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3,助っ人ヒロイン

 清楼院学園高等部の生徒会は目立つ。一人一人がとんでもない美形であり単体でも目立つのに、それが五人もいる。しかも今の生徒会は何故か顧問の先生まで美形だ。生徒総会など全員が集まるときはそれはもう目立つ。校内では下手なアイドルグループなんかよりよっぽど人気があるほどだ。

 そんな彼らは自分たちの人気を理解し、それを落とさないように実に「アイドル」らしく行動してきた。彼らが生徒会として発足したのは四月からで、それからもう三ヶ月ほどたった七月現在まで特定の相手――恋人なんか作らなかったし、好きな人がいる素振りすら見せなかった。そんなことをしたらその相手に嫉妬する輩が現れるのは目に見えていたし、生徒会の人気が落ちてしまう可能性もあったからだ。

 しかし夏休みを間近に控えた七月初旬。その生徒会についてある噂がたっていた。それが僕が昨日の昼休みに夕月に話した「生徒会がある一人の女の子に夢中になっている」というもので、僕は昨日の朝に友人である唐野から聞くまで知らなかったが女子の間では既に結構な噂になっていたらしい。

 生徒会の連中が夢中になるなんて一体どんな人なんだろうかと気にならないことはなかったが、僕にとってそれは夕月との会話のネタでしかなかった。夕月が珍しく興味を示していたためこれからその噂についてもう少し聞いてみようとは思っていたが、それだけだったのだ。

 その噂になっている櫻井さんという女子生徒になんて興味はなく(そもそも僕の興味の大半は夕月に関することに向けられている)、顔も名前も知らない彼女と知り合うことなんてないだろうと、そう思っていたのだ。


「あ、美月くん。おはよう」

「……おはよう。ええと……ごめん、誰?」

「三年一組、櫻井陽奈はるなです。美月くんと同じ風紀委員だよ」

「え、そうなんだ? 美月零です、よろしく」


 朝、いつも通り夕月を教室に送って自教室に行くと、出入り口の所に立っていた女子に声をかけられた。見覚えはないが何故か名前を知られていて、そのことに少し戸惑いながらも彼女と向かい合って立った。

 彼女が親しみやすい人好きするような笑みを浮かべて名乗ったので名乗り返しつつ、この人が噂の櫻井さんかと思った。整っているわけではないが愛嬌のある可愛らしい顔立ちで、なんとなく目を惹く少女。栗色の柔らかそうな髪が風に揺れている。

 櫻井さん、ということはこの人が生徒会が夢中になっているという人物なのだろう。名前だけでなく胸にある生徒会のバッジがその根拠だ。

 生徒会は会長、副会長、会計、書記、庶務の五人で構成されている。だが稀に会長補佐という六番目の役職が作られることがある。会長が直々に指名した人間が補佐として、まあ言ってしまえばパシリとして生徒会に所属することになるのだ。

 そして生徒会役員は全員胸にそれを示すバッジをつけている。それは会長補佐も例外ではなく、彼女がそのバッジを着けているということは、つまり彼女が六番目の生徒会役員であるということ。アイドルらしく振る舞っていた彼らが女子を会長補佐にするなんてよっぽど彼女のことを気に入っている証拠であり、彼女が噂の櫻井さんであるという根拠でもある。


「そのバッジ、櫻井さんは生徒会なんじゃないの? 風紀委員って言ったけど今まで見たことないし」

「うん、会長補佐になったんだけどね、風紀委員会の方で人が足りないからって派遣されたの。だから今日からしばらくは風紀委員なんだ」


 なるほど、そういうことか。そういえば唐野がそんなことを言っていた。

 僕は風紀委員会に所属しているがその実あまり活動に参加していない。夕月のことがあるし、そもそも活動内容もあまり多くないため僕が参加していなくてもどうにかなっていたのだ。しかし同じく風紀委員であり委員長でもある唐野が言うには今年は風紀委員会に入る一年生の人数がまさかのゼロ、また二年生の一人が事故にあって入院してしまって人手不足に陥っているらしい。だから先日、きちんと活動に参加するようにと釘を刺されたばかりだ。そしてその時に助っ人が来るとも言っていた。つまり櫻井さんがその助っ人なのだろう。


