Prologue-02
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《我、汝に問う。
剣の民の長一人、剣の民二人、盾の民の長一人、盾の民二人、猛獣使い一人、猛獣一頭あり。眼前に急流あり、渡す舟は一艘。舟に乗れるは、二つの存在。
剣の民と盾の民いがみ合い、盾の民の長おらねば、剣の民の長、盾の民を殺す。剣の民の長おらねば、盾の民の長、剣の民を殺す。猛獣は餓え、猛獣使いおらねば、他の存在を食い殺す。
舟漕げるは、剣の民の長と盾の民の長と猛獣使い。
皆を対岸に渡すには、如何にすればよいか、答えよ》
黒血に対する『女神の試し』は、かれこれ1時間以上続いている。正解のない寓意的な問い掛け――心理テストのような――から、何かと“ファンタジーな”言い回しで出題されるIQテストのような問題――数学的推理や論理判断による推理、幾何学や空間把握に関する問題、記憶力検査等――、果ては、問い掛けとは名ばかりの、反射神経やアバター操作能力を測定する為の試技まで、様々な試しが黒血へと課されていた。
「えーっと、猛獣使いと猛獣を渡し、猛獣使いが戻ってきて、猛獣使いと剣の民の一人を渡す。猛獣使いと猛獣が戻ってきて、剣の民の長と残りの剣の民を渡す。剣の民の長が戻ってきて、剣の民の長と盾の民の長が渡り、盾の民の長が戻る。猛獣使いと猛獣を渡し、剣の民の長が戻り、剣の民の長と盾の民の長が渡る。盾の民の長が戻り、盾の民の長と盾の民の一人を渡し、猛獣使いと猛獣が戻る。猛獣使いと残りの盾の民を渡し、猛獣使いが戻る。猛獣使いと猛獣が渡り、完了!」
女神からの問い掛けに対して、黒血は、1秒と間を空けずに回答する。
『女神の試し』を通じて黒血は、自分の身体能力や知能が、現実のそれを凌駕している事に気が付いた。特異体質による仮想現実との親和性の高さが、アバター操作に好影響を与えている事実は、ゲーム開始前のアバター トレーニングで明らかとなったが、仮想でも現実と同様の動きが可能になる程度のものだと、彼は医者から聞いていた。しかし実際には、黒血の体は、現実よりもよく動き、また、知能までが活性化されているようで、『女神の試し』も順調である。
《次が最後の問いである》
眩い光の束で編まれた女神が、嬋媛とした所作で黒血を指さした。黒血は、今までの試しの“熾烈さ”を思い、身構える。
《汝の名を我に示せ》
(な、名前、って……。最後を締め括る問い掛けがそれって、拍子抜けするわ)
ゲーム中のキャラクター メイキングとは思えない程の労力を必要とした今までの試しを振り返ると、最後の問い掛けは、滑稽ですらある。試しの内容は、基本的に女神から口頭でのみ示され、白色に輝いて浮かぶ薄板に回答を入力するか口頭で返答するのだが、最後の問い掛けに関しては、薄板上に《名前を入力して下さい》とご丁寧に表示されていた。
(ここで違う名前を答えたらどうなるか気になるけど、ま、普通に回答しておくか……。く、ろ、ち、っと)
黒血が名前を入力し終えると、黄金の光彩を放つ女神が頷く。すると、女神の躯を形作っていた光の束が、蕾から花開く大輪の花冠のようにほどけて、空虚な空間に吸い込まれていった。銀色の宝珠にも似た輝きが一頻り跳ね回った後、一面が暗黒に包まれて、女神と共にあった甘美な薫風も消え失せる。はたと、突然失われた視界に黒血は驚き、目の前に手を伸ばそうとした。しかし、彼の肢体は、金縛りに遭ったかのように、まるで彼の意思に従わない。
瞬間、黒血を真下から吹き上げる一陣の風が通り過ぎ、彼の黒髪を揺らした。
黒血の慄きをよそに、周りの空間に変化の兆しが現れる。黒血を中心とした半径2メートル程の円柱状の空間に、稲妻が如し樹状の閃光が煌めき、黒血を捕える檻であるかのように、その円柱に半透明の青白い紗幕が掛かった。半透明の円柱は、下にも上にも果てが見えず、黒血の前後左右を遮っていた。
四肢の麻痺が解けた黒血を、仄かな青白い光が照らす。
再び黒血は、真下から迫ってくる風を感じた。次の瞬間、彼の目の前で、否、彼の前後左右で巨大な質量が暴力的な速度でもって迫り上り、強烈な風圧が、奔流となって黒血の黒い長髪を巻き上げる。突然の事態に、顔を庇うように両手を交差させた黒血は、風が収まるのを待って、ゆっくりと周囲を見回した。
(文章で知っていても、いざ自分の目の前に映し出されると、やっぱり迫力があるなぁ)
黒血の目に映るのは、蒼白の円柱の側面に沿って浮遊する無数の石板だ。30センチメートル四方ほどの石板は、規則的に等間隔で配置され、円環を成して並ぶ石板群がゆっくりと回転していた。時計回りに回転する段の上下は、反時計回りに回転し、反時計回りに回転する段の上下は、時計回りに回転している。
《あなたへの『女神の試し』が終了しました。取得する『栄光の石板』を3枚まで選択して下さい》
女神の声音とは違う、涼やかな女性の声が響く。仮想世界でプレイヤーをナビゲーションする音声、システム ボイスと呼ばれるものだろう。
続いて、浮遊する石板の中から、9枚の石板が黒血の前に転送されてきた。それぞれの石板からは、石板の名前などのアイテム情報が記されたホログラムが浮かび上がっている。
その中でも黒血の目を惹いたのは、2枚の石板であった。
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アイテム名 : 軍師の石板
種別 : 栄光の石板
封印数 : 0 / 64
希少性 : 希少(緑)
説明 : 計略系の上位石板の一つ。
古の時代、軍略に長け、王佐の才を発揮した者の魂を封じている。
主に知力・計略系の力を得られる。
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(提示された石板の数にもビックリだけど、やたらアイテム名がカラフルなのは、いいのかこれ)
黒血は、提示される石板の数を2枚か3枚だと想定していた。何故ならば、『Raison D'etre Online』の設定を使って書かれた販促用小説――の割には全世界で300万部以上が売れた――『レゾン・デートル』の中で、主人公たちに提示された石板の数が、平均して3枚程度だったからである。
さらに言えば、小説の中で主人公たちに提示された石板の希少性は、大半が【一般(白)】であり、唯一主人公だけが、【秀逸(青)】の石板を一枚提示されていた。それに比べると、黒血に提示された石板のラインナップは、些か“色合い”に富んだ。小説では、【希少(緑)】クラスの石板は提示されていなかったし、ましてや、【神格(金)】クラスの石板など、全編を通じて名前だけが登場していた程度だ。
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アイテム名 : 神速の石板
種別 : 栄光の石板
封印数 : 0 / 256
希少性 : 神格(金)
説明 : 隠密系の最終石板(正統・速度特化)。
“聖女帝”を支えた“翼将”の一人、“国破り”の魂を封じている。
主に敏捷・戦闘系の力を得られる。
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しかし、黒血に提示された石板の中には、金色に輝く石板があったのだ。