だから何する部活なんだ?
読んで字の如しです。
思わせぶりに話を乱――ではなく、人となりを掘り下げるシーンはいったん休憩。
多分次回が「その3」になるのかな。
未定です。
時間稼ぎしたいのかな。初めに頭に浮かんだ言葉がそれだった。
一仕事終えた東乃先輩は、これから本腰を上げて会長職にいそしむでもなく、いそいそと部活に向かうでもなくゆったりと校舎を歩き回っていた。その傍らで、見学に来た小学生を相手にするように、ここが視聴覚室だとか、向こうの階段を下りて右手にいけば~なんて紹介していた。
「東乃先輩」
「美夜で良いわ」
「……呼べるわけありません」
「あら残念。意外と少ないのよね、名前で呼んでくれる子。〝あづまの〟なんて呼びにくいでしょう?」
畑先輩がいるでしょう、と呆れつつ答えると、くすくすと綿毛に息を吹きかけるように先輩が笑う。なんか何を答えても恥ずかしくなりそうで声を出すのを躊躇ってしまう。ある意味神田先輩に有無を言わさず引っ張られた昨日の方が気が楽だった。
あるいはそれを狙って――
「何の得になるっていうんだ」
ふと浮かんだ考えを、頭を振って追い出す。指先で声をころころ転がすように話しかけてくる東乃先輩は、俺の反応に気づいた様子もなくほっと胸をなでおろす。
結局、部活のことも、先の言葉の意味も、少女のように笑う裏で何を決意してるのかも、聞きだすことができないまま空き教室の一つに連れられるまま入っていく。
そして小さな人影が弾丸のように残像を残して駆け寄ってきた。
恐ろしく軽やかな足音、はずんだ息がすぐそばではじける。
「よく逃げずに来たわね! その心意気、男意気は認めてあげるわっ」
「そうですか」
何故だろう。全く褒められてる気がしない。神田先輩が偉そうに小さな胸で見栄を張ってるからだろうか。
「さすがは美夜先輩っすね」
「何よ? まるで私が迎えにいってたら、遥歌ちゃんが脱兎の如く逃げるみたいじゃない」
「みたいじゃなく、まさしくそうっすよね?」
「失敬しちゃうわ。私だって一度狙ったウサギは巣穴を掘り返してでも捕まえるわ」
「おお、さすがっすね」
窓際で大げさに透け込ます男の声。見る間でもなく畑先輩だ。ついで教室内を確認すると、教卓近くの席で単行本を広げてる眼鏡、廊下側一番後ろでノートパソコンのキーを雪崩のように連打している女性を見つけた。昨日いた部員はすでに集合しているようだ。
はあ、と溜め息を隠すさず、水曜日までと呪文のように心に刻みながら教室の中央辺りに座った。
「じゃあ改めて。遥歌ちゃんっ、キミの使命は今年中に女子部員を勧誘することよ!」
……誰か、俺でもわかるように懇切丁寧な解説をお願いします。
「神田部長? 昨日はうやむやのうちに東乃先輩に丸め込まれましたけど、俺が付き合うのはあくまで来週の水曜までですよ」
更新手続きまでのスケープゴート。監査とか教師の目をかいくぐったら、俺はお役ごめん。そういう契約書一枚で繋がった薄っぺらい関係でしかない。
「何言ってんだ、リョウ。次の更新年までに同級生さそっとかないと、部活続けられなくなるんだぞ」
「部活動の下限は、三条一項、2.所属する部員数は最低六人とし、監督者または、誠実な上級生二名以上が所属し、指導に当たること」
「そもそも俺はここに留まる気ないですから!」
何勝手に話を飛躍させてるんだ!
