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はじまりと思うのも自分。もう終わりと思うのも自分。


はじまりと思うのも自分。

もう終わりと思うのも自分。


フェデリコ・フェリーニというイタリアの映画監督の言葉だ。


うちはこの言葉が好きだった。

はじまりも終わりも自分の捉え方次第というと考え方に惹かれた。

少しだけ前向きになれた。


でも今回は上手くできなかった。

なゆちゃんのことを忘れてこれから新しい人生だ、っていうのがきっと前向きなのだろう。


あの日からなゆちゃんのことが頭から離れない。1秒だって忘れることができない。

わかっていたことなのに。

なゆちゃんと初めて会ったときから。


うちはなゆちゃんにお別れを言ったときに人生のほとんどが終わったんだ。

残っているのはなゆちゃんとの楽しい思い出だけ。それが逆に辛い。

でもなゆちゃんのためになるのならうちはそれを受け入れる。




「はろぉ、なるちゃん。ちょっとだけいいかな?」


「……うん。だいじょぉぶだよぉ。

どぉしたの?」


さっきまであきらさんと電話していたあかりが声をかけてきた。

うちは今、あかりとあきらさんの家に居候させてもらっている。

なゆちゃんは知らないけどなゆちゃんのアパートから電車で20分くらいの距離にうちはいる。


あかりに初めて会ったときあかりのことが怖かった。

頭のおかしい女だと思っていた。

でも今ならわかる。

この女は気丈に振る舞うけど何か支えがないと簡単に折れてしまうか弱い不器用な女の子なのだ。

うちとあかりは似た者同士だと思う。

同じ人を好きになって不安を抱えて自分でも理解できないような行動をして、それから目を逸らしてこれで正しいと自分に言い聞かせる。

そうやってなんとか生きている。


今はあかりのことが怖いとは思わない。


「なゆたくんのとこに戻りたい?」


「……今更だなぁ。あかりぁいつも急だぁ。」


「あははは、私ってそういうやつじゃん?

頭で考える前に行動して言葉にだしちゃう。自分勝手なんだよ、私は。」


「……戻りたいよ。でも戻らない。」


「辛そうだよ?」


「お互い様だぁ。あかりも言ってたじゃん。

なゆちゃんのためって思えば受け入れれるよぉ。それにこれぁうちが決めたことだよぉ。」


「………そっか。これはなるちゃんが決めたことか…そっかそっか………そうだね………………く……くくく……あははははは!」


いきなり人が変わったかのように笑いはじめる。


「あー…ごめん……もう堪えるの無理だ……。」


「…………なにが?」


「なるちゃん、自分で決めたって本気で言ってるの?

あははは!ちがうちがう。ちがうでしょ。

なるちゃんは私にたぶらかされてなゆたくんから離れていったんだよ。

それを自分で決めたことだからって…ほんとにばかだね!なるちゃんは!ばかばかばか!あははは!」


「……そんなことないよ。」


「………私さぁ。両親が目の前で自殺したんだよ。目の前で首吊って色んなもの垂れ流してるのが私が見たお母さんとお父さんの最期。」


「……………」


何もかもが突然すぎて何も言えなかった。

ただあかりのその後を想像すると涙が出そうになる。


「あー……その目がうぜぇんだよ。

幸せなやつが不幸なやつを憐れむその目がさ!

だからさ!壊してやりたくなったの!

幸せなやつの何もかも!なゆたくんがなるちゃんのことを話すときほんとに幸せそうでめちゃくちゃにしてやりたくなったの!

ほんとにほんとにムカつくから引き離してやろうってさ!!

自分で決めた?あははは!ちがうよ?

私がそうなるようにしたんだよ!なるちゃんってばほんとに素直だからすっごく簡単だったよ!!あんたのこと揺さぶるのすっごく楽しかったよ!!あはははははは!!

実はなゆたくんのことなんて好きでもなんでもなかったんだよ!」


「……あかり……。」


「気安く呼んでんじゃねぇよ!!」


このとき、うちは自分でも不思議なくらい、冷静でいれた。

あかりが怖いとも思わなかった。

なゆちゃんと一緒じゃなかった1か月だったけど、この1か月あかりがいてくれたことごうちにとってはすごく大きかった。


「あははは……はぁ…もうどうでもよくなっちゃった。幸せなやつを引き裂いたって私が幸せになるわけでもないし。

もう私の視界から消えてよ?

