小事件 (6)
ハイドがアルの期待に応えられなかった次の日、自警団はイットーが目撃した男の捜索を本格的に始めた。ハイドはその男とストロングの失踪の関連性について疑問視している。しかし、自警団としては動くしかないようだった。
ただ、自警団が本腰を入れて動き始めたと言っても、動いている人員は決して多くない。ストロング失踪の件で活動しているのは、他の仕事と掛け持ちでアルとその他一人しかいないということだった。自警団としては、他に行うべき仕事が山積している。
現在の自警団における最も重要な任務は、帝国派の行動を監視して再び街の中でテロ行為を起こさせないことである。メンデレーには、同じような事件の再来を恐れている人が多くいる。そんな人々の心配と不安を払拭するため、自警団には的確な行動と治安の維持が求められていた。
「ちょっと出かけてくるから、店のことを頼んでもいいかな?」
アルが自警団として不審者の特定に動いている中、ハイドはハイドで考えをまとめてストロング失踪事件の解決を図ろうとしている。ハイドが自警団の一員として行動することはまだできない。しかし、独自の考察で真相を追究する程度のことはできる。
「一人で出かけるんですか?」
ハイドから指示を聞いたヨシノが心配する。ハイドは昨日まで誰かの力を借りて行動していて、そのことで心配されていた。
「心配ないよ。そろそろ体も大丈夫そうだし、ヨシノさんにずっと迷惑をかけてられないから」
ハイドはことあるごとにヨシノやアル、ホウカの手を借りていたことを申し訳なく思っている。そんなこともあり、一刻も早くそんな状況から脱却するため、リハビリを兼ねて自分で動こうとしていた。
しかし、ハイドがそんなことを考えていても、ヨシノは関係なく心配した。
「もし迷惑でなければ、私も一緒に行って良いですか?」
「いや、大丈夫だよ。迷惑を被るのはヨシノさんの方でしょ?」
不思議なことを口にするヨシノにハイドは困る。ハイドが今まで迷惑に思ったことはない。ヨシノがそのようなことを心配している理由が分からなかった。それでもヨシノは引き下がらない。
「ダメですか?」
ヨシノは先程よりも少し声量を抑えて問いかけてくる。返答がほとんど決められてしまっている質問の前で、ハイドは強引になれなかった。
「それで、どこに行こうとしているんですか?」
店を出て施錠を行った後、ヨシノが尋ねる。よく何も聞かないで協力してくれるものだとハイドは不思議に思った。
「ちょっと役所にね。色々と気になることがあって」
「そうなんですか」
ヨシノはハイドの言葉を聞いて、それ以上のことは問いかけてこない。ハイドも何かを積極的に話すことはしなかった。
少しの間店を空けることをホウカに話してから移動を始める。もし不在時に誰かが来訪したときにはホウカが一時的な対処をしてくれることになっていて、昔からホウカにはこの面で協力してもらっていた。ヨシノがやってきてからは誰かが店に残ることが多くなったため、そのような協力をホウカに仰ぐことは少なくなっていた。しかし、ハイドが怪我をして一人で行動できないようになってからは再びそんな機会が増えつつある。そんなこともあってか、ホウカの機嫌はあまり良くなかった。
「……少し怒っているみたいでしたね」
「そうだね。まあ、気にしないでも大丈夫だろう」
ハイドはホウカの様子について心配していない。しかし、ヨシノは気になるようだった。
「いつもこんな感じだったんですか?」
「そうだったかな。小言を言われることは良くあったね」
ハイドは過去のことを思い出す。しかし、今日ほど機嫌が悪い日はなかったかもしれなかった。
「申し訳ないです。ホウカさんも自分の仕事があるのに」
「まあ大丈夫だよ。帰った頃には忘れてるんじゃない」
ヨシノが気にすることではない。ハイドは後でホウカに感謝しておこうと思った。
役所に到着すると、二人はとある一つの窓口に向かった。そこは税金の処理を行う窓口である。役所を訪れている人は少なく、ハイドはすぐに対応してもらえることになる。ハイドの対応を行ったのは、中年の男性職員だった。
ハイドがここにやって来た理由、それはとある税金についての詳細を尋ねるためだった。これはストロングの失踪に関わっていることであり、ハイドの生活にも関与するかもしれないことである。具体的には、ペットを飼う際に必要になるペット税についてだった。
