帝国派 (2)
ハイドが夜間警戒の格好をして集合場所に到着したとき、アルを含めた多くの自警団員がすでに準備を済ませていた。ハイドも自警団手帳を見せて装備を受け取ると、そのままアルのもとに向かう。
「遅かったから、てっきりまた忘れているのかと思った」
「そんなわけないだろ」
ハイドは短剣をしまって周囲を確認する。最後の方に来たことは間違いないが、遅れたわけではない。ハイドの中では予定通りのつもりだった。集まっている人数は前回の夜間警戒と同じくらいで、人員不足が露呈している。
しばらくして全員が集合すると、班長の指示をもって夜間警戒が始まった。今回のハイドらは、石造りの壁の上での任務となる。アルはいつものように不平を言いつつ登り、ハイドはいつも通りの始まり方を気にせずにいた。
「……一週間くらい経っただろ?ヨシノさんとは上手くやっていけてるのか?」
定位置についてしばらくした後、街の外に視線を向けるアルが質問してくる。ハイドも綺麗な月を眺めながら、最近のヨシノとの共同生活について話した。
「ヨシノさんは頑張ってるよ。僕があの店で初めて働き始めたときよりも真剣にしてる。使い物にはならないけど、半年経って新しい仕事についても上手くやっていけるんじゃないかな」
「使い物にならないって言い方はひどいんじゃないか?」
「でも本当だ」
アルはハイドの言葉を聞いて指摘する。しかし、ヨシノの技術はハイドが予想した通り、急速に進歩してはいない。ハイドの仕事が軽減されたという事実はなかった。
「でもホウカから聞いたぞ。ハイド、ヨシノさんに料理させているんだって?十分役に立っているじゃないか」
ハイドの認識が間違っていると、アルは聞いた話を根拠に指摘する。そのことに関しては反論の余地がなかった。
「別にさせてるわけじゃない。勤務時間外だからしなくていいって言ってるんだけど」
「まあ、ヨシノさんも自分が仕事をできていないと思って気にしてるんじゃない?だからそうして別のところで役に立とうとしてるのかも」
「まあ、それはあり得る」
ハイドは適当に答える。ヨシノがそんなことを考えていたとしても、または別の考えを持っているとしても、ハイドがヨシノに期待することは一つだけである。それは、この混乱した時代で自立する力を身につけて欲しいということだけだった。
「……それで、ハイドはちゃんと人畜無害でやってるのか?」
「それはもちろん。それどころか、そのことでヨシノさんに馬鹿にされているような気もしてる」
ハイドは正直に感じていることを伝える。ヨシノがハイドと同じ空間で寝ることに抵抗感を持っているという話はあったものの、まだ明確な拒絶があったわけではない。ホウカがそのことで一役買っているのかもしれなかったが、ハイドが抜本的な対策をしたわけでもなかった。
「それは良いのか悪いのか分からないな。……もしかして、案外ハイドに好感を持っているのかも」
「それはないだろ」
ハイドは食い気味に否定する。そんな雰囲気は今までになく、一般的に考えてあるはずもない。ハイド自身もそんなことを求めてはいなかった。
「まあそれは冗談だとして、ある程度上手くやっていけてるみたいで良かったよ。今更こんなことを言うのもなんだけど、ハイドに問題解決を押しつけて少しは罪悪感があったんだ」
アルが声のトーンを落としてそんなことを告白する。ハイドはそんな都合の良い言葉に鼻を鳴らした。
「そんなこと思ってないだろ。……別に良いんだ。新しい社会経験ができたと思えば」
「まあ、そうだよな。あれから他の奴らと話したんだけど、ヨシノさんって結構綺麗だから羨ましいって言ってる奴もいた。ハイドにそんな気がなかったとしても、そのことで何か良い思いしてるんじゃないかって思ってるから」
最終的にアルはハイドを馬鹿にして終わる。ハイドはもはや何も反応しなかった。
それからは静寂が続き、月明かりに照らされる森や平野を眺めて時間を過ごした。今日もいつもと変わりはない。
二人が大きな問題に直面したのはそうして気が緩んでいた時だった。
発端はハイドらの隣で警戒していた組が慌てて走ってきたことだった。しかし、普段は二人組で活動しているが、走ってきたのは一人だけである。隣で警戒活動しているといっても、組の間隔はそれなりに離れている。全力疾走してきたからか、息はかなり上がっていた。