私のこと憎い?憎いでしょ?これでも私のこと恨まなかったらなるちゃん、聖者かなにかだよ。」


「………恨まないよぉ。」


驚いたような大きな目をうちに向けて何かを言おうとしている。

でも上手く言葉がでないらしい。


「…う…恨むわけないじゃん!だってー



「なるこ!!!」


うちの言葉を遮るように大きな声とドアを叩く音が聞こえた。


「………な…なゆちゃん……?」


「なるこ!!いるんだろ!?

出てこいよ!!一緒に帰ろう!!」


なんでなゆちゃんがここにいるの?

なんでうちがここにいること知ってるの?

疑問が次から次に頭に溢れる。

それと比例して気持ちが高揚している自分がいる。


「………もう行けば?

私はもうどうでもいいよ。好きにしなよ。」


立ちながら話していたあかりがソファに倒れこみながらだるそうに言う。


「なるこ!!」


「か…帰ってよ!!」


これはうちが決めたことだ。

あかりじゃない。うち自身がなゆちゃんのために決めたことなんだ。


「お前と一緒じゃなきゃ帰らない!!」


「か…帰らないよぉ!うちが決めたことだもん!!」


「お前がそれでほんとに幸せになれるならそれでいいよ!!お前、今幸せなのかよ!?」


扉越しになゆちゃんが問いかける。

幸せ?幸せだよ。なゆちゃんのためだもん。

なゆちゃんのためなら不幸だって幸せだよ。


「電話でもい…言ったじゃんか!!」


「言ってない!!どうなんだ!?

お前はいま笑えてるのか?!楽しいのか!?」


「なゆちゃんのためだもん!!

うちなんかどうなったっていいんだもん!!」


「そんなの俺のためじゃない!!」


たぶんうちはもうどうすればいいのかわからなかったんだと思う。

うちがなゆちゃんにしか人生の楽しみを見出せない限り一緒にいたらなゆちゃんを孤立させる。

たぶん間違いなく。

少なくとも仲のいい友人なんかはできないと思う。

なゆちゃんは誰かと繋がることを嫌いではない。現にうちの現状を憂いていた。


なゆちゃんはそれでもいいと言う。

うちはそれに甘えていいのだろうか。

わからなかった。怖かった。

うちの存在が大事な人の明るい未来を台無しにするのを考えると震えが止まらなかった。


そんなときにあかりが逃げ道を作ってくれた。

そう、うちは逃げたんだ。

怖かったから逃げた。


わかっていた。それでも逃げた。

卑怯でも自分勝手でもなんでもいい。

うちはなゆちゃんに幸せになってほしかったから。





「お前がいなくてどうやって幸せになれるんだよ!!」


「………なゆ……ちゃん………」


胸の奥から熱いものを感じた。

鼓動が早くなる。


「俺のためにってなんだよ!!俺の幸せってなんなんだよ!!お前がいなきゃそんなのもわからないよ俺には!!

なのにお前が勝手に決めるなよ!!」


やっと1人を受け入れれたと思ったのに。

やっとなゆちゃんのためになれたと思ったのに。


「お前がいなきゃなにしても楽しくない!

お前がいなきゃ何を食べてもおいしくない!

お前がいなきゃ外にもでたくない!」


目の前が霞む。

目頭があつくなる。


「お前がいなきゃ生きてても仕方がないんだ!!」


うちはいつも卑怯だ。

すぐ決意が揺らぐ。

うちはまたなゆちゃんに甘えていいのだろうか。いいわけがない。

いいわけがないのに…。


「好きだ!なるこ!!

側にいてくれ!!」











「なゆちゃん!!!!」


考えもまとまっていないのに。

気付いたら駆け出していた。

扉を開けてなゆちゃんに抱きついていた。


「なゆちゃん!!なゆちゃん!!なゆちゃん!!なゆちゃん……!」


「なるこ!!……もう迷わないから!

もう絶対離さないからな!!」


結局うちはまたなゆちゃんに迷惑をかけて甘えてしまっている。

うちにはどれが正解かなんてわからない。

今回のことだってあかりが言うようにただ揺さぶられただけなのかもしれない。


ただ、なゆちゃんが来てくれて嬉しいうちがいてうちを強く抱きしめて泣いているなゆちゃんがいる。

うちにわかるのは実際に見て感じたそれだけだった。




「またね、なるちゃん。」



閉まる扉の向こうであかりの声が聞こえた気がした。








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