野生の姫様 22
ブックマークありがとうございます!
相変わらず情景描写が苦手で伝わるか不安ですが、お楽しみ頂けると幸いです。
切りどころが無く、今回少し長めです。
星が映る湖とそこに浮かぶ花咲く小島。此処は変わらず美しい。しかし、ここに来れば会えると思っていた少年の姿は見えなかった。仕方なく景色を眺めて時間を潰すが、一向に少年は現れない。どうしたものかと見上げた空に一筋の線を見つけた。
「・・・?」
はじめは雲かと思ったが、上空の強い風にも流されない。どうやら雲とは違うようである。それは空を二分するかのように端から端まで伸びている。
前は無かったそれを良く見ようと目を眇めた時、空がふっと翳った。
(前とおなじ・・・?にっしょくみたい。)
ヒヤリとした風がアルティナの肌を撫で、暗がりを恐れるかのように花は次々と花弁を閉じていく。
(そういえば、前はかえれって言われたけど、ここにいないほうがいいのかしら。でも、かえり方なんてわからないし・・・。)
暗さと寒さは不安感を呼び起こす。
もう一度少年を探して辺りを見回そうとしたアルティナに、一際強く風が吹き付ける。その勢いと冷たさに思わず目を瞑ってしまった。視界が塞がれば風の音はより一層強く耳を打つ。轟轟と渦巻く風の中、寝物語に読んでもらった龍の唸り声はもしかしたらこのような音かもしれない、とアルティナは逃避した頭で考えた。
少年はどうしたのだろうか。ここに来たからには彼に呼ばれたのだと思っていたのだが、小島の何処にも姿が見えない。この風は何を運んで来るのだろう。前回自分が去った後、彼はどうなったのだろう。帰る術を持たない自分はどうすれば良いのだろう。どうなるのだろう。冷たい風は更に強さを増した。不安が恐怖呼び、身が竦む。
風に耐えてどのくらいたったのか。いつのまにか屈みこんでいたアルティナの耳に、突然重たく濁った鐘の音が幾重にも響き渡った。
「わっ?!」
驚きに思わず目を開けたアルティナの目の前で、色が塗り替わるように空が変わっていく。昼から夕暮れへ、夕暮れから夜へ。雲は白から一瞬燃えるような橙と金に輝いた後、青みがかった灰色へ。いつの間にか風はやんで、吸い込まれそうな深い闇色の空には、満天の星空が広がっていた。闇色の空と湖の境目は分からず、湖が空へと伸びたように錯覚した。
夢でも見ているような非現実的な状況に、アルティナはポカンと口を開けた。
「・・・これは一体どういう事だ?」
「わっ?!」
パシャリ、と水の音がした。
先程までは確かにアルティナだけだったのだが、いつの間にか湖の中に初めて見る男が立っていた。
ポタポタと水を滴らせる裾の長い服は、イールギルの物と少し似ている。アルバディアでは見ない濃い肌の色と揺らめく炎のような赤金の髪。頭には細い金属の輪飾りが乗っており、そこから水晶や布の垂れ飾りが幾筋も垂れる。髪は長く、顔の横の一房を頭飾りの布で編み込んである以外はそのまま流している。下りた髪は男が水に浸かっている為、そのまま水の中で揺らめいていた。異国感のある衣装飾りと相まって、整った顔立ちは神殿にある神像のような非現実感を漂わせている。その中で灰がかった赤茶色の瞳だけが爛々と存在を主張していた。
炎を思わせる色合いなのに、アルティナは身体の芯が冷えるような印象を受けた。
(いっちゃんと同じくらいきれいな人だけど、なんだかこわそう。)
アルティナは失礼にならないようそっと男を眺めて、ふとこの赤金の色合いを前も此処で見た事を思い出した。
「・・・残る守が黒龍ではなかったのか?それともこやつが黒龍なのか?」