「二人とも!大変だ!」
走ってきた自警団員がハイドとアルに大声で叫ぶ。ハイドは何事か驚いた。
「何があった?」
アルが冷静に問いかける。すると、走ってきた自警団員は興奮したまま状況を説明した。
「侵入者だ!壁を越えて街の中に侵入された!」
「え!?」
ハイドは与えられた情報に再び驚く。唐突な緊急事態の宣告にその場の緊張感は一気に高まる。
「もう一人が追いかけてるところで、俺はこのことを伝えに来た!」
「それは何人で、街のどっちに向かったんだ?」
アルは報告してきた自警団員を落ち着かせるためか、いつも通りの声で質問する。ハイドはただ話を聞いているしかできない。
「見たのは一人だけだ。方角としては自警団本部の方に向かった。だけど、どこが目的なのかは分からない」
「そうか。お前は俺らの隣にも伝えに行ってくれ。俺たちはその後を追ってみる。俺たちが抜けてできる警戒の穴をどうするかは班長に判断を仰いでくれ」
ハイドとアルで侵入者を追いかけることが決まる。伝えにきた自警団員もそれに従い、隣の組の方へと走っていった。
「ハイド、銃の安全装置を解除しておけ」
アルはそう指示して壁から降りる。ハイドはそれに従ってアルの後についていく。
「どうやって追いかける?」
「とにかく言われた方向に行ってみるしかない。もしかすると何か見つけられるかもしれないからな」
アルは銃をしっかりと手に持って準備をする。ハイドも嫌だと思いながら同じようにしっかりと握った。
「じゃあ行くぞ!」
アルに迷っている様子はない。一緒に走るハイドの心臓は高鳴っていた。
こんなことは初めての出来事で、ハイドの心中は決して穏やかではなかった。ただ、それはアルも同じなはずである。それを表に出さないアルは自警団の仕事を全うしようとしている。ハイドはそんなアルを尊敬していて、だからこそアルの指示に従った。
しばらく走って自警団本部にかなり近づいたとき、ハイドとアルは最初に侵入者を追いかけた自警団員を見つけた。
「侵入者を追いかけたのは?」
「俺だ。だが見失ってしまった」
「どちらの方向に?」
ハイドは息を落ち着かせながら質問する。しかし、その自警団員は分からないと答えた。
「手分けして探すか?そろそろ自警団か軍が本腰を入れて動き始めるだろう」
アルはこれからの行動について考える。ハイドはそれを聞いてどうしようかと迷った。
侵入者がメンデレーに入り込んだ理由は分かっていない。もし破壊工作が目的だった場合、直ちに街の住民に危険を伝えなければどんな被害が出るか想像できない。防災隊が情報を掴んで今の状況を危険だと判断すれば、警報が発せられることも考えられる。防災隊は空襲警報を出す機関でもあり、重要な判断をするのはハイドらではなかった。
「とりあえず不審者を捜してみよう」
「分かった」
最終的に三人はそのように決断して、不審者の発見に全力を尽くすことになった。ハイドらはどこに隠れているのか分からない侵入者を再び探すことになる。
しかしそんな時、ハイドは不思議な光景を目にした。
「おい、あれを見てくれ!」
ハイドがふと近くの建物の屋根に視線を向けた時、そこには一つの人影があった。普通はそんな場所に人はいない。ハイドが見つけた光景は異様だった。
「あいつ、こっちを見ていないか?」
アルがそんなことを口にする。確かに、その人影はこちらを監視しているように見える。三人が人影を視認した後、それは唐突に屋根の上を動き始めた。
「動き出した!東地区の方向だ!」
「とにかく追いかけるぞ!」
人影が侵入してきた人物だとは断定できない。それに加えて、仮にその人影が侵入者だったとして、どうして気付かれるような場所に立っていたのかも分からない。それでも、ハイドらの仕事は変わらない。その人物を捕まえて話を聞くだけだった。
三人は地上を走って追いかけているが、その人影は屋根伝いに移動している。相手が只者ではないことは容易に想像がついた。
「もうすぐ大通りだ!そこじゃあいつも降りざるを得ない!」
「ああ!」
アルが走りながら声をかけてくる。何を言おうとしているのかはすぐに分かった。
