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伏線の行方  作者: 学無
13/13

畑丈盛の場合 1

~前回のあらすじ~

 ついに涼がキレたっ? 琴葉に端を発した大沢と倉敷の口論。琴葉の内面をないがしろにしていると感じた涼は、2人のやりとりに怒り心頭に発し、ついにどろどろとした感情を吐き出した。

 涼の本性を垣間見た、というより、むしろ始めに口を挟んだ神田先輩はいつの間にか姿を消していた。再び部活にやってきた彼女は平常と同じだが、確かに何かが動き出していた――


と、もっともらしく文字稼ぎをしつつ本編開始です。

内容は、タイトルどおり個人ルートスタート?みたいな感じです。

 部室に顔を出すと部長はいつもとどおり気楽に挨拶をかけられた。昼休みに騒動なんてなかったみたいに、飄々とした明るい表情だった。

「部長、昼間はいつ自分の教室に戻ったんです――」

「さて、はるかちゃんも来たことだし、部活始めるわよっ」 

 話を振ろうとしたら、咄嗟にかわされた。縦横無尽な部長の態度としては普通だが、事情に両足突っ込んでる俺から見ると、不自然に見えた。明らかに話を逸らしてる。部長なら面白おかしく誇張して切り出す類の騒ぎだったんだが。よくわからない。

 考えてる間にも部長は畑先輩と話し始めて、笑っていた。幾ら俺が彼女を見つめても、視線一つよこさないので、なんとなく片思いに焦がれる高校生みたいな妙な気分になった。気の迷い、ここにいたまれり? 違うか。

 妙な考えは保留。俺もいつも通り、窓際の定位置に収まった。違和感なく”いつも通り”という言葉を自分に使ってることに自分でも驚く。

「お昼、何か問題があったのかしら? 私の方には特に報告は上がっていないのだけど」

「いいえ、東乃先輩。些細なクラス内騒動です」

「そう。そこにあけちゃんが闖入したということかしら」

「問題を俺に丸投げして、気づいたらいなかったですが」

「ご苦労様」

 東乃先輩は夕焼け間近な空模様のような柔らかい笑みを浮かべねぎらってくれた。

 それはそうと、と表情を切り替えて東乃先輩は机の上に視線を流す。今日の講義を始める合図だった。予定では数学。二次方程式の解法の復習だ。自習用のノートを取り出すと、東乃先輩が参考書を広げた。

「まずは、この問1と問4、それと次のページの問7を解いてくれるかな」

「わかりました」

 無作為に選ばれた問題は、難易度がステップアップしていて、俺の理解度がどの程度まで達してるか確認するものだった。そのあたり、東乃先輩はそつがない。目標を定めず、かき乱すだけの誰かさんとは大違いだ。

「けれど、あけちゃんが途中で投げ出すなんて珍しいこともあったのね。詳しい事情を聴いてもいいかしら?」

「それは生徒会長として、ですか? それとも個人的?」

「もちろん両方かしら」

 欲張りな発言を東乃先輩は悪びれる様子もなく口にした。からかう雰囲気がひしひしと伝わってきて、俺は問題に集中するふりをして憮然と答えた。

「何もなかったですよ」

「そう。興味はそそられるけど、それはじっくりと切り崩していこうかしら」

 そう呟く東乃先輩の表情は歳相応に嬉々と輝いていた。

 こう言う表情を見られるのは役得なんだろうな、とぼんやりと思う反面、あの表決の目で攻略されてしまうのかと想像しただけで怖気が走った。そんなことをしていたら、畑先輩がこっちに来た。

