憂い
「なゆたくん、なに食べる?
私のオススメはね!このトマトクリームパスタだよ!ファミレスだからって侮るなかれよ!
ここのトマトクリームパスタはほんっとに絶品だよ!」
俺たちは今3人で家の近くのファミレスで晩ご飯を選んでいる。
なぜこの人がついてきたのかは全くわからない。
「…あかりさん、なんでこんなところにいるんですか?あきらさんは?
一緒に帰ってったじゃないですか。」
「んぇ?知らない。家にいるんじゃない?
そんなことよりさ!私も一緒していいかな?
もぉお腹ぺこぺこだよぉ。3人で食べたほうが楽しいよ!絶対!
あ!ここはあかりちゃんがおごってやろうじゃない!どう?!どうかな!?」
いつも以上に喋るあかりさんをなるこは俺の後ろから見つめている。
握っている手に入れ少し力が入る。
「今日はなること飯食う約束してるんで……その…今度でもいいですか?」
「なんで?一緒に食べればいいじゃん。」
本気で言ってそうでこわい。
遠回しに帰れって言っているのがわからないのだろうか。
「いや…だから……。」
「はいはい。
店員さーん!3名でお願い!喫煙で!
あそこの男の人が吸うから!」
どかどかファミレスの中に入ったかと思うと店員を呼び出して叫ぶ。
「………はぁ…。どうする、なるこ?」
「……うちぁなゆちゃんがいいならいいよぉ。
一応なゆちゃんの知り合いでしょ?」
そして今に至る。
「じゃぁ、なゆたくんはトマトクリームパスタで決まりね!すいませーん!」
間髪いれずにあかりさんは店員を席に呼びつける。
メニューを見ていたなるこが体をびくつかせる。
「あの…まだなるこが選んでるんですが……。」
「うん?じゃぁ早く決めて。店員さん来ちゃうよ?」
この人はなにがしたいんだ。
いきなり現れてなるこを無視するかのように俺ばっかりに話しかけて。
「な…なゆちゃん…だ…だいじょぉぶだよぉ。
うちもぉ決まってるからぁ……」
眉間にしわを寄せてあかりさんを睨んでいるとなるこが横でおどおどしながら呟く。
「そっかそっか!ならよかったじゃん!
なゆたくん、なにそんな怒ってるの?」
急にどうしたんだ。
あかりさんはこんな人じゃなかったのに。
暫くして頼んでいたメニューがテーブルに運ばれる。
「ねぇ!どぉ?なゆたくん?おいしいでしょ?
やっぱりあかりちゃんチョイスは間違いないんだって!」
悔しいけどまぁまぁ美味かった。
なるこにも食べさせてやろうと小皿にわけてあげる。
それを邪魔するかのようにあかりさんはひたすらしゃべり続ける。
「あ!ねぇねぇ!そぉいえば海に旅行いくじゃん?新しい水着買おうと思うんだけど、なゆたくん明日はおひまかな?」
「……明日はなること買い物にいくんで…」
「わぁ!ならちょうどいいじゃん!
3人で行こおよ!なるちゃんの水着も私が選んであげるからさ!」
「いいかげんにしてくれよ!」
まわりに人がいるのを気にせず怒鳴り散らした。
「あらら、やっとタメ口で話してくれた。
んで、なにが?なんで怒ってんの?なにがだめだった?」
「空気読めよ!せっかくのデートなんだよ!
あんたもあきらさんと行けばいいだろ!」
「だって私、なゆたくんと行きたいし。」
「意味わかんねぇよ!どういうことだよ!?」
「私、なゆたくんが好きなんだもん。」
「………………………え?」
にこにこ笑いながらあかりさんは言った。
長い静寂のあとなるこがひと言言葉を漏らす。
俺は声も出なかった。
なにを言っているんだ?あんたには同棲している彼氏がいるんだぞ?
俺にはなるこがいるんだぞ?しかも今そのなるこが目の前にいるんだぞ?
本当に理解できないことに直面すると人は声もでないらしい。
反応したなるこのほうを見ながら悪びれる様子もなくあかりさんは続ける。
「なるちゃん、私、なゆたくんが好きだから。
好きな人にアタックしてるだけだよ?なにそんなに驚いているの?」
「……だって……なゆちゃんには……」
途中で言葉を紡ぐ。
なるこは本当に自信がないんだ。
自分からそんな言葉なんて言えやしない。
「なゆちゃんには……なに?なるちゃん?」
「俺はなるこのもんだ。正直あんたに好かれたって迷惑だよ。」
泣きそうな顔でなるこが俺を見る。
あかりさんはつまらなさそうな顔で俺を見ている。
「ねぇ、なゆたくん、それ、幸せ?」
殴ってしまいたかった。
なるこが俺の手を握っていてくれていなかったらたぶん殴っていた。
「なゆたくんはなるちゃんのものなんだね。
そっかそっか、それはまぁいいよ。
それでなるちゃんの所有物のなゆたくんはいくつの我慢をしなきゃいけないの?
飲みも遊びも我慢してなるちゃんを優先して。なるちゃんが待ってるから?
私知ってるよぉ?なゆたくんはお誘いをきっぱり断らないんだよ。本当は飲みにも遊びにも行きたいんでしょ?だからきっぱり断らないんでしょ?だからきっぱり周りとの関係もたちきれないんでしょ?
わかるよ、大勢の中に1人でいるのは怖いもんね。外に出て働いているなら尚更だよね?
