第2話:影星(かげぼし)
登場人物
・エイジ・ハセガワ(18)(15)(8)男性。主人公。フリーター。
・エミリー・ミチヅキ(18)(15)女性。ヒロイン。エイジの幼なじみでアイドル歌手。通称エミー。
・ブリーゼ・オイサキ(28)女性。国際特秘遂行警備組織“影星”所属の隊員。
・フリッツ・エダサワ(33)男性。国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部支部長
・メルヴィン・シバサキ(32)男性。国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部治療班班長
・受付嬢
・アロガン・オオクボ(37)男性。ミザール国バナーレ村の領主。
・コリーヌ・オオクボ(34)女性。アロガンの妻。
・トマ・オオクボ(10)男性。アガロンとコリーヌの息子。
・酒場の店主
〇回想(8年前) ミザール国バナーレ村 古びた酒場(夜)
ミザール国バナーレ村にある古びた酒場。
エイジ(ナレーション(以下N))「俺は、いつも立ち止まり、最後の一歩が踏み出せなかった」
この村の領主――アロガン・オオクボ(37)とその家族、妻であるコリーヌ・オオクボ(34)、そしてその子供、トマ・オオクボ(10)が貸切をしている。
アガロン・コリーヌ・トマ「かんぱーい!」
アガロンとコリーヌはビールを、トマはオレンジジュースが入ったコップを天井に向かって突き上げる。
トマ「今日はいっぱい食べてもいいんだよね、ママ!」
テーブルの上にあるたくさんの料理に、涎を垂らすトマ。
コリーヌ「ええ。トマちゃんのためにたくさん用意していますからね。おほほほほ!」
センスを広げ、高笑いするコリーヌ。
アガロン「うむ。薄汚い庶民の味も捨てがたいな」
黙々と料理を食すアガロン。
コリーヌ「ええ。たまにはこういうのもありですわね」
トマ「うん! ボク、こっちのほうがいい!」
トマ、顔にケチャップがついている。
コリーヌ「まあ、トマちゃん、そんなことをしてたら、身体が穢れてしまいますわよ」
トマ「あっ、そうだね。気を付けなきゃ。でもなあ……」
アガロン「はっはっは。ひと月に一回ぐらいは行ってやろう。(店主に向かって)おい! 早く料理とビールを追加しろ!」
酒場の店主「は、はい! ただいま!」
彼ら座っている側で、ペコペコと頭を下げる酒場の店主。
そんな彼らの姿を、奥にある部屋から、扉を少し開けて黙って見つめるエイジ・ハセガワ(10)とエミリー・ミチヅキ(10)。
〇回想(8年前) ミザール国バナーレ村 古びた酒場・奥の部屋
エイジ、扉越しから酒場店主のペコペコしているところを見つめて、
エイジ(10)「あー、もう、何やってんだよ、おっさん!」
エイジ、開けようとするが、
エミリー(10)「ダメだよ!」
エイジの手を強く握るエミリー。
エイジ、エミリーの方へと振り向く。
エイジ(10)「なんだよ、エミー。離せよ!」
エミリー(10)「落ち着いて。今ここを出ても、あたしたちじゃあどうにもならないよ」
エイジ(10)「だけど! なんで、おっさんたちが下になってんだよ。あの領主たち、ここにいるだけで、俺たちを奴隷みたいにしか思っていないのに。あんなのが貴族様なら、俺は……」
エミリー、悲しそうに、
エミリー(10)「だけど、力のないわたしたちじゃあどうにもならないよ。文句を言ったら、それこそエイジがここから追い出されちゃう。そんなことになったら、わたし……」
エイジ(10)「エミー……」
エイジ、泣きそうなエミリーを見つめ、悔しそうな表情をする。
少し開けた扉から見える、笑いあうオオクボ家の家族団らんの姿。
エイジ(N)「命令するだけの大人に縛られるのがただ悔しくて、縄をほどこうとしてもまた縛られるだけの嫌な現実。チカラなき者が辿る末路。そんな現実に、俺は言いたいことも言えず、この扉を開けることはできなかった。でも、今は、それを変えるチャンスなのかもしれない。それをこれから掴むんだ。俺が見てきた現実を、打開するために」
