帝国派 (9)
目を覚ますと、ハイドは知らない場所にいた。目に飛び込んできたのは木造の天井と、窓の外に広がる明るい風景である。そんな外の街並みからハイドは自分が救護所にいることを把握した。部屋はハイドしか使っていないようで、ベッドは一床しかない。そして、そんなベッド脇の椅子にはヨシノが座っていた。
眼球だけを動かして部屋の中を確認していたところ、ヨシノはハイドの視線にすぐさま気付いた。
「店長?」
ヨシノが話しかけてくる。ハイドはそれに返答しようと口を開くも声を出せない。息を荒くしても、何一つ音が漏れてくることはなかった。それでも、ヨシノはすぐにハイドの手を握った。
「分かりますか!?」
ハイドはほんのわずか指を動かす。ヨシノはその指を触った直後、立ち上がった。
「誰か呼んできます!」
ヨシノは興奮気味に叫んで部屋から飛び出ていく。ハイドはまた迷惑をかけてしまったと感じた。
何が起きたのかははっきり覚えている。どこで何をしていたのかということに加えて、どうして怪我を負ったのか、その後どうなったのかなど意識を失うまでの全てである。もちろん、ガリスのこともはっきりと覚えていた。
しかし、その後のことは何も知らない。事件がどのように決着したのかさえ分からなかった。
一人で考えることに意味はないものの、今頃自警団で何が話し合われているのかを予想する。街中で銃撃戦になったことは間違いない。ハイドが知る限りこんなことは初めてで、自警団は慣れない対応に追われているはずだった。
ただ、ハイドがそれに関与することはない。今回の一件でなお一層、自分がただ自警団の頭数を増やしているだけだと証明されたからである。そのことを今更嘆いたりはしない。しかし、メンデレーにとって不要な存在になることはハイドの本望ではなかった。
ヨシノは医者と看護衛生責任者のナトリを連れてきた。体の隅々を調べ上げられ、その時になってようやく言葉を出せるようになる。問題は体が全く動かないことだった。
「足の傷は問題ないが、肩の傷と腹部の銃創から大量の血液を失った。輸血を行ったが、傷口が開くと再び失血する恐れがある。傷が回復してその問題がなくなるまでここで生活してもらうよ」
「……分かりました」
ハイドは小さな声で答える。
「あと、食事もできないからしばらく点滴だ。辛いかもしれないが、我慢するように」
「はい」
医者の話を聞いて体がボロボロになっていたことを知る。その途端に痛みが湧き上がってきた。
「それから、あなたが家族の方ですか?」
ナトリがヨシノに話しかける。
「家族ではないですけど、共同で生活はしてます」
「ハイドさんが安定するまで、彼をあまり一人にしないようにしてください。万が一、容態が急変した場合を考えてです。こちらで対応したいのは山々ですが、今回の事件で負傷者がかなり出ていて人手が足りていませんから」
「分かりました」
ナトリの説明を受けてヨシノは頷く。用事を終えた二人は忙しそうに部屋から出て行った。
「……迷惑かけてごめん」
「気にしないでください。それよりも意識が戻って良かったです。ひどい怪我だったので、すごく心配してました」
ヨシノはベッド脇の荷物を整理する。それらはハイドの持ち物で、長期間におよぶ救護所生活の準備だった。
「……地下が埋まるほどの人がここに?」
ハイドは気になっていたことを質問する。外の風景を見られるということは、今いる場所は地下ではない。普通ならば、ベッドは街の決まりで地下に設置されているはずなのだ。
「そうみたいです。何でもまだ手術をしている人がいるみたいで」
「……それで、僕が運ばれてからどれくらい経った?」
「二日です。私が先生を呼びに行ったとき、目覚めるのが早いって言ってました」
「二日!?」
ハイドは眠っていた期間を知って驚く。しかし、冷静に考えればおかしいことはない。輸血が行われるほどの大怪我を負ったのだ。
「二日も経っているのに、まだ手術している人が?」
「今も怪我人が運ばれてるみたいですから。よく知らないですけど、東地区の一角が封鎖されて軍がまだ戦っているみたいです。その怪我人がどんどん運ばれてるらしくて」
「……何が起こっているんだ?」
予想外の状況にハイドの理解は追いつかない。発端は監視対象だった建物で帝国派と交戦したことに過ぎなかった。それが今では、街の一角を巻き込んだ大規模な戦闘に発展しているというのだ。
「ガリスっていう自警団員が一緒に連れてこられたと思うんだけど……彼はどうなって?」
「ガリスさんも大丈夫みたいです。別の救護所で治療を受けていると聞きました」
「……そうか」
「店長は人の心配なんてしてないで、自分のことを気にしてください。私だけでお店を回すことはできないんですから」
