はじまりの森 1、2日目
プロローグを見てくれた方がいて驚きです。
この話も三度くらい書き直して挫けそうになりましたが、通りすがりにでも見てくれた方がいると思うと頑張れました。
ありがとうございます。
※2018.8/13 話数が増えてきたので整頓、副タイトルをつけました。1話と元2話をくっつけました。シロの大きさを少し小さくしました。
薄暗い森の、道なき道を猛スピードで駆けて行く影。
時に枝を使って振り子のように飛んだり、時に地面を這うように進んだり、押しのけた枝葉を散らしながら走るのは、まだ小柄な女の子であった。
後ろで1つに束ねた蜂蜜色の長い髪が軌跡を描く。
少女の隣を離れずついて行くのは、少女と同じくらい大きな体躯の白銀の蛇。
時折、蛇が少女の足場になったり枝に手を引き上げたりして手助けをしている。
そうして走る事数分。
ふいに木々が途切れ、大きな広場程の野原が現れる。
少女達が野原に入って直ぐに、森から大猪が茂みを突き破って追いかけてきた。
明らかに少女を追いかけている。
森の中とは違う、上下左右に逃げられない平坦な道では分が悪い。
少女と大猪の距離はぐんぐんと縮まって行った。
しかし少女は少しも怯える事なく、駆ける足はそのままに、声を張り上げた。
「いっちゃーん!あとよろしくー!」
〝ー承知した〟
バキバキと木々を踏み倒し、声の主が姿を現わす。
それは小山程もある、漆黒の大きなドラゴンであった。
ドラゴンは元の色は種族によって様々だが、生体年数によって力が増し、外殻の色がどんどん濃くなる。外殻が黒みを帯びる程に生きると、古種呼ばれる。このドラゴンの色は漆黒。滅多に見ないその色は、伝承の中に災厄として語られている。
当の本人は、伏せていた身を少しだけ起こすと、彼の出現によって恐慌状態に陥っていた大猪を、前足の一振りで仕留める。
手近な木の上に避難していた少女と白蛇は、それを見て歓声を上げた。
「やったー!御飯だー!!」
少女は、名をアルティナ=エル=アルバディアという。
今日の夏至で16歳になる。国によって多少前後するが、大体は16歳で成人として認められる。少女の国では16歳が成人の為、この日を出立の日に決めていた。
出立を祝福するかのような晴天に『二つ目の月』がぽつんと浮かんでいた。それを少女は目を細めて見つめた。
『二つ目の月』は夏至と冬至の空にだけ現れる。この世界を造って去った神々の住まう土地が蜃気楼として現れるのだとか、夏至と冬至に精霊の力が高まる為作られる幻の月だとか言われているが、定かではない。分かるのは、一日中空に浮かんでいる事と、それがある日は夏至か冬至だということである。
四六時中薄暗い森の中にいるので日付感覚は既に無いのだが、夏至と冬至は普段は見えない第2の月が現れる日なので何とか分かるのである。
名前から分かる通り、その昔、行方不明にさせられたお姫様である。
仕留めた大猪に向かって一度手を合わせてから、アルティナはすっかり手慣れてしまった解体を始めた。
肉は今日食べる分を残して残りは非常用に焼いて包んだ。
皮は鞣せば使えるが、今日は諦めた。
牙や爪は鏃用に。
内臓はアタリやすいので、白蛇へ。
貰えるのを待っていた白蛇は嬉しそうに丸呑みを始めた。
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幼いアルティナは知っていた。
自分が叔母に邪魔に思われていた事を。
まさか魔物の森に捨てられるとは思わなかったが。
しかし、想定出来なかったとはいえ事は起こってしまった。当然子供の足では帰る事も出来ず、アルティナは途方に暮れた。
普通の子供なら、この時点で詰んでいるだろう。
泣いて座り込んで魔物のエサになるのが普通というのならば、アルティナは少しばかり普通ではなかった。
彼女は、昔猟師から教わった森の過ごし方を思い出しながら、最低限の荷物を持ってすぐさま安全地帯を探して馬車を飛び出した。
先ずは土を身体中に擦り付け、匂いを消した。
動きやすいようにドレスの裾を割いて端を足に結びつける。
靴は持ってこれなかったので裂いた布を巻きつけた。
なるべく自分の音は立てず、周りの音を聞いて進む。
道中、食べられそうな実や草をハンカチに包むのを忘れずに。
暫く進むと、後方から馬車が壊される音と何らかの争う声が響いて来た。
「ーーひっ・・・っ!!」
思わず声を上げかけるが、何とか堪えて進む。
その日は木のウロを見つけて眠った。
眠る前に周りに荷物から出した細い糸を張り、その糸の一部を握るのを忘れずに。
寝る前に食べた木の実は2粒。他は強い苦みや酸味があったので、止めておいた。
翌日も慎重に森の中を進む。
地面に着いた手の上を大きな百足が通った時には思わず悲鳴を上げて暴れかけた。だが、「虫はいきなり動くと驚いて攻撃してくる」と庭師のおじさんに言われた事を思い出したので、口の中で悲鳴を噛み殺し必死で耐えた。