なるちゃんはそれが怖くて部屋に閉じこもったんだよね?1人ぼっちになって怖いのから逃げたんだよね?それでなゆたくんに依存して幸せになってるんだよね?ずるくない?ねぇ、ずるくない?
そんなことされたらなゆたくんは逃げたくても逃げれないね。周りに敵なんか作りたくないね。上手く付き合っていかなきゃね。でもなゆたくんはなるちゃんを優先しなきゃね。誘われても断らなきゃね。大勢の中に1人ぼっちになっても大勢の中で1人ぼっちでいなきゃね。
なにこれ?たのしいの?幸せなの?なるちゃんのためだけに存在しているなゆたくんは幸せなの?なるちゃんのものでなゆたくんは幸せになれるの?ねぇ、なるちゃん?これでいいの?」
「もう帰れよ!」
なるこの手を繋いでいないほうの手でテーブルを思いっきり叩いた。
なにを言ってるんだ。
俺は我慢なんかしてる気もないしなるこのせいで疎外されてしまうなんて思ってない。
現になるこは自分なんか気にしないで遊んでくればいいとも言った。
俺がなることいたいからこうしているんだ。
俺がそうしたいからそうしているんだ。
「ねぇ、なるちゃん?本当になゆたくんは幸せだと思う?」
あかりさんの目は俺を見ていなかった。
真っ直ぐになるこのことを見てなるこに問いかけている。
「な……な…なる……なるこは………!」
なるこのほうは青ざめた顔で俺の手から離れた両腕で自分を抱きしめながら震えている。
「なるこ…もう帰ろう。」
自分たちが頼んだ分のお金だけテーブルにおいて震えているなること席を立つ。
「もう2度と俺らの前に顔出すな。」
「んぇ?やだよ。
私なゆたくんが好きなんだから。幸せになってほしいもの。
そのためならなんだってするよ?」
「……死ねよ。」
ひと言あかりさんにそう告げてファミレスを後にした。
その夜、なるこは39度の熱をだした。
「ほら、おかゆだよ。
熱いから気をつけろよ。」
「ありがとぉ、なゆちゃん。
……ごめんね、今日はお買い物に行くって言ってたのに。」
次の日、なるこの熱は平熱まで下がったが買い物にいくのはやめて安静にさせた。
なるこは行くって聞かなかったがさすがに止めた。
「気にすんなよ。またいつでもいけるよ。
それに旅行は2人でいこう。」
「………うちでいいの……?」
「なんだよ、それ。お前がいいんだよ。」
「ひひひ……なゆちゃんのその顔好きだなぁ。
不機嫌そうに少し照れてるの。」
「……お前が変なこと言うからだろ。」
「ひひひ、それもそぉだった。
………ねぇ、なゆちゃん。」
「……なに?」
「…うち…小説書くのやめるよ。」
「……書くの嫌になったのか?」
「まさかぁ、好きだよぉ。
仕事ていうより趣味だね。今でもそれはかぁらないよ。」
「……じゃぁなんで……」
「……外で仕事探すよ。
なゆちゃんに辛い思いさせたくないもん…。」
申し訳なさそうになるこが呟く。
下を向きながらお粥に手をつける。
「…昨日のことは気にすんなよ。
俺は俺のしたいようにしてるんだ。なるこもなるこのしたいようにすればいいって。」
「…ありがとぉ……だからうちがしたいよぉにしてるんだよぉ……ひひひ……」
青白い顔でなるこが声を出して笑う。
止められなかった。
この行為を止めたら俺は俺を否定するのと同じような気がしたから。
「……無理はすんなよ…。」
「ひひひ、わぁってらぁ。
なゆちゃん……うち頑張るからさ……これからもうちのそばにいてほしいよ……。」
「……当たり前のこと言うなよ……。」
頑張るから側にいてほしい。
なんでなるこは頑張らないと俺といれないみたいに言うんだ。
何度もいってるのに。
なること初めて会ったのは俺がまだ中学3年生の頃だ。
放課後、友人と遊びにいった帰りになんとなく近所の公園に足を運んだ。
なるこはそこにいた。
20時をまわっていたのにその小さな女の子は出目金のようなでかい目であたりをキョロキョロしていた。
「なにかさがしてるの?」
気まぐれ、興味本位。
たぶんその類のものだったと思う。
こんな時間に1人で公園でなにをさがしてるのか気になったから声をかけた。
「ママ。」
「お母さん?」
「ママが家に帰って来ないのぉ。」
少し声をかけたことに後悔した。
この時間に娘になにも言わず帰ってこないというのは事件かなにかだと思った。
「お父さんには話した?」
「パパぁもうママぁ帰ってこないから探すなってゆぅのぉ。他の男の人とでていったからってぇ。」
「それって……。」
「なるこぁ信じてないけどねぇ。
ママがなるこを置いていくわけないもん。
きっと迷子になってるんだもん。
なるこが探してあげなきゃぁ。」
まるで自分に言い聞かせているように泣きそうな顔で話す。
「なるこちゃん、今日はもう遅いからさ、帰ったほうがいいよ。」
「でも………」
「明日また探そうよ。
お兄ちゃんも一緒に手伝うからさ。」
なんでこんなことを言ったのか俺自信にもわからない。
なるこに同情したのか、この憐れな女の子相手に下心があったのか。
どんな心境かはわからないが俺はなるこに初めて会ったときにそう告げた。