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小事件 (5)

 ハイドはストロングの失踪について、ただ単に飼い犬が逃げてしまったというだけの話とは思っていない。何者かが故意にストロングの失踪に関わっていると信じて疑っていなかった。その根拠はいくつかあり、ハイドが調べてきた事実と照らし合わせた結果と言ってもいい。


 しかし、どのような状況だったのかが徐々に分かっていく中で、それでもハイドが解決できない疑問点は、犯人がどうしてそんなことをしなければならなかったのかということである。ストロングと飼い主は誰かに恨まれるようなことはしておらず、このような被害に遭う理由がない。


 ハイドが真実を知るために必要なことは、新しい情報を手に入れることである。ストロングが帰ってきて強制的に解決されるか、ストロングの失踪に関わった人間が現れない限り、事件の進展は見込めそうになかった。


 ハイドがそのように考えていた中、事件が動いたのは翌日のことだった。ハイドがヨシノと分担して作業を行っていたとき、アルが昨日と同じようにやって来たのである。


 「ハイド、暇か」


 「見ての通り忙しい」


 来店者がアルだと分かると、ハイドは頭を上げることなく返答する。ヨシノは律儀にアルに挨拶をしていた。


 「ストロング失踪の件で進展があった」


 「へえ」


 ハイドは素っ気ない態度を取る。しかし、本当は気になっていることは言うまでもない。ハイドは仕事をしなければならないと自分に言い聞かせて、ストロングの件に関与しないようにしていたのである。


 「聞いてくれって。ついに容疑者かもしれない人間が浮上したんだ」


 アルはハイドに近寄って話を続ける。ハイドは手を止めることなく話を聞く。ヨシノも気になっている様子であったが、ハイドの手が止まらないことから仕方なく作業を続行しているようだった。


 「あの老夫婦の家から少し離れた所に住んでいる人が、ストロングがいなくなった日に怪しい男がその家の方から走ってきているのを目撃していた。その道は周辺に住んでいる人以外に使われないらしくて、見たことのない顔だったから覚えていたそうだ」


 「……やけに目撃情報が挙がってくるの遅かったな」


 自分が文句を言う立場ないことを理解しつつ、ハイドはそれでも情報獲得が遅かったことを指摘した。アルはそんな疑問に答える。


 「そこの住人は何度か自警団が訪れたときに留守だったんだ。どうやら東地区の工場にまで働きに行っているらしくて、大半の時間は家にいないらしい。その時はたまたま休日で家にいたそうだ」


 「なるほど」


 ハイドは一通りの作業を終えて顔を上げる。ハイドがアルに言いたいことは一つだけだった。


 「それなら頑張ってその男を捜し出せばいい。本当にストロングの失踪に関与しているのかどうかはその後に分かることだ。……僕はその仕事に手助けをすることはできない。どうしてそれを話しに来る?」


 ハイドは別段アルの訪問を面倒に思っているわけではない。しかし、自分が使い物にならないことを自覚しているため、アルが何度もハイドのもとにやってくる理由が分からなかったのである。そんなことをしていないで、怪しい男を捜している方がよっぽど生産的である。


 しかし、アルはそんなハイドを馬鹿にするような目で見た。


 「昨日も言っただろ?頭を使って助けてくれればそれだけで良いって」


 「頭を使うようなところがあったか?その男を見つけ出す方法を模索しているのであれば、僕は協力できそうにないけど?」


 ハイドは自分の立場を把握した上で断っておく。しかし、アルが聞こうとしていたことはそんなことではなかった。


 「違う違う。俺がハイドに考えて欲しいことは、その目撃談が本当にストロングの失踪に関わっているのかってことだ。関わってないなら面倒なことをしてその男を捜す必要もないだろ?」


 「……そんなことができるほど他に情報はないだろ?ストロングの発見に繋がるとは思えない」


 ハイドが断っている理由は、協力することが嫌だからではない。計画されていることが無意味な結果に終わる可能性が高いからである。ストロングを見つけ出したいという思いはハイドも同じである。問題は、それをいかに効率的に行うかということだった。


 ただ、そうして話をまとめようとしていたハイドだったが、アルに味方が現れたことで唐突に形勢は逆転した。その味方とは、もちろんヨシノである。


 「でも、考えてみないと分からないことだってあります。店長もそのことは知っているはずです」


 ヨシノが何かを念頭にして説得してくる。ハイドは、指輪の一件のことを念頭にされていると理解して反論できなくなった。ヨシノはさらに言葉を続ける。


 「ストロングがいなくなって時間が経っています。もし探し物が指輪でしたら、それは生きていないので見つかるまでに時間がかかっても問題はありません。でも、ストロングは生きています。見つけるまでに時間がかかればかかるだけ、ストロングの生存率が下がることを意味しませんか?それなら、一件無駄に思えることでも考えておいた方が後悔しないで済むかもしれません」