〇ミザール国 森の中
舗装されていない静かな森の中を歩き続けるエイジ・ハセガワ(18)とブリーゼ・オイサキ(28)。
ブリーゼはサングラスを頭の上にかけている。
昼間なのにたくさんの木で覆われているため、暗い。
エイジは気絶しているエミリー・ミチヅキ(18)をお姫様抱っこしたまま、ブリーゼの後をついて行っている。
エイジ「(エミリーを抱えているため、早く目的地についてほしいと思いながら)なあ、まだなのか。かなり歩いたと思うけど」
ブリーゼ「もうすぐよ」
どんどん進んでいくエイジとブリーゼ。
ブリーゼ「着いたわ」
エイジ「えっ? 何もないじゃないか」
ブリーゼ「黙って見てなさい」
ブリーゼ、左手に装着しているステルラグローブをかざし、手の甲の部分にある青いひし形模様を森の方へと向ける。
ブリーゼ「真をしめせ!」
エイジ「!」
周囲が青く光り、静かな森に風がなびく。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 外観
二人の目の前に無機質な2階建ての建物――国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部が現れる。
エイジ「(いきなり施設が現れたことに驚いて)ふえぇぇー……」
一歩、後ずさりをして、施設を見上げるエイジ。
ブリーゼ「行くわよ」
表情を変えずに先へ進むブリーゼ。
エイジ「おい、待てよ!」
ブリーゼを追いかけるエイジ。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 入口前
ミザール支部の入口前にたどり着く二人。
エイジ「幻じゃあ、ないんだよな」
ブリーゼ「当然」
自動扉が開く。
エイジとブリーゼ、中へと入る。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 エントランス
受付嬢が一人、座っている。
エイジとブリーゼに目をやると立ち上がり、
受付嬢「おかえりなさいませ」
ブリーゼ「お疲れ。早速だけど、治療室は空いている?」
受付嬢「治療室ですか? ええ、空いております。(エイジを見ながら)こちらの方は?」
受付嬢、不思議そうにエイジを見つめる。
ブリーゼ「アタシが見つけた《選星者》よ。アイツには伝えているわ」
受付嬢「(驚いたように)え? そうなんですか!?」
ブリーゼ「(驚いたことに怪訝そうに)アタシが見つけて何か悪い事でもあるの?」
受付嬢「い、いえ、そんなことはありません! ど、どうぞ、お進みください」
ブリーゼ「まったく」
ブリーゼ、奥へと進む。
エイジ、受付嬢に一礼して、先に進むブリーゼを追いかける。
エイジ「なあ、俺が《選星者》ってなんだよ?」
ブリーゼ「後で分かるわ。まずは、その子をどうにかしないとね」
前を歩きながら、ちらっとエイジが抱えているエミリーを見やるブリーゼ。
治療室へと入っていくエイジとブリーゼ。
自動ドアが開く。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 医務室
ブリーゼ「先生、いる?」
医務室へと入る二人。
治療器具やパソコン、一人用のベッドが置かれている。
エイジとブリーゼの視線の先には、
メルヴィン「なんだあ、ブリーゼ、もう帰ってきたのかよぉー」
奥で事務仕事をやっている白衣を身にまとう、丸メガネをかけたボサボサ髪の男――メルヴィン・シバサキ(32)が椅子から立ち上がり、やる気のなさそうな表情で、頭をポリポリとかきながら、エイジとブリーゼのもとへとやって来る。
メルヴィン、エイジと、彼が抱えているエミリーを見る。
メルヴィン、面倒くさそうに、
メルヴィン「はああ~、まーたメンドーなモンをもってきやがって」
ブリーゼ「仕方ないでしょ。人を疫病神扱いしないで」
メルヴィン「おまえさんほどの疫病神はいねぇよ。おれは事務作業で十分なんだ」
ブリーゼ「そっちは副業でしょ。本業をしっかりなさい」
メルヴィン「へいへい。ふああーあ……」
