帝国派 (8)
ハイドと数人の自警団員は早朝の道を監視対象の建物に向けて歩く。天気は良いが、街はまだ完全に目覚めていない。ハイドら以外に人影はなく、誰にも会うことなく建物の前に到着した。
「作戦通りにいこう。始めはハイドに任せる」
「分かりました」
一緒に行動するガリスが最終確認を行い、ハイドは緊張を隠しつつ返事する。ガリスの後方には二人の自警団員が構えている。
アルやバナードは、ハイドが作戦を上手く進めた後に建物を調査する要員として待機している。また同時に、計画が失敗した際に反撃する役割も兼ねている。ハイドらが気にするべきことは、相手側に敵対心を抱かせないことだった。
「始めます」
呼吸を整えると、ハイドは建物の扉を叩く。乾いた音が響くと、すぐに腕を元に戻す。無用な警戒をされないため、今のハイドらは丸腰である。戦いに来たのではなく、一人の男に会いに来た。相手にそう印象付ける必要があった。
ハイドが扉を叩いてから少し時間が経った後、扉の奥で物音がする。その後すぐに扉が半分開き、人が通れない僅かな隙間から一人の男が顔を覗かせた。アインを脅迫したという例の男である。
「……何か、自警団さん」
「早朝にすみません。自警団のハイドと言います。少し話があって伺ったのですが、お時間は大丈夫ですか?」
ハイドは高圧的な態度を避けて振る舞う。男はハイドを警戒しているようで、後ろの自警団員にも視線を這わせた。
「何の用です?」
「実は少し前に、この地区のマーガンという工場近くで子供が男性に脅迫される事件がありました。それに加えて、通りかかった女性からお金を脅し取る件も同じ人物によって同時に起きています。……このことはご存じですか?」
「いえ、知りません」
男は表情を変えることなく質問に答える。ハイドはこの局面を予想していて、次の段階に入った。
「それで昨日、被害に遭った方がこの建物に犯人が入るところを見たそうです」
「知らないな。帰ってくれ」
男は強引に話を終わらせて扉を閉めようとする。ハイドは急いで足を隙間に潜り込ませた。
「待ってください。話はまだ終わっていません」
「関係ないことだ。そいつの見間違いだろう」
「どうしてあなたが断言できるのですか?建物にいるのはあなただけではないはずです」
ハイドは食らいついて話を続ける。しかし、男は口調を荒くして反論した。
「証拠を出せ。証拠!顔が似てるなんて理由だけじゃないだろうな!?」
「僕はあなたと話がしたいわけではありません。関与したと思われる方と話したいだけです。こうして妨害されると、こちらとしては余計に引き下がれなくなるのは分かりますよね?ここで話をするだけで良いんです。まずは落ち着いてくれませんか?」
ハイドは冷静に話しかけて男に力での抵抗をやめさせようとする。男はそれに従って扉を開く。
「……ここは俺の家じゃねぇ。中の奴を呼んでくる」
「分かりました。ここで待っています」
ハイドが答えると男は奥へ続く廊下を歩いていく、ハイドはとりあえず一息ついた。
「これでどうするんですか?相手が否認し続けた場合、こちらはどうしましょう?」
「とにかく何か証拠を持っているように振る舞いましょう。ここでもし違法なことが行われていたとすれば、ことを大きくはしたがらないでしょうから自供する可能性があります」
「しかし、例の男が出てくるか怪しい」
ガリスが問題点を挙げる。確かに、その男と話ができなければこの作戦は成立しない。しかし、その心配は必要なかった。
「あの男が張本人です。少し泳がせています」
ハイドは先程の男が脅迫を行った人物だと説明する。ガリスが驚いている内に、男は一人で戻ってきた。
「自警団さん、その人の特徴は分かってるんですか?もう特定できてます?」
「もちろんです。誰に会いに来たかこちらから話しましょうか?」
ハイドは少し挑発するような口調で話す。男はその瞬間、全てを悟ったように頭をうなだれさせた。
「もしここで話せば、すぐに自警団本部に連れて行かれます?ここは俺の友人の家で、迷惑をかけたくない」
「もちろん、ここがあなたの土地でないことは知っています。関係ない方に迷惑をかけることはできません」
