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戦争の始まり (6)

 エイフがゲリラに占領されたという知らせを受けてから数日間、自警団は活発な活動を行っていた。街の中はエイフでの出来事のことで持ちきりとなっている。軍や自警団がその詳細を直接住民に説明する機会は最終的に設けられなかったが、それでも噂として流布している内容はハイドらが聞かされた内容と変わらないものだった。


 ただ、街の中は自警団が警戒していたほど大きく変化しなかった。帝国派は今も街の中で密かに活動している。取り締まる理由がなければやめさせることはできないため、危機的な状況に便乗して賛同者を集めようとしている帝国派の行動を自警団が抑制することはできない。


 しかし、街の大半の住民は帝国派が起こしたテロ行為を非難していて、そんな帝国派の思想に流れていく人間は少なかった。そのような理性的な振る舞いが自警団の負担を軽減していた。


 エイフの一報が入ってから一週間後、メンデレーには追加で派遣された連邦軍の部隊がやって来た。彼らがメンデレーに来た理由はこの街を防衛するためではない。ゲリラの手によって占領されているエイフを奪還するため、一番近いメンデレーを拠点としているだけだった。用意が整い次第、メンデレーを出発してフリース軍と奪還作戦が実施されることになっている。


 ただそれでも、メンデレーの住民は連邦軍の到着に歓喜した。もはや対話によって帝国の侵略的な考えを変えさせることはできないと、ほとんどの住民が理解している。軍事力だが自分たちの生活を守ることができると考えてしまうことは、なんら不思議なことではなかった。


 ハイドも連邦軍の到着に安堵していた。しかし、それと同時に不安も芽生えさせた。事実上休戦状態となっている帝国との戦闘が再び始まる可能性が考えられたのだ。


 「戻りました」


 ハイドが店の中で仕事をしていると、ヨシノが戻ってくる。ヨシノはいつものように必需品を買出しに行っていた。ハイドはそんなヨシノを暖かい空気と一緒に迎えた。


 「ちゃんと買うことはできた?」


 「はい、それなりに必要な物は。ですけど、連邦軍が滞在していることもあって、売り出されている量は多くありませんでした」


 ヨシノはハイドの質問に答えながら、購入品を収納していく。ヨシノの話の通り、メンデレーは一時的に住民が増えた状況にある。冬期で人や物の運搬も行いにくいため、物資がやや不足してしまうことは仕方がなかった。


 「聞いた話では、もう数日の間にはエイフに向かって動き始めるらしい」


 「すると、用心棒が離れていってしまうんですね」


 ヨシノは特に何か感情を示すことなくそんなことを口にする。メンデレーの街の人は、連邦軍のことを用心棒と呼んでいた。


 「いつも通りになるだけだよ。でも、もう何が起きてもおかしくない状況だから」


 ハイドは自警団として活動していく上で、何を念頭に置いておくべきなのかを考える。ただ、それを具体的な形として思考に残すことはできない。重要なことは、街の中で混乱を起こさせないことと、起きてしまったときに感情的に振る舞うことだった。


 「とにかくこんな物騒なことは早く終わって欲しいですね」


 安定と平和は、ヨシノだけでなく誰もが望んでいることである。しかし、そうであるからこそ実現は極めて難しい。


 ヨシノがヘリー修繕店にやって来てから長く感じるほどの時間が経った。残りの時間は一ヶ月と少しだけで、ヨシノはこの残りの期間で次の自分の居場所を見つけ出さないといけない。しかし、ハイドが見ている限り、ヨシノに関連する動きは全くなかった。


 ヨシノはいつもハイドに与えられた作業をこなしていて、それ以外の時間では店の中で家事をしている程度である。新しい仕事を見つけようとしている様子がないどころか、新しい居住地を探している素振りもない。そんな中で、ヨシノが一体何を考えているのかハイドは気になっていた。


 たとえ、真剣に自分の居場所を探して最終的に見つけ出せなかったとしても、ヨシノがそれで再び路頭に迷ってしまうことはない。それでも、ヨシノがどのような未来を描こうとしているのかは気になって仕方がないことではあった。ハイドの考えは、少なくともヨシノと出会った最初の頃から大きく変わりつつある。それが意味していることは非常に簡単なことだった。


 そのため、ハイドはヨシノにその件の進捗状況を尋ねたりはしなかった。それはヨシノがしっかりとした考えを持っていると信じているからであり、ハイドのほんの僅かな希望が混じっているからでもあった。