値踏みするような冷ややかな視線に晒されて、アルティナは居心地悪く身じろぎをした。彼女も空気は読めるので、あまり快く思われていない事は分かった。普段ならばそこで大人しく口も閉じておくが、この時は少々違った。何せ久方振りの話せる他人である。いかにアルティナがシロと心通わす事が出来ていたとしても、いくら喋り倒しても足りない年頃の少女の欲求を満たせるものではなかった。かくして、好奇心に負けたアルティナは怖さを抑え込んで近づいた。お互いの顔が見える距離で止まって、話しかける。
「あの、わたしアルティナっていうの。あなたはだぁれ?前にもここにきてなかった?」
「・・・何故それを知っている?見た目は子供でもやはり守というわけか。」
男が警戒を滲ませるのを見てアルティナは、やはり前に見た影はこの人物だったのかと1人納得した。
「もりってなあに?」
「守を知らぬ?己の役割を知らぬのか?・・・そなた生まれたてか?」
「生まれたてって、わたし赤ちゃんじゃないわ。8歳なのよ!もう本だって一人でよめるわ。おとなのよむ本はまだムリだけど・・・きっとすぐよめるようになるわ。」
「8、歳?・・・まさか、そなた守ではないのか?では、何故此処に居る?答えよ。」
ふふん、と胸を張るアルティナを男は訝しげに見やる。上等な服と上からの物言いに慣れた様子から、貴族や支配階級に属する者なのだろう。アルティナに対する不信感を隠す事もしない。
ここに来てアルティナの気勢も萎んできた。元々あまり人見知りも無く楽天的なアルティナであるが、こうも露骨に警戒され続けるとあまりいい気分ではない。久しぶりの他人に喜んだが、ラルフの件もある。この人物が良い人であるとは限らなかった。今更ながらに湧き上がってきた警戒心で、少し後ずさった。
「あなたこそ、だれなの?」
「私の事は良い。そなたの事だ。」
「・・・名前もおしえてくれないようなしつれいな人とは話しちゃダメってとうさまとかあさまが言ってたわ。」
男は目を丸くした後、突然腹を抱えて笑いだした。男はパシャパシャと湖面を揺らしながらひとしきり笑った後、アルティナに向き直った。
「・・・そのような事を私に言う者は初めてだ。だが、確かに私が礼を欠いていたようだ。私の名はジャハダ・ガロのザザという。ところでアルティナよ。そなたは人族のようだが何処のものだ?」
顔からは険がとれ、先程までの冷たく近寄り難い雰囲気は鳴りを潜めている。アルティナは警戒を維持しつつも、知らない地名が出たので少し身を乗り出した。
「じゃはだがろ?どのあたりかしら?」
「ジャハダ・ガロを知らぬとは、そなた余程地の端に住んでいるのではあるまいな?!・・・あぁ、いや、違うな。名が変わっておるのだ。何と言ったか。・・・あぁ!ザラハルド、だ。今の名前はザラハルドと言った筈だ。」
「ザラハルドならしってるわ。北の大たいりくの国ね。アルバディアは南の小たいりくのはじっこだからしらないかしら?・・・でも、ここはアルバディアよ?」
「此処はザラハルドでもそなたの国でもない。世界の狭間にある箱庭だ。何人たりとも入れぬ筈だが、何故こんな所にいるのだ?」
「わからないわ。わたしも気づいたらここにいたんだもの。」
「ふむ。アストラルラインが作る綻びに巻き込まれたのかも知れぬな。」
「あすとら・・・?」
「アストラルライン。世界を巡る魂の輪だ。ちょうど見えるあれだ。」
そういってとザザが指指す先には空にある白い線。それをなんとはなしに眺めていると、小さな水音がした。視線を戻すとザザが湖の中で小島に歩み寄るところだった。ザザがアストラルラインを見上げたのでアルティナも再び空を見上げた。
「あの白い線があるといけないの?」
「いや、アレは常に世界と共にある。アレの役割は世界の循環器だ。穢れた魂や欠けた器を溜め込み、浄化して、周期的に大地に還す。我等ヒトの暦で言う所の夏至と冬至にあたる季節だな。この時に生じる強い力の余波で様々な事が起こる。それの一つで普段閉ざされている此処への道が開いたのだろう。」
