年越しハプニング
うおおお! とうとう! 年願の! 彼女が家にやってくる!
くうう、付き合うようになって3か月。『大晦日、僕んちきて一緒に年越し蕎麦を食べよう』って誘ったら、少しだけ悩んだ顔をした後に、はにかみながらもOKもらえた。
人生25年。ようやくできたはじめての彼女、野呂圭子さん。
今野呂さんと僕のアパートの最寄り駅で待ち合わせをしているところ。ああ、ドキドキしてきた。今一生分の幸せを使ってしまっているんじゃないだろうか。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
「荒木君、お待たせ」
後ろからかわいらしい声が聞こえて、振り替えると僕の天使、野呂さんが笑顔でたっていた。笑うとエクボができる野呂さん。
ああ……まじ幸せだ。25年間生きててよかった……。
「……荒木君、どうかした?」
首をかしげて上目づかいでみてくるそのしぐさも狙ってやってるんじゃないかってぐらい、かわいいです。
「い、いや何でもない。いこっか」
ドキドキしながら僕は返事をして、並んでで歩きはじめる。
「荒木君。荒木君の家はまだ遠いの?」
「ん、えっと、あと少し。だいたい5分くらいかな」
やばい、緊張する、こんなちょっとだけの会話だけでも緊張してしまう。
家に女の子が来てくれるとか生まれて初めてだし、しかもそれが自分の彼女だなんて……。
もともと今日は仕事が入っていた。格闘技が見たいとか適当に嘘ついて仕事を代わってもらった後輩には感謝をしないとな。今頃あいつは仕事してるころか。感謝とねぎらいの気持ちも込めてちょっとメールでもしとこかな。
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田中、今日は代わってくれてありがとな。
おかげでただいまコタツでみかんで準備万端なり。仕事がんば。
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送信っと。さて、僕は大晦日を楽しむぞー。
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……お、メールか? 誰からだろ。
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田中、今日は代わってくれてありがとな。
おかげでただいまコタツでみかんで準備万端なり。仕事がんば。
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わざわざ荒木先輩、こんなメールを送ってこなくても……そう思いながら俺は携帯電話を閉じる。さっきは弟が見せつけるように鍋の写真のメールを送ってくるし。
はあ……正月は家に帰りたかったけど、まさかの正月に当直にあたるとは……警備会社に就職とかやめときゃよかった。
今警備会社にて俺は会社の当直室にてインスタントおそばをすすりながら紅白歌合戦を見ている。いくら他の会社が休みだからといっても警備会社は24時間365日誰かが働きつづけている。当然大晦日も例外でなく、休むわけにはいかない。ゴールデンウィークや年末年始でも誰かがバツゲームのごとく会社に残って、いざ警報がなったら走って現場まで行かなければならない。元々は荒木先輩が当たっていたのだが、今日のボクシングがどうしても見たい! とよくわからないことを言われ、無理やりシフトを代わらされることになった。
はあ……泥棒さんもこういう日くらいはお休みしてくれればいいのにと思いながら、俺はまたため息をついた。
「やだねえ、人の顔見ながらため息つかないでよ」
「あ……浜口さんすみません」
よほどため息が大きかったのか、俺の向かいに座っている先輩職員の浜口さんにたしなめられた。
警備会社は夜勤の時は仮眠をとるために最低でも2人は夜勤に入るように勤務スケジュールを組む。大晦日の日のシフトに入る事になったのが、当直室に今いる俺と浜口さんの2人だ。浜口さんとは年は40歳前半くらい、旦那の収入が少なくて大変なのよーといつもそう言いながら、みんなが嫌がる夜勤を勧んで引き受けてくれる人だ。
浜口さんは机の上に置いてあるセンベイをボリボリと食べながら俺に話しかけた。
「まあ、せっかくの年末だってのに仕事が入っちゃため息もつきたくなるわよねえ」
「そうなんですよ、聞いてくださいよ。実家からさっきすき焼き鍋の画像が送られてきたんですよ、休みだったら俺もすき焼き食えたんかなあって思うと、まじため息しかでないですよ」
