野生の姫様 19
ひ、評価がついてるっ?!!
うわわ、驚きで五度見くらいしました。嘘です。もっと見ました。今も見てきました。
拙い文章ですが、評価ありがとうございます。
ご期待に添えるよう精進します。
踏みしめた地面を砕き、常人では視認できないほどの速度で進む影がある。赤い液体を滴らせながら進む1つはアルティナを抱えたイールギル、ギリギリ視認出来るその後方にはさらに複数の影。
「・・・まだ、ついて来よるのかっ!!」
イールギルは焦っていた。
自身の傷はとうに塞がっている。滴る液体の正体は、アルティナに空いた穴から零れる血であった。
早くアルティナに手を施さなければならないのに、後ろから離れず気配がついてくる。レンジャーという職が森の中の移動に長けているからか、彼らの修練が成せる業なのか。アルティナの血が目印になっているのもあるが、人間にしては驚く程の追跡能力を有している。少しでも速度を緩めると追いつかれてしまうだろう。一か八か、止まってアルティナに血を与えるべきだろうか。しかし、アルティナが回復して動けるようになる前に追いつかれる可能性が高い。囲まれてから逃げきるのは酷く難しそうだった。
異様な雰囲気を漂わせる仮面の集団。酷く不快な、それでいて懐かしい。似たようなものをどこかで見た気がするのだが、思い出せない。何処か、遠い昔に。確か、あれは。
『シャルル・・・』
腕に巻き付いたシロの声に、イールギルは手元の重みを思い出した。あらぬ方向に進んでいた思考をかぶりを振って引き戻す。目をやれば、アルティナは焦点が合わなくなり小刻みに震えてきていた。
イールギルの血は失った命を取り戻す事は出来ない。もうこれ以上逃げ回るのはアルティナが持たなかった。
イールギルは深く息を吐いて、足を止めた。
「この手は使いたくなかったが仕方ないの。」
丁度開けた場所へ出たので、そこへアルティナをそっと下ろす。しがみついていたシロも恐る恐る地面に降り立った。
もはやアルティナは浅い息を繰り返すだけになっていた。もはや一刻の猶予もない。
イールギルはシロに向き直った。
「ワシはこれから彼奴らを追い返す。この森へは入り込まれぬようにしておくので安心せい。しかしそれが大量に魔素を消費するんでの。お主らから奪わぬよう、暫しワシは眠らねばならぬ。シロや、アルティナを頼んだぞ。」
『シュルル・・・。』
不安そうなシロの頭を一撫でして、イールギルはその身を解き放った。
人の身が揺らぎ、破裂するように質量が膨らむ。白い肌は硬い漆黒の鱗へ。瞳はより大きく、虹彩が縦に開く。口は耳元まで裂け、大きく鋭い牙が並ぶ。龍の足が大地を踏みしめ、その質量を支えた地面がへこむ。瞬く間に龍の姿が現れた。
イールギルが龍の姿になったのと、木々の隙間から赤いローブの集団が飛び出して来たのは同時だった。
「なっ、こんな場所に古い龍種だと?!」
「灰龍・・・いや、黒龍?!まさか伝承の災厄と同種・・・?!」
「狼狽えるな!武器を持ち変えろ!!《灰》の使用を許可する!!」
漆黒の龍を見て、赤いローブの集団にはじめて動揺が広がるが、リーダーと見られる人物が隊を叱咤して立て直す。こんな時でなければ、良く訓練された隊だと感心しただろう。
「封を解け!!!」
『ーーぬ?!』
素早く交換された武器は刀身に幾重にも布が巻かれている以外は、一見何の変哲も無い短刀だった。布にはびっしりと赤黒い文様が描かれている。古代の封術である事はすぐに分かった。それに巻かれた布が解かれるとイールギルは言い知れぬ不快感を覚えた。
刃渡りは子供の肘から先程。刃に少し厚みがある以外は柄の装飾も無い、シンプルな数打ちに見える。
人族の武器でこの身がどうかなるとは思えないが、イールギルに纏いつく不快感が警鐘を鳴らす。弱体化しているとはいえ、龍が人族に。何故そのような武器を所持しているのか、非常時でなければ問い質したかった。
しかし、今は時間がない。イールギルは言い知れない胸騒ぎに蓋をして、練り上げていた呪を紡ぎ出した。