「じゃあ、ザザもそれに巻き込まれちゃったのね。」
「・・・そのようなものだ。しかし此処には何の所縁もない者は入れぬ。アルティナ、そなた知り合いに人外のものはおらぬか?」
「じんがい?」
「ヒトではないものだ。」
「しろちゃんと、いっちゃん!わたしのおともだちよ。しろちゃんは白いへびさんで、いっちゃんはおっきなくろいりゅうなんだよ!・・・ザザ?」
すごいでしょ!と自分の事のように胸を張るアルティナは、ザザが目を細めたのを見ていなかった。
返事がなかったので視線を下ろすと、ザザはアルティナを見て微笑んでいた。とても美しい笑みを向けられ、思わず顔を赤らめたアルティナであったが、何故か同じくらい悪寒を感じて背中を震わせた。肌寒さに身を抱えた所で、ザザが未だ湖の中にいる事に気がついた。先程側まできたものの、一向に小島に上がる様子を見せない。
「ザザはどうしてそこにいるの?ぬれてつめたそうだわ。」
ザザは膝下はまだ水に浸かったままで、腰布が水を吸って重そうに色を変えている。
アルティナの問いにザザは肩を竦めて答えた。
「そうは言うが、簡単にそちらへは行けないのだ。私には資格が無くてな。・・・あぁ、でもそうだな。そちらへ呼んでもらえれば私も入る事が出来るかもしれない。ここは寒くて堪えるのだ。」
「ええと、はいらないの?」
「そなたが許可してくれれば入るとも。」
ザザは今更ながらに腕をさすって見せた。少しわざとらしくはあるが、確かに濡れたままでは風邪をひいてしまう。見ないフリはアルティナには出来なかった。秀麗な顔にニタリと笑みが浮かんだのを長い髪が影を作って隠した。
「よくわからないけど、かぜひいちゃうし、はやくそこから上がったら・・・」
《やめよ、招かれざる者よ。》
少年の声が間に割りいった。
ザザの顔が歪んで舌打ちが漏れた。
「あ、あなた・・・!」
どこからか現れた白い少年は、驚くアルティナを一瞥してザザに向き直った。
《随分と手の込んだ事をしてくれる。》
「何の事だか分からぬな。それよりもなんだその姿は。可愛げの一つでも作ろうという魂胆か?」
《訳の分からぬ事を・・・招かれざる客よ。これ以上領域を侵すのを止めよ。魂が戻らなくなるぞ。》
「わっ!!」
少年の姿が揺らめいて、一瞬の後に青年の姿になった。変わらず纏う色は白一色だが、手に雷光の走る槍を持っている。
アルティナは始めその姿と槍に驚いたが、すぐに雷光に引かれてボサボサになる髪を両手で引き止める事に必死になった。
《・・・これ以上進む愚かしさがない事を祈る。》
「おお、怖い。ただの記録媒体かと思いきや、多少は自我があるのだな。なればこそ尚更つれないな。こうして私が足繁く通っているのにその座の一つも寄越さぬどころか今まで其処にさえ入れてはくれないではないか。贔屓は良くないぞ。」
《贔屓ではない。彼女には座す権利がある。それがお前にはない。それだけだ。》
少年とザザは暫く睨み合っていた。初めに目を逸らしたのはザザの方だった。
「・・・ふん、どうだかな。まあ良い。私も忙しい身なのでね。次は座す権利を持ってこよう。幸い当てはあるのだ。」
小島に上がらずザザは背を向けた。途端強い風が吹き荒れて、収まった。閉じていた目を開けると穏やかな陽の光が降り注ぐ花畑に戻っていた。
大人達のお話にアルティナはまだ何も分からないので介入出来ません。そろそろ身嗜みも気になるお年頃、広がる毛束を抑えるのに必死です。
お洋服のイメージは古代エジプトとオスマントルコの感じ。いつか暇が出来たら絵で表現したいですね。




