愛情
「りょこぉ?」
「そう、旅行。バイトの先輩とその彼女と俺らでどこか行かないかって言われた。
行きたくないと思うけど一応聞いてみた。行かないだろ?」
その日の夜中、一緒にベッドに入りながらなるこにあかりさんの「相談」とやらを話した。
「……そんなしょぉもないことでなゆちゃんを引き止めるなんてぇ……ゆるせないなぁ。」
「悪かったよ。…まだ怒ってるか?」
「なゆちゃんには怒ってない。
………でもぉ、そぉだなぁ……せっかくだからいこぉかなぁ。」
「は?まぢ?無理すんなよ。」
「してないしぃ。行くったら行く。
なゆちゃんが一緒なら大丈夫だとおもう…。」
「それ、お前に気ぃ使ってるだろ。」
「やっぱそうですよねぇ……。」
次の日、バイト終わりにあきらさんに昨日のことを話す。
「俺らのことは気にすんなよ。
悪かったな。あいつはなんも考えてないんだ。ほんとに。断ってくれていいぜ。」
「ありがとうございます。
でもなるこが行くって言ってるんで行こうかと思います。そのほうがなるこのためにもなると思うし。」
なるこが俺に依存してくれるのは嬉しい。
この上なく愛おしく感じる。
でもなるこはそれでいいのだろうか。
俺がなるこの立場なら耐えられない。
外の世界と繋がっている相手をただひたすらこちらの世界に戻ってくるのを待っているなんて。ましてや1人で。
「…まぁ、そうだな。
なるこさんのためにもなるしお前のためにもなるかもな。」
「俺のため?」
あきらさんは本当にどうでもよさそうに俺の顔を見る。
「…お前、これからもずっとそのなるこさんと一緒にいる気あるか?」
昨日のあかりさんの質問が頭をよぎる。
「……当たり前じゃないですか。」
「じゃぁもっと考えて付き合ったほうがいいよ。これから大人になるにつれて共有できる時間は減っていくぜ?
あんま知らないけどなるこさんは小説家だからまだいいのかもしれないけどお前がエンジニアにでもなってみろよ。毎日朝から夜中までこき使われたって不思議じゃないし、付き合いで飲みに行く回数とかも増えるかもな。
そんときになるこさんが友人も作らないで1人でいるんだったらまず上手くいかないだろうな。」
自分が大人になったときのことなんて考えたこともなかった。
正確には大人になったときのなることの関係なんて。
なるこが俺の前で仕事をしているのを見たことがない。
俺がいない1人でいる間にやっているんだとおもう。あいつは天才だ。
俺が学生である今でさえ時間に追い詰められることなく小説を書いている。
大人になったときには時間を持て余してしまうだろう。
なるこのことなにも知らないくせに。
なんて言えなかった。
俺だって知らない。
なるこが1人のときをどんな風に考えて過ごしているんだろう。
「……ありがとうございます……。」
「…まぁ、あくまで俺の意見だよ。
あんま深く考えんなよ、少年。」
「……今度の旅行のプランはお任せでいいんですか?」
「たぶんな、あかりが全部やると思うぜ。
俺らが2人で休んだら困るだろうな、このファミレス。」
タバコの煙を吐きながら悪戯っぽく笑う。
「おいすー!あかりちゃんが迎えにきたよー!
