなくヨシノのことを手伝うと誓っている。それはヨシノがここに残りたいと言った場合でも、どこか新しい環境を求めていた場合でもである。しかし、ヨシノはハイドとその話をすることを避けている。そのことが効率の良い解決を阻んでいた。


 「……そんなことか。まあ、ホウカも中々性格がひん曲がっているからね、全然気にしていないように振る舞っていて、本当は心の中で色々と考えているなんてよくあることだから」


 ハイドは昔のことを思い出す。ホウカはヘリーが死んだ後、ハイドにこの店を任せるかという街での議論の時に、ハイドの事を一生懸命に手助けしてくれた。その時にも、ホウカは同じような態度を取りながらハイドの事を支えてくれていたのだ。


 「はい。ホウカさんは本当に良い人です」


 「でも、どうしてその話をしている時に突然リッチの話が?」


 ホウカの評価を二人の間で統一させたあと、ハイドは感じたことを口にする。ヨシノのこれからの話とリッチのことは全く関係性のない話である。ヨシノもハイドのそんな疑問に再び首を傾げた。


 そんな時、ハイドは目の前にいるヨシノのことを見て、一つの馬鹿げた可能性を思いついた。ハイドがヨシノのことを見つめていると、ヨシノが恥ずかしそうに抗議の視線を送ってくる。ハイドは何でもないとジェスチャーして自分の手を見つめた。


 「……それで店長、ホウカさんの話も気になるところではあるんですけど、実はもう一つ話したいことがあります」


 「なに?」


 ハイドは驚いてホウカを見る。お互いが気まずく感じて、ヨシノから話しかけてくることなどないと考えていたのだ。


 「契約のことなんですけど、やっぱりこの店にこれ以上負担をかけることはできないですから、どこか他の所で生活できるように考えています」


 「………そっか」


 ハイドは突然の告白に小さく返事をする。ヨシノはそんなハイドの反応を注意深く確認しようとしている。ハイドはやっとの思いでヨシノにその経緯を尋ねた。


 「どういう所に行く予定なの?メンデレーの中?それともこの前言っていたみたいに別の街に向かったりする?」


 「最初は他の街に行くことを考えて探していたんですけど、やっぱりそれは難しいようだったので、街の中でもう一度探すことにしたんです。そうしたら、すぐに雇用できるかもしれないと言ってくれた人がいて。だから、メンデレーの中になると思います」


 「そっか、それは良い知らせだね。何か大変なことがあったらちゃんと僕に話してよ。その時までは僕が雇用者としての責任を果たさないといけないからね」


 ハイドはヨシノがメンデレーの中で仕事を見つけられそうであることを聞いて安心し、笑顔を見せてヨシノに祝意を伝える。ハイドとしては、より詳しい情報や経緯、ヨシノが本心に抱えていることを知りたいと考えている。しかし、そんなことをハイドが強引に聞き出すことは、ヨシノの行動を抑制してしまう結果になるのではないかと考えている。そのため、ハイドがさらに干渉することはできなかった。


 少なくとも、ハイドの感情が日の目を見ることはなさそうだった。


 「……正直まだよく分かってないんですけどね。でも、冬が終わって仕事が増えるときには人手が必要になるだろうから、その時には雇用できると言っていました」


 「どこか住む場所とかも決まってるの?」


 「はい。その近くに安くてそれなりのところがあるそうです。なんでも、数千モールという格安で……」


 「数千モール!?」


 ハイドは驚いてしまい、ヨシノの話を途中で中断させてしまう。ヨシノは驚いてハイドのことを見つめている。


 「それってもしかしてだけど、東地区だったりしない?」


 「そうですけど……」


 ハイドの確認にヨシノが認めたため、ハイドはさらに驚く。東地区の治安の悪さは何度も伝えていたつもりだった。それにもかかわらず、ヨシノが忠告を聞かないでそのような決断をしようとしていることが驚愕でしかなかったのだ。とはいえ、ハイドがダメだとはっきり言うことはできない。


 「……ホウカにはそのことを言った?」


 「ホウカさんにですか?それは言っていませんけど」


 「そっか。……そうか」


 「……東地区だってことを心配してくれているんですか?」


 ハイドが難しい顔をしてしまっていると、ヨシノも暗い表情をする。それに気がついたハイドは、作った表情でヨシノに言葉を返した。


 「まあ、ヨシノさんが問題ないって考えているのであれば、心配ないと思うけど」


 「そうですか。決まり次第、またお話をしますね」


 ヨシノはそう言って再び、作業に戻る。対するハイドは、ヨシノに伝えたかったことを全て飲み込んで大きく息を吐いた。そして、ハイドも作業に集中することにした。


 とはいえ、ハイドはこのことに関して全くの傍観者でいるつもりはない。ヨシノがこの店を出て行って新しい環境で生活していくことには賛成の意思を見せるしかないハイドであるが、仮に東地区のどこかを拠点にして生活していこうと考えているのであれば、それはどのような方法になったとしても止めるつもりでいた。


 ハイドがそのことを直接伝えると、ヨシノに変な目で見られる可能性がある。そのため、最初は誰かの力を借りてヨシノの考えを改めさせる方向で動いていくしかない。ハイドは最も簡単な方法として、ホウカの力を借りてヨシノの考えを改めさせることを計画した。

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