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小事件 (7)

 ヨシノは詳しい説明を受けないままハイドに協力してくれている。ストロング失踪事件の現場であるルビーの家に向かう間も、他愛のない会話をするだけでハイドに説明を求めてくることはなかった。聞かれれば、ハイドはどのような理由でルビーのもとに向かっているのか説明することができる。しかし、ヨシノはそれを求めていないようだった。


 ハイドらは約束を取っているわけではないため、訪問しても迷惑にならないであろう昼前の時間を狙って向かっている。アルを初めとして自警団にはこのことを話していない。あくまでも、ハイドは自警団員としてではなく、一人の協力者としてストロング失踪事件を解決しようとしていた。この日を選んだのにも理由がある。しかし、そのことを誰かに打ち明けてはいなかった。


 「つきました。もうノックしますか?」


 ヨシノが緊張した面持ちで問いかける。ハイドは頷いて肯定した。複雑な感情は素早く解決してしまいたいというのがハイドの本音である。ハイドの指示を受けたヨシノは、躊躇うことなくノックをして訪問を知らせた。しばらくすると、一人の声と同時に扉が開いた。


 「……どちら様で?」


 出てきたのは一人の年老いた男性だった。彼はハイドとヨシノのことを観察して少し目を細める。


 「こんにちは……また、ストロングのことでちょっと話がありまして」


 「あら、あなたたちまた来てくれたの?」


 男性が二人のことを警戒していると、その後ろからルビーが出てきた。今日も温厚な表情を見せてハイドらのことを歓迎してくれる。ハイドが単刀直入に訪れた理由を説明すると、ルビーはそれを聞いてすぐに二人を家の中に上がらせた。


 「主人のセシューよ。初めてだったかな」


 「はい、そうですね」


 男性はルビーの主人で、二人の後ろをついてきている。ルビーとは違って気難しい雰囲気を出しており、ハイドは圧迫感を受けて緊張した。


 「この人たちはストロングの失踪のことで頑張ってくれてるんですよ?」


 「ハイドと言います。こちらはヨシノです」


 ルビーがセシューにハイドとヨシノのことを紹介する。ハイドもその後すぐに自己紹介を行った。今後のことを考えて、ハイドはなるべく角を立てないようにしている。すると、セシューはそんなハイドに対して口を開いた。まだ警戒心は解けていないようである


 「今日はどのような用事で?ストロングが見つかったわけではなさそうだ」


 「ええ、残念ながらまだ。……ストロングが失踪してから時間が経っています。このようなことを話したくはないのですが、今後のことについて少し話をさせてもらっても良いですか?」


 ハイドは二人の様子を観察しながら、そのことを気付かれないように会話を行う。ヨシノはハイドの味方にはなってくれない。ハイドがそうさせているからである。


 「ストロングが見つかっていない中で、ストロングの処遇を失踪という枠組みに入れておくことはできなくなってしまいました。僕らの力不足で申し訳ないのですが、次の段階に移ることになります」


 「……どういうことだ」


 ハイドがあえて難しく説明すると、セシューが食いついて問いかけてきた。そこでハイドは簡単に補足の説明を加える。


 「ストロングの死亡届を役所に提出してもらう必要があります。失踪して一定時間が経ったペットは、死亡届を出して処理をしなければなりません」


 ハイドはその言葉と同時に一枚の紙を二人に差し出す。それを受け取ったセシューは内容によく目を通す。部屋の中には重苦しい空気が充満している。沈黙が長引くと耐えられないかもしれないとハイドは感じた。


 「……ちょっと待ってください」


 ほんの少しの沈黙の後、セシューはハイドに紙を返してきた。ハイドはそれを受け取るしかない。セシューは怒っている様子だった。


 「ストロングは失踪してからまだ一週間が経っていません。……それなのにこの書面に同意しなければならないのですか?」


 一見、セシューはまだストロングのことを諦めていない優しい飼い主のように映る。しかし、セシューの対応は予想通りのもので、ハイドの中では単に不幸な人物と表現できなくなっていた。ハイドが渡した紙には、ストロングが行政上死亡した扱いとなることに同意する上での署名に関する記述しかない。つまり、セシューはペットが失踪した後、どのような期間を経て死亡扱いされるのかを知っているということだった。


