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帝国派 (10)

 事件は発生から五日で収束した。敵は東地区の一角に籠城して抵抗していたが、銃弾が底をついたため軍に制圧されたのである。これでようやく、街の中で戦闘が行われているという異常な事態は解消された。しかし、それは解決を意味している訳ではない。


 敵の正体は、その後の取り調べで帝国派であることが断定された。ハイドらが捜索に入った建物の中でもその準備が行われていたため、多くの武器が押収されている。これはメンデレーで初めて起こった大規模なテロ事件だった。


 自警団は今回の事件で確保した全員の取り調べを行い、参加した人物の半数がメンデレーの人間ではないことを確認した。しかし、その人物の出身までは突き止められなかった。取り調べを行っても、ほとんどの構成員が何も話そうとしなかったのである。武器は部品の状態で運び込まれて街の中で組み立てられたと推測されているが、真相解明は困難と予想された。


 テロに参加した人物の身柄は、軍を経由して中央政府に移されることになった。中央政府がその人物等にどのような処遇を与えるのかということに、メンデレーは一切干渉できないまま一時的な解決に向かったのである。


 そのようにして見かけは収束したテロ事件であるが、爪痕は街に残り続ける。その一番の問題が、多くの犠牲を出して人口流出をもたらしてしまったことである。


 帝国派が自警団や軍以外に攻撃を行わなかったため、一般住民に犠牲者は出ていない。しかし、自警団として活動していた一人が犠牲となり、ハイドやガリスのような重傷者も多数出た。それに加え、帝国派としてテロに参加した人間は戦闘で死亡した者もいれば中央政府に送られた者もいて、たくさんの人がメンデレーから消えた。それに伴って、犯罪者として処理された人物の家族の中でもメンデレーから出ていく人が多く現れた。


 このようなことが原因となってメンデレーでは人手不足が深刻となり、それが大きな問題としてのしかかった。メンデレーは一挙に数百人単位の住民を失った。それは大きな負の効果をもたらしたのである。見えない形で、メンデレーの雰囲気は悪くなった。


 ハイドが入院している間に起きたことはこのようなことだった。目に見えるような傷はほとんど回復している。しかし、直接確認できない形で爪痕は残り続けた。


 ハイドも救護所の中でそれを少なからず感じた。ハイドの見舞いにやって来たガリスが、これからは自警団活動を行わないと伝えてきたこともその一つである。その時のハイドは、ガリスの決断に肯定も否定もできなかった。


 ハイドが退院を許されたのは、入院から一ヶ月後だった。しかし、一人で立つことはまだ許されず、当面は車椅子生活を強いられる。


 「やっと退院なんですね」


 ヨシノがその日もハイドの世話をしてくれる。ヨシノは一ヶ月間ハイドの手となり足となって支えてくれた。ハイドはそのことを心から感謝していた。


 「本当にありがとう。ヨシノさんがいなかったらどうなっていたことやら」


 「ホウカさんが来てくれたと思います」


 ヨシノはそう即答して荷物を片付けている。ハイドも手が届く範囲でそれを手伝う。


 ヨシノに車椅子を押してもらって救護所を出たハイドは、久々の外の空気に感動した。そして、やっと自分の家に戻れることを実感して色々な感情を湧き起こした。一番に感じたことは、溜まっている仕事をこなさなければならないという面倒な気分だった。


 「最近になってやっと雰囲気が元に戻ってきたんです。事件があってしばらくは、このあたりも人通りが少なくなっていて寂しかったんですよ」


 「……そうなんだ」


 ハイドは見慣れた道を進みながら、ヨシノの話を聞いて観察する。ハイドの目にはいつも通りの風景に見えていた。


 「ヨシノさん、この街には慣れた?」


 「それなりにですけど」


 曖昧な返事の中でヨシノは笑顔を見せる。ハイドはそれを見て安心した。ハイドの目からも、ヨシノはこの街に馴染んで生活ができているように見えている。それに、ハイドはヨシノがどのような人物であるのかを一段と把握することができていた。それは、ハイドが入院してヨシノと会話する機会が増えたからである。


 ハイドの予想では、今のヨシノと出会った人の中でヨシノが過去に窃盗を繰り返して生きていた人間だと見破れる人はいない。仮にその話をされても信じる人さえいないかもしれないと思っていた。それほどヨシノの性格は優しく穏やかなもので、ハイドはそれを身をもって感じていたのだ。


 ただ、犯罪を重ねて生きていたヨシノも今のような生活を送っているヨシノも、同じ人間である。どちらがヨシノの心の中を多く占めているのかは、ヨシノ本人にしか分からないことだった。密かにハイドやその周辺の人間から何かを奪うことを計画しているかもしれない。それを信じる人がいなかったとしても、その可能性がないと言い切ることはできない。