そう言いながら俺は携帯を取り出して浜口さんにすき焼き鍋の画像を見せる。
「あはは、みんなおいしそうに食べてるねえ」
「そうなんですよ。わざわざ送ってくるとか嫌らしいですよね。俺も食いたかったなあ……」
俺は画面を見ながらしみじみと呟く。
「まあまあ。カズくんも正月の時にきっとごちそう食べれるわよ。あ。あと、今一応仕事中なんだから『俺』じゃなくて『私』を使うこと。そう言うのは普段から気をつけてないと大事な場面で『俺』って言っちゃったりするから」
「あ、はい。気を付けます」
いけね。ついつい俺になってた。そう思いながら謝罪を口にした。今一応仕事中なのに浜口さんが『カズくん』って呼ぶのはありなんか、と心の中で思いながら。
俺の名前は田中和美。『かずくん』とか『かずみー』とか言われるのなんか小学校のころに終わって、それからはいつも田中って言われていた。『かずくん』なんて言われたのは久しぶりだ。この浜口さんは誰にでも『くん』『ちゃん』をつけてしゃべる。最初はこそばゆい思っていたけれど、いつの間にか慣れてしまった。
ふと時計を見ると時刻は22時を指しており、テレビでは紅白歌合戦の合間のニュースがやっていた。ノロウイルスの猛威についてや、明治神宮前が初詣に行く人で盛り上がっているらしい。明治神宮うらやましい。警備会社じゃなくて俺も明治神宮行きたい。
「浜口さんは今年初詣出掛けるんですか?」
テレビを見ながらふと思いついて、浜口さんに声をかける。
「ん? 行くよー? 仕事終わってちょっと寝た後に。娘4人と。ん? もしかしてカズくんも一緒に行きたいの?」
「や、そういうわけじゃないですけど。ってか浜口さんって娘さん4人もいらっしゃったんですか?」
「そうよー。一番上が小5、真ん中が双子で小3。一番下が小2。みんな私に似てすごくかわいいわよ」
そう言って浜口さんはスマホで写真を見せる。子供4人と旦那さんと浜口さんが写っている写真。
おお、かわいい。俺は声に出す。どちらかと言うと旦那さんに似ている気がするがそこは声には出さない。
「カズくんは誰かと初詣行く予定あるの?」
「や、いまんとこ特にはないんで荒木先輩でも誘って行こうかなと」
荒木先輩というのは警備会社の先輩で、大学時代からの先輩でもある。先輩に誘われてこの会社に入ったようなものだ。今頃コタツにこもってミカン食べているころだろう。
「ああ、あっくんと。あっくん暇なの?彼女とかいるんじゃない?」
荒木先輩は浜口さんから『あっくん』とよばれるたびちょっとだけ嫌そうな顔をするが、浜口さんは一向に気にしない。
「さあ。でもまあ、多分暇だと思いますよ、俺――とと、私彼女いるとか聞いたことないですし」
彼女出来たら教えてくれると思うし、まさか彼女とミカンを食べながらボクシングを見てたりすることも無いだろう。
「まあ、いいわ。私はそろそろ仮眠とるから」
自分から話を振ったのに、さして興味はなさそうに浜口さんはググッと伸びをして大きなアクビをした。
ただいま22時半。交代で浜口さんと自分とで仮眠をとる。浜口さんが2時までで3時間30分。その後俺が5時半までの3時間30分。
「お休みなさいです」
「はい、おやすみ。2時くらいになったら起こしに来てね。まあ、これから数時間1人になるけど、こういう日は大抵何も起きないし、あったとしてもサラリーマンが解除しわすれて警報を鳴らすとかそんなのばっかだから、1人だからといって気張らなくても大丈夫よ。何かあったら起こしてくれればいいから」
「はーい、分かりました」
俺がそう返事をすると、浜口さんは満足そうにうなずいて仮眠室の方に入っていった。
ふあああ、1人になるとやっぱり暇だなあ。紅白歌合戦はそろそろ終盤。演歌率が上がり知らない歌が増えてきて退屈さがました。他にチャンネルをカチャカチャ変えてみたけれど、あまり面白そうな番組がやってなくて結局紅白に落ち着いた。
「くあ……」
いかんいかん、勤務中だってのについついアクビがでちまった。
退屈すぎる。警報もならないし電話もかかってこない。かといって電話かかってきてもめんどくさいって思うだろうけど。
むう……暇潰しがてら荒木先輩にメール送ってみるかな。
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こんばんは。格闘技はどうでした?
明日よかったら私と初詣いきませんか?
