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帝国派 (7)

 「それは本当か?」


 バナードの問いにハイドはヨシノを一瞥して頷く。バナードはその報告を受けて唸った。


 ハイドとアル、ヨシノが自警団の監視拠点を訪れたとき、バナードとクロムが監視活動に当たっていた。ハイドはその場で子供を脅迫した男について説明した。


 「信じていい話なのか甚だ疑問だ。何しろ子供と彼女の言うことだ。簡単にそうかと納得できない」


 「……そうですか」


 バナードの言葉は棘を持っていた。目の前でそんな評価をされてもヨシノは表情一つ変えない。


 「それに、もしそれが本当だったとしてどうしろと?案件があまりにも違いすぎる」


 自警団はメンデレーの治安維持の役目を負っているが、完全にこなしきれているわけではない。自警団は案件の大きさで行動指針を決めている。恐喝行為も取り締まりの対象ではあるが、現状では優先順位が高くないとバナードは判断した。


 自警団の人手不足もこの問題に拍車をかけている。自らの生活を犠牲にして街に尽くす活動に不満を抱く自警団員も多い。東地区の人々が自警団に持つ印象もそんなことに起因しているのかもしれない。バナードの対応を見ていたハイドはそう思った。


 「何か問題があったんですか?」


 アルがハイドの代わりに会話を続ける。ハイドらが監視していたときには特別な動きはなかった。それからしばらく時間が経っている。


 「取り調べをしている奴はずっと同じだ。自警団の負けだとか、自警団には止められないとか、口を開けばそんなことばかりだ」


 「やっぱり何か起きるのか」


 アルが窓から建物を見つめる。どの角度から見ても変化はない。


 「そう考えるべきだろう。あの建物の所有者は近くの工場に勤務する男だった。結婚はしておらず一人であの大きな建物を所有して使ってる。普通ならばかなり税金で収入を削られているはずだ。それなのに今も維持し続けられている」


 バナードが間接的な証拠を出していく。男が帝国派から資金を得て土地を提供している可能性についてだった。


 「それならどうして、あの男はこの場所を自警団に?」


 バナードとアルが話していると、クロムが入ってくる。その言葉にその場の全員が口を閉じる。誰もその理由が分からないのだ。


 「……ここが自警団を攪乱させるための囮だということも考えられる。ただ、今日ちょっとした変化があった」


 「変化?」


 「数時間前に大きな荷台を持った男が入っていった。荷物が何なのかは分からない。門でそのような荷物は確認されておらず街の外から入ってきた物でもない。しかし、今までになかった動きだ」


 「……それで、自警団は何か対応を?」


 「いや、協議中だ。自警団長からもうすぐ何か指示があるだろう」


 バナードでさえ自警団の最終的な決断を推測できていない。誰もがこの騒ぎに手を焼いていた。


 「二人は明日の予定だったな?」


 「そうです」


 「悪いが、今から一緒に待機してくれないか?万が一のときには人手が必要になる。自警団の装備は持ち合わせていないだろうが、戦闘服の予備は搬入してある。武器は最終的な決定の後に準備される」


 「それは構いませんけど……」


 アルはそう言ってハイドに確認を取る。ハイドは隣のヨシノを気にしていた。


 「彼女はここにいない方が良い。民間人を巻き込むことはできない」


 「………」


 バナードがヨシノに帰宅を指示する。男を確保に必要不可欠なヨシノを帰すということは、今はそれを諦めなければならないことを意味していた。とはいえ、優先されるべきはヨシノの安全を保障することだった。


