帝国派 (3)
救護所に連れて行かれたハイドはそこで治療を受けることになった。しかし、ハイドが受けた攻撃はどれも軽微のものばかりで体に別状はない。大げさな対応に恥ずかしさを感じたが、それでも治療を断ることはできなかった。
「大丈夫ですか?」
ベッドで寝ていると看護衛生責任者のナトリが話しかけてくる。すでに痛みがないことを告げても、ナトリに安静にしておくよう指示された。
「こんな時だ。休める時は休んでおけよ」
ベッド脇の椅子に座るアルは気楽そうにしている。しかし、ハイドは同じ気分になれない。こんなことをしている場合ではなかったのだ。
「でも、まだ見つかってないんだろ?僕は全然大丈夫だから」
「ハイドが動いたって何にもならないだろ?今は他の自警団員に任せとけって」
正論に綾人は顔をしかめる。これ以上アルと話をしても意味がない。ハイドがそう考えているとアルはため息をついた。
「命があって良かったと考えろよ。相手も武装してたんだろ?捕まえられなかったからって、そんな気を落とすことないって」
「そんな簡単に言ってられるかよ。もしあいつが一般人を攻撃したらどうする?僕が取り逃がしたからそんな被害が出たも等しい」
ハイドは自分のせいで新たな被害が出るのではないかと心配していた。自警団として仕事を成し遂げられなかったことを悔やんでいたのだ。
「ハイドが捕まえるなんて不可能だろ?ハイドがそんな手柄を取れるなんて思ってる奴は自警団にいないさ」
「そういうことじゃない……そういうことじゃないんだ」
アルは遠回しに心配しないよう言っている。しかし、そんなことはできそうにない。
ただでさえ、メンデレーの中でハイドは批判的に見られている。その上、自警団としても使い物にならなければ、風当たりはさらに強くなる。
ただ、それだけならばまだ容認できる。ハイドだけの問題であれば自業自得と片付けられるのだ。しかし、今回はそうではない。取り逃がした相手は誰かを攻撃する可能性がある。失敗を後悔してもしきれなかった。
そうして二人の間に沈黙が訪れる。ただ、気分が落ち着きつつあったとき、ハイドのもとに複数人の訪問者が現れた。
「今は大丈夫かな?」
「はい」
ハイドに会いに来たのは自警団長のニッケスを含めた街の偉い方たちだった。ハイドは唐突な来訪に落ち着きを失くす。
「ハイド君、体の具合はどうだ?」
ニッケスがハイドを心配する。多くの自警団員の中にはマグネットの姿もあった。
「大丈夫です」
「そうか、それは何よりだ」
ハイドの返答にニッケスが笑顔を見せる。アルはニッケスに椅子を譲って後ろに引っ込んでしまっている。ハイドも体を起こしてニッケスと向かい合った。
「さて本題に入るんだが、君は例の侵入者と接触したそうじゃないか。自警団と駐屯軍が懸命に捜しているが、侵入者はまだ見つかっていない。私はどこかに潜伏しているのではないかと考えている」
ニッケスはハイドの顔を凝視している。多数の視線はハイドを責め立てているようだった。
「そこでだ。その侵入者の特徴を思い出してほしい。早く捕まえて住民を安心させなければならないのだ。噂はすでに広まりつつある。それが意味していることは分かるね?」
「はい」
ハイドは短く答える。街を混乱に陥らせてはいけない。ニッケスのその考えにはハイドも賛同した。
「それじゃ、気付いたことや何があったのか、全てここで教えてほしい」
ニッケスに情報提供を求められる。それからはハイドから情けない対応を説明する番だった。
話は長くならなかった。ハイドは侵入者と思われる相手に一瞬で敗北した。そのときに分かったことなど、相手が小柄で女性だったということだけなのだ。自己嫌悪はさらに進んだ。
「そうか、よく分かったよ。後は私たちに任せてくれ」
ニッケスは最後までハイドに優しかった。しかし、後ろで控えていた他の自警団員の視線は鋭い。特に東地区の自警団員はハイドを睨んで小言で文句を言っていた。
ニッケスらが立ち去った後、再びハイドのそばにはアルだけとなる。ハイドの気分はこれまでにないほど沈んでいた。
「……気にすんなよ」
「ああ、分かってる」
返事も上の空となりアルでさえ心配そうな顔をする。頭の中では批判がぐるぐると回っている。女性を相手に確保できないなんて情けない。情報もまともに集められないとは使えない。これらは全て事実である。しかし、ハイドの心を抉った。
「もう体が大丈夫なんだったら、一度家に戻るか?」
「……ああ」
アルのそんな問いかけにも適当に答える。体は大丈夫である。しかし、アルにまで迷惑をかけている状況が辛かった。
「それとも、どうせ店を開けられそうにないんだったら俺の店に来るか?飲んだ方がすっきりするだろ」
「そうかもな……」
「言ったからな」
