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放浪者ヨシノ (1)

時間があるときにプロットをあまりしっかりと作ることなく趣味の中で書いていた作品です。

 「おはよう」


 「おはよう、ハイド。今朝は冷えるね」


 店の扉を開け放つと朝日が店の奥にまで入り込んでくる。通りには一人の女性が立っていてハイドは挨拶を交わす。前掛けをつけて箒を握っている彼女は向かいの宿屋で働いているホウカである。


 「こっちも頼む」


 軽く体を伸ばしつつ、自分の店の前も掃除するよう頼む。少し不満そうな表情をしたホウカであったが文句を言ってくることはない。礼を告げたハイドは店の中に戻った。


 今日も来客の見込みはない。しかし、仕事はしなければならない。それは約束事だった。


 「……ハイド、そろそろ議会の時間だ」


 開店の準備が終わった頃、一人の男が入店してくる。自警団の服装に身を包んでいて、工具を触り始めていたハイドは手を止めた。


 「忘れてた」


 「だろうな。そんな私服を着てりゃ、誰だって分かる」


 「すぐ着替える。アルはホウカに留守の間は頼んだと伝えてきてくれ」


 慌てて指示を出すなり、ハイドは地下室に飛び込む。アルは言われた通りにホウカのところへ向かった。


 アルはハイドの自警団仲間であり、数少ない友人の一人でもある。ホウカとも面識があり、三人とも同じ年齢ということもあってそれなりに仲が良い。


 今日は街で月例の議会がある。二人はこれに出席しなければならなかったが、ハイドは完全に失念していた。


 ハイドが服装を整えながら外に出ると、アルとホウカは立ち話をしていた。ただ、ハイドを見た瞬間、ホウカの視線が鋭くなる。ハイドは襟のバッチを気にして目を合わせないようにした。


 「また面倒を押しつけようとして!」


 「とにかく頼んだ。あと、リッチを見かけたら何かを食べさせてあげて。それじゃ」


 ホウカの非難から逃げるように、ハイドはアルをつれて歩き始める。アルはそんなハイドを肘で小突いた。


 「たまには喧嘩してないところを見てみたいね」


 「喧嘩なんてしてない。……それで、間に合いそうか?」


 「大丈夫。どうせ最初はいつもの批判大会だ。遅れたって問題ない」


 アルは余裕にしている。ハイドもその通りだと思い、早歩きで道を急いだ。


 見慣れた風景を抜けて議会所に到着すると、門の前ではすでに小競り合いが始まっていた。二人は混乱に巻き込まれないよう守衛に自警団手帳を見せて議会所に入る。敷地の中はまだ静かな雰囲気が保たれていた。


 議会所は街の西地区に位置しており、あらゆる話し合いの場として利用されている。隣接する役所と合わせて街の中心を担っており、決して大きくない無機質な建物ではあるものの、最も人を収容できる施設だった。


 「今日は予算分配の後にどんな話し合いが?」


 「さあな。最近は意味のない予算の取り合いばかりだし。議会としての機能を疑わざるを得ないな」


 アルが愚痴をこぼす。議会の一つの側面としてその認識は間違っていない。しかし、今日の話し合いはハイドの生活に少なからず関係してくる。アルのように簡単には言っていられなかった。


 ハイドらが住むメンデレーは、フリース共和国の西の国境に位置する人口五万人程度の小さな街である。フリース共和国は西を旧アボガリア、北をアレーニ共和国、南をボイシャ共和国、東をアルダー連邦に囲まれており、現在は旧アボガリアのさらに西に存在するデバイ帝国と戦争状態が継続している。そんなことから、メンデレーは戦場に最も近い街として知られていた。


 ただ、現在のところ帝国とは休戦状態にあり、メンデレーでも比較的安定した市民生活が営まれている。空襲で死者が出ていた過去は市民の記憶から失われつつあった。


 議場に入ると、二人はいつものように端の席に座る。自警団は議場の治安を保つ役割を担う。ハイドはそれに加えて議論にも参加しなければならない。いつになっても慣れないこの場所で、二人は議会の始まりを待った。


 議会は予定の数分遅れで始まった。原因は着席までに起きた小競り合いである。


 「今日は議会に参加していただき感謝する」


 議長が議会の始まりを告げ、視線を左右に振る。議長から見て右側には東地区の参加者が、左側には西地区の参加者が座っている。


 ハイドらは西地区陣営に含まれる。両者はすでに臨戦態勢となっており、いつものように話し合いが長引くことをハイドは確信した。


 「ではまず、あらかじめ提出された資料を全員に配布する。その内容に異議がある場合、挙手を求めたい」


 議長が両陣営に問いかける。その瞬間、手元に資料が届かない内に両地区の代表者は勢いよく手を挙げた。指名がない限り、発言権は代表にしか与えられていない。しかし、資料が行き渡るにつれて議場内は文句を垂れ流す人の声で埋め尽くされていった。


 「まず……西地区代表、ポータに発言権を与える」


 議長の指示が通る。その瞬間だけ、議場内が静かになった。


 「はい。最初に、この工場向けの補助費用についてです。毎年提案されているものですが、昨年は予算の一割という巨額の費用を街が負担しました。それにもかかわらず、今年もそれと同等の費用が求められています。さすがに納得がいきません」