大あくびをするメルヴィン。
唖然とするエイジ。
エイジ、ブリーゼに小声で、
エイジ「……大丈夫、なのか?」
ブリーゼ「普段からやる気がない人だけど、腕は確かよ」
エイジ、不信に思いながら、
エイジ「ほ、ほんとかよ……」
メルヴィン「で、その嬢ちゃんは、例の病気か?」
ブリーゼ「ええ。闇魔化して、光子が枯渇しかけてる」
メルヴィン「了解。(エイジを見ながら)おい坊主、嬢ちゃんをこっちによこしな」
エイジ「あ、はい」
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 集中治療室
『集中治療室』と書かれた部屋。
治療専用の大きな機械の中で眠っているエミリー。
その機械をディスプレイを見ながら、キーボードで操作するメルヴィン。
窓越しからそれを見つめるエイジとブリーゼ。
エイジは両手を窓に当てて、心配そうに機械の中で眠っているエミリーを心配そうに見つめる。
〇回想(3年前) ミザール国バナーレ村 出入り口(朝)
山に囲まれた静かな村。
空は青く澄んでいる。
大きな鞄を持って、村の出入り口に向かうエミリー・ミチヅキ(15)。
入口には馬車が待っている。
そんな中、
エイジ(15)「エミ―――ッ!!」
エミリーの後を追うエイジ・ハセガワ(15)
エミリー(15)「エイジ……」
エイジの声に、後ろを振り返るエミリー。
エイジ、エミリーのもとにやってくる。
エイジ、その場で顔を下に向けて、
エイジ(15)「ハア、ハア……ったく、ひとりで行こうとするなよ」
エミリー(15)「どうして」
エイジ(15)「え?」
エミリー(15)「どうして来てくれたの? あたしみたいな、裏切り者に」
エイジ(15)「はあ?」
首を傾げるエイジ。
エミリー、エイジの顔を視線から反らして苦しそうに、
エミリー(15)「だって、みんなの下から離れるのよ! これからもずっと一緒だと思っていたみんなを傷つけて……」
エイジ(15)「エミー」
エミリー(15)「(泣きべそをかきながら苦しげに)みんなよりも自分を貫いてしまったから、もう顔を合わせることなんか」
エイジ(15)「(優しそうに)エミー、顔を上げて」
エミリー(15)「……」
エミリー、恐る恐るエイジ(15)の顔を見やる。
エイジ(15)「おめでとう」
エミリー(15)「え?」
優しい表情のエイジ。
その顔に、あっけにとられた表情になるエミリー。
エイジ(15)「なりたいものになれるんだろ? すごいじゃん」
エミリー(15)「(恐る恐る)お、怒らないの?」
エイジ(15)「一人で出ていこうとしたことだけな。後は何もないよ」
エミリー(15)「エイジ……!」
エミリー、エイジに抱きつく。
エイジ(15)「おわあっ!? え、エミー!?」
びっくりした表情で抱きつくエミリーを見下ろすエイジ。
エミリー、エイジの服をぎゅっと掴む。
エミリー(15)「あたし、怖かったの。だから」
エイジ(15)「俺たちが、俺が嫌うわけないだろう」
エミリーの頭を撫でるエイジ。
エミリー(15)「……うん」
エイジ(15)「あーあ、羨ましいな。エミーに夢があって。都会へ行けて。俺も行きてーな」
エミリー(15)「なら、来て。あたし、待ってるから」
エイジ(15)「もちろんだ。手紙書けよな」
エミリー(15)「違う。エイジも来て」
エイジ(15)「え?」
エミリー(15)「エイジだって憧れているんでしょ。外の世界に。知ってるよ。いつも世界の都市の本や文献を読んでいることを」
エイジ(15)「あ、ああ。だけど、俺にはお前みたいに夢や目的がなくて、行く理由がなくて」
エミリー(15)「理由なんてなくたっていいよ。必要なのは、足を前に出すことだよ。エイジにもできることだよ」
エミリー、見上げてエイジの顔を見る。
エイジ、ドキッとする。
エミリー(15)「だから、待ってる。その時まで、あたしは歌手として大成して、両親を探す力をつけるから」
エイジ(15)「エミー……分かった、約束する。その時になったら、俺も都会に出て、エミーみたいに注目される大きな男になってやる」