 「そうだぞ、ハイド」


 ヨシノの言葉に続けてアルも同調する。そこまで言われると、ハイドは閉口せざるを得なかった。ヨシノが言ったことは極めて合理的で何よりも正論である。ハイドにはそんなヨシノの意見を突き返すだけの考えがなかった。


 「……分かったよ。それで僕は何をどう考えたら良い?」


 「それはその現場に行ってからだ。俺が連れて行ってやるよ」


 最終的に同意したハイドに対して、アルはやけに嬉しそうに対応する。ハイドはそれを気色悪いと感じつつ、それでも協力すると明言したからには覚悟を持って臨む必要があると感じた。


 「それじゃヨシノさん、また店のことを任せて申し訳ないんだけどお願い」


 「分かりました」


 ハイドはヨシノに一言かける。ヨシノも嬉しそうに返事した。


 「話を聞いて帰ってくるだけだと思うから、すぐに戻ってくる」


 アルも一言ヨシノに言葉を残してから、ハイドを連れて店を出た。ヨシノはそんな二人を見送って店の中に戻っていく。


 「ハイド、お前ヨシノさんの言いなりになってね?」


 「うるさい」


 ハイドは一言でアルを黙らせ、目撃証言が出たという場所まで向かった。


 アルがハイドを連れて向かったのは、老夫婦の家からさらに北へ向かった場所だった。アルが言っていた通り、関係のない人間がやって来るような場所ではない。アルが足を止めたのは、周辺に一本しかない舗装された道に面する家だった。最初からこの時間で約束をしていたのか、アルが呼びかけるとすぐに住人は家の中から出てきた。


 「こんにちは、何度もすみません」


 「いやいや」


 出てきたのは若い男で、人柄は良さそうだった。


 「こいつが自警団で一番頭が回るハイドって奴です。それで、先程も話したようにストロングという犬が逃げてしまった件でその捜索をしているのですが、あなたが見たという不審者の話をもう一度してくれませんか?」


 「私はイットーです」


 アルは再びハイドに関して変な紹介をする。それに合わせてイットーも自己紹介をした。ハイドはもはやそれに反応することが無意味なことだと判断して、イットーの話を大人しく聞くことにした。


 「私が見たのは、そこの通りを知らない男が走っていたことだけです。この道を使うのはこのあたりに住んでいる人がほとんどなんですが、その男は見たことのない顔でした」


 イットーはハイドらが歩いてきた道を指し示す。道はそこまで大きくないものの、整備されていて人の往来の痕跡もある。視界が悪いわけでもなく、周囲は住宅が点々とあるだけだった。ハイドは一通り観察を終えてイットーに質問をした。


 「この道の先には何が?」


 「何もないよ。畑があってそのまま壁まで繋がってるだけさ。だから走ってどこに行くんだろうって思ったわけ」


 「なるほど……それで他にその男の特徴で覚えていることはありませんか?」


 ハイドは、その男がストロングの失踪に関わっているのか判別を始める。


 「そうだな、とにかく黒い格好をしていたかな。顔を隠したりはしていなかったけど、結構な速度で走っていて何かから逃げているようにも見えたね。それで何か鞄を持っていたかな。……その男がルビーさんの犬の失踪に関わっていたり?」


 「それをいま調べています。まだはっきりとしたことは分かってませんが」


 イットーはそれを聞くと何度か頷く。ハイドは少しした後に追加の質問を行った。


 「一つ聞きたいことがあるんですが、その男は一人だけで走っていたんですね?」


 「そうですね」


 「後ろから何かが追いかけてきたりはしてませんでしたか?」


 「追いかけられているように見えましたけど、他には誰もいなかったと。ただ、私もずっと外にいたわけではないからはっきりとしたことは言えないけどね」


 イットーは何度か思い出すための素振りをしてみせるが、有力な情報を提供することはなかった。ハイドはそれを仕方がないと考えながら、それでも少ない情報の中でストロングの失踪との関連性を探す。アルは話を聞いているだけで、特に会話に参加してくることはなかった。


 結局それ以上の情報は得られず、ハイドとアルは時間をかけることなくイットーのもとを去ることになった。それなりの情報提供を期待していたものの、その考えは改めなければならなかった。


