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チュートリアル  作者: 鈴木 一
Episode.002 : Big Battle
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Episode.002-02


[ ――『エレウシス』 日本フラグメント―― 7月26日 21:43(UTC + 9:00) ]


《ところで黒さんは、もう“遺跡”を見付けたかな?》


 青白い月光が、仄かに零れ落ちる木立の合間を、黒血は、堆く積もった白雪を踏み締めながら、一人歩いている。視界の果てまで広がる銀世界の上には、大分疎らにはなったものの、依然として背の高い針葉樹が林立し、森林地帯の形を成していた。

 秘境故の静寂が、辺り一帯を支配しているにも関わらず、黒血の耳元からは、今は離れた場所に居る筈のミュリアの、その好奇心に溢れた声音が聞こえてくる。ウェアラブル デバイスやインプラント デバイスで、音声通話をしている感覚に近い。

 分身アバターに意識を没入させてプレーする『Raison D'etre Online』では、態々キーボードで入力したテキスト メッセージをやり取りするのではなく、直接言葉を交わしてコミュニケーションを取る事もできる――勿論、メール等での文字情報のやり取りも可能である――。話し相手が目の前に居れば、それは自然な事であるが、遠隔地に居るプレイヤーとテレパシーのように音声チャットを行うのは、前時代の人間がすれば、気味が悪いものかも知れない。

 しかし、今の時代、このような通話方法は一般的であり、黒血にも嫌悪感はない。とは言え、当然、通話前には呼び出し(コール)を行い、応答があった場合のみ、音声通話が成立する。


《うーん、今のところは、影も形もないですね》

《見付けるまで帰ってきちゃダメですよ》

《え!?》


 辛辣なリディアの台詞は、当然、彼女の真意から来たものではない。黒血も、リディアの言葉がただの冗談である事は理解していたし、リディアもまた、黒血が今のような軽口で気分を害したり、心を痛めたりする事はないと理解している。彼等は、その程度までには互いを知り、親睦を深めていた。


 黒血が今、リディアやミュリア――僥倖に恵まれ親交を得た、筆舌に尽くし難い程の麗しき女性二人――と別行動を取ってまで、一体何をしているのかと言うと、“遺跡”探しである。

 彼等三人が出会う機縁ともなった“宿命クエスト”『目撃者』において、密談をしていたNPC達は、去り際に他愛もない雑談を繰り広げていた。その中で、この針葉樹林に古代の遺跡が隠されているらしい、とNPCの一人が話していたのを聞いた黒血は、真偽を確かめるべく、単身で探索に赴いたのだ。


《でも、“遺跡”を見付けたとして、さっきのNPCと鉢合わせたら大変だね》

《まぁ、それはそれで……》


 ここが現実世界であるならば、ミュリアの不安も尤もであるが、ゲーム上の仮想世界である『エレウシス』においては、黒血にとって、先程のNPCと再遭遇してしまうようなハプニングは、むしろ歓迎すべき事象であった。そういったイベントは、新しいクエストの端緒となり得るし、万が一戦闘になるような事があったとしても、レベル1である黒血にデス ペナルティは存在せず、ただ“死に戻り”するだけである。デメリットらしいデメリットはない。


《ところで、何のスキルも知識もない状態で、“遺跡”って発見できるんですかね?》

《確かに!》

《うーん、見えない、って事は流石にないと思いますけどね》


 リディアの懸念している点は、黒血も考えていた事である。冒険系のゲームで、何らかの成果物的発見を成し遂げる為の条件として、相応に高められたスキル ランクが要求されるというのは、よくある話だ。しかしながら、リアリティを追求して作られた仮想世界『エレウシス』にあって、スキル ランクが足りないので“遺跡”が見えない、というようなゲーム的演出は、採用されないのではないか、というのが黒血の考え方である。


