それぞれの思惑 その1
神田部長とか、部員たちはどうして伏線回収部に集まるのか?
そこを掘り下げれば良いな。。
「〝ハルカ〟て誰よ」
と眉をひそめられながら尋ねられ半ば反射的に、
「俺ですが、何か?」
憮然と答えそうになってしまった。
何とか「ぉ――」くらいで止めたのは、今朝黒季が、女子たちが噂してるとか、嫉妬がどうのとか妙なことを口走ったから。それに初対面で敵意むき出しで睨んできた人たちと話したい気分になれなかった。
「なに? 逆切れ? 意味わかんないんだけど」
言葉を途中で切ったのが逆にガン飛ばすように見えたらしい、一人が歯軋りするように言った。気の強そうな眉に明暗がはっきりとした顔立ち、彼女たちのリーダー格といった感じの人だ。
「私はただ、質問、してあげてるの。あんたは知ってることを話せば良いのよ」
「……なら他を当たってください。俺はスポークスマンじゃないので」
「なにそれ、誤魔化してるつもり? あんたが伏線回収部に入ったのは周知の事実なのよ。まさか、自分の立場がなんたるか、知らないわけじゃないでしょ?」
高圧的な物言い。まるであの部に関わったもの全てが責められるべきという態度は、無性に腹が立った。
残りの女子が俺を囲むように身を乗り出し、口々に言いたい事をしゃべりだす。
「〝ハルカ〝ってだれ? タケ君に手を出そうとしてんじゃないよね」
「いいから、答えなって。別にあたしらはあんたらに関わりたいわけじゃないの」
「あんなとこさっさとつぶれて、タケくん開放してくれりゃ良いのにさ」
「そうそう。邪魔なの。日本語理解できるよね?」
理解できねえよ。
あんたらが神田部長たちの活動をよく思ってないのは態度や悪口でわかる。原因が畑先輩がらみだってことも声に出ているから察しがつく。
けど、込み上げる疑問には自問自答しても答えが見つからない。
伏線回収部を非難したいならすれば良い。陰口だろうが、神田部長に直接文句を言うなり、教師をけしかけるなり勝手にしてくれ。
むしろ告白すれば良いじゃないか、畑先輩本人に。
私だけを見て、あの部から足を洗って。そうやって懇願して、なおも先輩が言う事を聞かなかったとしても、それは当人同士の話だろうが。
相手の嘲笑が発音記号か何かに聞こえて、はっきりいって気持ち悪い。
俺が笑われてるわけでも、〝ハルカリョウ〟が非難されてるわけでもない。
俺を通して罵倒されてるのは神田部長だ。畑先輩を理由にして否定してるのは伏線回収部だ。彼女達は死ねとか消えろとか、残酷なことを残酷とも自覚せずに言い募る。
「……何も知らないくせに」
聞こえないように小さく呟いて、俺は彼女たちを押しのけて通り抜ける。なにやら呼び止められたり、肩を掴まれたがが無理やり振り切る。体裁や噂なんて知ったことか。
ようやく外に出ると、日差しが強くなり、汗だくの肌を更にジリジリ焼かれた。暑い。
目を細くしながら食堂の方に歩いてくと、自販機の下を覗き込む男子生徒を見つけた。
初めは無視して通り過ぎたが、「あれ、ここだと思ったのにな」など呟く飄々とした声に聞き覚えがあって、胡乱な目で彼を改めて見つめた。
「……なにやってんですか、畑先輩」
アスファルトに頬をこすり付けるように地面にか顔に近づけ、純粋に自販の下を覗き込んでいるのは、間違いなく畑先輩だった。
「ん。その声ハルカか」
「その呼び方は止めてください。それで何してるんですか」
「ああ。探し物……、かな?」
「なんで疑問系?」
「んー。落としたのは間違いないんだ。だけど、どこに落ちたかよくわかんねえの。やっぱ奥は見えねえな」
そう答える先輩は、落ちた小銭を必死に拾おうとする小学生のようにしか見えなかった。
食堂に向かう男子のグループや、俺と同じように自販機で飲み物を買いに来た女子が、先輩の姿を認めると、なぜかその後に俺を見て、じと~と咎める様な白い目になる。
俺はただ知り合いに声をかけただけなのに。
「先輩、何が飲みたいですか」
「ん? おごってくれんのか? ラッキ~」
先輩がもぞもぞと立ち上がって、少し煤汚れた顔でにんまりと笑った。
「まさか、狙ってやったんじゃあないですよね」
「何言ってんだ。優しい後輩の厚意には素直に甘えるだろ」
「……普通、裏があるとか思わないですか?」
「ひねくれてんな、リョウは。性悪説の信奉者か? あ、宇治金時サイダーな」
「先輩のセンスに言われたくない!」
俺が陰鬱顔で再び自販機と向き合うと、横で笑みを苦笑に返る先輩がちらりと映った。
いいように使われてると、情けない気持ちになりながら天然水ソーダのボタンを押す。
「サンキュ、リョウ」
「どういたしまして……ていうか、何気に呼び方が変わってる」
そのさり気もない気遣いがこの人の本質なんだろう。考えてみれば、昨日連れ込まれて不安だった俺に気を使ってくれたのは畑先輩くらいなものだった。
「先輩は人に好かれる人ですね」
「そうでもねえよ」
「けど、さっきだって、先輩がらみで嫉妬した女子が――」
勢いで口走り、瞬間にしまったと手で口を覆った。
返ってきたのは道化の仮面をはいだような、湿っぽい独白だった。
「俺が部長に引き抜かれた時、色々ごたついたんだよ。だからきっと気持ちの整理ができてないんだ」
「……いろいろ」
「そ、いろいろ。俺を知ってる連中からすれば、サッカー部の超新星で、ムードメーカで、将来も有望な畑丈盛をよその女にたぶらかされたって気分なんだろう」
「は? 意味がわかりません」
サッカー部? 超新星? たぶらかされた? それに、なんていうか、何でそんな他人行儀なんだ?
「どういう意味ですか、それって神田先輩が無理やり……」
先輩の顔を見上げて、びくりと心臓がはねた。先輩は降りしきる落ち葉のよう淡い笑みを浮かべていたからだ。まるでそれ以上は言ってくれるな、と切望するような切ない表情。
それが、畑先輩自身の事情からなのか、神田先輩を悪く言われたくないからなのか、俺には判別できなかった。
「お前はどう思うんだ?」
「俺は……」
どうなんだろう。俺が廊下で絡んできた三人と何か違うのだろうか。今朝の男子達と何が違うんだろうか。……黒季のようにはっきりと主張できるのだろうか。
「わかりません」
何が……と自問自答しかけたとき、先輩は今までのように爽快な笑みを浮かべた。
「ふはは。リョウは優しいやつだな」
意味深に笑って先輩は背中を向ける。
その背中にはこれ以上関わるなと突き放すような気持ちと、追いかけてくれれば嬉しいなという思いが混ざったような、よく分からない寂寥感が現れていた。飄々とした中にも、あるいは押さえ込んだ弱さや、知られたくない傷跡があるのかもしれない。知らないのは俺だって同じだ。
だけど、俺にどうしろっていうんだ。
そのまま立ちつくしていたら、暑苦しい太陽に熱せられて、頭が湯だって溶けてしまいそうになった。体も火照り、ぼたぼたと汗が流れ落ちる。
プルタブをカポっとあけて缶を煽る。
校舎の屋上に人影を見つけた瞬間、はじける炭酸に耐え切れず思いっきりむせた。
妙な伏線をふっかけて続くっ。