 「……死亡届に関してはその通りです。しかし、セシューさんたちは今までペット税を納めていたはずです。その取り消しの作業をしないといけない」


 ハイドは冷静にセシューの言葉に返答する。セシューがどのようにして一週間という時間を知ったのかはハイドには分からない。それがハイドの考えている理由に起因しているのか、本当にストロングのことを気にして自分で調べたからなのかの区別もつかない。それでも、ハイドは話を続ける必要があった。


 セシューはそんなハイドの言葉を聞いてすぐに言い返した。それはハイドが役所で聞いた説明と同じ内容だった。


 「ペット税に関しても死亡届が受理されてからのはずだ。……君たちは勘違いをしている」


 セシューは敵対心をむき出しにしてハイドのことを睨んでいる。ハイドはこんな状況になることも想定していて、次の話に移ることにした。


 「……よく知っていますね。調べたのですか?」


 「君もそのことを分かっていたのか?」


 「ええ、そうでないとこんな話を持ちかけられません。僕も猫を飼っている身なんですけど、そのことを知らなくてわざわざ役所に質問に行きました」


 ハイドは決して強引にではなく、ゆっくりとセシューに圧力をかける。ただ、セシューにはまだ余裕があるようだった。


 「ストロングが失踪してから色々なことを調べた。私もそれまでは知らなかった。……それなら君たちはどうしてこんな話のために来たんだ?こんな煩わしい方法で私の規則への理解度を測ろうとしていたわけではないだろう?」


 「はい、その通りです」


 「ではなぜ?」


 セシューはハイドにやや強い口調で問いかけてくる。場の雰囲気は緊迫しており、ヨシノとルビーは黙って二人の話を聞いているだけだった。


 「……実は、もう一つ伝えておきたいことがあるんです。そのことを先に話しても良いですか?」


 「それは構わんが」


 セシューは困惑した顔で了承する。ハイドが話の内容を一つに絞っていなかったため、それに困っているようだった。


 「先日ストロングが繋がれていた、あの切れてしまった紐を調べたときに分かっていたことなんですけど、実はあの紐は誰かによって故意に切られていました」


 「それは聞いている。誰かが切れ込みを入れていたかもしれないという話だ」


 セシューはルビーから話を聞いていたようで、ハイドが以前伝えていた可能性について口にする。しかし、二人が知っていることはあくまでもハイドが話したことだけである。ハイドが隠していた事実を知っているはずがない。正確には、ハイドが事実を隠していることを二人は知らないはずだった。


 「先日の僕はそのように説明をしていました。ですが、実は少し隠していたことがあります」


 「隠していたこと?」


 「はい。それは重要なことで、同時に僕はそのことで二人に謝罪しなければならないかもしれません」


 「……君は一体何の話をしているんだ?」


 ハイドが遠回りな話をしていると、セシューは苛立った様子を見せる。ハイドは、一つの目的のために自分から話を進めていかないようにしている。しかし、セシューの態度を見て話さざるを得なくなったと判断した。雰囲気に飲み込まれないようにしているヨシノのことを心配させないために、ハイドは話の核心へと入っていく。


 「実は、紐はナイフのようなもので完全に切断されていました。そのことを僕は把握していたのですが、ルビーさんの話と整合性を取るために切れ込みが入れられていたと言い換えていました」


 ハイドは二人に本当のことを話す。それを聞いたセシューは少し表情を変化させた。しかし、その変化が何を意味しているのかはまだ把握できない。


 「……つまり私たちが嘘をついている。君はそう言いたいのか」


 「そうです。僕の観察が正しいなら、ストロングが紐を引きちぎって走っていく様子を見ることはできないはずです。そうなると、教えていただいた話と食い違ってしまう。僕は自分の意見が正しいと思っています。このことに関して何か話してくれませんか?」


 ハイドは問い詰めるようにセシューに攻め込む。セシューはハイドが何を話しに来たのかを理解して、何かを必死に考えているようだった。ただ、中々言葉が出てくる様子はない。ルビーはセシューのことを心配そうに見つめていた。