 ヨシノの性格を知った気でいるだけで、本当は何も理解できていないのかもしれない。ハイドはそんなことさえ考えてしまっていた。それは、ヨシノのことを信じられていないからではない。時間がまだそれを許していなかったのだ。


 ヨシノとホウカを比べてどちらの方が信用に足る人間かと問われれば、ハイドは迷うことなく答えることができる。それを理解した上で、ヨシノの人物像をさらに深く考える必要があった。


 二人がヘリー修繕店に戻ったのは昼過ぎのことだった。ハイドにとって一ヶ月ぶりの我が家である。こんなに家を空けていたことは今までになかった。


 「すごく懐かしいな」


 「そうですか?変わってませんよ」


 ヨシノはそう言ってハイドを店の中へと連れて入る。店の中はハイドが最後に過ごしていたときと変わっていない。多少変化があるとすれば、それはハイドがいたときよりも綺麗になっているということ程度だった。


 「何か飲みますか?」


 ハイドを机の前まで移動させると、ヨシノは台所に向かう。ハイドは水をお願いして店の中を眺める。そんな時、リッチがハイドのもとに近づいてきた。


 「……なんだ」


 ハイドは、そばに歩いてくるなりこちらを窺うリッチに声をかける。リッチも全く変わっていないようで、健康そうな体をしていた。目を合わせてしばらくした後、リッチは突然飛び上がってハイドの車椅子に登る。そして、そのままハイドの膝の上に座り込んだ。


 「……ヨシノさん」


 ハイドは少し震える声で名前を呼ぶ。


 「なんですか?」


 水を持ってきたヨシノが首を傾げてハイドに返事をした。


 「何かリッチに変わったことはなかった?」


 「リッチにですか?」


 ヨシノはハイドの質問を受けて、リッチのことを観察する。リッチは丸まって寝る体勢に入っていた。


 「特に何もなかったと思います。いつも通り、いきなり現れてご飯を欲しがったりしてました」


 「そう……こんな懐いてくる奴じゃなかったんだけどな」


 ハイドは膝の上にいるリッチに困る。いつもはハイドに牙を見せて威嚇していた。時にはハイドに爪で攻撃することもあった。そんなリッチがこのような態度を示している理由に心当たりがなかったのである。


 「寂しかったんじゃないですか?店長が救護所にいるとき、何度か店長のベッドの上で用を足していたこともありました」


 「なっ!?」


 ハイドはリッチを撫でようとしていた手を止める。


 「飼い主がいなくなって寂しくなるのは当たり前のことです」


 「いや、それは鬼の居ぬ間に便所してただけだろ」


 ハイドはリッチを可愛がることを止めてわざと膝を揺らす。リッチは眠る邪魔をされたためか、ハイドに唸った。


 「そこで寝ようとするから悪いんだ。怪我人の上からさっさと退いてくれませんかね」


 ハイドはリッチを抱えて床に下ろそうとする。その時、リッチはハイドの肩に猫パンチを何度も食らわせた。ハイドは痛みでリッチのことを離す。最後に、リッチはハイドの腹部を後ろ足で蹴ってどこかに行ってしまった。ハイドは再び悶絶する。


 「大丈夫ですか?」


 「……あの野郎、怪我してるところばかり狙いやがって。馬鹿猫が」


 「多分リッチは知らないと思いますよ」


 「もう知らない。ご飯もやるものか」


 ハイドは、リッチが何も変わっていなかったことを受けて反発する。リッチの柔らかい態度を求めていたわけではないが、何か腑に落ちなかったのである。


 「私がちゃんとあげるから意味ないですよ」


 ヨシノはそう言って笑う。ハイドは横目で楽しそうにしているヨシノを見つつ溜息の分だけ水を飲んだ。一段落した後、ハイドはおもむろにヨシノに声をかける。


 「ヨシノさん、ちょっと僕を地下に連れて行ってくれる?」


 「いいですよ」


 ヨシノはハイドの要求を聞いて、立ち上がる手助けをする。一人で歩くことを許されていないが、地下への階段を降りるときに車椅子は使えない。ハイドはヨシノの肩を借りて地下に降りた。


 「ろうそくで明かりをつけて」


 ハイドはヨシノに指示を出して、自分は壁にもたれかかる。そして体に負担をかけないように移動して、店の資金を隠している所まで向かった。ヨシノはちょうどハイドの手元を照らしている。