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メールくらい俺でもいいような気もしたけど、さっき浜口さんに注意されたばっかりだったから、なんとなく一人称を私と書いた。
……ま、これでいいかな。送信っと。
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僕と野呂さんとで二人で年越しそばを食べて、その後たわいない話を繰り返し何となくいい雰囲気になってきたところで、僕の携帯が鳴りだした。
くそっ、せっかくいい雰囲気になってきてたのに。そう思いながら、ごめんね、と野呂さんに謝ってちょっと携帯を開く。
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こんばんは。格闘技はどうでした?
明日よかったら私と初詣いきませんか?
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……田中、律儀に返事してこなくてもいいよ。しかも明日初詣の誘いとか。僕は明日は野呂さんと初詣に行くんだよ。
「荒木君、誰からだったの?」
「んー、後輩から」
野呂さんに返事をしつつ、返事を書く。
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ごめん、今帰省中で……ちょっと無理かも。ほんとごめんな。
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ん、帰省中ってのは嘘だけど、こう言えば諦めるだろ。
さて、野呂さんとまた会話を楽しもう。
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お……荒木先輩から返事きたな。こんなさっさと返ってくるってことはやっぱり暇してんだろなあ。
どれどれ?
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ごめん、今寄生中で……ちょっと無理かも。ほんとごめんな。
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「まじで!?」
荒木先輩やばいじゃん! 何食ったんだ荒木先輩!? あれか、さっき言ってたけど、ノロウィルスか。今超流行ってるって言ってたしな。
うわー、あれマジきついって話だよな。ご飯まったく食えないとかいうし……お見舞い言ったほうがいいかなあ。
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大丈夫ですか!? もしかしてノロにやられたんですか!? ノロってやばいらしいですよ。
よかったら仕事終わった後、私お見舞いに行きましょうか?
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……送信と。うわー、確か荒木先輩一人暮らしって言ってたし、大晦日に一人で布団で寝込んで苦しんでるとか、不憫すぎる。
荒木先輩のことを考えていたら、なぜか尿意を催してきた。タイミングが変だと思うかもしれないが、トイレ行きたくなる瞬間なんてそんなもんだ。プロポーズの瞬間に便意を催して我慢しながらプロポーズしたって言ってた先輩もいたしな。
僕はメールを送信した携帯電話を机の上に置いて、そそくさとトイレに向かって行った。
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野呂さんとこたつの中で隣り合って座りあって天にも上る心地でいた時……また田中からメール来た。
あいつ、律儀なのはいいけど、こっちの空気を読んで返事しないでくれよ。
ええと、何々……?
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大丈夫ですか!? もしかして野呂にやられたんですか!? 野呂ってやばいらしいですよ。
よかったら仕事終わった後、私お見舞いに行きましょうか?
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……え? ええと、何言ってんだこいつ。
『野呂』って今隣にいる野呂さんのことか? いやいや、まだ田中にはなんか気恥かしくて何も話してないし……。
「ねえ、荒木君? 荒木君さっきから誰とメールしてるのかな? 私といるの退屈?」
「ええ!? い、いやいやいやいやいやいやいやいや、全然そんなことないよ! ほんとにまったくもって、すごく楽しい!」
今までで最高の大晦日だってのに、何でそんな事を言い出すんだよ。
「……そこまで露骨に言われると逆に怪しい。もしかして別の女の人とメールしてたりしてるの?」
「いやいや、そんなんあるわけないじゃん!」
何でそんなことを。僕の初めての彼女だって伝えたことあると思うのに。
「じゃ、そのメール見てもいいよね? ね?」
えっ、それは……。メールの本文を見なおすと、なんかこのメール見方によっちゃ……何か野呂さんの悪口みたいに見えるんだけど。
これ見て野呂さん残ったりしないかな。
「……えと……」
「ほら、見せれないってことはやましいってことなんでしょ?」
「違う違う! やましいことなんか何にもないって! っていうか男からのメールだし!」
「ほんと? ほんとにほんと? じゃあ別に見ても良いでしょ? 何で駄目なの?」
……いや、それは……。うっと言葉に詰まっていると、さっと野呂さんが手を伸ばして僕の手から携帯電話をひったくった。
今まで不審げだった彼女の顔が、少しずつ怒りの顔に変わっていく。
「…………」
えと、無言が怖いです野呂さん。
「あの……」
僕が野呂さんに声を掛けようとした時、それを遮るように野呂さんから言葉が発せられた。
「……何? このメール?」
「いや、僕にも何が何だか」
というか、ほんとに何が何だか分かってないんです。
「しらばっくれないでよ! 誰よカズミって! どこの女よ!?」
「いや……だからそいつは女じゃなくて……男なんだって! 僕の会社の後輩。和美って名前の男の人だっけ結構いるだろ!?」
僕は一生懸命彼女を説得するが、野呂さんの怒りは収まるようすが無く、むしろどんどんと表情を険しくさせる。
「ふうん……そうやって嘘つくんだ。いいよ、電話してみればすぐにわかるから」
そうそう、そうだよ! 電話してくれればすぐにわかる。そうすればさっきの変なメールの理由も野呂さんの怒りも収まって、また楽しく過ごせるはずだ。
野呂さんは僕の電話をいじり、田中和美に電話を掛ける。
TRRRRRR、TRRRRRR.