 ヨシノはハイドが真相に近づこうとしていることを止めようとはしていない。しかし、何か言いたげな顔をしてハイドとセシューを交互に見ていた。ハイドはそんなヨシノの視線に気付いていたが、反応はしなかった。


 セシューが口を開いたのはそれから少しした後だった。


 「……それで、君は一体何を求めているのだ。私が何を話せば君は納得してくれる?」


 セシューの態度はまだ先程とあまり変わっていない。椅子に深く座ってハイドのことを観察している。ハイドが次に返す言葉は重要になる。そんなことはこの場の全員が分かっていることだった。


 しかし、ハイドはそんなセシューに対して笑って話を砕けさせることしかできなかった。


 「いえ、これ以上のことは特に。……話は終わりです」


 「何言って……」


 唐突に追及をやめてしまったハイドに、ヨシノは声を漏らす。しかし、ヨシノはすぐに口を閉じて成り行きを見守ろうとした。


 「君は何か私たちに言いたくてここに来たのだろう?それで話は終わりか?」


 「はい、終わりです。僕がここに来た理由は、見つけ出していた事実を聞いてもらうことと、僕がストロング失踪に関してどのような考えを持っているのかを知ってもらうためでした。……決して何か確たる証拠があったからここに来たというわけではありません」


 ハイドははっきりと今の自分の状況を伝える。ハイドにはすでに話すことは何もない。つまり、自分の力で問題を解決する力はないということだった。セシューはそんなハイドの言葉を受けて笑う。


 「おかしなことをするものだ」


 セシューはそう言って大きく息を吐く。ハイドはそんなセシューを目の前にして、動揺することなく冷静にこの空間の中で時間を過ごす。


 「もし二人から何か話がないのであれば、僕はここから立ち去らさせてもらいます。……ですが、一つだけ最後に話しておきたいことがあります。それは、僕が今ここに居るのは自警団としてではなく一個人としてだということです」


 「………」


 ハイドが静かに話したことは、紐の切断面の話よりも衝撃の少ないことである。ハイドが怪我をしていて自警団員として活動できていないことは、二人にとって関係のない話である。しかし、セシューはそんな些細なハイドの言葉を聞いて黙り込んでしまった。


 「……何もないですか?それなら僕は帰ります。ご迷惑をおかけしました」


 ハイドは少しだけ待ってから、ヨシノに合図を送る。ヨシノは納得していない様子で、それでもハイドの指示に従う。ハイドはヨシノに連れられて玄関に向かった。


 そんな時、後ろから二人のことを呼び止める声があった。


 「待て。本当に帰るのか?」


 「はい」


 「君が考えていることを証明しないままでか?」


 「証明する方法が僕にはありません。僕は探偵でも何でもないので」


 ハイドの返す言葉は大した意味を持っていないものばかりである。しかし、ハイドの希望を全く持ち合わせていないわけではない。弱々しい意思を持った言葉はセシューの考え方を変えた。


 「そうか。……私の負けだ。君が話をしに来たときには隠し通してやろうと思っていたが、まさか論理的ではなく感情的に話を進めてくるとは。私の負けだ」


 セシューはそう言ってハイドに近づいてくる。そしてそのまま、二人のことを地下に続く階段に案内した。ハイドとヨシノはその後ろをついていく。ルビーは少し俯いた状態で最後尾を歩いていた。


 ハイドはヨシノに助けてもらいながら地下に潜った。普通であれば、そこにはこの家の住人の寝室があり、特別なことはないはずである。しかし、地下の一つの扉を開けた瞬間にハイドの鼻をついた獣臭は全てを物語っていた。


 ハイドの目の前には、一匹の犬が鎮座していたのだ。


 「ストロングだ。年老いてしまって昔の威厳は全くないが、それでも私たちの大切な家族だ」


 セシューはそう言ってストロングのことを紹介する。ストロングは来訪者の姿を見てやや興奮気味になる。しかし、セシューが宥めるとすぐに大人しく横になった。


 「事情を説明してもらえますか?」


 ハイドは周囲の様子を確認しながらセシューに問いかける。部屋の中には二床のベッドもあり、セシューとルビーがここで寝ていることが見て取れる。


 「私が仕事から離れたのは二年前のことだ。元々腰に持病を抱えていたのだが、それが悪化して仕事を続けられなくなってしまった。その時から私たちは収入を失ってしまった。それが全ての始まりだった」


