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共同生活 (3)

 「じゃあ、今度はこの店の中を案内していくよ。案内するほど大きくないけど、一応半年間はこの中で生活していくことになるから」


 仕事内容の話し合いを終えてから、今度はヘリー修繕店の説明を始める。共同生活するにあたって、ヨシノに守って欲しいことや知っていて欲しいことがあるのだ。


 最初にヨシノを連れていったのは地下室だった。


 「ここが知っての通り、保管庫。軍が回収してきた遺品や小物を置いておくための場所だ。これらはこの店にとって一番大切なものだから、万が一空襲があったときにも被害が出ないようにいつもここに保管してる。空襲警報が鳴ったときに僕らや外を歩いている人が身を隠す場所でもあるから覚えておいて」


 ハイドは一応と思いながらこの場所の説明をする。ヨシノはこの場所で盗みを働いた。ただ、どんな風の吹き回しか、そのヨシノが保管者の一人として今この場所に立っている。


 「こんなにたくさん、本当に管理できているんですか?」


 「当たり前だよ。そうじゃないと、もし所有者やその家族が探しに来たときに渡せないでしょ?」


 ヨシノの質問がこの店の根幹への疑念であると気がつき、ハイドは少し不満に感じる。これらを正確に管理することこそが、この店の存在意義でもあるのだ。


 「それで軍からお金をもらっているんですね」


 「そうだよ」


 ヘリー修繕店の収入形態は、メンデレーの住民ならば誰もが知っているかもしれない。しかし、この街の事情を全く知らないはずのヨシノは、初めてハイドと出会ったときにこの事実を言い当てた。今になっても、ヨシノがどうしてそんな考えに至ったのかハイドには分からなかった。


 「あとは、アクセサリーとか時計の修理もしていて、その対価としての収入もある。軍から入ってくる額に比べて断然少ないけど」


 ハイドは言わないで良いことを説明して一人で笑う。この現状こそこの店が多くの人から嫌われている理由であった。ただ、ヨシノはそんなことを気にする素振りも見せない。


 「私にも修理の仕方を教えてもらえるんですか?」


 ヨシノはまるで直談判しているかのような真剣な面持ちをしている。ハイドは小物管理のノウハウを教えると言った。よほどそんなことより実用的と言える修理技法を教えないわけにはいかなかった。


 「知りたいならいいよ。こっちは簡単だから」


 ハイドが了承すると、ヨシノは軽く頭を下げて感謝を示す。ハイドは今になって、ヨシノに甘くしすぎているのではないかとふと思った。そして、最初の段階で立場を逆転されると半年間が窮屈になってしまうかもしれないと危惧した。


 「……でも慣れるまで難しいかもね」


 ハイドはそんな危機感から余計な一言を足す。ただそれは、ヨシノの気を引き締めるためには些か力不足な言葉だった。


 「次は一つ上の地下一階。ここは基本的に寝室になるから」


 ハイドは手に持っているろうそくで部屋の中を照らす。部屋自体はそんなに大きくなく、保管庫と同じ程度である。そこにはベッドが二床置かれていた。


 「……私が寝る場所もここなんですか?」


 ハイドが簡潔に説明を済ませようとしたところ、ヨシノが驚いた顔で質問してきた。ハイドはそれに頷いて肯定する。


 「それで、ハイドさんも同じ部屋のそこで寝るんですか?」


 「そうだよ。……今更になってどうしたの?嫌だって言われても困るけど」


 ヨシノが信じられないといった表情をしていたため、ハイドは先にそんなことを言っておく。しかし、ヨシノはすぐに声を大きくしてハイドに詰め寄ってきた。


 「それはさすがにおかしいんじゃないですか?同じ建物だってことは考えてましたけど、まさか同じ部屋だなんて」


 「だから契約するときに何度も確認したじゃないか。本当に良いのかって」


 ヨシノの不満に対してハイドは反論する。しかし、ヨシノは納得しようとしない。


 「別の場所に部屋はないんですか?この建物、三階建てでしたよね?」


 ヨシノはこの店に入ってくる前に建物の階数を確認していたようで、同じ部屋を使う必要がないと説明してくる。しかし、そうできない理由があった。


 「確かに二階と三階に使ってない部屋はある。だけど、寝る場所は地下じゃないとダメだってこの街が決めてるんだ」


 「どうして?」


 ヨシノが食い気味に質問してくる。


 「それはここが国境の街だからだよ。寝てるときに空襲が行われる可能性だってある。そんな時に二階で寝ていたら逃げ遅れるかもしれないでしょ?そうならないためにも就寝場所は地下って決まってる。夜は敵機が近づいていることに気付きにくいから……分かるでしょ?」


 「…………」


 ハイドが説明すると、ヨシノは黙り込んでしまう。ヨシノは、先程とは違って悔しそうな表情をしていた。


 その時になって、家族が夜間の空襲で犠牲になったというヨシノの境遇を思い出す。自分に非はないと思いながら話をしていたが、唐突に悪いことをしてしまったと感じた。


 「……どうしても無理そうだったら、保管庫の方に場所を作って僕がそっちに移る。とにかく、地下で寝るってことには従ってほしい。違反すると罰せられるのは僕だから」


 ハイドは様子を窺いながら同意を求める。ヨシノは感情を見せないようにするためか、少しの間ハイドから顔を逸らしていた。ハイドが気にして声をかけようとしたときにヨシノは振り返る。