エミリー(15)「あたし、まだ有名になってないよ」
エイジ(15)「これからなるんだろ。追いかけてやるから、さっさと行って来い」
エミリーの頭を撫でるエイジ。
エミリー(15)「うん。お互いに頑張ろ、エイジ」
エミリー、微笑む。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 集中治療室
エイジ、祈るように目を瞑る。
ブリーゼ、エイジの肩を軽く叩く。
エイジ、ブリーゼの方へと顔を向ける。
ブリーゼ「大丈夫よ」
エイジ「あ、ああ……」
窓越しから機械の中で眠っているエミリー。
ブリーゼ「さてと、ずっとここにいても時間の無駄ね。行くわよ」
エイジ「え? どこに行くんだよ。エミーはこのままでいいのかよ?」
ブリーゼ「光子を体内に吸収しているから問題ないわ。しばらくしたら目を覚ますでしょ。今度は、アンタの番よ」
エイジ「え?」
きょとんとするエイジ。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部 支部長室
ナレーション(以下N)「支部長室」
部屋の中心で、机に山積みにされている報告書をチェックしている黒髪の男、フリッツ・エダサワ(33)がだらけた格好で書類を見ている。
左の頬には、直線の傷あとが残っている。
フリッツ「はあ、なんでこんなどーでもいいことをチェックしないといけねーんだよ。はああ、刺激が欲しーな刺激が……例えば目の前に凛としたオレ好みの女性が現れて……」
すると、急に目の前のドアが開く。
フリッツ「……え、マジかよ……こんなくそつまんねぇ激務に悩んでいる、そんなオレの為に……!」
ブリーゼ「(声のみ)何バカなこと言ってんのよ」
冷めた目をしたブリーゼが中へと入ってくる。その後ろにはエイジがいる。
フリッツ、がっかりして肩を落とし、
フリッツ「なんだ、おまえかよー……」
期待が外れて、机にもたれかかるフリッツ。
ブリーゼ「ご期待に添えなくて悪かったわね。それとも、書類を吹き飛ばしてほしいのかしら」
フリッツ「バカ、冗談だっつーの! 勘弁してくれよー」
ブリーゼ「なら、全うしなさいよね。ホント、お目付け役って骨が折れるわ……折ってやろうかしら」
冗談じゃない目つきでフリッツを見つめるブリーゼ。
フリッツ「冗談の域が超えてるぞ。副支部長殿」
ブリーゼ「ならやることね。ただでさえ長官から遅れてるって釘を刺されているのよ。支部長としての威厳を保ちなさい」
フリッツ「わーってるよ。あー、身体、動かしてぇなー」
ため息をつくブリーゼ。
ブリーゼの後ろにいるエイジ。ブリーゼの服を引っ張る。
ブリーゼ「何?」
エイジ「ブリーゼって、副支部長なのか?」
ブリーゼ「肩書きだけね。じゃないと、事務処理すらできない脳筋とつきあうことはないわ」
フリッツ「ひでーなあ。こんな処理、やる気があればパッパとだな」
ブリーゼ「なら、今ここで示しなさいよ」
フリッツ、即答で、
フリッツ「できません」
エイジ「……」
唖然とするエイジ。
ブリーゼ、髪をかきながら呆れたように、
ブリーゼ「あのねえ。これじゃあ、コイツに合わせる顔がないじゃない」
後ろにいるエイジに指をさすブリーゼ。
フリッツ「ん? さっきから気になっていたが、君は……?」
ブリーゼ「私が見つけた《選星者》よ。未熟ではあるけど」
フリッツ「……」
エイジ「み、未熟は余計だ!」
ブリーゼ「あら、本当のことを言ったまでだけど」
ブリーゼに向かって、ふて腐れた顔を浮かべるエイジ。
それを余所に、固まるフリッツ。
フリッツ「え? 《選星者》? マジ……?」
ブリーゼ「連絡したでしょ。二言目は言わないわ。候補者よ、この部隊のね」
フリッツ「……」
口をパクパクするフリッツ。
フリッツ「バカ野郎! なんでそれを言わねーんだよ!」
急に、机にある書類や服装を整えるフリッツ。
ブリーゼ「忘れているあなたが悪い」
フリッツ「あーもう! ちょっと待ってろ!」
ドタバタと片づけるフリッツ。
数分後。