 「安全な所まで送ってきて良いですか?」


 「ああ、すぐに戻ってきてくれ」


 バナードが許可を出し、ハイドは頭を下げてからヨシノを連れて監視拠点を出る。そのまま、日が沈んでいく西地区へと一緒に歩いた。


 「私は大丈夫ですよ」


 「だめだ。夕暮れが一番危ないんだ。ヨシノさんはまだメンデレーの危ない一面を知らない」


 東地区で女性が襲われることはよくある。ハイドのような頼りない男であっても一緒にいるべきだった。しかし、ヨシノは逆にハイドを心配し始めた。


 「危ないのは店長も一緒です。ただでさえ強くないらしいですし」


 「心配してくれてるのは嬉しいよ。でもこれが僕の仕事だから」


 自警団として活動する限り、危険は常に付きまとう。危険を避けていては問題解決は図れないのだ。ただ、ハイドのそんな答えにヨシノは言い返した。


 「でも、命を失うのは一瞬のことです。後悔する時間もないくらいに。店長はそれを分かっていますか?」


 「……どうしたの?」


 ヨシノはやや語気を強くして訴える。気になったハイドがヨシノの方を向くと、ヨシノはすでにハイドの顔を凝視していた。


 「人が死ぬところは、きっと私の方がたくさん見てる。私がその人たちに同情したことはなかったけど、人が死ぬのはあっという間だってことを知った」


 「…………」


 「私には店長がその人たちと同じように見えて仕方ないです」


 ヨシノが今までにどんなことを経験して、何を見てきたのか。ハイドがそれを全て理解する日は来ない。ヨシノは自分の目を信じてハイドに警告している。ハイドはそれをどのように受け取れば良いのか分からなかった。


 「……ヨシノさんにそんなことを言ってもらえるとは思わなかった。心に留めておくよ」


 「心に留めたまま死んでしまったら意味がないですよ」


 「そうだね」


 ハイドはヨシノの指摘に笑う。しかし、ヨシノの表情は硬い。二人の雰囲気はいつもとまるで違っていた。


 「……私は店長に感謝しています。店長がいなかったら、こんなところで人の心配をすることさえできなかったんですから。それに、今の私は店長がいないと生きていけない身です。だから心配なんです」


 ヨシノの声が小さくなっていく。ハイドはそんなヨシノの言葉をありがたく思った。


 「もし僕に何かあったとしても、きっとホウカやアルが助けてくれる。だから居場所がまたなくなるなんてことはない。心配しないで良いよ」


 言ってからハイドは恥ずかしくなる。しかし、ヨシノの気持ちには返事をしなければならない。ハイドはそれに応えようとしたのだ。


 「店長がそんなことにならなかったら良いだけです」


 「そうだね。……さて、ここからはもう道は分かるよね?西地区の中だから危険な目に遭うことはないと思うけど、人通りの少ない道は避けて」


 ハイドは西地区の大通りまでヨシノを連れてきて後のことを指示する。ヨシノはそれをただ聞いているだけだった。


 「それじゃ、僕はまた向こうに行くから。すぐには帰らないだろうから、戸締まりしっかりしてね」


 「分かりました」


 ヨシノが短く答える。ハイドはそれを聞いて道を戻り始めた。


 「気をつけてください」


 ヨシノがハイドの背中に声をかける。ハイドは振り返ってヨシノに手を振った。


 建物に運ばれたという荷物。帝国派の拠点だとなれば、薬物や窃盗品さらには武器であってもおかしくはない。当然、違法な物ではない可能性もある。


 中身を確認したいが、今の自警団にはそれができない。何か名目がない限り、建物に立ち入ることさえできないのだ。


 ただ、そんなことをふと考えていたハイドはある妙案を思いついた。自警団として建物の中を捜索したい。そのために直接的な理由を探す必要はないのだ。つまり、何か建物に入る別の理由があれば、自警団は建物内を捜索することができる。


 監視拠点に戻ったハイドは早速その考えを提案することにした。


 「僕らが探していた恐喝を行ったと思われる男はあの中にいます。その男の件で中を捜索するというのはどうでしょうか?」


 「別件捜索か」


 バナードはすぐにハイドの案を理解する。ハイドは頷いて続きを説明した。


 「この方法を本部に提案してはどうですか?」


 「ハイドはその男を見て分かるのか?」


 「はい、しっかりと確認しているので大丈夫です」


 ハイドは酒屋の中で男の顔をしっかりと目に焼き付けている。たとえ大勢の中から探すことになったとしても特定する自信があった。後に証明する際にはヨシノの力を借りれば問題ない。


