スカビオサ
気が付けば大学3年生、そろそろ僕も卒業に向けての作品を作らないといけない。僕の所属するデザイン学部デザイン学科は作品に対し学生の自主性を尊重しているため、何か決まったものを作るという概念の無い学部になっている。そのため3年のこの時期にはみんなが卒業へ向けた作品制作に没頭する。
「有坂くん、もう何を制作するか決めたのかい?」
「こんにちは園崎先生、そうですね、たぶん僕はこのカメラで作品を作ろうと思っています」
PENTAX_K10Dが僕のカメラ、ちょっと重いけど結構気軽に持ち歩ける所が気に入って購入した。フィルムカメラも持ってはいるけど、使い方が良く分からないので使ってはいない。それになんで僕がフィルムカメラを持っているのかもわからない。
さっき僕に話しかけてきた人はとても良くしてくれている先生である園崎さん、僕と同じ写真が趣味で1年生の頃からお世話になっているとても気さくな方だ。
「写真か、そうだ有坂君、よかったらコレを貰ってくれないか? 私が好きな写真家の個展のチケットなんだけど急に出張が入って行けなくなってしまったんだ」
チケットにはとても小さくシンプルな字体で表面に〝椎名咲〟という名前と裏面に簡略化された個展会場までの地図が書かれていた。これはチケットと言うより名刺だな。
「いただいてもいいんですか?」
「いいとも、作品の参考にとでも思って私の代わりに見てきてくれ」
椎名咲という名前は聞いたことが無いけど個展を出すくらいの人だし、見に行こうかな。
「ありがとうございます、園崎先生」
先生に一礼を済ませ、今から早速個展を身に行く事にした。慣れない電車を乗り継いで30分、目的地の新宿に到着。久しぶりの人混みに若干酔いながらもチケット背面に書かれた地図を確認し、歌舞伎町方面出口へと足を向かわせる。久しぶりに来た新宿はカラフルな光に包まれ、僕にはとても眩しく感じた。この眩しさは嫌いじゃない、そこに誰かが居ると思わせてくれる光、気が付いたらシャッターを押していた。
地図に従って歩いていくと次第に街並みに光が失われてきた。
「ここか」
薄暗い路地、その行き止まり付近にただ一つの街灯が見える。地図を見る限りこの先で間違いないみたいだけど、なんか不気味だな。僕はホラー系がどうも苦手でこういう雰囲気の場所に弱い、深く深呼吸。
「よし、行ってみるか」
突き当りの街灯まで足を向かわせると、古びた洋館が視界に入ってきた。洋館前にブラックボードがさり気なく置かれている。
〈椎名咲様の個展はこちらからお入りください。御用の方は支配人まで。〉
洋館の中は失礼な言い方になってしまうがとても殺風景で、僕以外誰も来ていないみたいだ。そもそも新宿の程近くにこんな洋館があったことに驚きを隠せない。
「えっと、どっちに行けば個展会場なんだ」
表に書いてあった通り個展がこの中で開かれているはずなのにいざ入ってみると案内が一切ない、館内も薄暗くて廊下の先が見えにくい。どうしたものかな、いったん来た道を戻ってみようかな。
「何かお困りですか? お客様」
「うわっ!」
「驚かせてしまい失礼しました、私はここの支配人の柳と申します」
来た道を戻ろうと振り返った途端、目の前に白髪頭の優しそうな老人が立っていた。
「それで、何かお困りですか?」
「あ、椎名咲さんの個展を見に来たのですが思った以上に広くて道が……」
「そうでしたか、ご案内しますのでこちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
僕は柳さんの案内で夕暮れに照らされ朱色に染まる廊下を歩く。
「こんな古臭い洋館にわざわざお越しいただいてありがとうございます」
「いえ、それよりここは昔からあるんですか?」
個展会場に着くまでの間、僕は柳さんに質問を投げかけてみた。
「そうですね、ここは私の曽祖父の代からある洋館でしてそれなりの年を重ねております」
「宿かなんかを営まれているんですか」
「はい、といっても今月、椎名咲様の個展が終わると同時にここを畳もうと思っています」
「そうなんですか、だから僕以外誰……」
「誰も居ない、ですか?」
