共同生活 (6)
ハイドが目を覚ましたとき、もう一つのベッドにヨシノの姿はなかった。正確な時間は分からないが、朝日はすでに昇っているようで一階に繋がる階段の先は明るい。一人だった時は二度寝を敢行することも多かった。しかし、今日はそういうわけにもいかず起き上がる。
「おはよう」
階段を上って声をかける。ヨシノは椅子に座っていて、ハイドに気がつくと急に立ち上がる。まるで下女として働いているかのような状況にハイドは変な気分になった。
「もう何か食べたの?」
ハイドは机の上に置かれていた空の皿を見つけて尋ねる。ヨシノはそれに頷いた。
「店長の分も作りました。食べますか?」
「あ……ああ」
本当に雑務以上のことをさせてしまっている。勿論、ハイドがそうするように言ったことは一度もない。ハイドは作ってくれた朝食を済ませてからヨシノに話しかけた。
「ありがたく頂いてから言うのも何だけど、面倒だったら僕の分まで作る必要はないよ。おいしいけど、負担になってるような気がして」
「でも、私の仕事は雑務ですよ?」
ヨシノは当たり前だと言わんばかりの顔をする。しかし、ヨシノはヘリー修繕店で働く意味合いを勘違いをしていた。
「まだ勤務時間じゃないから、そんなことを考える必要は全くないってこと」
「でも勤務時間なんて何も書いてませんでした」
ヨシノはハイドと交わした契約書を取り出してくる。そのことを分かっていて、なぜ契約時にそれを指摘しなかったのかは理解に苦しむ点であるが、ハイドはその契約書が必要最小限の内容さえ記載されていない事実を説明した。
「その契約書は欠陥ばかりなんだ。何にしろ、急いで形だけ作ったものだから」
ハイドは自分のミスをすぐに認める。厳密に議論すれば、この契約書は無効になるのかもしれない。しかし、そんなことは問題提起しなければ問題のない話である。ハイドはヨシノを使い捨ての駒のように扱いたいわけではない。ヨシノが文句を言わなければそれで済む話だった。
「では、勤務時間っていうのは?」
「僕が働き始めてから働き終えるまでかな。ほとんど休みの日もあるかもね」
ハイドは自分が時折全く働いていないことを話して一人で笑う。しかし、ヨシノはそんな笑いどころに賛同してくれず、無表情のままハイドを見ていた。ハイドは表情を苦笑いへと変化させていき、最後は黙り込んだ。
この日の二人の作業は昨日と全く同じだった。ハイドは軍からの仕事をこなしていき、ヨシノは軽く掃除をしてから測定の練習を始める。
そんな停滞する雰囲気の中、ヘリー修繕店に人が訪れたのは昼過ぎのことだった。
「ここにヨシノさんはおられますか?」
やって来たのは役所の人間だった。制服を着た二人組の男で役所で見覚えがあった。
「何でしょう?」
ヨシノは持っていた定規から視線を上げる。ヨシノがいることを確認すると、二人はヘリー修繕店に入ってきた。
「窃盗を行い奉仕活動を命令されるのはあなたで間違いないですか?」
二人はヨシノの奉仕活動の件で足を運んだらしい。ヨシノはすぐに立ち上がって頷いた。
「その説明に参った次第ですが、まずはこれを読んで下さい」
一人がヨシノに一枚の紙を手渡す。ヨシノは指示通り紙に目を通していく。ハイドはそんな様子を後ろで眺めていた。奉仕活動の説明が行われている様子を初めて見たのだ。
「これが決定したあなたの奉仕活動の内容です。それに差し当たって、今から役所の方に出頭することは可能ですか?」
ヨシノは今すぐ役所の方に行かなければならないらしい。ヨシノはハイドの方を見た。
「連れて行ってあげてください。まだこの街に来たばかりで道を覚えていないと思いますので」
ハイドはそうお願いをして、同時にヨシノが仕事を抜けることを許可する。ヨシノはそれを聞いて定規をその場に置いた。
「それでは一緒に来てください。夕刻までには終わると思うので」
軽く終了時刻について説明を行った後、二人はヨシノを連れて店から出ていく。それを見届けたハイドは大きく息を吐いた。この店では一人で過ごすことがほとんどだった。そんなこともあって、ヨシノがいるだけで息が詰まる思いをしていたのである。
