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戦争の始まり (7)

 街に侵入を試みた人間がいて自警団があっけなく侵入を許してしまったことは、初めのうちは軍と自警団だけが知っている内容で、街の住民に対して発表はされていなかった。しかし、侵入があったその日の午前中には、その噂は街の中に流れていた。どのような経緯で広がっていったのかを特定することは難しい。結局、駐屯軍や自警団は何かを隠していると疑われる前に、侵入者の存在を認めて公にその捜索を行うことになった。


 軍の仕事は、あくまでも自警団では手に負えない状況において治安維持を行うことである。そのため、今回も侵入者を捜して、街の中の混乱を収拾する仕事を託されたのは自警団だった。しかし、それが慣れた任務であるからといって、簡単に物事が進むわけではない。


 ハイドらはさらなる逆風の中で仕事をしていかなければならなかった。


 侵入者が街に入ってから一日、その時になってハイドはようやく一時帰宅が許された。侵入事件があった夜間警戒の日から侵入者の捜索を行っていたハイドだったが、残念ながら結果を得られていなかった。


 「お帰りなさい。……大丈夫ですか?」


 店に戻ると、ヨシノがハイドのことを迎えてくれる。ハイドはそんなヨシノに笑顔を見せて暖かい部屋の中に入った。そして、重力に引っ張られて椅子に座り込んだ。足先の感覚は全くなく、それでも疲労感はしっかりとまとわりついている。ハイドの体は言葉では表現できない状態にあった。


 「また侵入があったと聞きました」


 ヨシノが心配そうな顔をしている。それもそのはずで、街が再び不安定になりつつある中で、ハイドはヨシノ一人にこの店のことを任せていた。ヨシノが不安を感じてしまうのは仕方のないことだった。


 「ごめんね。またこんなことになってしまって」


 ハイドは自警団の一人としてヨシノに謝る。しかし、ヨシノはすぐに首を横に振った。そんな言葉が聞きたいわけではないようだった。


 「大変そうです。また街の中が混乱してきていて……少し心配なんです」


 「そうだよね。またデモが起きて、店の中から出ない方がいい期間が続いてしまうかもしれない」


 ヨシノは日常生活を心配していると考えて、ハイドはこれからのことを考える。帝国派の活動が活発になってくることは間違いない。自警団の仕事としては、それがエスカレートして再び街の中で戦闘を起こさせないように尽力することだった。ただ、ヨシノはすぐに言葉を続けた。


 「それはそうですけど、また店長が怪我をするようなことにならないか心配です」


 「……それもそうだね。気をつけるよ」


 ハイドはヨシノが気にしていたことを理解して感謝する。今までそのような体験をしたことがなかったからか、人に心配されることはあまりなかった。そんなこともあって、ヨシノの言葉は新鮮だった。怪我がほとんど完治していてその時の苦しみを忘れてしまっているからこそ、そんな暢気なことを感じてしまうのかもしれなかった。


 しかし、ハイドの適当な返答にヨシノは眉をひそめた。明らかにハイドの言葉に不快感を示している。


 「店長は何も分かっていません。あの時は店長も大変な時期だったから言うことはしませんでした。ですけど、今だからこそはっきりと言っておきたいことがあります」


 ヨシノはそう宣言してハイドに近寄ってくる。今まで見たことのないヨシノの表情にハイドは少しばかり混乱した。


 「店長のあの時の怪我は本当に大きなものでした。少しでも場所が外れていれば命を落としていたかもしれないような傷をいくつも受けたんです。それで目を覚まさない状態が数日続きました。店長は目が覚めて自分が生きていることを確認してほっとしたかもしれないですけど、私やホウカさんたちはそれどころではなかったんです。いつになったら目を覚ますのか、それとも二度と目を開くことはないのか。そんな不安の中で同じ数日を過ごしていたんですよ?」


 ヨシノはハイドの軟弱な考え方に腹を立てたのか、はっきりと抗議する。ハイドはそんなヨシノの怒りを聞いて閉口するしかなかった。そんなことを言ってくれるとは思っていなかったどころか、そのようなヨシノの気持ちに初めて気がついたのである。


 「……店長は大きな仕事の一端を担うことができたと達成感を持っているのかもしれませんけど、私としてはあんなことになるくらいなら仲間のことを見捨てて恥さらしとして戻ってきてくれる方がまだ良かったです」


 「それはさすがに……」


 「それでも本当のことです。店長は人のことを何も考えないで動きすぎなんです」


 ハイドがさすがに言い返そうとすると、ヨシノはすぐにそんなハイドのことをねじ伏せてくる。ハイドは黙るしかなかった。


 「もちろん、店長が自警団として仕事をしないといけないことは分かっています。命をかけることを惜しんでいないことも何となく理解できています。……ですけど、そんな不安を持っている人が少なからずいることを忘れないでください」


 「……分かった。心に留めておく」


 ハイドは小声でヨシノと小さな約束をする。すると途端に、ヨシノの態度は一変した。


 「すぐに温かいお茶でも淹れますね。少し待っていてください」


 ヨシノは効率良く動いてハイドの前からいなくなってしまう。しかし、一人になったハイドはその時になっても、何かが自分の考えを変えさせようとして行動を抑制しようとしていることに気がついていた。街には再び危機が迫っている。そんな中でヨシノの気持ちが分からないわけではない。


 しかし、街の中にヨシノと同じような気持ちを抱えている人は多くいる。そのような街の人の不安を払拭することもハイドら自警団の仕事である。ヨシノと小さく約束したことは、些細なことのように見えて守ることができない。それはヨシノも理解しているはずだった。