 「大丈夫です。決まりがあるなら仕方ないですよね。……私はどっちのベッドを使うことになるんですか?」


 「えっと、部屋の端のあれ。僕の祖父が生きてたときに使ってたやつなんだけど、三年くらい誰も使ってない。中のわらとシーツを新しくするから、それでも良いかな?」


 ハイドは結局、下手に出ながら話を進める。女性がこんなにハイドの生活に関与してきたことはない。ハイドの試練は始まっていた。


 「大丈夫です。心配していることはもっと他にありますから」


 「何もしないから」


 ハイドは自分が犯罪者のように扱われているのではないかと感じつつ、言うまでもないことをわざわざ言葉にして伝える。ヨシノはそれに少し笑った。


 「それから……この部屋で言っておく必要があることと言えば、ここに店のお金が全部あるってことくらいかな」


 ハイドはそう説明しながら、部屋の中央からやや外れた場所の床をめくってその中をヨシノに見せる。その中には、この国で使用されている紙幣や硬貨が入っている。ヨシノは驚いた様子でその中を凝視した。


 「私にそんなことを教えて良いんですか?」


 ハイドが床を元に戻したとき、ヨシノが心配そうに尋ねてくる。ヨシノがどうしてそんな心配をしているのかは言うまでもない。しかし、ハイドの立場から考えると、ヨシノが相手であるからこそ言っておく必要があった。


 「ヨシノさんが僕を信用してないみたいに、僕だってヨシノさんのことを完全に信用してない。一応は雇用主と従業員の関係にはなったけど、会ってまだ数日しか経ってないし出会い方だって悪かった。それは分かる?」


 ハイドが話の途中で確認を取るとヨシノは頷く。しかし、根本の理解には至っていない。


 「だから、ここにお金があることを先に言っておいた。ヨシノさんがもう盗みをしないという確証は僕の中にはない。それでヨシノさんはここの従業員になったわけだから、よりそういうことがしやすくなったと言って良いかもしれない。だから、もしそんなことをしないといけないようになったときは、下に保管しているものには手をつけないでこれを持っていって欲しい。……そのために場所を教えたんだ」


 通貨とは価値がなかったものに人が勝手に価値を付加させただけである。しかし、ハイドが保管する小物はそれ自体に価値がある。どちらを守るべきかは議論するまでもない。ハイドは自分の考えを伝えることも兼ねてそんなことを口にしていた。


 「……そんなことは絶対にしないです」


 ヨシノは弱々しく反論する。声を大きくして断言できないのは、自らがその可能性を孕んでいると認識しているからではなさそうだった。


 「気分を害したのなら謝るよ。……でも、お互い様だ」


 ハイドはそう言って先に一階に上がった。


 その後は、一階の説明を淡々と行った。ただ、説明と言ってもどこに何があるのかを教えていくだけである。一階には作業場兼接客場と、奥には台所と風呂場がある。ハイドはそれらを適当に紹介していく。ヨシノもハイドと同様に気分は沈んでいた。


 二階以上には特に説明するようなものはない。三階には何にも使われていない空間があり、リッチの遊び場になっている。二階はヘリーが生前収集していた異国のガラクタが無造作に置かれているだけだった。ハイドにとってそれらは価値のないものだったが、勝手に捨てるようなことはできないため今でも残り続けていた。


 また、ヘリー修繕店には屋上も備わっていて、そこは洗濯物を乾燥させるとき以外には使用しない。これで店の大まかな説明は全てだった。


 「何か他に聞いておきたいことはある?」


 一通りの説明が終わって、二人は作業場に戻る。ハイドの睡魔は極限に近づきつつある。ヨシノは元気そうだったが、まだこの空間に慣れていないようだった。


 「……気になっていたことがあるんですけど」


 ハイドはヨシノが何も質問してこなければ少し休もうと思っていた。しかし、不安や疑問点を多く抱えているヨシノはそう簡単にハイドを解放してくれなかった。


 「なに?」


 「この指輪のことです。これを買い戻したということは、誰かがお金を出したんですよね?」


 「うん、あの子供たちがね」


 ハイドは即答する。ヨシノが三人の子供を助けるために指輪を売り、そのことを知った三人が指輪を返すために奮闘した。ハイドに立て替えてもらうことで一時的に解決したが、ヨシノはその詳細を知らない。


 「そのことで私、何かしないといけないと思うんです。何があってこれが戻ってきたのかは、まだあまりよく分かってません」


 「ヨシノさんは何も気にすることないよ。あの子供たちがヨシノさんから借りたお金を返したと考えればいい。……子供を恐喝した人物が分かればなおいいんだけど」


 ハイドが子供と小さな契約をしたことはなおも伏せる。ヨシノがそのことを知ったとき、どんな反応をするか分からなかったからである。


 「……そうですか」


 ハイドの言葉を聞いて、ヨシノは渋々といった様子で引き下がる。ハイドはそれを良いことだと思って、寝室に向かおうとした。しかし、そんなハイドに再びヨシノが話しかけてくる。


 「今日、私はどうしていたら良いんですか?」


 「今日は午後から店を開けるつもりだから、それまでは自由にしていて良いよ。気にしなくても、今日からちゃんと賃金が出るから安心して。契約書に書いていた通りここは日給制で、何かをしてもしなくても同じだけの金額がもらえる。残業はないと思うけど、あった場合は手当も出る。好きに時間を過ごして」


 ハイドは最後の力を振り絞ってヨシノに指示を出す。その後はそのまま何も考えないまま地下に潜ってベッドに横になった。

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