『《はじまりの龍がひとり、イールギルグラズスが定める。我に徒なす者よ、動くな。》』
途端、武器を構えていたローブの集団の動きがビタリ、と止まる。
「っ?!」
「ぐっ・・・」
「な・・・にを、・・・っ!!」
よくよく見れば、少しずつ動いている者もいるので、正確には静止させたのではなく抑え込んでいる状態である。
『本来であれば完全に動きを封じれたものを・・・全く、衰えたものじゃな。』
ため息混じりにイールギルが愚痴を零す。
きちんと練り上げていなかったとはいえ、先程行使出来た力は元の何十分の一程度。人族の動きでさえ完全に止められないとは。
イールギルが行使しようとしたのは真祖の力。居場所がばれる可能性もある。数千年前に喧嘩別れをした手前、どんな顔をして会えば良いのか分からなかった。また、使用に際し大量の魔素を必要とする為、枯渇状態にあるイールギルでは扱いに危険の伴うものであったが、今回はやむを得ない。
真祖の力とは言葉を介して顕現する力、言霊の呪である。彼らが意思を持って言葉を紡げばそれが力となる。
とはいえ、調停の任から外れて封印されていた身としては、使用出来るかは賭けであった。
『しかし、使えただけでも僥倖かの。どちらにしろ、やらねばならん事は変わるまいて・・・《来やれ、来やれ、世界の破片たちよ。我の元へ来たりて声を成せ》』
イールギルの言の葉に合わせて引き寄せられてきた魔素が可視出来るほどに濃く漂う。が、まだ足りない。真祖としての力を行使するには身体の中に残る魔素では不十分だ。不足分は周囲から補わねばならない。更に集められた魔素は淡く輝く光の粒となり、ぶつかっては弾け、また寄り集まって輝く球体となる。程なく、薄暗い森の中は真昼のように明るく照らされた。
ローブの集団は動こうとはしているものの、未だ押さえ込まれてもがいている。
イールギルの声が朗々と響き渡る。
『《はじまりの龍がひとり、イールギルグラズスが定める。此処は我の箱庭。嬰児たちの眠れる揺り籠。深く深く、安らかに眠りやれ。汝らを邪魔する者は無し。安寧を乱すもの。許されざる訪問者。何人たりとも我が箱庭を侵すこと能わず!》ーーこれで出て行くがよいわ!痴れ者共!!!!』
熱くも冷たくもない、青白い光がイールギルを中心に広がる。
「く・・・っ!!」
間近まで来ていた赤いローブの集団は、その光に押されるように吹き飛ばされて行った。
眩い光が走った後、森には静寂が訪れた。
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暗闇の中で密やかに声が響く。
《お眠りよ。お前の嘆きが止まるまで、風が慰めの歌を運ぼう。》
《お眠りなさい。深く、深く、静かな水底に沈むように。水が嘆きを洗いましょう。》
《眠れ、眠れ。お前の嘆きがお前を焼かぬよう、炎がそれを焼き尽くそう。》
《春に草花が芽吹くように、目覚めの時まで嘆くその身を大地が預かろう。だからこれ以上、その身を傷付けないでおくれ。》
『・・・なあ、イールギルグラズスよ。今でもまだ世界が憎いかい?』
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懐かしいような悲しいような不思議な気持ちに包まれて、アルティナはゆっくりと目を開けた。
夢を見た気がしたが、何を見たのか思い出せない。
胸元を見ると、いつの間にか傷は塞がっていた。
そんな事が出来るのは1人しかいない。アルティナはゆっくりと起き上がると、覗き込むように影を作っている龍に呼びかけた。
「いっちゃん!!」
イールギルは黙して答えない。
色褪せた体、体に走る亀裂、地面に半ば埋まっている胴体。
近寄って分かった。
イールギルは巨大な石像となっていた。
カラリと小石が転がり落ちた。
どんどん状況が詰んでいって焦っています。
あれれ、もっとサックリ森を抜けて大活劇したかったんですが・・・解せない。
あと、術の文言がたまに中2な病のようで恥ずかしくなります。もっと格好良い、スタイリッシュ(?)なものにならないもんですかね。