 ハイドは床を持ち上げて、紙幣を取り出す。


 「えっと、ちょっと待ってね」


 ハイドは紙幣を手に取って事前に計算していた分を数える。そしてそれをヨシノに渡した。


 「……何ですか、これ?」


 「一ヶ月目の賃金だよ。入院してて渡せなくてごめん」


 ハイドは床を元に戻して、自力で立ち上がる。ヨシノは手にした紙幣を見て言葉を出せないでいる。ハイドが一階に戻ろうとした時、ヨシノが声を出した。


 「多いです。契約書に書かれていた金額は十二万モールでした。それも多いと思っていたのに、十五万モールももらえません」


 ヨシノはそう言って過剰分をハイドに返そうとする。ハイドは壁に手をついていて、受け取る手がないことを示す。


 「入院していたときに計算したから間違いない。契約書に書かれていたのは基本給だから。ヨシノさん、面倒事を引き受けて色々時間外労働してたからその分を足してるだけだよ」


 「これは……困ります」


 ヨシノは何を困っているのか、ハイドにそんなことを呟く。しかし、ハイドとしてはそれを受け取ってもらう必要があった。


 「前にも言ったと思うけど、ヨシノさんは働いた分の賃金を貰う権利があって、僕には払う義務がある。いきなりそんな大金をどうしたら良いのか分からないのかもしれないけど、受け取ってもらわないと。使い方も気にしないし」


 「………」


 「言っておくけど、半年後に自立することになったら本当にたくさんのお金が必要になる。だからヨシノさんはここで働くことが決まった。だけど、だからと言って僕はそれを貯めておくようになんてことは言わない。それはヨシノさんが真剣に働いた証拠だから」


 「………」


 ハイドにヨシノを困らせるつもりなどない。しかし、ヨシノは納得していない表情をしている。ハイドは、ヨシノに何か納得できない理由があるのではないかと感じてしまう。


 「あの……私に何かを求めているわけではないですよね?」


 「はい?」


 「いえ、店長がそんなことを考えていないことは知ってるんですけど」


 ハイドが素で驚くと、ヨシノは慌てて言い加える。


 「まあ、サボらないで働いてくれればそれで十分だけど……勿論、ヨシノさんがそんなことしないって分かってる」


 ハイドはヨシノに求めていることを伝える。ヨシノに必要なことはヘリー修繕店の力になることではなく、真剣に働いて賃金を獲得することである。ハイドは、ヨシノにはそれができていると思っていた。


 「……じゃあ、ありがたくもらいますね」


 「有り難がる必要はないよ。当然だと思って受け取らないと」


 「そうですね」


 ハイドの言葉を受けて、ヨシノは最終的にもらったお金を胸に押し当てる。ハイドはそれを見て安心した。


 「そうしたら、早速働くか。だいぶ仕事が溜まっているし」


 「話していたと思うんですけど、軍の方が持ってきた仕事があります」


 ヨシノはハイドに再び肩を貸して階段を上がる。ハイドは大きなため息を吐き出す。


 「多分、旧アボガリアから回収してきた遺品だと思う。初っ端から多いな……」


 ハイドは待ち構えている仕事の量にげんなりする。ハイドのことを車椅子に座らせたヨシノは、店の端に置いてあった木箱を抱えて机の上に置いた。それを開けると、予想していた通り中にはたくさんの小物が入っていた。


 「大変ですね。先月の分もまだ整理できてませんでしたよね?」


 「そうなんだよ。……ああ、もう少し向こうにいれば良かった」


 ハイドは現実逃避しながら、作業の手順を考える。ハイドは怪我をして体を動かしにくくなっている。仕事の効率が下がることは避けられそうになかった。


 「私が手伝います。私は測ったり分類したりすることはできないですけど、店長が動かないでいいように物を渡したり、紙に調べた結果を書いたりすることはできますから」


 「ああ……そうだね。お願いしようかな」


 ハイドはヨシノの厚意に感謝する。ヨシノはやはり優しい人だ。自分の都合だけでそんな評価を下すことを悪く思ったが、それでもヨシノのことをそのように高く買っていることをハイドは間違いだとは思わなかった。少なくとも、ヨシノがこの店で働くことになったときに、こんなことを想定していなかった。


 それから、ハイドとヨシノは二人で作業を進めていった。ヨシノの字は綺麗で、ハイドがまとめた資料に比べて格段に見やすい。そんな字を書いているヨシノもハイドの目には美しく見えた。


 「……何ですか?」


 ハイドがヨシノのことを見ていると、それが気になったのかヨシノは手を止めて話しかけてくる。ヨシノの不思議そうにしている顔を見て恥ずかしく感じたハイドだったが、そのまま何も話さないでいることは良くないと感じて思ったことを口にした。


 「いや、綺麗だなと思って」


 「ありがとうございます。私の母が字を綺麗に書く人で、子供の頃それを真似てよく書いていたんです」


 「あ、ああ……そうなんだ。……外径二・一五センチ、内径一・八七センチ」


 ハイドとヨシノの作業は夕方まで続き、先月分の作業がたった一日で終わった。

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