 「ハイドは話を聞いてどう思う?」


 「……分からないな。走っていた男がいたということしか聞いていない。判断のしようがない」


 「自警団としては、その男を捜すことになるかな」


 「見つけられるのか?」


 自警団の方針を聞いて、ハイドはそんなことができるのかと疑問に感じる。得た情報からは、到底個人を特定することはできそうになかったのだ。


 「そんなことを考える前に探してみるしかないだろう」


 「見つけられない可能性の方が圧倒的に高いと思うけど?」


 ハイドは、証明するための材料が全くないことをアルに示す。イットーが見ていたということだけでは、怪しい人物を見つけられたとしても捕まえることはできないのだ。それこそ、アインを脅迫した男と同じようなことにはならないのである。


 「そうなったら、この件は打ち切りだろうな。自警団は他の仕事で忙しい。犬が逃げたくらいで人手が削られるなんてことは百害あって一利なしだ」


 「……まあそうなるか」


 ハイドは自警団の限界を知っているため、アルの言葉を責めはしない。最悪の場合、ルビーには申し訳ないが、ストロングのことを諦めてもらうしかなかった。それはどうしようもないことである。


 「結局、ハイドでも何も分からなかったか」


 「だから、どうして僕なら分かると思ったんだよ。案の定、今回の情報だけでは新しい可能性なんてまるで一つも分からなかったよ。……とはいえ、一つだけ仮説として話しておくならその男は関係ないと思う」


 「……適当な意見は聞いてないぞ」


 「分かってるよ。適当なことなんて話していない」


 「じゃあ、どうしてそんなことを唐突に?」


 アルはハイドに問いかけてくる。ハイドはあくまでも仮説であることをもう一度アルに確認させてから話を始めた。


 「もしその男がストロングの失踪に関わっている人間だとしたら、どうして走って逃げていたんだ?そんな怪しまれることはしないで良いはずだ」


 「そりゃ、悪いことをしたって自覚があるなら、走って逃げてもおかしくはないだろ」


 「どうして?」


 アルの言葉を聞いてハイドは即座に問いかける。悪事を働いた人間が走って逃げるのは当たり前など、子供が考えそうなことである。


 「ハイドは何が言いたい?」


 「僕はストロングが逃げた可能性の一つとして推測していることがある。つまり、誰かがストロングを繋いでいた紐に切れ目を入れた後挑発し、ストロング自身に紐を千切らせたという案だ。それを考えれば、イットーが言っていた男がストロングの件に関与していないことはすぐに分かるだろ?」


 「……いや待て、その前提が分からない。どうして紐に切れ目を入れたという可能性しか考えていない?」


 ハイドがヨシノと確認した紐の断面のことについてアルは何も知らない。ハイドはそれを説明してから、現在疑われている男の話に移った。


 「外部の人間がストロングの失踪に関わったとするなら、僕の示した可能性しか残っていない。その中でもう一度、イットーの話を思い出してみろ。イットーはその男が一人で走っていたと言っていたんだぞ?」


 「……ストロングが目撃されていないことがおかしいと言っているのか?」


 「そうだ」


 アルはようやくハイドが伝えようとしていたことを理解する。


 「もしその男がストロングの失踪に関与していて、走らなければならなかったのだとしたら、それはストロングが追いかけてきていたからだと考えるのが賢明だ。だけど、実際としてはイットーはストロングの姿を見ていなかった。つまり、その男には走る理由がないんだよ」


 「なるほどね。確かに、追いかけられてもいないのに走るのはおかしいということか。それなら、どうしてその男は走っていたんだ?」


 ハイドの意見に納得したアルだったが、そこで次の疑問が湧いてくる。しかし、それはハイドの考察の範疇を超えていた。


 「そんなこと分かるわけない。男を探し出せれば聞いてみたら良い。とにかく、自警団がどんな方向性でストロングの件を解決していくのか、そのことに僕が関与できるわけじゃないからあんまり適当なことは言わないでおくけど、もっと柔軟な考え方をした方が良いかもしれない」


 「嫌な言い方だな。他の可能性があるなら教えてくれよ」


 ハイドの話し方にアルが文句をつける。しかし、そんなことを言われてもハイドは困るだけだった。


 「ないわけじゃない。でも、僕が持っている可能性は正直全く当てにならない。これを話して誰かを傷つけるかもしれないなら、まだ胸の内に秘めておくことにするよ」


 「なんだよそれ」


 アルは笑いながら言ったっきり話をしなくなる。ハイドはそれで十分だと感じ、ヘリー修繕店に戻るまで口を開くことはなかった。

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