そういいながら柳さんはにこやかな表情で後ろを歩く僕に視線をやった。いけない、今の言い方は失礼だったかな。
「すみません」
「はっはっは、事実ですのでお気になさらず」
軽快な靴の音を一定のリズム鳴らせながら前を歩く柳さんが立ち止まった。
「個展会場はこちらになります、そうだ、これも何かのご縁、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、はい、僕は有坂悠司と言います」
僕は名前を言っただけなのになぜか柳さんの優しい表情が崩れ目を見開いて驚いた。
「貴方が……咲様の言っていた……いえ、どうぞごゆっくりご覧になってください」
驚きの表情はすぐさま消え、僕の目の前にそびえ立つ大きな扉を開けてくれた。
「私はこれにて失礼いたします、咲様に宜しくお伝えください」
右手を胸に当てながらゆっくりと大きな扉を軋ませて、閉じた。
案内された部屋は白を基調とした何もないシンプルな場所だった。そんな白い空間にただ一つ異彩を放っているものが中心に鎮座している。孤独に存在を主張している、まさにそれは不気味という言葉が似合っている。
ビンテージ物のような木目の額縁にはただ1枚の写真が飾られている。
「花?」
写真には花のような輪郭が写っている。焦点が合っていなく、色も無い、おまけに一部分は見切れたように真っ暗だ。
「なんだこれ、これがプロのカメラマンが撮った写真なのか?」
この部屋にはこのピンボケ写真が1枚だけ。唯一写真以外にこの空間に存在しているものはタイトルボード。それ以外は何もない。
――――タイトル【Brightness】
「明るさ?」
このタイトルが何を意味しているのかが僕には分からなかった。明るさの事を言っているようには思えない。でもそれ以外の意味合いが思いつかない。こういう時、高校生のうちにもっと英語を勉強しておけばよかったと思う。少しは自分に反省しつつ、その個展会場を後にした。帰りの電車の中でもあの写真のタイトルがどこか頭の中で引っかかっていた。作者は一体何を表現して何を伝えたかったのか。そして作品を見た人に一体何を伝えたかったのだろうか。車窓から見える景色は街灯に照らされ白熱電球のような柔らかな情景へと変わっていた。2回ほど乗り換えを行いやっと最寄り駅に着く。今日もまた、24時間という時間の流れが途絶えようとしている。
午前8時、今日は大学の講義が入っていないが目が覚めた。夢の中にもあの写真が出てきて正直もう気になりすぎて寝れなかった。そうだ、今日はあの写真に似たような構図で撮影してみよう。実際に自分自身で撮ってみることで何かわかる事があるかもしれない。ドライケースからカメラを取り出し、レンズを単焦点に付け替える。撮影はどこで行おうかな。考えはするもののだいたい僕が撮影に行く場所は決まってあの場所だ。
いつものように最寄駅から電車に乗り、西立川駅で下車する。無駄に広いホームを歩き、階段を上る。改札を出て左に行けばそこはもう昭和記念公園だ。
「またあの不思議な人が居たりして」
期待とは別の感情を胸に抱きながら入場料の410円を支払いゲートをくぐる。西立川口からいつもの昼寝ポイントまでは15分と言ったところ。その間にも僕はシャッターを切る。せっかく今日はボケ味を強く出せる単焦点レンズを付けてきたんだ。それなりに撮っておかないと。
白鳥の池を左手に見ながら歩く。この道は何回も通ったルートだけど、季節によって見せる表情は様々で飽きる事が無い。夢中でシャッターを切りながら歩いているともういつもの場所に到着した。みんなに原っぱと呼ばれる場所の全景を眺めることが出来る少し丘になった場所。ここは最高に居心地が良い。
「やぁ、少年、また会ったね」
ご覧いただきありがとうございます。
今回は少し私の作品にしては長い物になってしまいました。
何時もながら勢いで書き始めるタイプなので、この作品に関してはある程度まで書き上げています。
そのため、章のちょうどいい区切りで投稿させていただいたため長くなりました。
なろう様にてこの作品がいつ完結するかはわかりませんが、最後までご覧いただければ幸いです。