 「……ようやく寒さが落ち着いてきたと思いませんか?」


 「そうかな?いつも寒いような気がするけど」


 お茶を持ってきたヨシノは、机を挟んでハイドの反対側に座る。ハイドはヨシノの言葉に首を傾げてお茶を口にした。


 「季節が移っているなってことを言いたいんです」


 「それはそうかもね。日も長くなってきたし」


 ハイドはまだ気温で判断できていないが、昼と夜の時間が変わってきていることは把握できている。そのことを踏まえれば、確かにヨシノは正しいことを言っていた。


 「……実は店長が自警団の仕事をしている間に、ヨシノさんに少し店のことを見てもらってこの街で新しい仕事がないか探していました」


 「……え?」


 「仕事です。この店にいられるのはもうそんなに長くなくて、店長もそのことで私に話をしてきたことあったと思います」


 ヨシノは淡々と話している。しかし、ハイドはそれを聞いて少しの間反応できなかった。今までヨシノはそんな素振りを見せていなかったのだ。


 「……それで?どこか良いところは見つかった?」


 ハイドは平静を装って質問する。自分の生活のために活動することは褒められるべきである。しかし、ハイドがそんな感情になれなかったのは、唐突な話だったからというわけではなかった。


 「それが全然でした。街の中の様子が悪くなって、どこも人を雇う状況じゃないみたいでした。それに、冬で外から人があまり来なくなっていることも新しい雇用がない理由の一つになっていて」


 「そ、そうなんだ。まあ焦る必要も……」


 「だから今では街の外で仕事を探そうかなと考えています。少し国境から離れた大きな街では雇用が残っているかもしれないと、役所の人が言っていたので」


 「……ちょっと待って」


 ハイドは安堵と緊張をほとんど同じ時間に与えられて困惑していた。何よりもヨシノが考えていることは、ハイドの心の中では受け入れがたいものだったのだ。


 「どうしたんですか?」


 「いや、少し話がいきなりだったから。……街の外で仕事を探すことは賢い選択だと思う。だけど今はやめておいた方が良い」


 「どうしてですか?」


 ハイドが私情を少なからず挟んで助言すると、ヨシノはすぐにその理由を問いかけてきた。ハイドはその一瞬だけ本当に考えていることを口に出しそうになってしまったが、それをなんとかこらえると表向きな理由を話した。


 「今は冬だ。外の街に移動するだけで一苦労だよ?もちろん行けないというわけじゃない。でも、エイフで起きていることもあるし、何が何でもすぐにそうやって動くことはないと思うけど?」


 「同じことを役所の人に言われました。ですけど、私は店長にこれ以上迷惑をかけ続けることはできません。ここで四ヶ月以上働いて、やっぱり私がこの店に必要ないと分かりましたから」


 ヨシノはなぜか自分のことを蔑んで話している。ハイドにはその理由が分からなかったが、間違っている点は正しておく必要があった。


 「またそんなことを言ってるけど、迷惑をかけているのはお互い様なんだから気にする必要なんて何もない。それに、ヨシノさんはこの店で色んなことを学んで、しっかり仕事をこなすことができるようになったと僕は思っているよ。そんなに自分のことを低く評価しないで良いと思うけど?」


 「それなら、店長は私のことを高く評価してくれているんですか?」


 ヨシノは少し口調を強くしてハイドに尋ねる。ハイドはそんなヨシノの剣幕に負けてしまいそうになったが、首を細かく何度か縦に振ってから口を開いた。


 「もちろん。仕事の結果じゃなくて仕事への態度は一流だと感じてる。……本当だ」


 ヨシノが疑いの視線を向けてきたため、ハイドは念を押した。しかし、ヨシノは不思議な考え方をやめようとしない。何かが少し違っていた。


 「じゃあ店長は……もし私がもう半年間この店で働きたいと言ったらどうしますか?」


 「それは……」


 「ですよね。私も分かっていたんです。だから仕事を見つけないといけない。店長には感謝しています。だからまた昔のような生活を送るわけにはいかないんです」


 「ちょっと待って。何を分かっていたの?僕は何も言ってないけど?」


 ハイドはヨシノに間違った認識をされた可能性があると感じ取った。ハイドが返答できなかったのは、仮にそのような要求を即座に了承してしまえば、それはそれでヨシノに何かを疑われてしまう可能性があったからだった。しかし、そんなことを恐れて返答に困ったハイドの対応は裏目に出て、ヨシノはハイドの本心を取り違えてしまっていた。


 「ヨシノさんが危ない目に遭うくらいだったら、僕はヨシノさんにこの店に留まることを勧める。だけど、ヨシノさんの人生に僕が何か関与することは良くないと思ってるし、今の僕はヨシノさんの雇用者という存在だからその影響力を行使することも避けないといけない。……最後に決断するのはヨシノさんで、僕はそれがどんな形であっても協力するよ」


 ハイドはあくまでも客観的に自分の立ち位置とヨシノの立場を考えて、ハイドが出来うることを伝える。まだヨシノとの契約は一ヶ月ほど残っている。その期間のことも考慮に加えれば、主観的な意見を混ぜ込んで話をすることは時期尚早だった。


 「分かりました。……ですけど、役所の人が善意で近くの街に求人があるかどうかを調べてくれています。その結果を聞いて店長にも相談して決めたいと思います」


 ヨシノはハイドの言葉を受け取って、少し表情を明るくする。ヨシノはハイドの気持ちを知らない。ハイドは自分がどのような形で協力することになるのか、このときは考えたくなかった。

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