 ポータの発言が議場内を駆け巡る。火ぶたは切って落とされた。


 「去年はゲリラによって材料が調達できなくなったことに対処する補助だった!それを今年と一緒にするのがおかしい話だ!」


 早速、東側陣営から反論が飛ぶ。勿論、そんな人たちに発言権は与えられていない。ただ、西側陣営もすぐに応戦する。


 「だから、昨年は納得している!今年はそうなっていないのに、どうして同規模の補助が必要なのかを聞いている!」


 ハイドの隣に座る男性が叫ぶ。ハイドはつい顔をしかめたが、形式上は仲間である。文句を押し殺して成り行きを見守った。


 ただ、その後に続いたのはお互いを非難し合う罵詈雑言だった。それぞれ相手に何かしらの文句や不満を持っている。議長の制止は意味をなさなかった。


 結局、一つ目の議題にもかなりの時間を費した。ただ、激しい非難の応酬の末に得られた結論は、決定の先送りである。


 ハイドは貴重な時間の浪費に溜め息をつく。天井には綺麗な絵が描かれており、それを眺めて暇な時間を過ごす。アルは腕を組んで寝てしまっていた。


 それからも激しい議論が続く。ハイドが関係する議題に到達したのは開始から数時間後になってからだった。


 「次に、駐屯軍に対する予算分配について議題にする。東地区代表のカールに発言権を与える」


 議長が疲れた様子を見せる。両陣営も睨み合ってはいたが、最初の威勢はどこにもなかった。


 「まず最初に、駐屯軍への予算分配に異議はありません。しかし、その内訳に異議があります。皆さん資料をご覧ください」


 カールは一つの資料を頭を上に掲げる。内容を知っているハイドも間違いがないか目を通す。そこには駐屯軍に分配された予算の用途が事細かに記載されている。ただ、全てが真実に基づいている保証はない。


 「ヘリー修繕店への金額を見てください。これは役場に勤めている役人一人あたりの月収に等しいものです。しかし、ヘリー修繕店の貢献度合を考えると相応しくない。修正を求めます」


 耳にタコができるほど聞いた指摘が今日も飛び出る。ハイドは今回もその文句に対応しなければならなかった。


 「では、ヘリー修繕店の責任者ハイド。この金額が妥当か否かを説明せよ」


 議長から名前を呼ばれ、ハイドはその場で立ち上がる。その瞬間、多くの視線が集中する。居心地の悪い状況の中、ハイドはなんとか口を開いた。


 「ヘリー修繕店のハイドです。この金額は駐屯軍に依頼された仕事に似合っていると考えています。……ただ、駐屯軍側がこの金額を不当と考えるのであれば変更には従います」


 ハイドは淡々と説明してすぐに座る。ただ、多くの非友好的な視線は座った後もハイドを貫き続けた。


 「それでは駐屯軍経理担当、スカルノ。軍の意見を説明せよ」


 「はい。我々は旧アボガリアでの作戦にあたり、ヘリー修繕店に多くの仕事を依頼しています。それにもかかわらず、ヘリー修繕店は質の高い仕事を維持し、軍に貢献している。従って、この金額は妥当であると考えています」


 「異議あり!」


 駐屯軍の説明が終わった直後、カールが大きな声を出す。議長はそんなカールに発言権を与える。


 「過去半年の返還実績はたったの五件です。それでも質の高い仕事だと評価できますか?」


 「可能です」


 スカルノが即座に返答する。カールとは裏腹に、スカルノは冷静さを保っている。駐屯軍の発言であるからか、それとも単に疲れてしまってるからか議場内は静かになっていた。


 「この金額は返還実績に比例するものではありません。四カ国が協力する旧アボガリアでの作戦は、今やこの地域に大きな影響を与えています。ヘリー修繕店はその作戦に大きく寄与している。返還だけではなく、全てを丁寧に管理する膨大な作業量を評価して、この対価を支払っています」


 「ということだそうだが?まだ何か論点になるところは?」


 議長が間を置くことなくカールに尋ねる。カールが首を横に振ったのはすぐ後のことだった。ようやくハイドの肩は軽くなった。


 「……これをもって予算分配の議論は終了する」


 議論は昼過ぎに終わった。結局は現状維持と決定先送りばかりが蓄積する結果だった。


 議論の簡略化は良くない。それでも、非難合戦を控えることで議論は効率的に進められる。叶わないと分かってはいるが、ハイドは建設的な議論を希望していた。


 議場内の大勢が疲れた表情でそれぞれ立ち上がる。ハイドも寝ていたアルを起こして退屈な空間を立ち去ろうとした。店には仕事が山積しており、これ以上の時間の浪費は許されないのだ。


 しかし、議長はそんな集団に再び声をかけた。


 「最後に駐屯軍から全体に伝達事項がある」


 喧騒の中、駐屯軍の広報官が目立つ場所に移動してくる。駐屯軍からの伝達は珍しい。多くが興味を持って耳を傾けた。


 「時間は取りません。既にこの事実を知っている方もおられるとは思いますが、一週間ほど前に帝国の皇帝が死去したとのことです。どのような影響をもたらすのかは分かりませんが、これからの情報には十分に注意してください。地区の違いに関係のない重大なことですから。以上です」


 広報官は説明を終えるなり即座に議場から撤収していく。情報は簡潔に伝えられた。しかし、それは衝撃的な内容だった。


 「……また戦争が激しくなるかもな」


 アルが眠たそうに目をこする。ハイドも同じ同様の予感を持った。しかし、小さな街で生きる一人の人間ができることはそんな心配程度である。状況が悪くならないように祈りつつ、いつも通りの生活を送るしかなかった。

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