ハイドが溜息と一緒に同意すると、言質を取ったアルは立ち上がるように促す。ハイドはフラフラとアルの店に連れていかれた。
もうすぐ夜が明ける。街の中では今も自警団が侵入者の捜索に尽力している。ハイドとアルはそれを横目に酒を飲み始めた。
「……こんなことしてて良いんだろうか?」
「何を今更。困ったときと苦しいときは飲むに限る。俺も飲むから気にすんなって」
アルが先に度数の高い酒をロックで流し込んでいく。ハイドもそれを真似してむせた。
「やっぱり酒弱いな、ハイドは」
アルは笑いながら飲んだ分をすぐに補充する。弱いという言葉はその意味以上に強い表現である。ハイドはすぐさまその酒も飲み干した。
「……おいおい、無理はするなよ?ぶっ倒れたらホウカに怒られるのは俺なんだから」
「うるさい!僕はどうせ使えない!ふざけんなよ、こんなもので!」
ハイドは声を荒げて手に持つグラスを振り上げる。そしてさらに酒を求めた。アルは困った様子で、少し弱い酒を提供する。
「もう酔ったのかよ。……何言ってるんだ?」
「僕なんてどうせ……どうせただ税金をもらって無駄な仕事をしているだけだし、自警団でだって無能で使えない。……どうせ僕なんて」
酔った口からはそんな言葉がどんどんと出てくる。もはや自分では止められそうにはなかった。
「そんなことねぇって。誇りに思ってるんだろ?」
アルがハイドに確認する。しかし、ハイドは再び酒を流し込んで弱音を吐いた。
「そう思ってるのは僕だけなんだ。……ヨシノさんだって心の中では馬鹿にしてる」
「そんなことないって」
アルはまだ飲み始めてそんなに時間が経っていないことを確認し、ハイドがいつもより早くこの状態になったと感じた。悪酔いしたときのハイドは本音を隠せなくなってしまうのである。今回の場合、アルはそれを狙ってハイドに酒を飲ませていた。
ハイドはそれから一時間ほどかけて弱音を吐き続けた。アルは一人でその相手をして、ハイドの鬱憤を晴らす手伝いをした。途中からは酒だと嘘をついて水を飲ませ続けた。しかし、なかなかハイドは落ち着かなかった。
「そろそろ帰るか?二回も出して楽になっただろ?」
「……何がだ?」
ハイドは完全に泥酔し、アルの問いかけにもまともに答えられなる。アルはこのときになって少し飲ませすぎたと感じた。しかし、今更そんなことを考えてももはやどうしようもない。後のことはホウカにでも任せてしまおうと考える。怒られることは確定事項だった。
「ちょっと!?どうしてこんなになるまで飲ませたのよ!?」
アルがハイドを家まで送ると、案の定ホウカからそんな言葉が飛んできた。騒ぎを聞きつけてヨシノも出てくる。
「……もう何も言わないで。僕は使えない人間なんだ」
ハイドは意識をほとんど失いつつまだそんなことを口にする。ホウカはそれを見ても驚きはしない。ハイドが泥酔するとどうなってしまうのか知っているからである。しかし、ヨシノは別だった。
「店長、どうしたんですか?酔ってるんですよね?」
「ああ、ハイドの一面だ。これからもあるだろうからちゃんと見ておいて」
「……はあ」
アルの言葉にヨシノは困惑した表情をする。ただ、それも無理のないことだった。
「アル!そんなことより、どうしてハイドがこうなったのかって聞いてるの!今日は夜間警戒の日だったんでしょ!?」
話ができないハイドをほったらかしてホウカはアルを問い詰める。そこでようやく今日の出来事が伝えられる。アルはホウカだけに伝えていたつもりだったが、もちろんヨシノもその話を聞いていた。
「それで?ハイドはまだそんな馬鹿なことを考えているの?」
「いや、もう大丈夫だろ。弱音と一緒に二回もゲロゲロしたから」
「吐いたの?」
ホウカがこのときになって驚く。アルは頷いて肯定する。
「確かに少し臭いますもんね」
ヨシノがハイドのそばに寄る。アルはそれを聞いて笑った。
「おいハイド、臭いって言われてるぞ」
「アル!」
「……いいんだ。僕は無能な人間なんだから」
ハイドはそう言って完全に意識を失った。
「ホウカ、ハイドを頼んで良いか?こんなに飲ませたのはまずかったよ。でも、そうでもしないといけないくらい追い詰められているように見えたんだ。もともとハイドは圧迫された中で生活してるから」
「……分かったわよ」
アルが真面目に説明すると、ホウカはハイドを受け取って全身で支える。二人して分かりやすい人間だった。
「それじゃ、よろしく」
ハイドを任せるなりアルは来た道を戻っていく。ホウカはため息をついてヘリー修繕店に入っていった。
「ヨシノ、お湯とタオルを用意してくれる?」
「分かりました」
ホウカは脱力して寝てしまっているハイドを地下に連れていく。ヨシノは指示を聞いてすぐに台所に走った。