TRRRRRR、TRRRRRR.
TRRRRRR、TRRRRRR.
--------------------------
TRRRRRR、TRRRRRR.
TRRRRRR、TRRRRRR.
TRRRRRR、TRRRRRR.
トイレに行ってるときに、俺の携帯の着信が鳴り出す。リンリンと大きな音が会社内に響き渡る。
が、ちょっと俺の尿はまだまだ止まりそうになさそうだ。もうちょっと待ってくれ。
早くトイレが終わるように一生懸命下半身に力を入れるが、かなり溜まっていたようでなかなか止まらない。 と、その時、
「かずくーん! 携帯電話鳴ってるわよー!」
と、浜口さんの大きな声が……やっべ、浜口さん起こしちゃったか。急いで携帯を取りに行きたいが、残念ながらまだまだ尿はとまりそうにない。
「っもう、カズくんってば仕方ないわねえ……あら、電話ってあっくんからじゃないの」
……浜口さんの大きな1人声がトイレまで聞こえてくる。あ、電話って荒木先輩からなのか。病気でぶっ倒れてるってのに平気なんだろか
「あっくんからの電話だったら私がとっても平気よね」
や、平気じゃないです。人の電話を勝手にとるのやめてください。
心の中でそうつっこみを入れていたのだが、その願いは浜口さんにはまったく通じなかったようだ。
「もしもし、あっくん? どうかしたの?」
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「もしもし、あっくん? どうかしたの?」
田中が出ると思っていた電話からは、なぜか女性の声が聞こえてくる。
……ちょっと待てよ田中、何でお前が出ずに浜口さんが出てんだよ。
「……荒木君、これはどういうことかな?」
野呂さんは僕の電話を持ったまま、相手の電話には出ずに僕のほうに向かって問いかけてくる。
野呂さんの顔は怒りの顔ではなく、笑顔になっている。けれど目だけは笑っていない。
「いや! ほんとに田中っていうのは男なんだって!」
「……ここまで来てしらばっくれるなんて、荒木君ってなかなか図太いよね。別に怒っている訳じゃないよ? 急速に冷めて行ってるだけで」
最悪じゃないっすか。マジ勘弁してください。お願いだからもう一度あたたまってください!