机の上の書類もキレイに片づけられ、フリッツは堂々とした態度で、机に両肘をつき、鼻の前で両手を組んでいる。
そして、真面目な表情で、
フリッツ「コホン、では、改めて。ようこそ、国際特秘遂行警備組織“影星”ミザール支部へ」
ブリーゼ、呆れたように、
ブリーゼ「どこのアニメのマネをしているのよ。説得力ないし、使徒なんてでてこないわよ」
フリッツ「いいんだよ。少しは威厳を出してだな……」
ブリーゼ「もう失っているけど」
エイジ、ブリーゼの一言に苦笑いの表情を浮かべる。
フリッツ、不満そうに、
フリッツ「ちっ、可愛げがねーな。(エイジの唖然とした顔に反応して)ああ、すまん。俺はこの地区の支部長を担当してる、フリッツ・エダサワだ。よろしくな」
フリッツ、エイジに手を伸ばし、握手を要求する。
エイジ「は、はい。エイジ・ハセガワです……」
エイジ、フリッツと握手をする。
フリッツ「エイジ、か。まあ、今日は情けないところをお見せして済まなかったな。普段は真面目に仕事をしているから、まあ、なんだ、その、決してあやしい者ではないから、な!」
後頭部の髪をかきながら苦笑を浮かべるフリッツ。
エイジもフリッツに苦笑を浮かべる。
ブリーゼ「さっさと本題に入りなさい」
フリッツ「(ブリーゼに向かって)わーってるっつーの! (エイジに向かって)それで、エイジ、ブリーゼはおまえを《選星者》として、ここに連れてきたみたいだが」
エイジ「はい。自分がしたいことができると言われてついてきたのですが。ていうか、《選星者》ってなんスか?」
フリッツ「そうだな。じゃあ、実際にここで見せてもらおうか」
ブリーゼ「ちゃんと用意しているでしょうね?」
フリッツ「あたりまえだろ。いちいち一言入れるな!」
フリッツ、机の中からブリーゼが装着しているものと同じグローブを取り出し、エイジに見せる。
手の甲の部分には、ブリーゼのものと同じように、手の甲の部分に黒いひし形模様の鉱石が埋め込まれている。
エイジ「これは、ブリーゼがつけているのと同じ……」
フリッツ「ステルラグローブと言ってな、光子の力を少しでも持っている人間は……」
フリッツ、立ち上がり、左手にステルラグローブをはめる。
すると、
エイジ「!」
フリッツのステルラグローブの手の甲の部分に埋め込まれたひし形の黒い鉱石がダークオレンジ色に輝く。
フリッツ、左手にはめたステルラグローブにある、ダークオレンジに輝くひし形の鉱石をエイジに見せながら、
フリッツ「とまあ、装備者によってここの部分が色が変わるんだ。つまり俺たちのように、少しでも光子を操る力を持つ一般人――影星の団員候補を《選星者》と呼んでるわけ」
エイジ「それが、俺の眠っている力……?」
フリッツ「ブリーゼのグローブを借りて、そこから武器を取り出しただろ」
エイジ「あ、はい」
フリッツ「じゃあ、ちょっとやってみ」
フリッツ、左手にはめたステルラグローブをエイジに投げる。
それを受け取るエイジ。
エイジ「は、はあ……」
エイジ、緊張しながらゆっくりと左手にステルラグローブをはめる。
すると、
エイジ「うおっ! また……」
ステルラグローブの手の甲にある黒い鉱石が朱色に変化する。
それを後ろで涼しげに見つめるブリーゼ。
グローブのおかげで朱く輝くエイジを眩しそうに、右手で光を遮りながら彼を見つめるフリッツ。
フリッツ「おーすげー色。汗が出そうだ。じゃあ、輝いてるトコを押してみ」
エイジ「は、はいっ」
エイジ、慌ててステルラグローブの手の甲にある朱色に輝く鉱石を押してみる。
すると右手が朱く輝き、剣を引き抜くように右手を振り払うと、朱く輝く剣の形をしたものがエイジの右手に握られ、それが、前に戦ったときと同じ模様の剣へと変わる。
エイジ「(剣を再び取り出せたことに呆然として)また、出てきた」
フリッツ「(剣をまじまじと見ながら)ほぉー、こりゃまた立派なモンが取り出せたなあ。炎の神剣みてえだ」
ブリーゼ「大層な名前ね。そっくりだけど」
エイジ「フランベルジュ……アストラが創った四聖剣のひとつだっけ?」