 セシューはベッドの上に腰掛ける。今度はルビーがストロングのことをあやしていた。


 「街からの配給と今までの貯金でなんとか食いつなぐことができていた。しかし、最近になってその貯金も底を尽きかけている。このままでは生活することができなくなる。そう考えた私は、どんな出費が最も生活を苦しくしているのかを考えた。それで、ストロングのペット税に目を向けたわけだ」


 「確かに、ペット税は小さいながらそれなりの負担になりますからね」


 ハイドもペット税を支払っているため、どのような負担が二人を襲っていたのかを知っている。


 「だからといってストロングのことを見捨てることはできない。こんな世の中だが、ストロングは家族の一員として共に苦難を乗り越えてきた。一時の窮地でストロングを裏切るようなことはできない。それで、今回のことを計画した。ストロングは年老いてしまっていて、外で運動することもできなくなっていた。それが都合の良いことだと考えたんだ」


 「それで嘘の証言をしてストロングが失踪したように振る舞い、証明するために自警団にも捜索を依頼したんですね。……本当は家の中にストロングが居ることを知っていながら」


 「そうだ。躊躇いはなかった。ストロングのことを……そして私たちの生活を守るためにはこれしか方法がないと思ったからだ」


 セシューはハイドに全てを説明していく。ハイドはそれを聞いていて複雑な感情になった。セシューらが行ったことは犯罪である。自警団に嘘の証言をして業務を妨害していたのだ。しかし、感情論的にそれで終わらせてしまってはいけないような気がした。


 「……ルビーは関係ないんだ。私がこのことを思いついて、自警団に本当のことを話すなと言ってあった。だから、罪を償わないといけないのは私だけだ」


 「セシュー、それは違いますよ。私もあなたとストロングのことを考えてこのことに協力した。罰は私も受けるべきです」


 「お願いします。ルビーは私に従っていただけです。そのことを考慮してもらえませんか」


 セシューはルビーと短く言い合った後、ハイドに頭を下げた。ハイドはすぐに頭を上げるように求める。


 「僕は言ったはずです。今は自警団として動いているわけではなくて、個人として動いています。もし仮にセシューさんがストロングを近所で見つけたと自警団に申告したとしても、僕が何か干渉することはありません」


 「ですが……」


 ハイドは、セシューが行ったことを見なかったことにしても良いと伝える。しかし、セシューとルビーはそんなハイドの言葉に反対の旨を表情で伝えてきた。


 「何にしても僕はこの事実を知ることができて満足しています。後は二人が考えるようにしてもらえば良いと思います。本当に生活に苦しんでいるのであれば、ストロングをここに隠し続けても良いです。ストロングが突然見つかったように振る舞っても良いです。このことを正直に自警団に話しても良いです。どんな選択をしても、僕は何も言いません」


 「………」


 ハイドはしっかりと自分の立ち位置を説明した後、二人のことを見つめる。すでに、二人は間違った選択をしないとハイドは自信を持って思っていた。ヨシノも安心した表情をしている。


 その後、ハイドらは二人に感謝されてその場を去った。その時のセシューはまだ、どのような選択を取るのか二人に話さなかった。しかし後日になって、アルからストロング失踪の真相を聞かされてハイドは心の中で解決を喜んだ。


 ストロングのペット税はこれからも支払われることになったが、代わりに別の税金が免除されるなどしてセシューらの生活を守る方向に進んだ。その仕事を引き受けたのはアルだった。セシューには厳重注意が言い渡されただけで、何か大きな罰を受けることはなかった。


 ストロングはそうして再び外の空間で生活できるようになった。年老いて運動をしなくなったといっても、閉鎖的な空間よりも外の広い空間の方が心地よいことは言うまでもない。セシューとルビーも、一つの苦しみから解放されたはずだった。

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