「僕は左から回る!」
アルは人影が地上に降りたときに挟み込んで捕まえようと提案している。そのため、ハイドはアルと別れて違う道に入った。もう一人の自警団員はアルの方についていく。
一人になった瞬間、ハイドは恐怖に襲われた。追いかけている相手が本当に侵入者だった場合、相手がどんな技術を持っているか分からない。単独で侵入した点から、何かしらの訓練を受けている可能性もある。
ハイドは自警団の中でも戦闘に疎い方である。持っている小銃も飾り同然で、相手に殺意を向けられれば対処できる自信などない。それがハイドの恐怖感の所以だった。
しかし、アルらが命をかけて行動をしている。協力して確保することを念頭にハイドの行動に期待しているに違いない。今更になって怖じ気づくことはできなかった。
ハイドらの計画通り、人影は三人に追い詰められつつあった。建物同士はいつも近い距離にあるわけではなく、人影の移動方向は制限される。道の先にどんな建物があるのか知っているハイドらはその点で有利であり、人影は逃げ道を失いつつあった。
もうすぐで大通りに出る。一瞬ハイドは安堵を感じる。その時、人影は今までとは違う行動を見せ始めた。
「なっ!?」
人影は屋根から飛び降りてハイドの前に着地する。ハイドは急いで立ち止まり、すぐさま銃を向けようとする。しかし、相手の動きはハイドと比べものにならないほど速く、簡単に銃を抑えられてしまった。
「この野郎!」
銃を奪われるとハイドがその餌食になる恐れがある。ハイドは銃を手放さないよう必死に抵抗した。相手はフードを被っていて顔を確認できない。しかし、小柄な体格だったため、ハイドは力で勝てるかもしれないと考えた。
しかし、そんな甘い考えも束の間、ハイドは足を蹴られて地面にねじ伏せられた。銃が手から離れていく。
「くそっ!離せ!」
命の危険を感じたハイドは体を暴れさせる。銃は手から離れたが、紐で体に巻き付けていたため相手には渡っていない。ただ、相手はハイドの関節を極めて動きを封じた。
「動くな」
ハイドに指示が飛ぶ。その声は女性のものだった。ただ、相手が女性であったとしても手加減はできない。
ハイドは短剣を取り出すなり適当に振りまわした。すると、相手はハイドから離れていく。攻撃が当たった感触はない。
「誰だ!?お前が侵入者か?」
ハイドは相手と対話を試みる。先程の動きから、このまま戦っても勝ち目がないと分かっていたのだ。話をして応援が来るまで時間を稼がなければならない。ただ、相手も短剣を取り出したため、その考えは失敗に終わった。
「まじかよ……」
ハイドは震える手をなんとか押さえる。しかし、膝は笑ってしまっていて、とても戦える状態ではなかった。
相手はそんなハイドの状況を考慮してはくれない。ハイドが動けないでいると、相手の方からハイドに向かって突進してきた。
ハイドは確保を早々に諦め、相手の攻撃をかわすことだけに専念する。一瞬に集中して相手の短剣が迫った瞬間、とっさに後ろへと飛び退く。しかし、相手はそれを予想していて、さらに一歩踏み込んでハイドの短剣をいとも簡単に弾き飛ばした。そのままハイドの鳩尾に一撃を加える。
呼吸困難に陥ったハイドはその場に倒れ込んだ。武器を持った相手がすぐそばにいる。それでも体は動かない。ハイドは最悪の事態を覚悟して目を瞑るしかなかった。
しかしそんな時、アルが応援に駆け付けた。
「ハイド!大丈夫か!?」
銃声と一緒にアルの声が響く。それは警告射撃だったが、相手はすぐさまハイドから離れて走り去ってしまった。
「ハイド、大丈夫か?」
そばにしゃがみ込んだアルがハイドの体を調べる。しかし、ハイドは外傷を受けたわけではない。なんとか声を振り絞ってアルに指示した。
「早く追いかけろ!」
「馬鹿言うな。お前の状況が分からないのに一人にできるわけないだろ」
「まだあいつは遠くに行ってない」
ハイドは追いかけていた相手が侵入者だと確信している。みすみす逃がすわけにはいかなかった。しかし、それでもアルは追いかけようとしない。
「後は他の自警団員に任せよう。さっさと救護所に向かうぞ」
アルは外傷がないことを確認し、ハイドに肩を貸して救護所まで歩いていった。




