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放浪者ヨシノ (3)

 顔を上げると、向かいの建物は夕日で赤く染まっていた。ハイドは工具をしまって夜間警戒の準備を始める。今朝とは異なり、活動用の服装に身を包む。


 アルが到着したのはそのすぐ後のことで、ハイドの姿を見て驚いた。


 「なんだ、もう準備できていたのか」


 「当たり前だ」


 ハイドは今朝のことを棚に置く。アルはそんなハイドに何も言わなかった。


 「あーあ、議会がある日の夜間警戒は正直きついな。眠くなるだろ」


 アルと一緒に外に出たハイドは、店の扉に営業終了の札をかける。


 「仕方ない。当番なんだから」


 ハイドは諦めてそう呟く。どんなに文句を言ったところで現状は変わらないのだ。


 「確かに……まあ、ハイドは頭数要員だけどな」


 アルの笑顔にハイドは眉をしかめる。しかし、何も言い返すことはできなかった。武器の扱いが下手なことを揶揄されていたからである。


 警戒任務の際、自警団は武器の携帯を許されるため旧式の銃を持つ。ハイドはその扱いが不得手なだったのだ。また、格闘術においても問題児とされている。


 今日のハイドらは西地区と外の領域の境界を防衛する。集合場所に到着したとき、すでに数人の自警団員が準備を済ませていた。


 「自警団手帳を見せて装備を受け取れ」


 班長が声を張って指示を出し、ハイドはそれに従って銃を受け取る。本体はかなり重たく、一緒に渡される弾倉は着ている装備に収納する。


 ハイドの射撃精度は新米と肩を並べている。今夜の警戒でもこれを使う機会がないことを切に願った。


 「……今日は十二人が集まる。整列して待機しておけ」


 班長が来ていない自警団員を調べる。ハイドらはその間に声を潜めて会話した。


 「また数が減ったのか。担当範囲は変わらないのに」


 「みたいだな。どうやら東地区の自警団が機能していないみたいで、こっちから自警団員が派遣されているらしい」


 アルはどこからか知り得てきた情報を伝える。それを聞いたハイドは不満を持った。


 自警団は一つの集団としてメンデレーに存在しているが、実際には西地区と東地区で分かれてしまっている。そのため、それぞれの地区で分担して警戒を行なっていた。


 西地区の自警団員は自営業や役所働きが多く、深夜に活動する夜間警戒の日は自分で休養を取るなり役所が配慮してくれることが多い。しかし、東地区の自警団員は工場勤めが多く、労働環境は西地区に比べて良くないとされている。そのため自警団活動が疎かにされていた。


 ただ、街が東西で分かれていても、その間に壁があるわけではない。東地区の自警団が機能せずに敵対勢力の侵入を許せば、西地区も被害を受けるのだ。それを避けるため、西地区が負担を強いられていた。


