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あなたがいたから


私が最後に見た両親の姿は排泄物を垂れ流し舌を極限まで伸ばし苦痛の表情で首を吊って死んでいる姿だった。



私が9歳のときの出来事だ。


精神を病んでしまった私は病院に連れて行かれ入院した。

退院した後は親戚の家に引き取られた。

みんな私に優しくしてくれた。

その優しさが怖かった。

みんな私の「事情」を知っているんだ。

その上で優しくされても同情されてるとしか思えなくなり信じることができなかった。


人が怖くなった。


転校先でも友達ができなかった。

以前のように振る舞うことができなかった。

いつも1人で帰るまでほとんど自分の席から動かないでなにをするでもなく過ごした。

中学に上がってもそれは変わらずただただ1人で過ごした。


そんなときあきらに会った。

私が14歳の出来事だ。


「早乙女あきらです。苗字は嫌いだから気軽にあきら先生とでも呼んでください。

短い間だけどみんなよろしくな!」


私のクラスに教育実習生としてあきらはきた。


あきらは人当たりがよくすぐ人気者になった。

まぁ私には関係のないことだ。


「じゃぁ、今日の日直は…橋本か。

悪いんだけど職員室までこの書類運ぶの手伝ってくれないか?」


ある日、たまたま日直だったため、私はあきらとなんの書類かもわからない大量の書類を職員室まで運ぶことになった。


「橋本はいつも1人だな。

友達とか欲しくないのか?」


その道すがらあきらは私に直球な質問をしてきた。ずうずうしい。


「……先生には関係ないでしょ。」


鬱陶しかった。

今までも何度か担任にこういう話を振られたことがある。

教員として面倒ごとが嫌なのだろう。

いじめられてはいないことを言うと担任はそれ以降は私に話しかけてくることはなかった。

こいつもどうせそうだ。


「それもそうだな。

まぁさ、今日昼飯でも一緒に食おうぜ?

屋上で待ってるからさ。」


「は?なんでそうなるんですか?

つか屋上は鍵かかってますよ?」


「いいじゃねぇかよ。俺が鍵開けといてやるから昼休みになったら来いよな。

待ってるからさ。

うし、手伝ってくれてありがとな。」


職員室の前につき、書類をあきらに渡し教室に戻った。


馬鹿みたい。鬱陶しい。

なんで私があなたとご飯なんか食べなきゃいけないのだ。

そう思っている片隅で高揚している自分がいた。

ほんと、ばかみたい。



「教育実習生がこんなことして、ばれたら大変なんじゃない?」


屋上の扉をあけると段差に座りながらタバコを吸っているあきらがいた。


「お、きたきた。きてくれたか。まぁばれたらそんときに考えるさ。」


「……まるで子どもね。ばかみたい。」


「俺は大人だよ。子どもっぽくたってもう立派な大人だ。

お前は大人っぽくみせたって子どもだ。

もう少し笑ったらどうだ?大人ぶったってつまんねぇだろ。」


「………なにも知らないくせに。」


「事情」を知らず説教をするこの男に腹がたった。私はなんて勝手なのだろう。

それを知った上の優しさは拒むのに知らない優しさには腹を立てるのだ。


「知らねえけど……お前、いつも悲しそうな顔してるもん。」


「そりゃそうよ!!両親に目の前で自殺されて!!私を捨てて2人だけ楽になって!いきなり会ったこともない親戚に引き取られて!!壊れ物を扱うみたいに優しくされて!!悲しくないわけないじゃない!!

幸せじゃないもん!!不幸だもん!!

笑えるわけないでしょ!!なにも知らないくせに説教たれんじゃないわよ!!

気軽に普通のこと言ってんじゃないわよ!!

あんたみたいな普通に幸せに囲まれたやつに何がわかるのよ!?」


それでも腹が立った。

何も知らないくせに話しかけてきて。

私にはその普通のことさえ上手く出来なくなっているのに。

それを簡単に言葉にしているこいつが、こいつ自身上手く出来ていることにムカついた。

幸せなこいつにムカついた私がムカつく。


「……ばかじゃないの……。」


「……そうか、俺は普通に幸せか。そうかもな。」


いきなりの私の叫びを何も言わずに聞いていたあきらが静かに言葉を漏らす。


「そうでしょ。両親もいて、あなたなら知り合いだってたくさんいるんじゃないの?