ハイドは淡々と述べる。すると、男は長く息を吐いた。
「じゃあ、俺を連れて行ってください。俺に会いに来たんでしょ?」
「そうです。酒屋で一度僕と会っていたこと、覚えてませんか?」
「……ああ、あの時の。確認のために?」
男は少し笑って質問する。ハイドは頷いて答えた。
「では最後に確認します。マーガンの近くで子供に因縁をつけて脅迫したことは事実ですか?」
「ああ」
「その後、女性から金を脅し取ったことも認めますか?」
「ああ、俺だ。早く連れて行ってくれ」
男は玄関から出てきてハイドを道の方に押しやろうとする。しかし、ハイドはその場で根を張って耐える。男が自供したことは終わりではないのだ。
「では、最後にもう一つだけ。あなたはその女性からお金を受け取る前にある物を渡すように言った。何を要求しましたか?」
「指輪だ。そんなこと後でいくらでも教えてやる。さっさと連れて行け」
男の態度は徐々に悪くなっていく。ハイドもそれに合わせて心の準備をした。
「では、あなたを脅迫と恐喝の罪で確保します」
ハイドは男を後ろ手に拘束する。それと同時に後ろに手で合図を送った。ガリスが男を引き取り、ハイドは建物に入った。
「お前、何してる!?」
「建物の中を捜索します。ただ、関係ない方に迷惑をかけるつもりはありません。……関係がなければの話ですが」
ハイドはそう言って一枚の紙を出す。それは家宅捜索の令状だった。男が脅迫を認めればハイドらは街の許可を得て建物に立ち入ることができる。これが自警団の作戦だった。
「ハイド、それで次はどうする?」
「バナードさんらがもうすぐ押し寄せてくるはずです。それまでに中に隠れている方と話をつけてしまいましょう」
監視の結果、この建物に他の人間がいることは分かっている。ただ、その人物と確保した男の関係は話を聞いてみないと分からない。建前を使って中に入ったからには徹底的に調べ上げる必要があった。
「自警団の者です。少しお話ししたいことがあります」
ハイドは建物全体に聞こえる大きな声で話しかける。許可があるからといって強引に押し進めるべきではない。この場所が何に用いられていたのかまだ把握できていないのだ。
「……中に入ってこい」
反応はすぐにあった。しかし、誰かが現れるわけではなく、廊下の先から声が響いてくるだけである。
「上がっても良いんですか?」
「構わない。来い」
男の声で許可が下りる。ハイドはそれを聞いてその場でどうするべきか考えた。後方にはバナードやアルを含んだ武装した自警団員が近づいてきている。
「中に入るのは彼らと一緒にしましょう」
ハイドはガリスに提案する。玄関に誰も現れないなど普通ではない。ハイドとガリスは丸腰であるため、応援を待つ方が良いと判断したのだ。
しかし、ガリスは一人で入っていこうとする。加えて、バナードらにその場で立ち止まるように合図を送った。
「俺たちは話をするために入ると言った。無粋なことをしなくとも話で解決できるかもしれない」
「ですが危険です」
「大丈夫だ。相手も自警団に囲まれていることは分かっているはず。無駄な抵抗はしてこないさ」
ガリスはハイドにそう言って廊下を進んでいく。ガリスを一人で行かせるわけにもいかず、ハイドもその後についていった。
「隠れてないで出てきてくれませんか?こちらは話をしに来ました。武器は持ってません」
ガリスはもう一度、明確に対話を要求する。建物の中は薄暗く、ハイドは目を見開いて遠くの様子を確認する。そんな時、少し離れた廊下の先に男が一人出てきた。
「自警団さん、何のようですか?アルセニックが何かしましたか?」
「そうです。彼には脅迫と恐喝の容疑があり、先程自供したため確保しました。それで、彼が潜伏していたここを捜索しなければなりません」
ガリスが丁寧に状況を説明する。この男がアルセニックの犯罪について知っていたのであれば、男には犯人隠蔽の罪が課せられることになる。しかし、男はそれを聞いて大きく頷いて見せた。
「そうかそうか、そんなことをしていたのか」
男はそう言って大きな声で笑う。それからは一瞬の出来事だった。