 とはいえ、西地区の自警団員にも限りがある。現在では慢性的に自警団員が不足しているのだ。


 数分後に全ての自警団員が揃う。長い警戒活動が今日も始まった。


 「……高いのは嫌なんだ」


 アルが街を囲む防護壁に登りつつ弱音を吐く。しかし、壁の高さは五メートルほどしかない。ハイドは弱々しいアルを情けなく感じた。


 「落ちても死なない。それに、暗くて高さなんか分からないだろ?」


 「でもここらは木造だ。壊れたらどうする?」


 アルはそう言って、体重を乗せている木製の板を軽く踏み込む。それだけで板は湾曲した。


 「……確かに石造りの方が良いけど」


 風雨で木材の一部は腐っている。ハイドは一部理解を示した。


 警戒は日没と同時に始まる。日没に街の出入りが禁止されるため、侵入者は夜に現れるのだ。


 ただ、そんなことはハイドが自警団員になってから数度しか起きていない。また、そのどれもが日没後に帰ってきたメンデレーの住民だった。


 「鹿だ!子連れか?」


 そんな過去と照らし合わせ、ほとんどの自警団は夜間警戒に本腰を入れていなかった。真っ暗な街の外を眺めて、時折現れる動物を楽しむ。それが当たり前となっていたのだ。


 「昨日の奴らは猿を見たと言っていた」


 アルが暇そうに伝えてくる。夜間警戒は二人組で行い、他の自警団員はハイドらから百メートルほど離れた場所に位置取っている。


 「人を見間違えたんじゃないか?」


 ハイドは鼻で笑う。自警団として数年この活動をしているが、猿は見たことがなかったのだ。


 「だとしたら怖いよな。誰かがこっちを見てるってことだ」


 アルがらしくないことを言って遠くを眺める。空に浮かぶ月は深夜前には沈む小さなもので、平原の奥に広がる森の輪郭をうっすらと形作っている。


 「誰かいると思う?」


 ハイドは不思議な感覚で質問してみる。ハイドらが見ている方角の一番近い街までも、歩いて数日はかかるのだ。


 「聞いただろ?帝国の皇帝が死んだって話。その直前からゲリラが活発になっているらしい」


 「そうなのか?」


 アルは飲食店を経営している関係で、色々な人から情報を得ることが出来る。初耳のハイドは驚いた。


 「数ヶ月前から南の街が度々攻撃されているらしい。今までなかったわけじゃないが頻度は増えている」


 ここよりさらに南にあるエイフなどの国境の街はメンデレーより小さい。そこでも小規模なフリース軍が駐屯していて自警団も結成されているが、ゲリラからは攻撃しやすいと見られているようだった。


 「連邦から軍が派遣されてくるんだろ?それでどうにかならないのか?」


 帝国の動きが活発になることを見越して、連邦は旧アボガリアとの境界線への軍の派遣を決めている。四カ国の中で最も国力のある連邦は頼りになるはずだった。


 しかし、アルはそんなハイドの考えに疑問を呈した。


 「群を動かすのは自国のためだ。こんな小さな街を守るためには来てくれないだろうよ」


 「……確かに」


 「せいぜいフリースの大都市が陥落しないように手助けをするだけだろう。フリースが帝国の手に落ちれば、連邦は戦線を持つことになるからな」


 アルの意見は理にかなっている。しかし、実際にどうなるのかは予想できない。


 「根本的な問題は、四カ国の中で最も国力や技術を持つ連邦だが、帝国にはどちらも及んでいないということだ。現状こちら側に勝てる見込みはない」


 アルは現実的に判断してそんな未来を予測する。ハイドは駐屯軍と協力関係にあるが、そのあたりのことは全く知らない。戦争の行く末など想像さえ出来なかった。


 「いずれメンデレーにも攻撃は行われる。その時にどうなるかが重要だな」


 「……無血で降伏するかもしれない」


 ハイドはぼんやりと一つの可能性を示す。すると、アルは驚いた顔を見せた。


 「そんなことを考えているのか?」


 「別に僕の考えじゃないよ。……ただ、街の運命は街の人が決める。最近は帝国派も活発になってるし」


 自警団の望みを簡単に反映してくれるほど、メンデレーは小さな街ではない。住民の大半が降伏を選択するならば、それに従わなければならないのだ。


 「帝国派か……確かに最近は耳触りの良い言葉を並べているからな」


 帝国派とは、強大な帝国に降伏することで平和をもたらそうと考える集団のことである。現状は少数派であるが無視できる声ではない。


 彼らは平和主義や民主主義といった多くの人に受け入れられる綺麗な言葉で支持を拡大している。街は警戒しているものの、思想の自由という観点から手を出せていない。とはいえ、自警団の監視対象であることは言うまでもなかった。


 「最近はゲリラと帝国派が協力してるって話だ。ゲリラの侵入経路を確保したり、ゲリラができない工作を代わりにしているらしい」


 アルは帝国派の性格をさらに述べる。ハイドはそれを聞いて黙った。メンデレーではそのような兆候はまだ見られていないのだ。


 「何はともあれ、監視をしてゲリラを中に入れなければいい。帝国派だけなら非武装だ」


 ハイドはそう言って話を打ち切る。そろそろ班長の巡回がある。話をしていると文句を言われるため、アルも口を閉ざした。


 この日も自警団が警戒する侵入者は現れなかった。ゲリラの影響はメンデレーまで波及していない。メンデレーの安寧は、案外これからも続くのではないかと無意識にハイドは考えた。

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