 ニッケスから指示があった通り、自警団の活動に街の中で展開してメンデレー全体を警戒することが加えられた。連邦軍の存在もあってか、帝国派の運動は穏やかになっている。人伝いに聞いた話では、アボガリアに展開していたフリース軍は自国防衛のために国境に近い所まで下がっているという。それが安心するための材料となりえるかは議論の余地を残すが、それでも防衛が強固になりつつあることは確かだった。


 連邦軍がエイフに向かって動き始めたのは、到着から四日後だった。メンデレーの多くの住民は、奪われた自国の領土を奪還してきてほしいと肯定的な考えで見送る。帝国は同じようなことを繰り返して侵略者として振る舞っている。小国ながら、フリースはそれに対抗し続ける必要があった。


 しかし、そうして連邦軍がメンデレーを出ていった後、自警団は盲目的に彼らの活躍を願うだけでなく自らの任務をこなす必要があった。自警団にとってこれからが正念場となる。メンデレーがエイフの二の舞を演じるわけにはいかないのだ。


 ハイドも自警団員として活動に参加することになっている。ハイドがたとえ頼りなくとも、頭数を増やして自警団の規模を大きく見せる役割程度は果たすことができる。ハイドが行うことは大したことではないが、ひしひしと感じられる危機は大きくなっていた。


 メンデレーで事件が再び起きたのは、連邦軍とフリース軍がエイフでゲリラに対して苦戦しているという情報が入ってきた頃だった。


 その日、ハイドとアルは夜間警戒を担当していて、いつも通り街を囲んでいる壁の上に立っていた。街の外の風景は、ゲリラの行動が活性化していても変わりがない。月明かりに照らされた遠くの森や雪に覆われた平野が一望できる。ハイドはそんな景色を眺めていた。


 「……しかし、俺らがメンデレーでこうやって活動している限りでは、何かが起きるような様子はないよな」


 「それでいいじゃないか」


 今のところ、街の中で不審な事案は起きていない。ただそれは、今までは当たり前のように享受できていたことである。しかし、意識して街の変化を観察するようになってからは、変化がないことが何かが起きる前兆のように感じられていた。街はかつてないほど防衛意識を高めている。それでも、隣町で発生した悲劇はメンデレーに恐怖を与えていた。


 「あれから帝国はどうなったんだろうか。皇帝が死んだって知らせからもう何ヶ月が過ぎた?本当はそれが嘘だったなんてことはないだろうな」


 「さあ……でも、確かに帝国の皇帝は高齢だったはずだ。世代交代が起きていてもおかしくない」


 ハイドはアルに言われて、そんな話があったことを思い出した。この一報が入ったのは、ちょうどヨシノがヘリー修繕店にやって来た頃である。そのことを考えると時間はかなり経過していて、帝国内の様子の続報がハイドの耳に入っていてもおかしくはなかった。


 「皇帝は嫌いだけど、その死んだっていう皇帝はそんなに力を持っていなかったんだろ?だから帝国と全面的な戦争がこの数年は起きていなかった。だから、次に皇帝になる奴も力を持っていなかったら良いんだけどな」


 「力を持っていなかったというよりは、他の派閥と仲が悪かったって方が正しい。それに、その皇帝は強権だったって話だ。それぞれの家が持っている軍を有効的に使役できなかったから、帝国とはほとんど休戦状態にあったんだ」


 帝国内でどのような政治が行われているのかは、ハイドだけでなくフリースに住んでいる人間のほとんどが知らない話である。アボガリアという危険な領域がフリースと帝国を分断していて、そこが緩衝地域となっていることは確かだったが、情報の伝達においてはそこが律速となっているのだ。


 「戦争をやめるって話になってくれないかな」


 アルが願望を口にする。それはヨシノも言っていたことだった。しかし、ハイドはその可能性がかなり低いことを理解していて、そうであるからこそ危機感を募らせていた。


 「ゲリラが活発になっていることと帝国の内政の変化は、多分関係がある。ゲリラを支援しているのは帝国だから、帝国の考え方が変わったと予想するべきだ」


 「変わったっていうのは?」


 「皇帝の死で新しい皇帝が誕生したことかもしれない。きっと、今まで皇帝を輩出していた家ではない他の家から皇帝が誕生しているはずだ。そうなれば、今まで皇帝に賛同していなかった家が協力するようになって、より強大な帝国軍を築き上げられるようになる」