男は腰に当てて銃を取り出す。ハイドが視認したときすでに銃声が鳴り響く。撃たれたのはガリスだった。
「お前!?」
ハイドの目の前でガリスが崩れる。男はそれでもまだ銃を二人の方に向けている。ハイドは恐怖で体が動かなくなった。
「ハイド、逃げろ!」
ガリスが苦しそうに叫ぶ。ハイドはその声でようやく自分の体を支配した。
倒れたガリスをそのままにはできない。次の銃撃を恐れながらも、ハイドはガリスを階段に繋がる廊下へ引きずり込んだ。次の銃声が響いたとき、二人は壁の陰に隠れていた。
「ハイド!」
玄関の方からアルの叫び声が届いてくる。男はそんなアルにも銃撃を行う。アルもすぐさま応戦を始めた。
「ガリスが撃たれた!場所は左腹部!」
ハイドは外にいる自警団に状況を説明する。同時に、ガリスの傷口を押さえて止血を試みた。
「……すまない」
「話さないでください」
ハイドは持っていた布を当て、力をかけて止血を試みる。銃弾は貫通しているようで、ハイドは対処に困った。見たことがないほどの血液が流れ出している。ハイドは何度も自分に落ち着くように言い聞かせて冷静な行動を心がけた。
ガリスを救護所に連れて行くためには、アルらが廊下を制圧しなければならない。ハイドが隠れ込んだ廊下には窓はなく、他に外に出られる道はなかったのである。
そんな時、階段から音が響いてきた。
「反帝国の自警団は死ね!」
そんな叫び声と一緒に男が突進してくる。その手には長い剣が握られていた。
「こんなときに……!」
ハイドは急いで立ち上がってその男と対峙する。ハイドは丸腰であるため、対処方法は接近したときに剣を避けて男を床に倒すことだけだった。
男は人を殺すことに躊躇いを持っていないのか、立ち止まる様子を見せない。ハイドは極限まで近づいたときに男に蹴りを与えようとした。
剣はすでに振り下ろされている。伸ばしたハイドの足は男の腹に当たって接近を阻止したが、剣はハイドの右足太ももを切り裂いた。足をついたとき激痛から膝をついてしまう。
男は蹴られただけで、体勢を立て直すともう一度ハイドに攻撃を仕掛けてくる。ハイドに手は残されていない。男はハイドに向けて剣を突いてくる。避けようとはしたものの、ハイドの左肩を貫通した。
「ハイド!」
そんな時になって、アルがハイドのもとに駆けつけてきた。撃ち合っていた相手がどこに行ったのかハイドには分からない。ハイドが倒れ込んだとき、男は剣から手を離した。剣はハイドに突き刺さったままとなる。
「貴様!」
「お前等が悪いんだ!」
アルが男に銃を向ける。武器を失った男は叫んで抵抗している。しかし、アルが撃った銃弾が太ももに命中して男はその場に崩れ落ちた。
「ハイド!」
「僕はなんとか……ガリスさんの方が危ない」
ひどい傷を受けたものの全く痛みを感じていない。頭はやけに冷静に動いていて、ガリスの方が危険な状態だと伝えた。
「こっちに来い!」
アルは人を呼ぶ。まだ銃声は響き続けていたが、それは建物のさらに奥の方からだった。
「早く運んでやってくれ」
「ガリス!しっかりしろ!」
アルに呼ばれた複数の自警団員がガリスを担いで外に脱出する。ハイドはその状況を見ているしかなかった。
「ハイド、お前は大丈夫なのか?」
アルが心配そうにハイドに声をかける。ハイドはそんなわけがないと思いつつ刺さっている剣を支えて立ち上がろうとする。アルはそんなハイドに肩を貸した。
「刺さったままだから血があまり出てない。抜いたときに酷くなるかも」
「急いで救護所に行こう」
アルはハイドの体重の半分ほどを支えて歩き始める。ハイドは次第に痛みつつある傷口を意識しないようにする。
しかし、悪夢はまだ終わらなかった。
玄関に向かって歩き始めたとき、ハイドは再び階段からの不気味な音に気がついた。振り返ったとき、階段の中央から銃をこちらに向ける男の姿が目に飛び込んできた。
「伏せろ!」
ハイドは即座にアルを壁の方に押しつける。その後、一発の銃弾はハイドの腹部を貫通した。
「……あ、痛い」
「ハイド!」
アルはハイドを玄関に続く廊下へ押し出して反撃を始める。その時にはハイドの意識はなくなっていた。