一日ぶりに一人になったハイドは、その開放感から大きく体を伸ばした。ヨシノが戻ってくるまでは休憩しようかとも考えてぼんやり時間を過ごす。一人が好きなわけではないが、慣れた感覚を急に変化させることは難しいのだ。
そうして作業を中断してゆっくりしていると、再びヘリー修繕店に人がやって来た。同じ日に二度も人が訪れてくることは極めて稀なことである。
「……すみません」
小さな声が店内に響く。ハイドが玄関を確認すると、そこには三人の子供が立っていた。ヨシノの件で知り合ったアイン、バルト、カップである。
「あれ、どうかしたの?」
ハイドは三人を店の中に招き入れる。三人は緊張した面持ちでハイドの言葉に従い、店の中に足を運ぶ。ハイドは店内の至る所から椅子をかき集めてきて、三人をそれに座らせた。
「よくここが分かったね」
ハイドは三人にどこで働いているか話していなかった。バルトがそれに対して説明を始める。
「ハイドさんに会いに自警団の本部へ行ったら、親切な人が教えてくれた」
「そうなんだ」
ハイドは頷いて三人を見つめる。目的は聞くまでもなかったが、バルトが早速来た理由を話し始めた。
「……あの時はありがとうございました」
「いやいや、解決して良かったね」
バルトが堅苦しく話をしようとするため、空気を変えようと明るい対応をする。しかし、ハイドのそんな努力は通じなかった。
「……それで、僕たちはどうやってお金を返したら良いですか?」
もう少し話をしてからでも遅くないと思っていたハイドだったが、バルトは真剣な表情をしている。ハイドは仕方がないと頭をかいた。
「どうしようか。……あの時はこの店の手伝いでもしてくれれば良いかなって思ってたんだけど、新しく人が入ってきてその必要もなくなったし」
ハイドは本気で悩む。ハイドが子供に出したお金というのは、結局ヨシノのために渡したようなものである。そのため、三人からその回収を望んでいるかと言えばそうではなかった。
しかしそうであったとしても、三人に必要がないと言うことはできない。そんなことをしてしまうと、三人の中での解決が果たされないからである。ハイドはそんな板挟みの状況に困った。
「……少しずつお金が貯まれば返しましょうか?」
「いや、それはダメだ。見栄えが悪すぎるから」
ハイドはカップの提案を拒否する。稼ぎのある大人が子供から現金を受け取るというのは、周りから見て問題があるだけでなくハイドの中でも納得がいかない。ハイドは別の方法を考えた。
「……そういえば、君たちを脅迫した男の人をあれから見てない?」
ハイドはふと思い出して三人に尋ねる。そもそも、最初にお金を取っていったのはその男である。その男を捕まえることができれば、ハイドが三人とこんな話をする必要はなかった。
「見てないです。でも、その人が持っていったのはあんなに大金じゃなかった」
バルトがハイドに指摘する。男が持っていったのは、ハイドが三人に提供した金額よりも遙かに少量なのだ。しかし、そんな大小は問題を解決する上で関係なかった。
「僕が自警団だってことは知ってるでしょ?だから今、その男の人を探してるんだけどまだ見つかってないと思う。だからその人をどこかで見つけたら、僕でもいいし自警団の人に教えてもらえる?」
「それは……分かった」
「ありがとう」
「…………」
バルトは困った表情でハイドのことを見ている。ハイドがこの話題の議論をやめてしまったため、バルトは確認するように問いかけた。
「それでどうしたら……?」
「だから、もし見かけたら教えてって」
「……それがお金の代わりになるんですか?」
バルトは少し食い気味に言葉を絞り出す。馬鹿にされていると思ったのかもしれなかった。しかし、ハイドにそんなつもりは全くない。
「なるよ。僕が出したお金の価値は僕の感覚で決まる。この価値っていうのは肉をいくつ買えるとかそんな話じゃなくて、そのお金と同等の重要性を持つかどうかっていう話。君たちがそれをできたら、僕はあのお金と同等の価値があると思ってる」