 ハイドは簡単に考えられることを伝える。しかし、その時にアルはいつもとは違う反応を示した。


 「……ということはだ、この街が戦争の火に飲み込まれてしまう日はそう遠くないということになるな」


 アルは普段は見せることのない顔をして、何を考えているのかを悟らせない。ハイドはそれを深く読み取るようなことはしないで遠くを見つめた。雪が積もっていて、平坦な空間が広がっている。雪が残っている間は安心と言って良いかもしれない。しかし、あと少しもしないうちに冬は終わり、雪は溶ける。それと同時に、敵意が乗り込んでくる未来は濃くなっていく。そればかりはハイドらがどうにかできる話ではなかった。


 「とにかく、そうなったときはそうなったときだ。この街で死ぬことになるかもしれないし、どこかに避難することになるかもしれない。それでも僕らが今しないといけないことは、それまでに自滅してしまわないようにすることだと思う。だから、何かが起きないようにこうして活動してる」


 ハイドは分かりきっていることをアルに伝える。実質的にメンデレーにとって問題となっているのは帝国派の存在である。エイフでの出来事を考慮して、ゲリラに対しての対策はそれなりに行われている。あとは、帝国に追従するという考えに街が染まってしまうことへの防御が求められるだけだった。帝国派はその活動に邁進している。黙認できるはずがなかった。


 「……そうだな。どうしてかハイドよりも変な事を考えていたみたいだ。こんな寒い中で街のために働いているんだ。それに見合うものは受け取らないと」


 アルは自身の中で根を張ろうとしていた不安を払拭する。ハイドはそんなアルを見て安心した。


 それからしばらくはお互い話をすることなく、だんだんと明るくなりつつある空を見つめていた。あと一時間ほどで日が昇ってくる。視界が良くなってきたこともあって、二人はほんの少しの安心感を持った。


 ただ、そんな甘い考えはすぐに吹き飛ばされることになった。


 「……誰かが歩いているな」


 街の外に怪しげな人影を見つけたのはハイドだった。二足歩行をしている陰が一つ、街の方に向かって近づいてきている。空は明るくなりつつあるが、その人影をしっかりと観察できる明るさではない。どのような目的を持って街の方に歩いてきているのかは定かではなかった。


 ハイドはすぐにアルにそのことを伝える。今のところ危険度は高くない。早朝に合わせてメンデレーに来ることを予定していた人で、少し早く到着してしまったという可能性がある。すぐに街にとって害となる存在であるとは結論づけられない。


 アルもその人影を確認すると、すぐに他の自警団員に報告に向かった。人影は隠れるような素振りを見せていない。遮蔽物が全くない平野の中を歩いているだけである。ハイドは見失わないように観察を続けていた。


 しばらくすると、人影はハイドが構えている陰の近くまで来て立ち止まった。その距離まで近づいて、ようやくその人がフードを被って荷物を背負っていることを確認した。


 「……メンデレーに来られた人ですか?」


 ハイドは声をかけてみる。その人は雪の中をかき分けながら歩いてきたようで、疲弊しているように見えた。ハイドは警戒を怠らないようにして、その人が何の目的でここにやって来たのかを尋ねた。


 「はい。……門はどちらにありますか?」


 「門は壁に沿って向こうに歩いていくとあります。日が昇ってからでしか入ることはできませんが、その前で待っていると良いですよ」


 ハイドが話している相手は男性で、問いかけにしっかりと答える。ハイドの指示を聞くと、それに従って示した方向に歩き始めた。ちょうどその時になって、アルが仲間を数人連れて陰の上を歩いて来る。そして彼らも壁の外を歩いている男を確認した。


 「街を訪れようとしている人みたいだった。怪しい行動はしてない」


 ハイドは人影を目で追いながらアルに状況を話す。アルが連れてきた他の自警団員が壁の上から男の後をつける。不審者として扱うべき相手ではなく、街に対して敵意を持っている人間ではないようだった。


 「そうか……まあ、あんなに堂々と歩いている奴だ。悪いことをしに来たというわけではなさそうだからな」


 アルもそのように判断して、その男から興味を失う。ハイドも残りわずかな時間を再び夜間警戒に当てようと先程の男から視線を逸らす。


 しかし、ハイドがそう考えて再び遠くの景色に視線を移した瞬間、ハイドの視界の端で男は壁に向かって何かを投げるような動きを見せた。ハイドはもう一度そちらの方に視線を戻す。


 そのすぐ後に壁の上で小規模な爆発が起きた。


 「な、なんだ!?」


 その様子を見ていなかったアルが突然の爆音に驚く。ハイドは、爆発した箇所がちょうど自警団員がいたあたりだと気付いて急いで走った。アルもそんなハイドを追いかけて走る。


