表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/46

戦争の始まり (8)

 街の中に侵入者が入り込んだという情報は拡散されていったが、それでも前回ほど街が混乱する状況には至っていない。しかし、不穏な動きは徐々に街の中で確認されつつあった。


 街の中で戦闘を行った帝国派は軍によって捕縛され、中央政府に引き渡された。そのため、帝国派の過激な行動は抑制されているはずである。しかし、そのようなこともあって弱体化しているはずの帝国派は、数を再び増やして動きを活発にさせていたのである。


 その活動員の多くが、冬期の過酷な環境を乗り越えてメンデレーに入ってきていることを自警団は知っている。しかし、その事実を押さえていても街に合法的に入ってくる人を追い返すことはできない。どの人物が過激な活動を行うためにやって来ているのか判別ができない段階で、大きな決断を街自体ができていなかったのである。


 自警団の中にはそのような弱腰とも言える街の方針に疑問を感じている者もいる。しかし、それを声に出すことはない。結局は、帝国派のことを隅から眺めて監視を続ける他なかった。


 「……今日は比較的暖かいな」


 アルがハイドの隣を歩きながら嬉しそうに告げる。しかし、二人は通りを歩きながら空から降ってくる雪に身を震わせていた。ハイドがアルの言葉に同調することはない。


 「一体侵入した奴はどこにいるんだ?……もう全数調査は終わるだろうに」


 ハイドは至って真面目なことを口にする。アルは面倒そうに白い息を吐いてからハイドの疑問に答えた。


 「難しくないだろ?一度調査した建物には次の調査は中々入らないんだから、そこを転々としていれば良いだけだ。侵入者を街の中に潜らせる目的がメンデレーの住民に恐怖感を与えるためなのだとすれば、街がしている全数調査は住民を安心させることが目的だ。侵入者が見つかるなんて考えてもいないだろう」


 アルは真面目な回答をする。ハイドはそれを聞いてその通りだと感じた。しかし、街がしていることが遠回りであやふやだということは間違いない。


 「全数調査をした後に侵入者を見つけられなかったとなれば、それこそ住民に恐怖感を与えることになる。やるからには見つけ出す覚悟でしないと」


 「そんな簡単な話じゃないって。壁を越えて街に入ってきた奴は門から堂々と出ていくことはできないが、門から堂々と入ってきた奴は堂々と出て行けるんだ。……つまり、偽造し放題の身分証明書をくるくると使い回しておけば、いつも新しい侵入者をメンデレーの中で待機させることができる。誰が侵入者なのかなんて分かるわけがない」


 「………」


 ハイドはアルの正論を聞いて黙るしかない。アルが言っていることは正しいことで、あくまでもハイドが求めていることは机上の空論でしかなかったのだ。


 「どんなにふざけた考え方をしているやつが街の中にいたとしても、悪さをしなければ優秀な消費者だ。街のために税金を払って経済を回してくれている。俺らだって歓迎する気持ちでいないとな。俺たちがとっ捕まえるべきは、あくまでも悪さをしでかそうとしている奴だってことだ」


 「……そうだな」


 道は新雪で歩きやすくなっている。ハイドは特に異変のない街の様子にアルの考え方を重ね合わせていた。比較的安定した状況が続くのであれば、今日のような意味がないように見える自警団活動も報われる。しかし、ハイドの個人的な気分としては決して曇りがないというわけではない。


 街の中を練り歩いて異変がないか監視する任務は、街の治安を維持するために自警団が最近になって新しく取り組み始めた活動である。ハイドはそれを面倒と感じていたが、不必要なことだとは考えていない。有意義な時間を過ごしていると感じることはなかったが、無駄だと切り捨てることもなかった。


 街の緊張感は少しずつ高まりつつある。それは帝国派や自警団の行動が原因となっているわけではない。街の中で何も起らないからこそ、唐突な変化を恐れているのである。変化を求める場合でも、大抵は改善されることを前提としている。それが見込めないのであれば、変化を求める必要がない。今の街の様子は、まさにその考え方に支配されていた。