しかし、食べ物の問題は深刻だった。
下生えの低木の実は苦かったり酸っぱかったりしたし、上の方の実は危なくて採りに行けない。
草もいくつか試してみたが、えぐみが強くて食べられなかった。
2日目も殆ど何も口に出来ないまま眠った。
3日目の朝が来た。
鬱蒼とした森ではあるが、時折木々の隙間から見える空で、何となく時間を知る事ができる。
昨夜はあまり眠れなかった。近くで魔物同士の争いをしていたのか、複数の唸り声と木々の折れる音が響いて来たのだ。こちらに来ないか心配で目が冴えてしまった。争いは空が白み始める頃に収まったようだが、アルティナは恐怖で暫く動く事が出来なかった。
「ーーはっ!!」
アルティナは、自分が触れて立てた葉音に驚いて目を覚ました。先程から強烈な眠気に襲われて、半ば歩きながら寝ている状態である。休みたいのは山々だが、身を隠せそうな所が無い為、仕方なく歩を進める。
驚く程の幸運で魔物に襲われずに済んでいるが、体が限界を迎え出した。また、今迄魔物に直接会わずにいるのも気の緩みを誘った。危険な森の真っ只中でいけない事ではあるが、幼い少女にはこの環境は過酷過ぎた。
連日続く空腹と気の休まらない休息。
アルティナは自分の注意力が落ちて居るのに気がつかなかった。
ガサリと草を掻き分けて出たのは魔物の食事中。
アルティナより大きな山猫の様な魔物が2匹、大牛の様な魔物を食べている。
2匹の視線がアルティナに向いた。血に濡れた牙がぬらりと光る。
「ひっ!!」
初めて間近に見る魔物の姿に、アルティナはパニックに陥った。猟師のおじさんに「生き物と目が合ってしまったら急に動いてはいけない」と言われた事も思い出せずに、半ば反射的に身を翻した。
それを見た魔物は食事を止め、アルティナに襲いかかって来た。アルティナは逃げようとしたが、あっという間に背中を踏まれて地面に倒された。
幸いにも背中の鞄と中の荷物のおかげで魔物の爪はアルティナに届かなかったが、鋭い爪に破かれた鞄から中身が溢れていった。
アルティナが衝撃でチカチカする視界を上げると、目の前には真っ赤に染まった口内が迫って来る所だった。
(動物はくさいのがきらい!)
咄嗟に、アルティナは持っていた酸っぱい実を潰してばら撒いた。先程摘んだ房状のベリーらしき物だが、悶える程酸味が強い為、食べるのを躊躇っていた。しかし毒は無さそうなので、他に何も無い場合はこれを食べるしかない為、捨てずに渋々持っていた物だった。その果実の汁が目や口に入ったのか、飛びかかって来た2匹は悲鳴を上げながら転がった。
アルティナも悶える山猫の魔物の内の1匹に突き飛ばされて転がった。齧られなかったとはいえ、一瞬息が詰まりそうな衝撃が来る。ほぼ中身の無い鞄が腕から抜け落ちたが、拾っている暇はなかった。アルティナは転がる勢いそのままに立ち上がり、走り出した。
後方からは怒りの咆哮が轟いて来た。
「わ、ああああああああああああああ!!」
アルティナは声を上げて走った。
もう形振り構ってはいられなかった。思考は恐怖で麻痺し、声を出す事で体を止めないようにする事だけで精一杯だった。
(いたいこわいいたいこわい!!)
涙で視界が滲んで、何処をどう走ったのか分からない。
喉はひりつくように痛んで、もう声は出ない。息を吸うと喉と胸が痛むが、息をしない訳にはいかなかった。痛みで視界が赤く染まる錯覚さえ覚えてきた。
この時点でアルティナがまだ転ばずに走り続けていたのは奇跡だった。
山猫の魔物はすぐさまアルティナを捕捉したが、先程の行為を警戒して周りをぐるぐると回るに留めていた為である。当のアルティナは知る由もないが。
しかし、彼らが食べ掛けにしていた魔物の血と先程のアルティナの声が他の魔物まで呼び寄せたようで、森の奥から別の唸り声が幾重にも聞こえてくる。状況は好転どころか悪くなっている。
今にも飛びかかって来そうな山猫の魔物と、近づいて来る他の魔物に気を取られていたアルティナは、今にも足を止めそうな程疲れ切っていたのと相まって、ちゃんと前を見ていなかった。
そこはいきなり大きな窪地になっていた。
踏み出した足が宙をかいて、アルティナはそれに気がついた。少しの浮遊感の後、坂というには急な斜面を転がり落ちた。
全身の痛みに呻きながら目を開けると、斜面の上からこちらを見て唸る魔物たちが見えた。
(は、はやく立ってにげないと・・・)
しかし、出来たのはそこまでだった。
極度の疲労と全身への打撲で、アルティナはそのまま気を失ってしまった。
自分田舎育ちなので、これを書きながら昔帰り道によく桑の実や名前のわからん甘い実(多分まきの実)採ったり、酸っぱい野草(名前知らない)の茎かじったり、サルビアの蜜吸ったりしたのを思い出しました。小さな村だったので村中を使って追いかけっこして転んで怪我したり、野原を駆け巡って草で手足切ったり、神社裏の山を探検(罰当たり(汗))したり。
今考えるとサバイバルこそしてませんが結構野生児でした(笑)