 「さっきの男が壁に向かって何かを投げたみたいだ!それが爆発したのかもしれない!」


 ハイドは走りながら男のことをしっかりと目で捉えている。男は再び壁の方に向かって何かを投擲していた。


 「あれはロープだな。先に鉤がついている。……登ってくるつもりだ!」


 アルはその男の行動を把握する。ハイドも今までの考えを捨てて、男が街に侵入しようとしていると断定した。


 「とにかく後をつけていた仲間のことが心配だ!それにあの爆発音、すぐに救援がやってくるだろうな」


 「それにあの男は登らせてはいけない!」


 仲間の自警団が爆発に巻き込まれてしまったかもしれない。ハイドはその救護を優先しようとしている。アルは、ハイドとは違って男の拘束が最も重要であると考えているようだった。確かに、再び男がメンデレーに侵入するようなことになれば、メンデレーは再び混沌の中に突き落とされてしまう可能性が高いのだ。


 ハイドらが爆発があったあたりに到着すると、そこに自警団員の姿はなかった。周辺を見渡すと、壁の内側の除雪されて集められていた雪の山の上で数人の自警団員がもがいていた。


 「大丈夫ですか?」


 ハイドがそちらに声をかける。そんなハイドの後ろをすり抜けてアルが男の方に走っていく。


 「ああ、爆風で飛ばされて壁から落ちた。二人は大丈夫だったが、もう二人が怪我をしている。……ただ軽傷で心配はいらない。それよりも早くあの男を確保してくれ」


 「分かった」


 ハイドは爆発に巻き込まれた仲間が大した怪我を負っていないことを把握して安心する。そして、すぐにアルの後を追いかけた。アルはその時にちょうど壁を登り終えた男と対峙している。さらに奥の方からは、壁の上を自警団員が走ってやって来ていた。


 男のことをメンデレーの中に入れてはいけない。それはつまり、最悪でも街の外に追い返すことができればそれで良いという話である。しかし、仮にメンデレーの中に降り立たれると非常に厄介なことになる。ハイドはそうした万が一のことを見越して近くの階段を降り、壁の内側を走ってアルが構えている場所の近くへと向かった。


 壁沿いを歩いていると、陰の上の様子が見えにくくなる。侵入しようとしている男が包囲されつつあることは間違いなかったが、アルとどのような様子になっているのかは確認できない状態が続く。


 ハイドがそうした不安を感じながら走っていると、壁の上で動きがあった。再び壁の上で爆発があったのである。ハイドは先程よりも近い距離で爆音と爆風を感じて立ち止まってしまう。そしてその場所を観察する。すると、男が街の中に向かって飛び降りていた。アルの姿は確認できない。


 「ハイド!追え!」


 ハイドが小今の状況に混乱していると、壁の上を走ってやって来ていた自警団員がハイドに叫んだ。男は五メートルほどの壁を飛び降り、すぐに立ち上がって街の内部に侵入しようとしている。そんな男に最も近いのはハイドだった。


 アルのことを心配したハイドだったが、ここで任務を放棄することはできない。再び簡単にねじ伏せられてしまうかもしれないと恐怖を感じるが、爆弾を使っている男を野ざらしにすることを容認してしまえば、街が危険になることはおろかハイド自身も間接的な厄災を受けかねない。


 結局は保身という考えを混じらせつつ、ハイドは男のことを追いかけた。


 男はどこか向かう先があるのか、除雪された道を走っている。しかし、その速度は決して速いわけではなく、ハイドはすぐにその後ろ姿を捉えた。


 「止まれ!」


 ハイドはとにかく声を出して冷たい空気に決断が凍らされないようにする。周囲は住宅が建ち並んでいるわけではなく、農地の割合が多い場所である。すぐに見失ってしまう恐れはない。


 すると、侵入者の男はハイドの呼びかけに応じてその場に立ち止まった。以前侵入してきた相手はハイドらの追跡を振り切って逃げ切ろうとしていたため、ハイドは今回の侵入者と以前の侵入者を一緒くたに見ることはできなかった。


 この男は、破壊工作を目的にしている可能性が最も高かったのだ。


 「……その場で荷物を下ろして手を挙げろ」


 ハイドは慣れない作業を行う。ハイドは持たされている銃を取り出して構えているが、男が何か不審な行動をした際に扱いきれる自信がない。それでも銃口を向けていることに意味があると信じて、男に投降を呼びかけていた。しかし、男は目立った行動を見せない。それどころか、ハイドに向かって話しかけてきた。