 しかし、そのような張り詰めた雰囲気が爆発することは一瞬のうちに起きる。メンデレーで始まった次なる問題は、案の定外部からの刺激によるものだった。


 ハイドとアルが活動を終えて自警団本部に戻る途中、東地区と西地区を隔てている大通りで小さな衝突に出くわした。それは東地区と西地区の代理闘争ではなく、帝国とフリースの代理闘争である。一人の男がもう一人の男の胸ぐらを掴んでいる様子を確認して、ハイドとアルはそんな騒ぎを急いで止めにかかった。


 「何してるんだ!?」


 アルが最初に二人の間に割り込んでいく。ハイドはアルが仕事をした後で、胸ぐらを掴まれていた温厚そうな男に近づいて話を聞く。アルが対応している男はまだ興奮しているようだった。


 「何があったんですか?」


 ハイドは横目でアルの様子を確認しながら問いかける。アルがしっかりと押さえていて、再び衝突が起きることはなさそうだった。


 「あの男が突然襲いかかってきたんだ」


 ハイドに対して男が説明してくる。ハイドはその男の訛り口調が気になった。


 「なるほど……最初にすみませんが、お名前と出身を教えていただけますか?」


 男の発音はメンデレーのものではなく、ハイドは聞いたことがなかった。そのため、ハイドはそのことを確認する。襲いかかった男に関してはメンデレー出身であると確信していた。


 「……名前はモリー。出身は旧アボガリアだ。それが何か?」


 「いえ、ただの確認です。最近はこの街に不審者が侵入する事件もありましたから、こういった小事件が起きたときにも確認をしておく必要があるんです」


 ハイドはモリーに不信感を抱かれていると感じて理由を話す。すると、モリーは表情を柔らかくした。しかし、アルの方はまだ何か揉めているようだった。


 「何かあの男の人があんなことになってしまうような心当たりはあったりしますか?」


 「ないです。何しろ唐突だったので」


 モリーは何が原因でこのようなことになってしまったのか分からないような顔をする。しかし、何も原因がない中で人が攻撃的になることは極めて稀である。ハイドはアルが対処している男の話も加味して考える必要があると感じた。


 その後、他の自警団員が到着してから、本格的に双方からの聞き取りが行われた。その結果、衝突が起きた理由が明らかになった。発端はモリーが街の中で行われていた帝国派によるデモに参加しているところをもう一人の男が見たことだった。


 この日のデモもいつものように帝国との調和を訴える内容だったらしく、モリーは外からやって来た参加者ということでメンデレーの住民に対して演説を行っていた。その内容を聞いて不満に感じ、話した意図を確認することを目的としてモリーに接近したということだった。


 モリーは、事件団からの取り調べを終わらせるとすぐに街の中へと消えていった。暴力行為を働いた男は、自警団本部に連れていかれて処遇を決められることになった。


 「……こういうことはこれからも起きてくるだろうな」


 事件を収拾したハイドとアルは、小さな仕事を終えた達成感を得ることもできずに歩き始める。根本的なことは何も解決していない。口にしなくてもそんな感覚は共有していた。


 「確かに。今回は小さな衝突で済んだけど、次は大きな衝突に発展するかもしれない」


 「ああ、メンデレーがどんどんおかしな方向に進んでいる。……本当に嫌になってくるな」


 アルは溜息をつく。仮に今回の衝突の発見が遅れていた場合、周囲の人を巻き込んで大きな事件に発展していた可能性は十分にある。それはどこであっても起きる可能性があり、それが原因となって街の混乱がひどくなることも考えられる。いつまでも水際対策をしているだけでは、いつか止められなくなる。ハイドはそう思えて仕方がなかった。


 「状況は前の時とほとんど一緒のような感じがする。後は引き金が動かされることを待っているかのようだ」


 「ああ、そうだな」


 二人はメンデレーのことを本当に心配している。ハイドはこの街で生まれたわけではないが、この街で長く生活をしていて本当の故郷のように感じている。アルの場合、この街が人生を作り上げてきた唯一の場所である。混乱を招こうとしている人間を歓迎できるわけがなかった。