もうそれだけで私にとっては幸せな人生に見えるわよ。」


「……まぁ、確かに知り合いはいるよ。

両親は顔も忘れた。」


「………え?」


「俺は3歳から児童養護施設にいたんだよ。

両親は1回も会いにきてくれなかったよ。

憎んではいない……と思う。正直よくわかんないけどそこの生活が俺にとっては普通だったからな。」


あきらは両親の顔を知らない。

それどころか今どこにいるのか、そもそも生きているのかさえ知らない。

なのになんで。


「……なんで笑っていられるの……?」


「……俺もお前も不幸なことはあったかもだけどさ、今、生きてんだよ。」


私はこの言葉に衝撃をうけた。

ひどくありきたりな言葉に感じるだろうけれど私には違った。

人生で初めてのことだ。

そう……私は今、生きているのだ。


「笑ってないと幸せだってどっかいっちゃうんじゃないかな。俺はそう思って生きてるよ。」


最後に屈託のない笑顔を私に向ける。


「……ふふ……似合わない言葉使ってんじゃないわよ。」


「……なんだ、笑えるじゃんかよ。」


「ふふふ……あはははは。

そうね……ほんと…ばかみたい。」


声に出して笑ったのは何年ぶりだろう。

それこそ両親が生きていたとき以来かも。

昼休みのチャイムがなるまで私は笑った。

大粒の涙を流しながら。


その日から私はあきらと屋上で昼休みをすごした。


大人たちの優しさを素直に受け入れることができた。友達もできた。

あきらのおかげで私は笑えるようになった。

あきらにはそんな気はないだろうけどあきらのおかげで私は前を向けた。


3週間後、あきらは実習期間を終えてこの学校を去った。


それからも私はあきらとよく会っていた。


「さぁ、好きなもん選びな。あきらさんがおごってやるよ。」


あきらの家にお邪魔しているときとあるケーキ屋であきらがケーキを買ってくれた。


「じゃぁ、私はこれとこれね!」


そこで私はショートケーキとモンブランを指さした。


「って2つかよ。」


「ぬふふ、あかりちゃんが1個で足りるとでも?」


「……まぁいいけどさぁ。」


ケーキを3つ買いあきらの家に向かった。

その道すがらあきらが手を繋いできた。

私は咄嗟にふり払う。


「……わるい。」


「……いや……私もごめん……。」


私はこれ以上の関係になることが怖かった。

あきらが嫌いなわけではない。

ただただ恋愛が怖かった。

私はその末路を両親に教えられていたから。

昔からそうだ。

私は最低だ。






2年後、教員になったあきらは教員をやめた。

理由は知らない。

聞かなかったし、私はあきらを慰めることもしなかった。

できなかった。

私にとってあきらは完璧で弱い部分なんてなくていつも笑ってて普通に幸せになるやつだって思ってた。

私はなんて言葉をかければいいかわからなかった。


だってあきらはそのときでさえ笑いかけてきたから。

私とあきらは対等じゃない。

私にあきらは必要だけどあきらには私なんていなくても大丈夫なんだから。

あの手を受け入れても私はいつか置いていかれる。


結局根の部分は昔からずっと変わらないんだな。やっぱり私は最低だ。









「あ、ごめん、なるちゃん。

あきらから電話だ。ちょっとでるね。」


「う、うん……。」


なるちゃんを連れ出してあきらの家にいるとあきらから電話がかかってきた。


「もしもし、なによ?今日はそっちいかないっていった………は?さっきいったわよね?なるちゃんといるって。どこにいるって…ふざけてるの?………あー、なゆたくんがいるのね。

代わってもらえる?」


なゆたくんの名前を出したときなるちゃんの身体が微かに震えた。

それが期待なのか罪悪感なのかまた別のなにかなのか私にはわからない。


なゆたくんは私たちがどこにいるか検討もつかないらしい。たぶんあきらがすっとぼけたのだろう。

どこか遠くにいるとでも思っているのかな。


なるちゃんに代わるようになゆたくんに言われた。

私は素直になるちゃんに代わる。

無理矢理とは言わないけどここまでは私がなるちゃんを引っ張ってきたけどもうここから後は2人に任すことにした。


私は答えを出さないでいることが1番いけないと思う。


2人が一緒にいて幸せになれるとは思わない。

私はなゆたくんが大好きだ。

今まで感じたことがないくらい好きだ。

これを恋愛と呼ぶにはいささか乏しい気がするくらい。自分でもわからないくらい一目会ったときから好きだ。

だから2人には一緒になってほしくなかった。

でも今はなるちゃんも好きだ。


この子が半年間なゆたくんのことでどれだけ悩んでいたかを知っている。

悩んで苦しんで答えを出せないくらいなるちゃんもなゆたくんが好きなのを知っている。


なら私はこの2人を見守りたいと思った。

どうなろうと2人で出した答えならそれでいいのだと思った。

半年前の私には考えられない決断だと思う。



なるちゃんは電話越しで何度も謝って最後に大粒の涙を流しながら何かを肯定して電話を切った。


「大丈夫?なるちゃん。」


意外だった。私が予想していた答えと違っていたから。


「……だいじょぶだよ…。」


「……私のこと、恨んでくれていいからね。」


「ひひひ……それこそうちぁ最低になっちゃうよぉ。」


自分でしていることに違和感を思いつつもこれでなゆたくんが幸せになれると言い聞かせた。


これでよかったのだ。








「これでよかったのか?」


1か月くらい経ったかな。

あきらが急に問いかけてきた。


「……どういう意味よ?

今の生活は私の希望通りよ。」


そうだ。

これが私の望んだことだ。

なるちゃんとなゆたくんが別れて、これでなゆたくんが幸せになれるはず。

相変わらず腹が立つやつだ。

何故そんなことを聞くのだ。

何故……


「……お前、いつぞやと同じような顔してるぜ?」


何故、あなたまで悲しそうな顔をするのさ。


「………そういえば最近笑えてないわね。

あなたの理論だと幸せがどっかいっちゃうわね。」


なゆたくんが幸せなら私は幸せなのだ。

なのになんで私は今笑えていないのだろう。


「………あきら、1つ我儘を聞いてくれるかしら?」


「……今更だろ。今までどんだけ聞いてきたと思ってんだ。」


「…そうね……ほんと…ばかみたい。」


例えでもなんでもなくてきっと私はあなたがいなかったらもう生きていないと思う。


「ありがとう。」


私は決意した。

簡単で一瞬で誰でも答えを出せるような答えに向き合うと決めた。


今までごめんね。

でももう終わらせるからさ。

最後の我儘だと思って聞いてよ、あきら。













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