「いいっすね、その表現。まさにこれから核心にせまるって感じがするっすよ」

「そう思うなら替わって下さいよ」

「んー。それはそれで面白いかもだな」

「ふふ。確かに難儀な相手よね。タケ君は表情が読めないから」

「はは、美夜先輩にはかなわないっすよ。それに俺は、いかんせん部長一筋ですし」

「あら? ほかの子を好きになってる姿が好きだから、という理由で始まるのは恋の醍醐味の一つだと思うけど」

「美夜先輩と部長を取り合うきないっすよ」

「そうね。痴情のもつれは想像上だから見ていられるものね」

 ふふ。あはは。2人ともにこやかにしてるんだが、心なしが危ない橋を叩きながら渡ってないですか、この会話。傍から見ると冷や汗ものなんですか。なんか、2人の背に妙なオーラが漂ってません? 幻覚ですよね? そんな風に不穏な対立を見た俺は、話の方向をかえようと口をはさんだ。

「そ、そういえば、畑先輩は」

 ――どうして複線回収部に? と口に出しかけ、直前で曖昧に崩れていく。東乃先輩にも同じ質問をした。けど結果、見事にはぐらかされただけだ。事実の側面には触れた気分は、瞬く間に冷めていった。あの時、確実にシャッターで何かを隠された。だけど俺にはシャッターをこじ開けて中を除く勇気はなかった。先日だって自販機の前で畑先輩にまんまと誤魔化されたしな。

 言葉が途切れたせいで妙な空白が生まれる。畑先輩は人懐っこい笑みを浮かべて、東乃先輩は薄く笑んで俺の言葉の先を待っていた。

「なんでもないです」

 取ってつけた誤魔化しの台詞に、しかし、2人とも何も追求しなかった。




 ほんと、畑先輩も東乃先輩もあの部活に所属してるのだろうか。固執してるわけではない。かといってどうでもと思ってるわけでもない気がする。自然と足が向く。下らなくも暖かな時間。互いが必要以上に干渉することはなく、時間になれば集まり、時間が過ぎれば解散する。

 そんなあっさりとした時間が、伏線回収部の本質なのかもしれない。

 誰彼構わず傷を引っ掻き回すのではなく、相手が自然に話せる空気を作る。だとしたら、悩みがないことが悩みと本気で口にしそうな畑先輩も、何か抱えてるものがあるのだろうか。




 なんて考えていたら、まんまと伏線を引っかけてしまった。

 昇降口で靴を履き替えてる時だ。最近ではすっかり見慣れてしまった三人組が立ちふさがっていた。不機嫌に眇めた目でこちらを睥睨していた。同じ一年生は彼女らを邪魔そうに舌打ちしながら脇を通り過ぎていく。

 俺も彼らに習いたかったんだが、脇を通り過ぎようとしたら、三人組は隊列を変えず横にずれた。

「何か、用でしょうか」

 一応伺いを立ててみる。それに対して、三人組の真ん中、気の強そうな目を一際鋭くした岡野さんが不遜に口を開いた。

「あんたねえ。何度も言わせないでくれる? 昨日、タケ君に不貞を働くやからがいなかったか報告しなさいよ」

 不貞を働くも何も、空き教室でだべってるだけ部活中に何が起きるって言うんだか。しいて言えば、東乃先輩と怪しい会話をしたが、それをいってしまえば面倒そうなので口をつむぐ。

 しかし、一人が口を開けば連鎖的に隣が調子付くのが人の性質である。リーダの一声に派生して、腰ぎんちゃく1――細身で伸びたおかっぱ頭の女子――が、ひょっとこみたいな口で言い募った。

「そうそう。あんたが”ハルカ”なんてやっこしい名前してっから、あたしら恥かかされたの。忘れたとは言わないわよね」

「どー責任とってくれんのさー」

 癪に障るきんきん声が睫バッシバシの顔を詰めてくる。引っ込め腰ぎんちゃく2――金髪ウェーブに過剰な化粧を施した女子――。責任も何も、他人の勘違いまで責任持てるか。訴えるなら、こんなやっこしい苗字を定めた江戸時代のお偉いさんに言ってくれ。そして2度とかえってくんな。