「……ペット税についてですか?」
「はい。そのペット税が免除されるようなことってあったりするんですか?」
ハイドは単刀直入に問いかける。男性職員はそれを聞いてハイドに鋭い視線を向けた。
「ハイドさんですね?犬か猫のペットを飼ってらっしゃるんですか?」
「ええ、まあ」
職員はハイドの反応を見て表情を硬くする。
「ちょっと待っていてください」
職員はハイドにそう言って奥に下がっていく。このときのハイドは、自分の質問が珍しかったため職員は不明点を調べに向かったのだと思っていた。しかし、職員は別の視点からハイドを見ていた。
「お待たせしました。……ハイドさんはしっかりと納税を行っているようです。飼っているのは猫一匹ですね?」
「はい?」
質問したこととは全く別のことを職員が回答してきたため、ハイドは混乱する。隣にいるヨシノも首を少し傾げていた。
「何か税金を支払えない状況になったのですか?」
「えっと……どういうことですか?」
「税金の免除に関する問い合わせですよね?ペット税を支払えない状況になったということでしょうか?」
「あ、いやそうことではなくて……」
ハイドは職員が何を言っているのかこのときになって把握した。職員はそのまま話を続ける。
「他の税金では免除の仕組みがあったりするんですけど、ペット税に関してはありません。何か問題があるのでしたら、他のことに関して相談を受けますよ?……ですが、ハイドさんの所得状況を確認したところ、その免除に該当しそうにないですけど」
「あ、違うんです。僕のことで話を聞きに来たわけではないんです。街の決まりとしてペット税を支払わなくて済むような仕組みがあるのかということを知りたかっただけなんですけど」
「そういうことですか。てっきり何か規則の抜け穴を探しているのかと」
職員はそう言って笑う。ハイドは失礼だと感じたが、それでも話を進めることにした。
「……それで何かありますか?」
「そうですね。ペット税に関しては先程言った通り免除の仕組みはありません。ですから、免除ではなく義務が外れる以外にないです」
「つまり、ペットが死亡したときということですか?」
「そうです。ペットが死亡した時はその手続きを行うことでペット税を支払う必要がなくなります」
ハイドはそれを聞いて何度か頷く。加えて、ハイドはもう一つの質問を行った。
「万が一ペットが失踪したときはどうなるんですか?」
ハイドは、一番知りたかったことを問う。職員はすぐに返答した。
「失踪して見つからない場合、一週間が経過すると死亡届を出すことができます。そうなりますとペット税を支払う必要はなくなりますね」
「そうですか」
知りたいことを教えてもらい、ハイドは何かを理解できたような気がした。職員はハイドのことを不審人物を見るような目で観察している。まだハイドのことを疑っているのかもしれなかった。
「もちろん、自警団の人に相談して捜索してもらった結果の話です。個人がいきなりそのような話をここに持ちかけてきてもそれでは対応ができません」
職員はまるで釘を刺すかのようにハイドに言い加える。ヨシノはハイドの隣で少し笑っていた。
「分かりました。ありがとうございます」
ハイドは居心地の悪い空間からすぐに出ていくため、ヨシノに用事が終わったことを合図する。ハイドはそのまま不思議な顔をしている職員の元から離れた。
「疑われていましたよ?」
「分かってる。そんなことするはずないのに」
ハイドは疑われたことを不快に思った。そんなことをする人間が常識的に考えて役所を訪れるはずがない。一般的に考えても、ハイドの受けた態度はおかしなものだった。
しかし、ハイドはリッチのことを思い出して、文句を言った後にそれもありかもしれないと思った。リッチの今までの振る舞いを見ていれば、どこかに行ってくれた方が双方にとって幸福なのかもしれなかったのだ。
「……それで、あんなことを聞いて何を考えているんですか?」
少し会話が途切れた後、ヨシノが小さな声で質問してくる。ただ、ヨシノは理解できているはずである。
「分かってるでしょ?確認したかったんだ。僕も一応リッチを飼ってたけど、あんな決まりがあるなんてことを知らなかった。それを悪用した可能性はある」
「でも……」
ハイドの言葉を聞いて、ヨシノは声を大きくして言い返そうとする。しかし、何かを言おうとした瞬間に言葉を詰まらせた。