 戦争が激しくなっていくと、街の中で起きる問題がこのような些細なことでは済まなくなることは分かっている。帝国派が掲げている理想が、メンデレーの多くの人にとって良くない影響を与えると二人は信じて疑っていない。そのためにハイドとアルは体を張って、この街のために自警団として活動している。何が何でも、街を混沌に陥れようとしている人間の思い通りにさせるわけにはいかなかった。


 しかし、二人がお互いの考えを認識していても、状況が好転することはない。強権的な行動ができないために、侵食は見えないところでゆっくりとそれでも確実に進行している。それはあらゆるところで表面化することになった。


 数日後に露見した新たな問題は、ハイドらが経験したことのない内容だった。ハイドとアルは、解決のためにその他多くの自警団員と一緒に役所に赴いていた。それぞれの表情はいつもになく厳しい。ハイドもアルも、こんなことが起きることを予想していなかった。


 「……自警団です。ここに地域治安維持課のマークがいると思います。彼をここに呼んできてくれませんか?」


 自警団を引き連れているバナードが役所の案内係に告げる。案内係は自警団員がこれだけの数で押し寄せてきていることに驚きを隠せないようである。しかし、分かりましたと一言告げるとそのまま奥へ向かっていった。


 しばらくして案内係は一人の男を連れてきた。その男はまだ若く、見た雰囲気も真面目な人間という評価が妥当である。しかし、今のその男の立ち位置は、街を危険な状況に陥れた張本人として確保されなければならない存在だった。


 「どうして呼ばれたのかお分かりですか?」


 「はい……」


 マークは小さく言葉を発する。その一言を聞いて、バナードはその男に自分が何を行ったのかを自分の口で説明するように指示しようとした。しかしそんな時になって、マグネットが姿を現した。


 「バナード、一体何事だ?」


 今回、自警団が役所に訪れて一人の職員を確保する計画は、自警団の中でしか共有されていなかった。役所の中は自警団の突然の訪問に困惑している人間がほとんどで、たまたま役所に訪れていた住民もその様子を緊張した面持ちで見ている。


 「行政長、街の中のあらゆる場所にフリースやメンデレーに敵対している勢力の回し者が入り込んできています。この男にもその容疑がかけられています。役所の中にそのような人間が他にどれほどいるのか分からない状況でしたので、事前の通告は行いませんでした」


 バナードは冷静に今回の状況を説明する。基本的には自警団と役所は、メンデレーの治安を維持する上で協力を行っている。しかし、今回はそれができなかった。


 「彼は何を?」


 「それを今この場で彼に話してもらいます。……話す気がないのであれば、これらから説明させてもらいますが」


 バナードはマークに対して視線を送る。この状況でマークに逃げ道はない。マークはしっかりと顔を自警団員らの方に向けて口を開いた。


 「……俺はこの街で生まれ育った人間だ。ここにいる奴らと同じように、俺はこの街をなんとか良いものにしたいと思って役所で働いている」


 「そんなことは聞いていない。自分が犯した罪がどんなものなのかここで説明しろと言っている」


 バナードがマークの話をすぐに止めさせて、最も重要なことだけを説明するように伝える。男はそんなバナードのことを鼻で笑うと、何の躊躇いもなく口を開いた。


 「俺はお前らが言う帝国派だ!……全数調査で潜伏者を見つけ出す?そんな強引な方針に誰が協力してやるものか!」


 「そうか、もういい。……この男は街で行われていた全数調査の活動に自身が関与していることを利用して、帝国派にその調査が行われる日時を漏洩させていた。それだけでなく、不正に記録を書き換えることで土地を提供し、脱税を幇助していたことも分かっている。そのことに関して何か反論はあるか?」