三人を言いくるめようとしているわけではない。それでも、ハイドの説明を理解できた者は三人の中にいなかった。ただ、ハイドはそれでもいいと考える。なぜならば、三人の納得をこの場で取り付けることよりも、脅迫をした男を捕まえるという具体的な行動を解決と定める方が圧倒的に達成しやすいのだ。
「……とにかく、危ないことはしないようにしながらそのことを意識しておいて」
ハイドはまとめるようにそう言って締める。三人はお互いの顔を見て、どうしたら良いか考え合う。しかし、誰もその中で口を開こうとしない。結局、三人は何も言葉を交わすことなく再びハイドの方に向いて、バルトがリーダーシップを発揮した。
「もし見つけられなかったら?」
「その時はまたその時に考えよう」
ハイドは実質的な解決を先送りにする。そうせざるを得なかったのは、ハイドが子供相手に金銭関係の問題を解決する術を持っていないからだった。三人がそれに気付くことはない。しかし、ハイドが不思議な解決法を取ろうとしていることは察しているようだった。
「分かりました。……それでなんですけど、あの人が今どこにいるか知ってますか?」
金銭についての話し合いが一区切りして、今度はカップが質問する。あの人というのがヨシノを指していることは明白である。
「ヨシノさんなら今出かけてる。さっき出たばかりだからまだ帰ってこないと思う」
「ここにいるんですか?」
バルトは驚いた顔をする。三人はヨシノがヘリー修繕店の従業員になったことを知らないのだ。その事実を聞いた三人が表情を明るくしたため、ハイドはそのことを質問した。
「どうして?」
「こいつがどうしてももう一回会ってお礼を言いたいって」
カップがアインの頭を軽く叩いて説明する。アインは恥ずかしそうにカップの手をどける。ハイドはなるほどと思った。
「違うだろ?あの人が綺麗でまた会いたかったんだろ?」
バルトがアインをいじる。アインは顔を赤くして首を振った。
「違うし!」
アインは否定して再び黙り込む。ハイドはなんとも言えない空気に笑うしかない。子供の頃にこんなことを言い合える友達はいなかった。そんな過去を思い出したハイドは三人を羨ましく感じたのだ。
「いつ戻ってくるのか分からないから、また今度にしたら?」
ハイドは日を改めるように提案する。ヨシノが奉仕活動に行っていることは伝えない。
「そうですか」
アインはハイドの言葉を聞いて残念そうにする。アインは本当にヨシノに感謝しているようだった。
「……それじゃ、今日は帰ります。またここに来ても良いですか?」
「もちろん構わないよ。いつヨシノさんがいるか分からないけど」
ハイドは次に来たときもヨシノがいる保証がないことを伝える。これから一週間は奉仕活動をしなければならない。それに、それがどんな時間帯にどのような形で行われるのかハイドさえはっきりと知らないのだ。
「お邪魔しました」
礼儀正しい三人は、ハイドに挨拶をしてから長居することなく去った。ヨシノの居場所を探ることが第一の目的だったのではないかと感じるほど潔い。ただ、ハイドがそれを不満に思うことはなかった。ヨシノに理解者が増えたと考えれば歓迎すべきだったのだ。
それからしばらくの間、ハイドは一人で作業を進めた。案の定、本来の目的でヘリー修繕店を訪れる人は今日もいない。ハイドは孤独な時間を過ごしていく。
そんな慣れているはずの空間で作業をしていたハイドは、ふとヨシノがこのまま戻ってこないかもしれないと不安になった。ヨシノが勝手にこの場所を去って、ハイドが困ることはない。しかし、ハイドは雇用者の責務として従業員のヨシノを保護していかなければならない。心配はそれに起因するものだった。
ただ、ハイドのそんな心配は杞憂に終わり、ヨシノは日が沈む直前に帰ってきた。その表情には疲れが見て取れる。
「どうだった?」
ハイドは奉仕活動について感想を求める。ヨシノは椅子に座って体をくるめるとハイドの質問に答えた。
