野生の姫様 12
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ちょっとずつアルティナさんが逞しくなっていきます。
今回は生肉と芋虫がちょっぴりでますので、苦手な方はお気をつけ下さい。
鬱蒼とした暗い森の中、風も無いのに木の枝がガサガサと揺れ出す。
「…ふうっ。」
揺れた木の枝に足を掛け、逆さにぶら下がるように姿を現したのは蜂蜜色の髪を一つにまとめた1人の少女と1匹の白蛇。アルティナと1ヶ月程前に出逢った白蛇である。
アルティナと白蛇はその体勢のままキョロキョロとあちこちを見渡す。
「うーんと……あ、あったぁ!」
視線の先には草に埋もれるように倒れている大きな木。アルティナの身長で地面からは草に隠れて見えないので木の上から探していたのである。アルティナは枝から足を離すと空中で体を捻って勢いを殺し、軽やかに着地した。
ここ1ヶ月でアルティナの動体視力は更に向上した。先の様な無茶な飛び降りも全く平気である。明らかにおかしな成長幅であるが、此処には子供と人外しかいないので「まあこれが成長期かな」で流されている。
アルティナは見つけた倒木の側に立つと、腰に下げていたナイフを突き立て表面を剥がしていく。
すぐにボロボロになった内部と、その中に蠢くものが見える。アルティナは手近に落ちていた太めの枝を差し入れ、中からソレを引きずり出した。
枝に噛み付いたまま引きずり出されたソレは、長さは彼女の肘程まで、太さは二の腕程もある。全身が半透明の大きな芋虫であった。陽の下に連れ出されて不快なのか、芋虫にあるまじき大きな歯を鳴らして身を捩る。
アルティナに噛みつきそうな芋虫をシロが引っ張って止める。シロに手伝ってもらいながら、アルティナは危なっかしい手つきで歯を避けて、1匹、また1匹と芋虫たちを持っていた蔦で縛った。
「今日はお腹いっぱい食べられそうだね!」
『シャルルル!』
笑いかけるアルティナに、側に寄って来た白蛇は嬉しそうに体を揺らした。
親兄弟と別れて仲間が恋しかったのか、白蛇改めシロはイールギルとアルティナにすぐに懐いた。まだ子供なのもあり、今ではすっかり甘えん坊である。
始めこそイールギルは渋っていたのだが、今では天気の良い日に背中に乗せて一緒に日向ぼっこをする、実に微笑ましい仲の良さである。
「やれ、此処におったのか。」
掛けられた声にアルティナが振り向くと、長い黒髪を緩く束ねた長身の男が歩いてくる所であった。
腰まである濡羽色の黒髪の下には陶器の様に白い肌と人形の様に整った顔。切れ長の目は光を受け金に輝いている。冷たささえ感じる完成された美しさがそこにはあった。男は見慣れない紋様が描かれた丈の長い民族衣裳に身を包み、ゆったりとこちらに歩いて来た。その手には仕留めたばかりの、血の滴る猪型の魔物が引き摺られていた。
アルティナはキョトンと男を見つめた後、破顔した。
「いっちゃん、おかえり!」
「うむ。アルティナにシロや、怪我は無いの?」
冷たい相貌を緩め、ふわりと笑う美丈夫は黒龍イールギルその人であった。
森の中を動き回るのは巨体では不便なのでと変えた姿である。「我々真祖は魔素で構成されている魔法生物に近い為、質量を魔素に置換してから形態変化を…」云々。色々説明されたが、アルティナには良く分からなかった。衣裳はイールギルが封印される前の物を参考にしているので、5000年程前のデザインである。勿論、その国はとうに滅んでいるという。
1ヶ月程前、起床したアルティナとシロが見たのは更地になった窪地と、大きな身体を可能な限り縮こまらせているイールギルであった。よくよく見ればカラッカラに干からびた植物の繊維みたいな物は残っていたが、すぐに風に吹かれて飛んで行った。
物凄く挙動不審なイールギルから聞き出したのは、こういう事だった。
一つ、この窪地は自分の血潮、魔素で満ちている。
一つ、自分は不死に近い、高い再生能力がある。
一つ、自分は周囲の魔素を取り込む事が出来る。基本は任意だが、非常時はオートで発動する。
そして、それらを阻害する封印が解かれた。
つまり、
イールギルが覚醒したので、身体が力の回復の為勝手に周囲の魔素を回収。止めようとしたが、身体の衰弱が危険域と判断され、止められなかった。
結果、窪地の植物が全て枯れたのである。
「斯くなる上は…」と、今にもまた血を撒きそうなイールギルをアルティナは叱り飛ばした。
そもそも血入りと分かって食べられる程アルティナの神経は太くないし、今から血を撒いたとして、一体いつ、食べられる草花が育つのか。成長速度は変わら無いのではないのか。そして何より、イールギルの身を犠牲にしてまでどうにかして欲しいとは、アルティナは思っていなかった。
シロの事もあるし、イールギルの傷もまだ完全には塞がっていないという。まだ暫くは森にいる事になりそうな状況。
アルティナは決心した。
じゅっ、と肉汁が垂れて薪に当たった音で、アルティナはぼんやりとしていた意識を覚醒させた。
「わっ、あちち。」
火の番をしていたアルティナは、串代わりの枝に刺した芋虫と肉が焦げない様に回転させた。
1ヶ月前は見るのも触るのも恐ろしかった生肉と芋虫だが、生きる為にアルティナは頑張った。命を奪う事に抵抗が無い訳では無いが、狩猟をしない生活には限界がある。この森の植物は硬かったり、苦かったり、食べる事に向いていないものが多い。
2週間、何とか草を齧って飢えを凌ごうとしてみたが、お腹を壊して空腹で倒れた。それまでは決して口にしなかった肉、虫類だが、その日以降、アルティナが食べ物での好き嫌いを口にする事は無くなった。
ちなみにシロはイールギルに手伝ってもらって、小虫や小動物をお腹一杯丸呑みしていた。
そろそろ焼けたろうか。少し焦げ始めた香りを感じ、アルティナは肉を火から離した。
よくよく冷ましてからイールギルとシロに渡し、自分も串にかぶりつく。
口いっぱいに肉汁が溢れ、噛み切った肉と一緒に咀嚼する。
「………くさい。」
獣臭くて固い。
アルティナは早急に食の改善が必要だと思った。
書きたかった爺様の人型披露が出来たのがこの話一番の山場。
無駄にハイスペック外見なのに中身爺様とか、がっかりイケメン大好きなんです。
ちなみにシロは雑食。森では虫や小動物、あとは小さな果実なんかを食べます。