僕の電話からは浜口さんがまだ「あっくん? あれ、おかしいなあ、きれちゃったのかなあ」と適当なことをしゃべっている。
何で田中の電話に浜口さんが出るんだ。あっちでは田中は何をしている。
「まったく、あっくんから電話掛けて来たのに、全然声が聞こえないとか、変なの。あっくんてばいい加減にしてほしいよね。この前も私よりも先に寝ちゃうし」
浜口さんが何かすごい発言をした瞬間に、野呂さんが携帯の電源を切った。
もう、笑顔すらも通り越して、無表情になっていた。
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「まったく、あっくんから電話掛けて来たのに、全然声が聞こえないとか、変なの。あっくんてばいい加減にしてほしいよね。この前も私よりも先に寝ちゃうし。仮眠の順番は当直前にきちんと決めてるんだから守ってほしいわ……あ、切れた」
俺がトイレを済ませて当直室に戻った時には、すでに荒木先輩との通話は終わっているようだった。
「ちょ、浜口さん! 俺――私の電話を勝手に取ったりしないで下さいよ!」
「え、何よ。寝ている最中にすごいうるさい着信音で起こされた私に言う最初のセリフがそれ?」
「……あ、すんません」
確かにその通りなので、そう言われると何も言えない。
「ってか、電話って荒木先輩からだったんですよね? 何か言ってました?」
「いえ? 何も。電波悪かったのかしらね? 途中で切れちゃったわよ……ふわ、私もう寝るから。今後はマナーモードにしときなさいね」
そか、いったいなんの電話だったんだろ。
まあ、用事があったらまた電話なりメールなりかかってくるだろ。そう思って俺は携帯電話をマナーモード……いやいや、さっき注意されたばっかだからな。バイブが震えるだけでもまずいかも、サイレントモードに変えることにした。
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野呂さんが僕に向け、携帯電話を投げつけて部屋から出て行こうとするのをあわてて止める。
「ちょ、さっきのは田中とは別人の人で、浜口さんっていう40すぎのおばちゃんで僕とは何でもないんだって!」
「……いい、言い訳なんて聞きたくない」
「待って待って! もう一回電話してみるから! そうすれば絶対に男が出るから!」
「……だからもういいって言ってるのに」
そう言いながらしぶしぶとどまってくれた野呂さん。ありがとう!
慌てて僕はもう一度田中の携帯に電話を掛け直す。
TRRRRRR、TRRRRRR.
TRRRRRR、TRRRRRR.
・
・
・
TRRRRRR、TRRRRRR.
TRRRRRR、TRRRRRR.
で、でない……あいつ、何でこういうときに限ってでないんだよ。マジ勘弁してくれよ。
「ほら、荒木君、やっぱり嘘ついてるんでしょ。今までありがとうございました、明日からは赤の他人です」
「ちょちょ! ほんとに冤罪なんだって! 野呂さん! 野呂さん!」
……必死で引きとめたけれど、僕の声は野呂さんには届かず、そのまま出て行ってしまった。
ウソだろ……こんなことあるのか? 天国から地獄に一気に引き落とされた気分だよ……田中と浜口さん、マジでなんてことをしてくれたんだ。
くよくよしながらも顔をあげたら時計が目に入ってきた。ちょうど時計は0時を指している。あけましてこんちくしょう、最悪の年越しだよ……。
僕はつながらない携帯電話を切って、もう一度田中のメールを読みなおす。
……ああ、そういえば田中から初詣の誘い受けてたなあ……元旦、野呂さんと初詣行く予定だったけど、予定も無くなっちゃったし。文句言いついでに出かけるか。
電話しても電話で無いし、とりあえずメールしとこ。
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あけおめ。こんちくしょう覚えとけ。
初詣の誘いだけど、行くよ。その代わり田中、女連れてきてよ。
必ず行くから。念、押さなくてもいいからな。
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送信っと。こう言っとかないと、田中『ほんとに来てくれるんですよね?』とか何度もしつこく聞いてくるもんな。あったら絶対に文句言ってやる。
ああ、野呂さん野呂さん……せめてどうにか誤解をとけないだろうか。
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ふわ……もう1時55分か。そろそろ浜口さん起こしてこないと。俺も早く寝たいし。
紅白も終わって退屈してたので、スーパーファミコンを取り出して、ぷよぷよをやっていたら、いつのまにか年越ししてしまっていた。
警備会社の仕事の方も、警報も電話もならず、熱中してぷよぷよができた。ぷよぷよをやりながら年越しをするってのも、なんとも味気ない年越しだ。
浜口さんと交代に行く前に携帯を見てみると、着信とメールがそれぞれ1件ずつ。どちらも荒木先輩から。