「大変でした」
「何をしたの?」
「街の掃除です。長い一本道を延々と」
ヨシノは腕を振って疲れを取ろうとしている。ハイドは奉仕活動が疲れる作業なのだと初めて知った。
「そうなんだ。……それで、次はいつになるのかもう聞かされているの?」
「はい、次は明日の午前中です。……すみません、これじゃこっちでなかなか働けそうにないです」
ヨシノはヘリー修繕店でしばらく作業ができないことを謝る。しかし、ハイドがヨシノを雇っている理由は、奉仕活動を援助しながら自力で生活していく資金を貯めさせるためである。優先順位は奉仕活動の方が高かった。
「とにかく何か食べる?もうこんな時間だし」
外は暗くなりつつあり、店の中も明かりをつけなければならない時間になっている。ハイドは近くのランプを手に取って燃料の量を確認した。
「……はい、何を作りましょう?」
ヨシノは返答するなり、苦しそうに立ち上がろうとする。しかし、ハイドはすぐに座っておくよう指示した。
「だからそんなに働こうとしないで良いから。今日は僕がなんとかする」
ハイドはヨシノに休んでおくように言う。ヨシノは申し訳なさそうにしながら、それでもハイドの言葉に甘えて再び体を椅子に預けた。ハイドはヨシノの反応を見て一安心する。
ただ、ハイドには疲れているヨシノを癒やしてあげられるような料理を作れない。そんなに時間が残されていないこともあり、ヨシノに店の中で待ってるよう一言声をかけたハイドは急いで助っ人を呼びに向かった。
数分後、文句を言いながらホウカが店にやってきた。ヨシノはそんなホウカを見た瞬間、背筋を伸ばして目を大きく開く。ハイドはホウカを連れてヨシノの横を通り、台所に向かった。
「どうしてこんな面倒なことを私にさせるの?」
「だって僕は料理がまともにできない」
「知ってる。どうして私がハイドとヨシノのために作らないといけないのかって聞いてるの」
ホウカは不満をたらたらと漏らしながら、それでも残っている食材を見て考え始める。
「呼び捨てにしてるけど、ヨシノさんは僕らの二つ上の年長者だよ?」
ハイドは、ホウカのヨシノに対する態度を問題視する。しかし、ホウカはそんなハイドを睨んだ。
「私の感覚ではやんちゃな近所の子供って感じだけど?」
ホウカはどうしてかヨシノに冷たく当たる。ヨシノの行為を考えれば当然なのかもしれなかったが、今のヨシノにはハイドらに危害を加えようとする意思は見られない。ハイドの目にはホウカの対応が厳しすぎるように映っていた。
「……でもさっきの見た?ヨシノさん、ホウカを見て怯えてたよ」
「ちょうど良いじゃん。躾ができてると思えば」
「風呂の時に嫌がるようなことしたらダメだよ」
ホウカの考えを聞いてハイドは最後にお願いする。しかし、ヨシノはそれを無視して作業に入った。ハイドはホウカの良心を信じるしかなかった。
それから、ホウカはハイドを使役しながら料理を完成させた。ハイドは手伝いをしながら作り方を覚えようとしたが、一度見ただけでは無理だった。
「待ったかな?」
ハイドが完成した料理を運んでいく。ただ、ヨシノは椅子に座ったまま寝てしまっていた。
「どうしたの?」
「ヨシノさん、寝てる」
後からやって来たホウカに目の前の様子を見せる。よほど疲れていたのか、椅子の上で小さくなったヨシノは寝息を立てていた。ホウカはそんなヨシノの目の前に立つ。
「ちょっと、人に作らせておいてなに寝てるの?」
「ちょっとホウカ!寝てるんだから」
ホウカがヨシノを起こし始め、ハイドは慌ててそれを止めようとする。しかし、ヨシノは目を覚ましてしまい、目の前のホウカに気付いてこの世の終わりを見たような顔をした。
「すみません!」
「そうよ。眠たいなら早く食べて、すぐにお風呂済ませなさい」
ホウカはそう言ってヨシノの前に料理を置く。ヨシノはホウカに感謝を示してから、ホウカの指示に従ってそれを淡々と食べた。ハイドは心配しながら二人の様子を見つめる。