俺が声を荒げると、神田先輩が玩具を前にしたネコのようにうずうず体を揺らす。そこで感ずいて畑先輩と解説眼鏡の顔を見ると、同じような灯火が目に宿っていた。この人ら……俺をからかって楽しみたいだけか。
「そうね。あけちゃん、決めつけと押し付けで相手を追い込むのは感心しないわ」
「そうは言うけど、こういうのは初めが肝心で、出鼻をガツンと挫いてうやむやに持ち込めば」
「明実部長?」
「わ、悪かったわよ」
「すみませんっした」「口が滑りました」
東乃先輩がブレザーの内側に手をしのばせると咄嗟に手の平を返す部員達。昨日の今日だけど、力関係というか、はっきりとした役割分担がなされてるようだった。
「リョウ君の意思はともかくも、まずは自己紹介からからね。昨日は結局あけちゃんへの説教で時間を潰してしまったから」
床に正座させられた神田先輩を射抜く東乃先輩の冷笑は、思い出すだけで季節を半年くらい先取りしそうだった。
おかげでこちらを向く、柔和な微笑を見ても、びくっと肩を強張らせてしまった。
しかし、何がともあれ、東乃先輩主導で自己紹介が進んだ。名前と学年、趣味か好きなもの、そんな簡単な自己紹介がつつがなく進行する。解説眼鏡――今気づいたが眼鏡かけてねえ!?――と、パソコンにぞっこんしている女性は、それぞれ富海貴志、萌木ヒカルというらしい。どちらも2年生。
自動で姓の由来を語るエアー眼鏡は無視し、俺は萌木先輩の、〝ヒカル〟に当てられた漢字が珍しいなと首をかしげたりしていた。彼女は発言短くすぐにパソコンに向き直ってしまったが。
「ふっふー。どう?」
「どう、て……」
名前と学年と、好きな食べ物を聞いただけですが。怪訝に眉間にしわを寄せて見る先で、神田先輩は口をすぼめ、人差し指を当ててなにやら期待するような目で俺を見つめ返してくる。
「和やかで、愉快な人たちだな、と思いましたけど」
「それだけ?」
「他に何があるんですか」
出会って数分で、個人の自伝を認めろと? 無理です。2行で持てる知識が底を突きます。
けれども先輩の、大きな瞳はきらきらと星屑をちりばめたような純真な色合いをしていた。内側から楊枝でくすぐられたかのようにもごもご動く口や、ぴくぴくはずむ睫を見せつけられると、悪評が頭に残っていることが急に後ろめたくなって、思わず顔を逸らしてしまう。
「キミなら何か見えてくるんじゃないかなって、私の直感」
「なんですか。先輩こそ、人の心を覗く特殊技能を修得してるんですか」
名前の由来も、俺の憤りも、知らないはずでしょう? 心が鼻で笑う。
「あったら、――」
神田先輩が何か言いかけて、半開きの口から漏れてきたのは噛み砕かれた言葉のおがくずばかりだった。この人が、だぼつくともあるんだな。意外だ。
「まあ……なんか、ちぐはぐしてますよね」
漠然と思いついたことを、整理も精査も待たず声が出た。なんだそれ、と言ってから疑念がわきあがってくる。烏合の衆は烏合なりに統一が図れてるように見えるし、人間関係にも滞りはない気がする。
どうしてそんな事を思ったのか、深く突っ込む前に神田先輩が俺の思考を遮って宣言する。
「――さっ、部活開始よー」
「は――、いや、だから。ここは何する部活なのか説明の方が」
「それでね、通学路で出くわす犬なんだけど、常日頃はだれかれ構わずほえるのに、1・2週間に1回の確率でほえないのよ」
「へー、新手の動物占いっすか?」
「違うわよ」
しかし、俺の言葉が終わるより早く神田先輩は畑先輩と雑談に入ってしまう。なんでも、飼い主が糖尿で、奥さんが懇親会に出かける隙に肉を食べる際おこぼれを貰って上機嫌になると何とか。強引過ぎないかとか、むしろ奥さんは夫の間食をあえて黙認してるんではないかとか感じたのだが、畑先輩は特に引っかかりもなくけたけた笑っていた。
「……」
部活って、そんな他愛のない与太話をすることなのか? 伏線はどこにいった。普段ほえる犬がほえない? 置き傘が一本増えていた? 右分けが左分けになってて、眼鏡を忘れた風紀委員長?
なんだそれ。単なる気分による違いや、記憶違いを掘り返して何になるんだ。
「時間の無駄じゃないか」
喉に引っかかるものがないと思えば富海先輩は読書に戻っていたし、萌木先輩は数分前と微動だにしていない。
この部活には統一感意識というものが皆無だった。それだけが、わかった。
春が実った温かい視線を感じて振り向くと、
「やることが見つからないなら、おしゃべりでもしましょうか。今度生徒会で新入生対象企画の評価、反省会を開くの。丁度良い機会だから、新入生のご意見を聞かせてくれないかしら」
東乃先輩がササクレに薬を染み込ませたガーゼを当てるように微笑んで、俺を見つめていた。
よくわからない。波に触られる砂の城のように途端に伏線回収部というものがわからなくなる。
わからないまま、俺は多分この瞬間一歩踏み込んだ。伏線という人のぬかるみに。
「それなら、名乗りの機会を減らしてもらえますか」
「無理ね。そうでしょう?」
はい、そうです。完膚なきまでに頷きながら、東乃先輩の近くに座りなおす。それから特にやることがないので東乃先輩と他愛もないおしゃべりに耽った。