《でも、魔法がある世界ですよ? 魔法的な何かで隠されている可能性もあるんじゃないですか?》

《あり得そうで怖い……》


 リディアの指摘が示唆する通り、『エレウシス』におけるリアリティというものは、何も現実世界の再現率だけを指し示した概念ではない。『エレウシス』という、俗に言う“剣と魔法”のファンタジー世界を、如何に現実らしく見せるのか。それもリアリティの捉え方の一つであろう。


 小説『レゾン・デートル』に描かれた『エレウシス』の世界は、まさしく“中世ヨーロッパ的なファンタジー世界”であった。

 戦争の主役は、剣と槍を携え、甲冑に身を包んだ騎士であり、多くの騎士は、騎馬に跨り戦場を駆ける。海上では、風を主動力とした帆船が行き交うが、まだまだ海上路は開拓の最中さなかで、物流は限定的であった。

 ただし、ここで一つの注釈を付け加えておくと、“中世ヨーロッパ的なファンタジー世界”というものは、中世ヨーロッパの文明レベルを基準とした世界の事ではない。中世ヨーロッパの文明レベルを基準としながらも、基本的には“何でもあり”――乱暴な言い方をすれば――な世界の事を揶揄した表現である。

『レゾン・デートル』でも、戦争の主役は騎士であったが、銃や火砲といった兵器が投入されていたし、そういった銃火器よりも厄介な戦力として魔法が運用されていた。更に、大半の騎士は馬に騎乗したが、一部の騎士は、ユニコーンだのナイトメアだのといった魔法生物に騎乗し、雑兵を蹂躙していた。海を走る帆船の中には、魔法的な動力を持った船もあったし、人の移動という点に関しては、転送魔法というものも存在する。

 つまり、『エレウシス』という世界では、“何でもあり”なのである。“何でもあり”な『エレウシス』において、発見するに足る実力を持たない人間から、“遺跡”が何らかの方式によって隠匿されているというのは、十分にあり得る話であった。


 そもそもの“遺跡”に関する情報が、広大な針葉樹林の中の何処かに、もしかしたらあるかも知れない、というような至極不確かな噂話である上に、実力の伴わない冒険家に対しては、“遺跡”が隠されているかも知れない、という不確定要素が上乗せされ、益々、黒血の先行きは不透明なものとなってしまった。

 黒血が探索を開始してから、まだ三十分程度しか経過していないが、彼の心は、早くも折れ掛けていた。リディアとミュリアに同行して街を目指せばよかった、黒血の脳裏に去来するのは、そのような後悔ばかりである。


《そもそも、何のヒントもない状態で数十分歩き回ったくらいで、古代遺跡が発見できるのか、っていう所ですよね……》


 自嘲気味に呟いた黒血の耳には、リディアとミュリアの激励の声は遠くに聞こえ、彼の思考はネガティブになっていく。黒血にとって、彼女達の励ましの言葉をしっかりと受け止められなかったのは不幸な事であるが、彼女達の励ましの言葉が“棒読み”であった事を認識できなかったのは、彼にとって幸運な事であった。


 さっさとモンスターに遭遇して“死に戻り”したい、という黒血の願いとは裏腹に、雪化粧を施された針葉樹林は、奇妙な程に生物の気配が希薄であった。人混みの嫌いな黒血でさえも、ゲーム開始地点である石組みの神殿の、あの喧騒が恋しくなる程である。

 ふと、黒血は、自らの肌に纏わる空気が変わったような、不思議な感覚を味わった。精神的な疲弊からか、下を向いて歩いていた黒血が顔を上げると、いつの間にか彼は、針葉樹林を抜け、雪原に立っていた。

 後方には、終わりの見えない森林が広がり、遥か前方には、峻険な山々の連なりが、薄い紫色のオーロラに照らされている。黒血が偶然到達した雪原は、山脈と森林の間隙にある、狭隘な土地であった。

 その真白な空間に一つ、赤茶けた人工物が存在していた。煉瓦のように四角く切り出した岩石を、幾重にも積み上げて建てられた小屋であり、やしろのようにも見える。


《“遺跡”、見つけちゃったかも……》




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