フリッツ「よく知っているな……とまあ、こんな感じにだな、おまえに眠っている光子の力と身体能力に応じて、武器が出てくるというわけだ。この武器をオレたちは星使武器と呼んでいる。この武器、どんなヤツに対抗できたか覚えているか?」
エイジ「確か、闇魔、だっけ? エミーがいきなり巨大な魔物に突然変異した」
フリッツ、指を鳴らして、
フリッツ「そう。生身では対抗できなかっただろ? なんせ人間の体内に闇子が浸食した塊だからな。だからその塊に対抗するものは相反する光の塊――オレたちの世界を構成している光子ってわけさ。星使武器には、その力が宿っているわけ。その武器を使って闇子に蝕まれた人間や魔物を祓うためにできた組織が影星さ。人数少ない組織だから、おまえのように候補者を探すのも仕事だけどな」
エイジ「影星……星使武器……俺のチカラ……」
右手に握っている、禍々しく輝く剣を見つめるエイジ。
フリッツ「さて、おれとしてはだな、『選ばれし者』っていう大層なモンじゃないが、そんな剣を引き出せるチカラがあるなら、それを活かすってのも悪くはないと思うぜ。っていうか、ブリーゼが連れてきたんだから、それなりの見込みはあるってことだろうな」
エイジ「え?」
フリッツ、ブリーゼを指さしながら、
フリッツ「だってあいつ、全然連れてこねーもん。(ブリーゼに向かって)初めてだよな?」
ブリーゼ「(話を逸らすように)さあ。貴方が忘れているだけじゃないの。それにアタシの場合、現場に候補者がいたとしても、半端者は除外してるだけだから」
視界からエイジとフリッツを外すブリーゼ。
フリッツ「やれやれだな。(エイジの顔を見つめて)それで、おまえはこれからどうしたい、エイジ?」
エイジ「え? ど、どうしたいって言われても……」
動揺するエイジ。
フリッツ「おまえに与えられた選択は、やるか、やらないかの二択だ。一般人だし、無理にとは言わない。だが、まあ、ブリーゼが連れてきたんだ。チカラを使い、ここで可能性を見出すのも悪くない話だと思うぜ。一般人が飛び込むには、厳しい道のりだがな」
エイジ「可能性……」
後ろを振り返り、ブリーゼを見つめるエイジ。
エイジを冷静な目で見つめるブリーゼ。
エイジ、フリッツの方へと向き直して、
エイジ「ここに入れば、色々なところに行って、闇子に苦しんでいる人々を助けに行くんですよね?」
フリッツ「ああ。闇子で汚れた場所、人、魔物……それに関わる場所すべてにだな。場合によっては、危険なところにも行くな」
エイジ、しばらく考えて、
エイジ「……俺は、今まで自分で何かをやろうとしたことはありませんでした。負けず嫌いで、対抗心は強いのに、自分の居場所や環境を変えるのは他人任せ。他人に迷惑をかけてばっかりで、何も変えようとはしない。故郷の村でも都会でも、ずっと理不尽で傲慢な大人たちにコキ使われていたのに……あと一歩が踏み出せない。その一歩をこのチカラで、俺みたいに、苦しんでいる人たちがいるのなら……」
エミリーの笑顔が脳裏に浮かぶエイジ。
エイジ、手を震えるほどぎゅっと握りしめて、
エイジ「大切な人を守れるのなら、俺はここで、俺と言う『可能性』を見出したい!」
真剣な目つきでフリッツを見つめるエイジ。
ブリーゼ「フ……」
ブリーゼ、エイジを後ろでひそかに笑みをこぼす。
エイジ「だから、お願いします! ここで働かせてください!」
フリッツに向かって礼をするエイジ。
フリッツ「あっついねー。でも、そーいうの嫌いじゃないぜ。なら……」
フリッツ、机の中にある、大きな赤いボタンのみのリモコンを取り出す。
フリッツ「この組織に相応しいか、さっそく試させてもらおうじゃないか。ほいっと!」
フリッツ、リモコンについている大きな赤いボタンを押す。
エイジの足元の床が開く。
エイジ「え……うわあああああああーっ!!」
地下へとまっさかさまに落ちていくエイジ。
ブリーゼ、少し驚くも、呆れたように、
ブリーゼ「い、いつの間にこんなものを……」
フリッツ「フッ。試験には、落とし穴がつきものだぜ」
顎に手を当て、格好をつけるフリッツ。
〈第2話:影星 終〉