うわ、サイレントにしてた正で全然気付かなかった。やっぱりサイレントってまずいな。何だったんだろ。
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あけおめ。こんちくしょう覚えとけ。
初詣の誘いだけど、行くよ。その代わり田中、女連れてきてよ。
必ず行くから。年、幼くてもいいからな。
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「……」
……ああ、荒木先輩、モテないからってとうとうロリにまで手を出すようになってしまったのか。あったら『いいことありますよ』って言ってあげよう。
しかし、今から誘って来てくれるような女の子なんていないよなあ。
少し物思いにふけっていたら、ふあ、とあくびをしながら浜口さんが起きて来た。
「ちょっとかずくん、ちゃんと2時になったら起こしに来てくれないと。もしかしてそっちで寝てるんじゃないかって慌てたじゃないの」
「あ、すみません」
時計を見るとすでに2時10分になっていた。やばっ、考え事をしてたらいつの間にか交代時間過ぎちゃってた。
「まあ、いいけどさ。これからは気をつけてよね」
「あ、はい」
……何か今日は浜口さんに怒られてばっかりな気がする。注意されないように気をつけないと。
交代で仮眠をするために、席をたって仮眠室に向かおうとしたその時、ふと先ほど浜口さんとしてた会話を思い出した。
「浜口さん! 今日やっぱり俺と荒木先輩とで、浜口さんと一緒に初詣一緒に行っても良いですか!?」
「……はぁ? え? いいけど」
急に言われて目をぱちくりさせながら返事をする浜口さん。まあ、承諾してくれたようでなによりだ。
その後、夜が明けて仕事が終わり、浜口さんと娘さん4人と初詣に向かった。
途中、荒木先輩と合流したときに『女ってこれ? え? え?』とか変な事をつぶやいてポカーンとしていた。
その後、『……もうヤケだ! いくぞ、お前たち!』と言いながら浜口さんの娘を肩車して腕に2人ぶら下げて、もう一人と鬼ごっこしてはしゃぐ荒木先輩。
「あっくん、なにかあったの? あんなキャラだったっけ?」
浜口さんもびっくりな様子。俺だってびっくりしているので、言われてもさっぱり分からない。
しばらく子供たちを追っかけまわして暴れていて、俺と浜口さんは遠巻きで見ていたのだが、突然荒木先輩が腕にぶら下げていた娘をドスンと落とした。
その様子を見て、俺と浜口さんは慌てて子供たちに駆け寄って、かがんで尻もちをついている娘に声を掛ける。
「ちょ、大丈夫!?」
「う、うん。大丈夫。あ、ありがとーお兄ちゃん」
……うん、大丈夫そうだ。びっくりして目を白黒させているけれど、怪我している様子は無い。
俺は急に子供を落とした荒木先輩をにらみつけた。だが、荒木先輩は放心したように立っていて、俺がにらんでいることにも気づいた様子も無い。
「荒木先輩、何やってるんですか!?」
俺がどなっても、まるでこちらを見ることも無く、一点を見つめている。
「……野呂さん」
「はい? ノロさん? ウィルスがどっかにいるんですか?」
そう言えば寄生虫になっているとか言ってた気がするが、治ったんだろうか? それとも頭がやられてしまったんだろうか。
「田中、来い!」
「え? なになに!? なんなんですか荒木先輩!」
いきなり俺の腕を握られて、猛然と走りだす荒木先輩。荒木先輩の上に肩車されている子も、目を白黒させながら頭にしがみついている。
荒木先輩が走り出したところには、1人のきれいな女性がいた。何なんだ荒木先輩。この人に一目ぼれでもしたんだろうか。
「野呂さん! 野呂さん!」
野呂さんと呼ばれた女性は、名前を呼ばれて荒木先輩のほうを振りかえったが、すぐにそっぽを向いた……いったい何なんだろう。
「何ですか荒木君。もう私とは赤の他人になったはずですが」
どうやら荒木先輩とこの女性は知り合いらしい……が、何やら不穏な空気。
「おい田中、自己紹介! 免許証出して! 良いから言うこと聞け!」
「……はぁ?」
何が何やら意味が分からないが、ひとまず言われた通り財布から免許証を出して自己紹介を行った。
「田中和美です。荒木先輩の後輩です」
「田中。お前は男か女か!?」
「……荒木先輩、頭おかしくなりました?」
「いいから!!」
ほんとに意味が分からないが、一応返事をする。
「男に決まってるじゃないですか。何を言ってるんですか?」
俺がそうやって答えたと同時、野呂さんと呼ばれた女性が、ポカーンと口を開けた。
「…………。え?」
や、俺の方こそ「え?」と言いたい展開なのですが。
何が何やらよくわからないが、荒木先輩と野呂さんという女性は二人揃って頭を下げ、俺にも頭を下げながら、二人仲良く手をつないで去っていった。
ほとんど事情を説明してくれなくて、まったく状況を把握しきれていない俺の右手には、浜口さんの娘さんの小さな手がつながれていた。