ヨシノは最後にそう言って話を終えた。ハイドはそれに頷いて、頭の中で考えを巡らせることにする。しかし、痛みと空腹感に襲われてすぐに諦めた。
ヨシノは隣で熱心に本を読んで過ごす。ハイドはその姿を見つめたり、窓の外を眺めたりして何もできない時間を潰した。夕方になってやっと、暇を持て余していたハイドに訪問者が現れた。
「大丈夫?」
「来てやったぞ」
部屋に入ってきたのはホウカとアルだった。ホウカはいつも通りの格好をしていて、アルは自警団の制服を着ている。ハイドは騒がしい二人を歓迎した。
「まだここにいたの?」
ホウカがヨシノに声をかける。ヨシノはそんなホウカに椅子を出した。
「そうなんです。なんでも、店長の傷が完全にふさがったって分かるまで、誰かが一緒にいないといけないらしくて」
「あら、大変ね」
ホウカは用意された椅子に座る。アルはハイドの足下に立っていた。
「それで、体の具合はどうだ?」
アルが心配そうに尋ねてくる。
「どうってことない。少し不便なことが多いだけだ」
ハイドは簡潔に説明する。アルはそうかと言って頷いた。
「ハイドにしては活躍したんだって?」
今度はホウカが声をかけてくる。ハイドはそれを聞いて、何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。困った顔を作っていると、ホウカが補足する。
「アルのことを庇ったんだって?それに仲間を助けたって聞いたよ」
「誰に?」
「アルに」
ホウカはそう言ってアルのことを示す。それを聞いて、ハイドはアルのことを少し睨んだ。怪我をしてしまったハイドの気分を持ち上げるために、考えてもいないことをわざわざ言っているように聞こえたのだ。
しかし、アルはやけに真剣そうに話を続けた。
「今回は本当に感謝してる。それと同時に申し訳ないとも。怪我人のハイドを助けるべきだった俺がハイドに傷を負わせてしまうなんて」
「アル、そんなことを言ったって仕方ないでしょ?」
アルが重たい話を始めて、ホウカが文句を言う。そんなことを話しに来たのではないとホウカは言いたげだった。しかし、アルはホウカの言葉に反応しない。
「ガリスも感謝していた。ハイドがいなかったら死んでいたかもしれないと。……俺もそうだ」
「気にするなよ」
ハイドはアルに気にしないよう伝える。ハイドにおいても、アルがあの時に来てくれなければこれだけの怪我では済んでいなかった。自警団に所属している身として、お互いがお互いの行動を果たしたため、最悪の事態を免れたのだとハイドは考えていた。
「アルにしてはらしくないことを言うのね。ヨシノみたいに堂々としておきなさいよ」
「……そんなに堂々としていたのか?」
ハイドはヨシノのそんな姿を想像してみる。それは難しいことではなかった。
「ええ、私がクロムさんからハイドの状況を聞いて、それをヨシノに伝えに行ったときも何も動じてなかったわ」
「私に心がないかのような言い方しないでください。それなりに心配してました」
ヨシノはホウカの言葉に反論する。ハイドにとってそれがどちらだったとしても変わりはない。しかし、今度はヨシノがホウカに食いかかった。
「こういうときこそ冷静にならないといけないんです。……ホウカさんが目に涙を溜めて慌てていたのは仕方がないことだと思いますけど」
「ヨシノ!?」
ホウカがヨシノに不快感を示す。しかし、さらにアルは火に油を注ぐ。
「俺がハイドをここに連れてきてからすぐ、目を腫らしたホウカがヨシノと走ってきた」
「おかしいことじゃないです」
ヨシノはすぐにホウカの肩を持つ。ホウカは恥ずかしそうにしていた。
「心配してくれて本当に嬉しいの一言に尽きるよ。ホウカ……ありがとう」
ハイドはホウカに感謝する。それはハイドの本心から出たもので、いつも心のどこかで思っていることだった。ホウカはそれを聞いて小さく一度だけ頷いた。
「なに媚びを売ろうとしてるんだ」
ハイドのらしくない言葉を聞いて、アルが馬鹿にするような顔をしている。しかし、ハイドがそんな思いをホウカに持っていることは本当のことだった。
ハイドがホウカと出会ったのは、ハイドがメンデレーに移住してきたときだった。ヘリー修繕店と宿屋が近かったことから、街のことを何も知らなかったハイドはヨシノに色々なことを教えてもらった。ただ、どんなことを考えていたのかはもう記憶にないが、初めの頃は全く接点がなかったことをハイドは覚えている。
それを始まりとして、ハイドとホウカの助け合う関係は今でも続いている。ハイドの生活の一部をホウカが担っていることは言うまでもない事実だった。
「……それでアル。今、街の中で何が起こっているのか教えてくれないか?二日間眠っていて、何が起きているのかついていけない」