 バナードはそう言って、自警団が独自に収集した証拠の紙面を提示する。そこには故意に記録が書き換えられた跡が残っていた。


 「……本当にそんなことを?」


 マグネットは信じられないといった表情でマークに確認する。メンデレーのような大きくない街の役所で働いている人間は多くないため、全員が全員のことを仕事仲間として認識できている。マグネットはその中でも、メンデレーが帝国の手に落ちてしまわないようにこの街を守る先頭を切っていた人間である。そして、仕事仲間は強力な理解者であるはずだった。しかし、それは見かけだけの話に過ぎなかったわけである。


 「……俺とお前らが考えていることは同じことなんだ。メンデレーをどうにかしたい。こんな戦闘と混乱が続く時代を終わらせて、住み心地の良い場所にしたい。ここにいる全員がそんな共通の考えを持っているはずだ。……それなのに、それなのにだ!どうして帝国派の考えを排斥する?お前らが考えている方法と帝国派が考えている方法、どちらがこの街にとって最良な考え方なのかは誰にも分からない。それなのに、どうして盲目的に自分の考えている方針を貫き通している?」


 マークは隠すことを諦めたのか、マグネットやバナードに問いかける。帝国派がメンデレーで敵対視されている理由を求めていた。それに答えたのはマグネットだった。


 「それは違う」


 「何が違う!?」


 「勝手に自分たちを排斥されている存在だと考えていることが基本的に間違っている。この国は帝国のように主義思想を統一していない。一人一人があらゆる考えを持って良いことになっている。それはこの国や体制と全く方向性を同じとしていないものでもだ。……だから帝国派もこの国、この街では容認されている」


 「欺瞞だ!ここ数ヶ月で、自警団は帝国派を弾圧して不当に活動を抑え込もうとした。そのことを認めないつもりか!?」


 マークは多くの人の前で吠える。そんなマークのことを自警団員らは冷たい目で見ている。その後に口を開いたのはバナードだった。


 「はき違えるなよ貴様。自警団が取り締まっているのは犯罪行為であって、帝国派ではない。一度でも私たちが法律に則らないで不当に弾圧を行ったことがあったか?……あいにくそんな事実はない。許可を得ないでデモ活動を行い、火器を不法に所持し使用したこともあった。そして今回のこともそうだ」


 「………」


 バナードの強い言葉にマークは黙る。


 「あんたらが考えている崇高な思想は、正直俺には理解できない。ただ、それを公の力を使って排斥したことはただの一度もない。その帝国派の考え方が正しいと考えているのであれば、法律と道徳に従って証明してみせれば良いだけだ。……違うか?」


 「黙れ……」


 「しかし推測するに、お前らは自分たちの考え方が簡単に認められないことを認識している。だから、直接的にその考え方を浸透させる方法をとらないで、住民の恐怖心を煽り、何かを貶めて達成しようとしている」


 「黙れ!」


 マークはバナードに鋭い視線を向けて飛びかかる。しかし、そんなマークはバナードの隣に立っていた自警団にすぐさま拘束された。


 「どちらが盲目的なのか、よく考えてみることだ。……連れて行け」


 バナードの指示で、マークは役所のすぐ隣の自警団本部に連れて行かれる。マークがいなくなった後も、役所の中は騒然としていた。


 「行政長、これからは情報提供ができないかもしれません。私たちはこの中に潜んでいる危険分子があの男だけであるとは考えていません。今日は見せしめの目的もありました」


 「……そうか」


 「また今日のように協力してもらうことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いします」


 バナードはマグネットに頭を下げると、そのまま自身も自警団本部に戻っていく。ハイドらもそれについて戻る。ハイドらに残されている仕事はまだたくさんある。マークの件は始まりに過ぎなかったのである。


 街の至る所に根付いている帝国派は、あらゆる場所で機会を窺っている。もちろん、自警団の中にもそのような人間が潜んでいる可能性は十分に考えられることである。爪を研いでいる相手に対して、爪を切りに行くのか、それとも爪を研がせないようにするのか、はたまたその個体を処分しにいくのか。自警団は決断を迫られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