 心象の悪い相手を前にして、俺の心がどんどん荒んでいく。教室ならまだ良いが、こんな公衆の芽があるとこでめったなことはしたくない。そのため、俺は勤めて平静な声色で答えた。

「俺は、畑先輩の弁護士でも、スポークスマンでもないんで、他を当たってくれますか」

 そんなに気になるなら、伏線回収部に入れば良いだろ。まあ、入ったら入ったで、部長との確執と自尊心のせいで2日と持つかは保障しかねるんだが。もしこの人たちが後輩(彼女らの派閥の一年生)をスパイに送ってくれれば、少なくとも入部者のことで悩む労力が軽くなる。

「畑先輩が心配なら、本人に告白すれば良いじゃないですか」

 深く考えず口に出すと、腰ぎんちゃく2人の目がつりあがった。

「そんなのできる訳ないじゃん!」

「そー、そ。今の関係壊して、それで振られたら日の目も見れないでしょうが! あんた、責任もってタケ君より良いとこと紹介できんの?」

 耳まで真っ赤になって、怒ってるというよりひどく狼狽してる感じだ。陰険ぶるわりに、純粋なんだよな。女子ってわかりにくい。

「里奈、奏、落ち着きなって。話が進まないでしょ」

「けどさっ。本当のタケ君はあんなごみダメにいて良い男子じゃないのは、美紀だってわかってるじゃん」

「そうそう。ぜーーたい、あの顔と表面だけの悪女とか、騒ぎまわるしか能がないサル女に唆されてるの」

「そういう思い込みで恥かいたばかりでしょ。だからこうして逐次観察するって決めたんじゃない」

 おや、岡野さんが献身的な意見を出している。他の2人と比較して冷静そうだ。これなら話し合う余地が、

「というわけで洗いざらい話しなさい。1分、いえ、1秒たりとも漏れが合ったり、間違いが起きてたら。あんたの首を晒すから」

 全くもってない。リスク高すぎ。1秒の重みが自分の命って、どんなハイレートなんだよ。取引に応じた時点で負けだろ。

「あのですね、だから俺は四六時中畑先輩を監視してるわけじゃないので、そんな1秒刻みで何かしらとか無理ですから」

「ふん。使えない男。昨日の昼間はクラスの不良に楯突いて、はったおしたなんて話なのに、とんだへたれね」

「……事実無根の噂を根拠にされてもな」

 俺は相手に聞こえないくらいの声量でぼやく。楯突いたのは部長だし、決してはったおしてはいない。

「何か言った?」

「いいえ。仰る通りです」

 棒読みで答えると、岡野さんはふんと鼻を慣らし、苛立たしげに腕を組んだ。

「まあ、いいわ。あんたに期待なんて、端からしてないし。けど、タケ君に変な虫がつかないよう、あんたなりに尽力しなさいよね。露払いくらいにはなってもらわないと、あんたの存在価値も知れるわ」

「……勝手に人の価値を決めるなっつの」

「不満そうね?」

「いいえ。仰る通りです」

「あんた、虫けらの癖に私を馬鹿にしてるでしょ」

 あんたの方が馬鹿にしてるよな! 面倒ごとは簡便だから口には出さないけど! 叫びたい気持ちを抑えて項垂れる。そんなことないですよ、とぼそぼそと弁解する。高慢なため息がもれ、品性のない揶揄が2つ飛んでくる。

 話はこれで終わり、と3人はようやく離れていく。顔を上げ、それとなく彼女たちの姿を認めた。顔を背ける束の間、ほんの2秒ほど岡野さんの表情を見た。

 ひどく切なげで、自分の無力さを悔いるような視線の強い表情だった。

 え、と信じられず瞬きする。それから、自然と独り言が口を叩いて出た。

「どうして畑先輩に、そこまで固執するんですか?」

 誰に向けられたわけでもない言葉に、1人、はじかれた様に振り返った.


 

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