「まだ決まったわけじゃない。でも、これも一つの可能性として考えておかないと。……それじゃ、もう一箇所だけ寄りたいところがあるんだけど、付き合ってくれるかな?」
「あそこに行くんですか?」
ヨシノが恐る恐る尋ねてくる。しかし、ハイドは首を横に振った。
「まずは関係ないものは関係ないと証明しておこう」
「はい……」
ハイドはそう言って、ある店に向かうようヨシノに指示する。ヨシノはハイドの次の行動の意味を理解できていないようだった。
ハイドが指示した場所は、ルビーの家の近所にある雑貨屋だった。初めてルビーを訪れたときに見つけていた店舗である。ハイドはそこに向かう理由をヨシノに話していない。しかし、ヨシノは何も言わないでハイドの指示に従っていた。
曇り空の中、到着するなり二人は店の中に入っていく。その店は住居と一体となっているようで、一人の女性が経営していた。まだ三十代半ばのようで、他に店員がいる様子はない。しかし、ハイドらの他にすでに来店者がいた。
「……あれ、アル?」
ハイドが店の中に入ると、そこにはアルの姿があった。アルは店主と何か話をしていた。
「なんだ?二人で何しに来たんだ?」
「まあちょっとね。そっちは自警団?」
ハイドはそう尋ねるも、アルが自警団の格好をしていることに気づいている。この周辺で活動していることから、ストロングの件が絡んでいることは間違いなかった。
「ああ、ここで万引きが起きていたらしくて」
「……やっぱり」
「ん?ハイドは知っていたのか?」
ハイドが溢した言葉を拾って、アルが問いかけてくる。ハイドはそれを否定する。
「いや、初耳だ。ただ、例の不審者がストロングの件とは別の犯罪をこの周辺でしていたかもしれないとは考えていた。それでここに」
ハイドはこの店にやって来た理由を告げる。アルは感心した様子を見せる。
「よく分かったな。ここで万引きが起きた日時と、不審者が目撃された時間がほぼ一致することが確認できた。それに、逃げていった男とその日に来店していた男の特徴が合致している」
アルはこれまでに集めた情報をハイドに伝える。ハイドは壁が崩れつつあると感じた。
「……振り出しに戻った。とにかくその男を探してみることにするが、ストロングの件はまた考え直しだな」
アルは悔しそうな顔をしている。ハイドはそんなアルの表情を見ながら、このときはその通りだと同調した。ヨシノは不思議がっていたが、ハイドはそんなヨシノのことを確認していなかった。
「……ついでだ。そこの手ぬぐいを買って帰ろう」
ハイドは一つの商品を指差す。やって来て何も買わずに帰ることは申し訳ない。それも、関係ない話をしに来ただけということになればなおさらである。ヨシノが会計を済ませている間、アルがハイドのもとに寄ってきた。
「もう帰るって、ヨシノさんと何してるんだよ?」
「別に。知りたいことがあったからここに来ただけ。それで知りたいことはもう分かったから帰る」
「へぇ……デートかと思った」
「まさか」
アルの含みを持った言葉をハイドはすぐに否定する。しかし、アルは別の視点から質問してきた。
「ホウカが怒るんじゃないか?」
アルは笑って適当なことを話している。しかし、的を射ていたため、一緒になって笑うことはできなかった。
「……それじゃ、頑張ってくれ」
「ああ、それじゃあな」
まだ聞き込みの仕事が残っているというアルと別れて、ハイドとヨシノは店に戻る。ヨシノはいつもと変わらない歩調で歩いている。一人で移動できなくなってから、ハイドはこれほど退屈な時間はないと感じた。
ストロングが失踪してからもうすぐで一週間が経とうとしている。このような状況では、解決のために確たる証拠がなくとも動き始める必要がある。不幸になる人が出てくるかもしれない。それでも、自分の信念を変えるつもりはなかった。
「……ヨシノさん、また明日も付き合って欲しいことがあるんだけどいいかな?」
ハイドは心の準備を整えてから問いかける。ヨシノの返答はそのままヨシノの考えを反映していた。
「もちろん良いですよ」
ヨシノが即答したとき、ハイドは心の中で大きく息を吐いた。仮にヨシノが断ったとしても、ハイドがするべきことに変わりはない。それでも、否定されるよりも肯定される方が穏やかに物事を運べることは言うまでもなかった。




