心情
「……あきらさん………。」
玄関の扉を開けるとあきらさんが立っていた。
なるこではなかった。
たぶんそのときの感情が思いっきり顔に出ていたと思う。
「いきなり悪いな。」
「……何か用ですか?」
「お前に謝ろうと思ってさ。」
「…謝る……ですか?
あ…とりあえず中入ります?」
3月になったがまだ外は冷たい空気で覆われていた。
「なるこさんは今、俺の家にいるよ。」
部屋の中に招こうとしたがあきらさんは動かずただ静かにそう言った。
「………あはは…なるほどね。
あきらさんは知っていたんですね。」
「ああ、お前が俺を訪ねてきたときから知ってたよ。……すまん。」
「……なるこは元気ですか?」
「もともと静かな子だろ?俺には元気には見えないな。」
自分でも不思議なくらいこの人に対して怒りが湧いてこなかった。
なるこが決めたことだ。
誰も悪くない。強いて言えばなるこをここまで追い詰めた俺が悪い。
でもわからない。
「……なんで今ごろなんですか?」
「………俺はさ、あかりが好きだよ。
もちろん女として。初恋の相手だ。
あかりがお前のことが好きでもそれは変わらない。お前には悪いけど俺はあかりのことしか考えてない。」
俺は2人の関係を知らない。
付き合っているものだと思っていたけどそうではないらしい。
「お前、これでいいと思ってるか?」
俺の質問を無視してあきらさんが俺に問いかける。
「……質問の意味がわからないです。」
「今この状況だよ。今誰か得してるのか?誰か幸せになれてるのか?」
「……あかりさん以外のことはどうでもいいんじゃないんですか?」
「そうだな。あかりは最近笑ってない。
だから俺がここにきたのはあかりのためだって思ってくれて構わない。
俺が見る限りあかりも…なるこさんも……お前もとても幸せには見えないぜ?」
久しく見ていないなるこの泣いている顔が頭に浮かぶ。
それこそ半年以上見ていない。
「………なるこが決めたことです。
今更、俺にはなにもできません。」
「なるこさんが決めたことだからってぐちぐち愚痴って、てめぇはてめぇの女にも手も差し伸べてやらねぇのかよ?」
「………あのときどうすればよかったんですかね。無理矢理にでも居場所聞いて連れて帰ればよかったんですかね。」
気づいていた。
俺がなるこのためにどうすればよかったかなんて。
あのとき、なるこが電話越しで泣いていたことを。
何故、涙を流しているのかも。
なるこが泣く理由はいつだって同じだった。
「なるこさんが言ったこと、決めたことが全部が全部、本当なのかよ?」
なゆちゃんはうちのことなんて気にしなくていいんだぜ。
いくらぁ遅くなったって戻ってきてくれる時間をいってくれるなら飲んでこようが他の女と遊んでこようがうちぁ安心だよぉ。
「お前ならわかるだろ?なるこさんが本心から言ってた言葉くらい。」
……足りない……もっとうちを愛してよ…。
うち頑張るからさ……これからもうちのそばにいてほしいよ……。
……うちぁ、幸せもんだなぁ。
「俺はなるこに笑っててほしい……。」
「今は笑えてないな。」
「……俺になるこを幸せにできるでしょうか。」
「知るか。でもそれができるとしたらお前だけだろ?なら後はお前次第じゃないのか?」
「……ありがとうございます……。」
あきらさんにあきらさんの家の住所を聞いた。
あきらさんはついてこないらしい。
そのかわりひとつだけお願いをされた。
「あかりをあまり責めないでやってくれ。」
俺がなるこを守る。
いつもそれを考えていた。
なるこは俺で世界が完結している。
それを嬉しいと思いながらいつもこのままじゃだめだと思ってた。
いつもなるこのことを考えていた。
いいことも悪いこともいつもなるこのことを考えていた。
いつもそれが幸せだった。
なるこも幸せだと言っていた。
笑いながら、泣きながらいつも本心から言っていた。
最後に電話越しになるこは幸せだと頷いた。
泣きながら静かに頷いた。
俺はきっとそれの意味を知っている。
知っていて気づかないふりをしていた。
俺はなるこに笑っててほしい。
幸せになってほしい。
自惚れでもなんでもなくそれを叶えることができるのはきっと俺だけなのだろう。