あ!なゆたくん!おつかれさま!」
元気いい声と一緒に扉が勢いよくあけられる。」
「噂をすればだな。」
「え?なになに?!」
「勝手に入ってくんなよってことだよ。
じゃぁな、なゆた。先に帰るわ。」
「はい、お疲れ様です。」
「あ!ねぇねぇ!この後3人でのみにでもおもが!?!」
言い終わる前にあきらさんがあかりさんの口を手でふさぐ。
さっきはあんなこと言っていたが俺に気を使ってくれているみたいだ。
「毎度悪いな。じゃぁお疲れさん。
日にちが決まったら俺から声かけるよ。」
助かる。
俺はあんまり誘いを断るのが得意じゃないから。
「なゆちゃん、おかえりぃ。」
「ただいま。悪いな、遅くなって。
今から飯作るからさ。」
時計に目をやると20時をまわっていた。
飯は当番制で交互に作っている。
いくら家にいるからってなるこにだって仕事がある。
全部を任せるわけにはいかない。
「気にしないでぇ、ゆっくりで簡単なものでぇいいよぉ。」
「……なぁ、たまには外にでも食べに行かないか?」
「いきなりだねぇ。たまにはとかぁ、この前食べたばっかじゃんかぁ。誰かになんか言われたかぁ?」
相変わらず鋭い。
仕方なく今日のことをなるこに話す。
まぁ、隠すことでもないし。
「ひひひ、それで外で食べるとかぁ。
相変わらずなゆちゃんは単純だねぇ。かぁいい。」
にやにやしながら俺の顔をながめる。
なるこに人に慣れてもらおうと外食に誘った。
なるほど、確かに単純だな。
「うるせぇなぁ、ほら、食べにいこうぜ。」
「はいはぁい。なゆちゃんがそぉいうならいこぉかぁ。あぁ、今日はうちがおごっちゃうよぉ。」
「いいよ、割り勘で。ほら、いこうぜ。」
「うん。」
準備をしてーまぁ準備と言ってもジャージに着替えるだけだけど、部屋から出る。
「なゆちゃんはうちのことなんて気にしなくていいんだぜぇ。」
手をつないで大通りを歩いているとなるこが静かに話しだす。
「……どういうことだよ?」
「うちはなゆちゃんがいればそれでいいんだ。
共有できる時間が少なくなったってなゆちゃんがいれば1人の時間も怖くないよ。」
「……そぉは見えなかったけどな。」
昨日のなるこの姿が浮かぶ。
真っ暗な部屋の隅っこでガタガタ震えながら小さくうずくまるなるこの姿が。
「うちが怖いのはさ、なゆちゃんに捨てられちゃうことなんだよぉ。
いつか一生うちのもとに帰ってこなくなること。」
「……そんなこと……」
初めてなるこに会ったときのことを思い出す。
まだ俺が中学生のときだった。
なるこはパジャマ姿で公園にいて辺りをキョロキョロ見回していた。
ママが帰ってこないの。
迷子になってるのかも。
なるこが探してあげなきゃ。
「なゆちゃん、うちには捨てられる理由は吐くほどあっても好きでいてもらう理由は吐くほどないんだぜぇ。」
「……そんなことないよ。
俺はなるこが好きだ。これからも変わらない。」
「ひひひ、まぁ、なゆちゃんはうちのことなんてあんまぁ考えないでいいよぉってこと。
いくらぁ遅くなったって戻ってきてくれる時間をいってくれるなら飲んでこようが他の女と遊んでこようがうちぁ安心だよぉ。」
「考えるよ。好きなんだから。
…あんまさみしいこと言うなよ。」
繋いだ手に力を入れる。
俺の存在を主張するように強く。
「……うん。ごめん。」
なるこが弱々しく俺の手を握り返す。
自分の存在を否定してしまわないように弱々しく。
「あ、そういえばさ、旅行は海になるっぽいんだけど、なるこ水着なんて持ってないだろ?」
「んー、スク水なら家に帰ればあるとおもぉよぉ。」
「スク水は……うーん…だめなんじゃないかな。」
なるこのスク水姿を想像する。
めちゃくちゃ似合いそう。
「へぇ、なゆちゃんがそう言うならだめなんだねぇ。」
「明日はさ、バイトも学校も休みだからよかったら買い物でも行かないか?水着とか他にも必要だろ?」
休みという言葉になるこが目を輝かせる。
「うーん、せっかく1日中なゆちゃんといれるのに買い物するなんて無駄な気がするなぁ。」
「……お前、1人じゃ絶対買い物しないだろ。」
「ひひひ、ごもっともだぁ。」
「それにさ、これからもずっと一緒にいるんだ。たまには無駄に使ってもバチは当たらないよ。」
「……ひひひ、なゆちゃんがそぉゆぅならそぉなんだろぉねぇ。」
「そうなんだよ。」
「………うちぁ、幸せもんだなぁ。」
なるこは本当に幸せそうに小さく言葉にした。
お前だけじゃないよ。
俺だって
そんなに縛られてて楽しい?
「あー!なゆたくん!偶然だね!
そっちは…えーと…なるちゃんかな?」
ファミレスに入ろうとするところで偶然あかりさんに会った。