暇人さんと学生くん
僕の昼寝ポイントにはまたあの人が居た。白いワンピースを着た長髪の女性。
「こんにちは、また会いましたね」
「今日も昼寝に来たのかい? 君も暇人なんだね、ふふっ」
「一応僕は大学生なんですけど?」
「おっとそれは失礼、私なんかとは違うか」
私なんかってこの人はホントに単なる暇人なのかな。今日も平日だし。
「それにしてもよく僕だってことわかりましたね、また横になってたから寝てるのかと思いましたよ。暇人さん」
「私は耳が良くてね、その人の歩く音とか息遣いで何となくわかるんだよ。学生くん」
目を開けることは無く、ただ、顔はこちらに向け語りかけてくる。
「ここでまた再会したのも何かの縁だ、おしゃべりにでも付き合ってくれないか? 学生くん」
ホントにこの人はやることが無いのだろうか……。
「いいですよ、それじゃあ暇人さんはどんなお仕事をしているんですか?」
「おっと、いきなりその質問とは。学生くん容赦ないなぁ。そうだなぁ、答えるなら元クリエイター、かなっ」
にこやかに笑いながらこの人は元って言ったぞ。
「元って?」
「つまりは今の職業は暇人、かな。ふふっ。じゃあ次は私の番だね。学生くんは大学でどんなことを勉強してるんだい?」
職業は暇人ってそれ……。
「僕はデザイン系を勉強してます。今は趣味のカメラを使った表現作品を作っている途中です。だから僕はこうして公園に来て写真を撮っているんです。暇人じゃないですよ?」
「君の言う事はいちいち棘があるような気がするなぁ。おっとそろそろ雨が降りそうだね」
雨? たしか今日の予報だと丸一日快晴だったと思うんだけど。
「さて、ちょうどいい。学生くん少し手を貸してくれないか?」
「え? えぇ、いいですけど」
初めて僕の目の前で起き上がり、今まで気にすることのなかった彼女の傍らには白杖が置かれていた。この人、もしかして目が見えてないんじゃ……。
「すまない学生くん、その辺にある私の杖を取ってくれないか?」
少し背の高い草に埋もれた白杖を彼女に手渡す。
「あなた、目が見えないんですか?」
「おや、そういえば君にはまだ言ってなかったね。そうだよ、私は目が見えないんだ」
なんか今まで暇人とか失礼な事を言ってしまった。この人にも今に至るそれなりの理由があったと考えると罪悪感が湧き出てくる。
「あ、今私に対して申し訳ないとか感じなかったかい? 私が障害を持っていると分かった途端に態度を変えるのはよくないなぁ。それは差別だよ? 学生くん。さっきにみたいに普通に接してくれた方が私は嬉しいかな」
「すみません、でもあなたに対して暇人とか……」
「まぁ事実私は暇人なんだ、そこまで気にしなくていいよ。さ、雨が降りそうだからどこか屋根のある場所に連れて行ってもらえない?」
「わかりました、それなら日本庭園の方に行きましょう。えっと、暇人さん」
「うん、よろしい。ふふっ」
暇人さんの言った通り、庭園に移動してからしばらく、雨が降り始めた。庭園から見える池には雨粒が作り出した波紋が広がっていく。それと同調するようにして蓮の花がゆっくりと首をかしげる。
「それで? 何か聞きたいような感じをしているね、学生くん。」
「はい、失礼かもしれないですけどその目の事がどうしても気になってしまって。さっき自分でこれ以上の詮索はやめようって思ったんですけど、あなたに普通に接してほしいって言われたから……」
「うん、正直でよろしい。素直な男の子は好きだよ? それじゃあ学生くんには特別にこの目の事を教えてあげよう」
今この人に吹き出しを付けるのなら、えっへん。それぐらいに明るい表情をしている。
「私の目はもともと見えていたんだ、それに視力も結構よかったんだよ? だけど前の仕事をしていた時、運悪く交通事故にあってしまったんだ。事故の直後は打撲と骨折ぐらいだったんだけど、職場に復帰して数週間たったぐらいからかな。自分の目から色覚が消えてきていることに気付いたんだ。」
「それは色がわからないって事ですか?」
「そう私の見るもの全てがモノクロになったんだ。病院で精密検査をしてもらったら視覚神経も損傷していたらしくてね。ある日の朝、目を開けても何も見えない、そうか私は今視力を失ったんだって気付いたよ。失明してからの最初の1年間は苦痛でしかなかった。今まで当たり前に見えていたものが突然消えたんだ。一人で外出する事すらできなかったよ」
辛い過去の話をしているにも関わらず、どこか余裕が見える喋り方だった。いや、余裕というよりも諦めていると言った方が正しいのかもしれない。
「でも暇人さんはよく一人でここに来ていますよね?」
「あぁ、それはトレーニングしたからさ。私には仲のいい友人なんか居なかったから自分でどうにかするしか無いって思ってね。周囲から聞こえる音で空間を把握するっていうリハビリをしたんだ。いやぁ人間ってのは凄いね、失った物を補うために人一倍聴覚が鋭くなったりするんだから。雨の日はちょっと厳しいけど人類の神秘だね、ふふっ」
視覚を失うと触覚や聴覚が飛躍的に発達するとは聞いた事があるけど、この人みたいに一人で外出できるようになるとは思ってなかった。簡単にトレーニングなんて言ってたけど、僕には真似することの出来ない努力を重ねてきたんだろうな……。
暇人さんの話に熱中し過ぎて雲の隙間からは太陽が顔を覗かせていた。境界線がくっきりと綺麗なエンジェルラダーが幻想的な雰囲気を演出している。これはシャッターを切らなきゃ。
カシュン。
「さて、それじゃあ私はそろそろ帰るとするよ。学生くんも気を付けて帰るんだよ?」
「あ、はい。今日はありがとうございました。それとすみませんでした。」
「あはは、もう謝らなくてもいいって。でもそうだなぁ、私の中で今日学生くんと話してて一気に仲良くなれた気がするからどうだろう、私の友人になってみないかい?」
「もし、僕で良ければ」
「ほんと? やった! 友人となった以上もう学生くんとは呼べないかなぁ」
「僕は有坂、有坂悠司って名前です」
「うん、凛々しさを感じるいい名前だね」
「暇人さんのお名前は?」
「私の名前は、椎名咲。よろしくね悠司くん。」
ご覧いただきありがとうございました。
毎回この後書きに何を書こうかと考える冬乃です。
そうですね、夏休みのシーズンですが皆様は何か夏らしいことをしましたか?
私は夏休みが無いに等しいのであまり遠出とかはしませんでしたが、地元の花火大会に行ったりしました。
やっぱり夏の花火はいいものですね。
暑いのは勘弁ですが(笑)