 「街の自警団というのはこんなにも貧相な集団なのか?」


 「何の話だ!?」


 男はゆっくりとハイドの方に近づいてきている。ハイドは銃を向けているが、それでもその男の行動を制止させることはできていなかった。


 「この街は少し前も侵入を許していた。それなのにまるで対策がされていない。今回は爆弾まで用意してきていたが、実際は使う必要もなかった」


 「喋るな。お前は街に許可なく侵入している。すぐに立ち止まってその場に伏せないとこの銃で撃つ」


 「してみろ」


 ハイドはこの状況でとっさに思いついた一番強力な警告を発する。しかし、それでも男はハイドの銃を恐れることはなかった。


 「所詮は軍のまねをしているだけだろう!?」


 男はそう言い放つと、ハイドに向かって一直線に走ってきた。ハイドはそれを見て危険を感じる。しかし、引き金を触ることさえできなかった。男はハイドの銃を手にとると、ハイドからそれを奪おうとする。ハイドは必死に抵抗してそれを阻止しようとした。銃のストラップをたすきのようにかけているため、放してしまっても簡単に奪われてしまうことはない。しかし、暴発してどこに銃弾が飛んでいくことになるかは分からず、それがハイドに恐怖感を与えていた。


 「弱い!」


 男は銃を奪い取ることを諦めたものの、ハイドに接近して数回体を殴る。その後、ハイドの顔面に膝蹴りを当てた。ハイドはよろけて地面に手をついてしまう。


 「命を無駄にしたな」


 男の静かな声が響く。ハイドはすぐに立ち上がろうとしたが、今頃になって体を殴られたことが影響して立ち上がれなかった。そして、ハイドが最後かもしれないと感じていると、息を飲む時間さえ与えられることなく銃声が鳴り響いた。ハイドはその瞬間に体を地面に倒れさせた。


 「……何が軍のまねごとだ、この野郎!」


 銃声の後、ハイドは別の声を耳にする。それは侵入してきた男の声ではなかった。


 「俺のことを街の外に吹き飛ばしやがって!……ハイド、そんなところで寝転がってないで手伝え」


 アルは即座に男のことを拘束して仲間を待つ。すると、他の自警団が走ってやってきた。


 「アル、ハイドが近くにいたのによく撃てたな。間違って当たるとは思わなかったのか?」


 「いや、そんなことを言っている場合じゃなかっただろ。このへたれがもう少しで刺し殺される所だったんだぞ?それに、ハイドは一発くらい撃たれてもどうってことはないだろうしな」


 「死ぬに決まってるだろ!」


 ハイドはようやく立ち上がって文句を言う。ハイドは、てっきり自分が撃たれてしまったのもだと勘違いしていた。しかし、実際には男の右肩に命中していた。


 「ハイド、鼻血が出ている」


 「ああ、膝で蹴られたんだ」


 ハイドは心配ないことを伝えて血を拭う。アルはそんな姿のハイドを見て、大きく息を吐いた。


 「今回は捕まえられたな」


 「そうだな」


 ハイドはそう言ってその場に座り込む。ハイドらはその場で待機して、軍が男を引き取りに来ることを待つ。その間、ハイドは自然の力で打撲部分を冷やしていた。


 軍が到着したのは、ちょうど朝日が昇ってきて周囲が急激に明るくなってきた頃だった。完全武装の軍に手際よく男を引き渡したハイドとアルは、軍の関係者と話をしてその時の簡単な様子を説明した。


 用が済むと、軍はすぐに基地に戻る準備に取りかかる。


 「すごい装備ですね。基地から遠いこの場所まで大変じゃないですか?」


 ハイドは軍の一人に問いかけてみる。普段、軍が街の中で警戒をするとしてもここまでの装備は珍しい。この装備は街の中で戦闘があったときに軍が装備していたものと同じだった。


 「そうなんですよ。ここだけの話、雪道をこれで歩くのは大変で。……ただ、問題が起きていて軍の中も大変なことになっていて」


 「大変なこと?」


 ハイドは聞き返す。兵士の一人は周囲を見やってから口を開いた。


 「またすぐに伝えられると思いますが、実は別の場所でも侵入事件があって、そちらでは侵入者を取り逃がしてしまったようです。ですからこんな装備で」


 「……そうだったんですか」


 「まあ、お互いに頑張りましょう。……それでは」


 兵士はそう言って他の兵士のもとに戻る。ハイドは聞いたことをもう一度反復して頭の中で流していた。


 「……結局前と同じってことか」


 ハイドの隣でアルが嘆く。問題は全く解決していなかったのである。

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