ハイドはアルがやって来たときに教えてもらおうと思っていた話を始める。アルは表情を固くして話し始めた。
「あの建物を自警団が占拠したのはすぐだった。ハイドとガリス以外の怪我人はいなくて、後処理を他の自警団員が始めていた。そんな時、本部から他の場所で武装した集団が闊歩していると情報が入った。それはあの建物からそんなに遠くない場所だったんだけど、それからが地獄だった」
アルの声はだんだんと低くなっていく。ホウカとヨシノは話を静かに聞いている。
「相手がどんな存在なのかは判断できなかったが、確かに武器を持った人間が街の中を歩いていた。ただ、住民を攻撃するようなことはしないでその地区から離れることを指示していた。それで、自警団のことを待っていたんだ」
「何のために?」
ハイドは言葉を挟む。アルは単純な答えを出した。
「戦うためだ。現場に到着した自警団はすぐに攻撃を受けた。応戦したが、敵の数が多くて自警団だけでは対処できなかった。それで、軍が動くことになった」
「被害は?」
「軍の被害は知らない。出ていたとしても、救護所には運ばれないで軍の施設に入るだろう。自警団は多くの被害を受けた。一人が死んで、多くの自警団員が負傷している。敵も死者を出している。もちろん、怪我人も」
アルが説明したことは、メンデレーが異常をきたし始めている証拠だった。ハイドは状況が悪化していることに恐怖する。
「それで、相手はどんな集団だったんだ?」
「まだ分かってない。怪我人として確保された者もほとんどが重傷で取り調べどころじゃない。ただ、そろそろ軍が制圧するだろう」
「その集団で危ない人は全員なの?」
ここでホウカが口を挟む。普通の住民が持つ心配事は、またそんな危険なことが起きるのではないかということである。しかし、それに対してはっきりした言葉で安心させてあげることはできない。
「それは分からない。だけど、自警団は街と協力してメンデレーの全数調査を行うことを計画しているらしい」
「それは、全ての家を回って潜伏している危険分子がいないかを調査するということ?」
「ああ。行われるとすれば軍も協力することだろう」
アルが話したことは物騒なことだった。しかし、そうでもしない限りどこに敵が潜んでいるのかを調べられないことも事実である。戦争が近づいてきている影響が出ているのかもしれなかった。
「でも、自警団はこれからも大丈夫なんですか?今回のことでかなり被害を受けたんですよね?」
ヨシノから疑問が出てくる。ハイドもそのことを心配していた。
「確かにそうだ。自警団は街に必要不可欠な存在だと思うけど、参加はほとんど自主性に委ねられてる。人員不足に拍車がかかるかもしれない」
自警団がいなくなると、街の治安を維持できなくなる。軍も予期できない有事を考慮して毎回出動することはできない。危機はすぐそこにまで近寄っていた。
「……まあ、そんなことをここで話し合ったってどうしようもないでしょ?分からないことを考えてどうにかすることは重要だけど、今は今のことを考えないと。特にハイド、絶対に無茶はダメだよ」
「分かってる。ありがとう」
ホウカは難しい話を強引に終わらせて、ハイドに安静にしておくことを指示する。ハイドが頷いてもう一度感謝の言葉を述べると、ヨシノは不自然に顔を背けた。
「それじゃ、私は手伝いがあるから帰るね」
ホウカはそのまま扉に向かう。外は暗くなりつつあった。
「ヨシノは?僕のことは心配しないで良いから、今日は帰ったら?」
ハイドはヨシノに店へ戻ることを提案する。しかし、ヨシノは眉をひそめてハイドに反論した。
「何言ってるんですか?私は店長のことを見ているように言われています」
ヨシノは律儀に医者に言われたことを全うしようとしているらしい。ただ、その点に関してはハイドが気をつければ心配いらない。ただでさえ迷惑をかけてしまっているハイドとしては、ヨシノに自分の面倒まで見てもらうことは躊躇われた。
「良いじゃない。甘えておきなさいよ」
ただ、ハイドが考えていたことを見透かしたのか、ホウカはヨシノの言うことを聞いておけば良いと言った。その後すぐ、ホウカは部屋から出て行く。
「アル、ホウカのことを任せた」
こんな時にホウカを一人で帰すわけにはいかない。ハイドはアルにホウカのことを任せた。
「ああ、じゃあな。また明日来る」
アルはそう言い残してホウカの後を追う。その瞬間から、部屋の中はハイドとヨシノの二人きりになった。
「……ありがとう。こんなことまで」
「気にしないでください。何かあればすぐに言ってくださいね」
ヨシノはそう言って再び本を広げる。ハイドはヨシノの言葉をありがたく受け取っておくことにした。