 「俺は全く覚えてないぞ」


 一緒に男を追跡したアルが覚えてないと伝えてくる。しかし、ハイドはそれを気にしなかった。


 「大丈夫です。ですから、提案だけでもしてみるのはどうですか?」


 ハイドはバナードに案を受け入れるよう求める。ただ、バナードは困ったように黙った。


 「何を悩む必要がある?こっちは何も考えなくていい話だ」


 バナードが考え込んでいると、横からクロムが口を挟む。しかし、バナードが心配していたことは苦々しい大人の事情だった。


 「本部に提案して採用されたときのことを考えていた。もし建物の中にその男がいない、もしくは別人で、かつ何も違法な物や計画がなかったとき、誰が責任を取る?」


 「それは本部の決定が間違ってたってことじゃ?」


 アルが答える。しかし、バナードは首を横に振った。


 「こっちの責任になる。何しろ、本部は我々の情報を担保に実行を指示するからだ。もし、その情報が偽りだった場合、それを報告した者が責任を負う」


 「それは僕です。その時は責任を……」


 ハイドは自らが責任者に該当することを明言する。しかし、バナードはそれに対しても否定した。


 「違う。ここで指揮しているのは私だ。だから私の責任になる」


 「それはおかしいんじゃないですか?」


 「それが決まりだ」


 バナードは顔を背けて外を眺めている。クロムもバナードの言葉を聞いて黙った。


 「……自信があります。何なら、僕が直接本部に提案に行っても構わないです」


 「どうしてそんなに自信を持てる?自分で確認できることではないだろう?」


 バナードの質問は的確だった。確かにハイドは恐喝の現場を見ておらず、同一人物かどうかの確認はできない。しかしそれでも、ハイドには確信するに足る理由があった。


 「情報を与えてくれた二人は共に信用に足る人物です。だから信用するんです」


 「信用に足る……か。一人は子供、一人は元窃盗犯だろ」


 「そうです。ただ、バナードさんは二人についてそれだけしか知りません。僕はもっと多くを知っています」


 言い返されても諦めないで粘る。ハイド自身、根拠が希薄だと分かっている。それでも、アインとヨシノの経験を思い返せば、簡単に引き下がることなどできなかった。


 バナードが決断したのはそれからすぐのことだった。


 「分かった、提案してみよう。……クロム、行ってきてくれるか」


 「分かった」


 バナードの指示を受けてクロムがすぐに立ち上がる。ハイドは監視拠点から出ていくクロムを見送った。


 「僕が行かなくて良かったんですか?」


 「もしその男を理由に立ち入ることになったときハイドが必要だ。今は何が起きるか分からない。できるだけ備えておいてほしい。それに、ハイドがいない間にその男が建物を出たとき、誰も気がつくことができない」


 バナードはハイドに説明する。ハイドはそれを聞いて納得した。


 「時間との勝負になるな」


 アルが言葉を漏らす。バナードはそれに同意した。


 「何かが運ばれたこともそうだが、出入りしてるのが全部男だということも気になる。それも、直近では入る人数の方が多くなっている」


 「まるで集会を開いているかのようだ」


 全ては想像の域を出ない。しかし、嫌な予感は誰もが持っていた。相手が自警団に敵意を持っていれば衝突は避けられない。


 クロムは小一時間で本部から指示を取って戻ってきた。


 「……早朝、建物に調査で入ることが決まった。それまでに自警団を周囲に配置するらしい」


 「やっぱりか」


 クロムの報告を聞いて、バナードが苦しそうな表情をする。提案すれば了承されると分かっていたのだ。


 「ハイドとアルは休んでいてくれ。明日は忙しくなるぞ」


 「分かりました」


 ハイドとアルは指示に従って仮眠の体勢に入る。寒さはない。それでもハイドの体は震えていた。


 「……緊張しているんじゃないか?」


 「当たり前だ」


 アルはからかったつもりだったが、ハイドは正直に頷く。先程までのハイドは自分の意見に自信を持っていた。しかし、いざ決まると重責に押しつぶされそうだったのだ。


 「ハイドは大変だろうな。何しろ先頭を切って男を捜さないといけない」


 「言うな。本気で心配してるんだ」


 仮眠など取れそうにもない。それでも、目を閉じて跳ねる心臓を落ち着かせるしかなかった。

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