「それで、風紀委員長の唐野くんから美月くんと一緒に放課後の見回りをしろって言われたの。だからとりあえず挨拶しておこうと思って」


 至極真っ当な理由を聞かされ、それで彼女が僕を待っていた訳が分かった。問題があるとすれば僕は見回りのことを何一つ知らされていなかったことだけだ。


「そっか。……唐野のやつ、僕には何も言わないで勝手に……」

「あっ、ご、ごめんね? 迷惑だったかな?」

「いや、櫻井さんは悪くないから気にしないで。僕に何も言わなかった唐野にムカついてるだけだから」


 うろたえる櫻井さんを宥めつつ唐野に文句を言ってやろうと決意する。

 放課後にもう一度教室に来ると言って立ち去る櫻井さんを見送り、気を取り直して教室へ入った。教室内には既に唐野がいて、近付いて声をかけようとしたがそれより先にこちらに気付き、片手をあげて「よう」と挨拶をしてきた。何となくニヤニヤしているように見えて、その整った顔を殴ってやりたくなった。


「陽奈に会ったか?」

「ついさっき。お前な、ああいうことは僕にも知らせるべきだろ。何で言わなかったんだよ」


 ため息を吐きつつ荷物を下ろして自分の座席に座ると、唐野の楽しそうな声が返ってきた。


「だってあの娘にお前と見回りするようにって言ったの昨日の放課後だし。あの時にはもうお前は綾小路と帰った後だったんだから仕方ないだろ」

「メールしろよ」

「お前の連絡先とか知らねーもん」

「もん、とか言うなよその顔で。可愛くねえ」


 ああ、夕月に会いたい。会って癒されたい。こんな野郎の可愛い子ぶった台詞なんかじゃなくて可愛い夕月の声が聞きたい。

 それはさておき、どうしようか。放課後の見回りとは困ってしまった。放課後は夕月と一緒におやつを食べたり彼女の勉強の面倒をみたりする仕事があるため、出来ることなら早く帰りたい。しかし櫻井さんと一緒に見回るようにと風紀委員長から言われてしまった。無視するのは簡単だが、それはやはり良心が痛む。だが見回りをするとなると帰るのが遅くなってしまい、夕月にも迷惑がかかってしまう。


「櫻井さんには悪いけど別の人と一緒に……」

「無理。言ったろ、今はマジで人が足りねーんだよ」


 風紀委員会は一年生がゼロ人、二年生が四人、三年生が僕と唐野の二人だけという少数精鋭だ。人気がないとも言う。仕事はそう多くないけど地味だし、しかも広い校内の見回りや全校生徒の服装チェックやら意外と面倒くさい。そんなものにわざわざ入りたいという人は少なく、僕だって唐野に誘われて半ば無理矢理入らされたようなものだ。

 それでも一応今までは何とかなっていたのだが、さっきも言ったように二年生の一人が入院してしまった。しかもその二年生というのが働き者で、一人で見回りを週三回やっていたらしい。そんな彼がいなくなったことで人手不足が更に深刻になり、ついに櫻井さんが助っ人に来ることになったのだ。


「そいつが退院するまで一ヶ月くらいかかるらしい。足を骨折したからそのリハビリ含めて復帰するのは夏休みの後だな。お前には今日から夏休み終了まで陽奈と見回りをやってほしい」

「夕月の世話が……」

「綾小路にはちっと不便だろうが、あいつ車通学だろ? お前がいつも通り車のところまで送って、綾小路だけ帰ってお前は陽奈と見回る。それでいいだろ」


 そう言われてしまうと返す言葉がない。たしかにそれで一応問題はない。ないのだが、夕月が不機嫌になってしまうかもしれない。

 夕月は、正直に言うと少し我儘だ。欲しいものは遠慮しないでねだるし、それが叶えられて当然だと思っている節もある。僕が今までずっと夕月の言うことを聞き続けてきたせいもあるだろう。そんな夕月が、世話係である僕が夕月のことよりも委員会のことを優先することを許してくれるだろうか。

 僕の予想だが、多分あとで土下座することになるだろう。それか役立たずと罵られるか、頬を叩かれるか。どれであろうと構わないが、嫌われてしまうことだけは避けたい。


「……とりあえず一週間やってみて、夕月が我慢できなさそうだったら悪いけど櫻井さんには一人か、僕以外の別の人とやってもらう。それで良いなら」

「んー……ま、良いか。綾小路もそこまで子供じゃねぇだろうし大丈夫だろ」


 そうとは言い切れないからこんな条件を出してるんだよ、とは言わずに「無理言って悪いな」と謝った。


 ……あれ、そういえば。何で櫻井さんは僕のことを知っていたんだろう。僕の名前とかは唐野に聞いたんだとしても、顔は分からないはずなのに。彼女は僕を美月零だと確信して声をかけてきたような様子だった。

 少し違和感を覚えたが、それは夕月にどう説明しようかという問題に頭の隅に追いやられた。



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