食事が終わると、ホウカはヨシノに風呂の準備をさせる。そうしてあっという間に一緒に宿屋に行ってしまった。まるでホウカが上官でヨシノがその部下のような構図である。
ヨシノが戻ってきたのはそれからしばらくした後のことで、その時にはハイドも風呂を済ませていた。昼に怠けた分の仕事を終わらせるため、ハイドは作業場に残って仕事の続きをする。すると、眠たいはずのヨシノもベッドに行かないで作業場の椅子に座った。
「寝ないの?」
「大丈夫です」
ハイドが声をかけるとヨシノは即答する。ただ、ヨシノの瞼は閉じかけていて、誰が見ても大丈夫な状態ではない。それからもハイドは何度かヨシノに寝ることを催促する。しかし、ヨシノはハイドの声で目を覚まして問題ないと言い返すだけだった。定規を持って測定の練習をしようとするも、一分も立たないうちに船をこぎ始める。ハイドはどうしたものかと困った。
すると、そんなところにヨシノの上官が現れた。
「ちょっと、これヨシノの忘れ物」
ホウカがヨシノの手ぬぐいを持ってやってくる。そこで椅子でうとうとしているヨシノを見つけた。
「ヨシノは何してるの?」
「いや、寝ないのって催促してもこの調子で。……どうしてだろう?」
「世話のかかる子供ね」
ホウカがヨシノの肩を掴む。その瞬間、ヨシノは驚いた表情で自分の肩を両手で抱いた。ただ、相手がホウカだと分かると口を半開きにして呆然とした。
「そんな反応して……ハイドを誘惑しようとしてたの?」
「……そんなことは」
「じゃあ、ベッドに行かないでこんなところで何してるの」
ホウカがヨシノを追及する。すると、ヨシノがハイドを少し気にする素振りを見せて反応した。途端に追及の対象がハイドに変わった。
「何かしたの!?」
「ま、まさか!?」
突然あらぬ疑いをかけられてハイドは困惑する。ホウカも本気で思っていたわけではなさそうで、それを聞いて大きく息を吐いた。
ホウカはヨシノを立たせると、そのまま地下に向かう。ハイドはどうしようかと困ったが、ホウカに目で待ってるように指示されて大人しくその場に座っておくことにした。
何をしているのか、二人はなかなか上がってこない。ハイドは気になって作業どころではなくなった。ホウカがヨシノの嫌がることをするとは考えていない。しかし、気になることが山のようにある。それは雇用主という立場によるものであり、同時に別の意味合いも含んでいた。
それからしばらくした後、ホウカだけが階段を上がってきた。ヨシノはついてきていない。ハイドのそばに寄ってくるなり、小声で話し始めた。
「……やっぱりハイドがいる中で寝ることが怖いみたいね。だからハイドよりも先に寝ることに抵抗あるって」
「ああ、そう」
ハイドはそれを聞いて複雑な気分になる。しかし、知り合ってまだ間もないため、不安になるのは当たり前である。
「大丈夫だとは言っておいたんだけど、どうしても無理そうだったらやっぱり何か考えないといけないと思う」
「そうだよね、無理はさせられないし」
やはりヘリー修繕店でヨシノを生活させるという案が良くなかったとハイドは認識する。しかし、公平性を保ってヨシノをどう対処すれば良いかということが問題だった。そのことを気にするあまり、最終的にこの店がヨシノを引き受けることになったのだ。
「私みたいにハイドがそんなこともできない臆病者だってはっきり分かってたら心配することはないのに」
「なっ……」
「とにかく、何か対応できるまではヨシノより早くベッドに行くくらいのことはしてあげた方が良いかも」
「分かった」
ハイドはホウカの提案に同意する。ホウカに言われなければ気がつけなかったかもしれない。それだけで自らの認識不足を悔やむ。ホウカはそんなハイドの肩を軽く叩くと、最後に笑顔を見せてから宿屋に戻っていった。ホウカには感謝してもしきれなかった。
ホウカが戻ってから、ハイドはこれからのことを考えた。しかし、今回もハイドの頭に良い案は浮かんでこない。残っていた作業も手につかなくなったハイドは、この日は作業場で寝ることにした。