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伏線の行方  作者: 学無
11/13

それぞれの思惑 その6

琴葉とリョウ、その関係を明らかにする前半戦

……という位置づけにしようかなと思ってます。

 朝学校に来て、思わず『げ』と苦いつばを飲み込んだ。

 案の定、半日もかからずに『会長が遥歌涼に告白し』たとかデマが騒がれてたわけではない。むしろ、珍しく目覚めがよく、いつもより30分も早く登校してきたために廊下や教室に人がいない。窓の外から運動部が威勢のいい掛け声を張り上げてるが、対照的に教室は静まり返っていた。

 いや、正確に言えばこの場には俺ともう一人――琴葉がいた。

 …………。

 お互いに無言だった。黒板に日直の名前を書いていた途中である琴葉は、いつものように愛想がない顔でドアを開けたまま立ち尽くしている俺を憮然と睨んでいる。琴葉としては急な訪問者に驚いて見つめているかもしれないが、対面してる立場からすれば、余所者を見るような冷たい目をしている。

「あー、おはよ、琴葉」

 どうにか、挨拶をかける。

「おはよう。今日は早いのね」

 まるで俺が部外者と揶揄するような冷ややかな挨拶。俺は曖昧に頷くしかなかった。。

 いたたたまれないというか、気まずい空気が俺と琴葉の間に滞った。

 俺は前髪を掻き毟ったり、視線を泳がせながら会話のネタなり、きっかけなりを探してみたがとうとう見つからない。会話の流れを汲めば、俺がこの時間に登校してる理由を話すべきだ。だが実際特段の理由はない。たまたま早く起きただけ、ああそう、と一交代で会話は終了。

 思えば、平均しても7時15分に目が覚める俺が、6時に目が覚めた時点できな臭いものを感じるべきだった。

 何もやることがないから、無頓着に登校してみればこれだ。何の巡り会わせだ? 会長に琴葉のことでからかわれた次の日にばったりってあんまりだ。それに気まずいのは、伏線回収部に入部するって決めた放課後の会話が妙に頭に引っかかってることもあった。何で、琴葉ははっきりと反対と突きつけたのか。あの時は中学時代の俺がそうだったように、義憤から自己満足にお節介を焼いたのだとか、部長に付け込まれるきっかけを作ってしまったことを気にやんでるのかと無理やり納得させた。

 けど、なんだろうな。改めてあのときの事を思い出すと、胸がもやもやする。

 琴葉は突きつけてきた言葉は、もっと純粋で、まっすぐ俺に向けられていた気がする。なのにこいつの考えに至らないのは、俺の勘が悪いからなんだろう。

 琴葉にとって俺は何なのか。それがわからなくて、考えれば考えるほど、今度は俺にとって琴葉は何なのかという溶けない命題に突き当たって思考が止まる。

 そんな堂々巡りをしてることが気取られたくなくて、ここ数日、俺は意識的に琴葉とは関わらないようにしていたのだった。

 だいたい琴葉こそなんでこんな早朝に――て、こいつはクラス委員長だからか。こうして日直の名前を書いたり、教師からの連絡事項を確認したりとか委員長仕事に勤しんでたのかな。だったらねぎらってやるべきかな。

「琴葉こそ、朝から仕事熱心だな」

「別に、任された仕事をそのままこなしてるだけだから」

 琴葉は止まっていた手を動かしながらことなげに答えた、。かつかつと小気味よく引かれていく線を、俺は無気力に眺める。

 止めはねが堅苦しい、生真面目な琴葉らしい字だな、なんてぼんやりと感想を抱いた。

「私が書く文字に何か不満があるの?」

 かつん、と殊更澄んだ音が響き、琴葉が視線をよこした。声色同様冷め切った、不機嫌を隠そうともしない邪険な目に思わずため息が漏れる。

「いや別に」

「嘯く割にはじっと私の字を睨んでいた。大方、愛しい会長の字と見比べていたんじゃない? 角ばってるとか、女らしくないとか、不愉快な感想を抱いた」

「……何でお前がこれの心の声を代弁してんだ」

 しかも断言口調、まあ半分正解なんだが。

「俺は睨んでねえし、会長と俺がつりあうわけねえだろ。俺は高望みはしねえの」

「そう」

「つか、自分の事に関して過小に忌避すんなよ。文字だって、まっすぐ筋が通ってる感じが琴葉らしくて悪かねえよ」

 額を押さえ、思いっきりため息をついて言ってやる。正直フォローになってない。

 わかってる。俺は口達者ではないし、畑先輩のように相手を不快にさせないような笑いに換えられる人間じゃない。

 いつも自己嫌悪と諦観を頭の両端に構え、その間で鬱屈してるのが俺だ。平々凡々が良いなんて言い訳は、結局のところネガティブなことを考えなくて済むから使ってるだけだ。

 理不尽な噂に踊らされることも、からかわれることも、どうでも良い。

 ただ俺は、現実と向き合うのがどうしようもなく嫌なのだ。何もなせない自分を、なそうと粉骨砕身しない自身の怠惰を、俺は真正面から受け止めることなんで出来やしない。

 ぽろぽろと話し声が聞こえて来た。恐らく登校してきた同級生か何かだろう。

「……まあ、気を詰めるのも大概にしとけよ」

 なんとなく琴葉と二人でいると子を見られたくなくて、俺は咄嗟に自分の感情に蓋をすると、指摘に振り返った琴葉の背中を通り過ぎた。




「リョウと委員長は馴染みの仲なのか?」

 昼休み、いつかと同じくフェンスに背中を預けていた黒季が、空の向こうに投げかけるように言葉を発した。隣でしゃがみこんでいる俺は、地面に視線を落としながら聞き返した。

「何でそう思ったんだ?」

「なんとなく、そうじゃないかと思った。リョウが委員長以外で、下の名前で呼び捨てにすることを見たことないから」

 黒季は涼しげに、持論をひけらかした。また、黒季の”なんとなく”かと思う。

 空を埋め尽くす分厚い雲のおかげで照りつける暑さはないが、とはいえお世辞にも涼しいとは言えない。空気が湿り気を帯び、体温が皮膚の表面で発散しきれず滞ってる感触がなんとも不快だ。夏の到来、とまではいかないが、夏に向かっているという兆しは気温と気候に表れていた。

 辺りがどんよりと仄暗いのせいもあって、陰鬱になる気分を自販機で買った炭酸飲料で喉の奥に押し込む。

「中学が一緒なんだよ」

 俺は端的に答えた。少しぎこちない笑みになってたと思う。

 そうか、と黒季は何事もなかったかのように言葉を飲み込んだ。実際黒季には何もなかった。あったのは俺の中だけで、俺が抱えてる後悔や卑しい思いも全て俺の中で完結している。琴葉本人だって関係ない、唯の自己嫌悪だ。

「いつか、抱えてるもん全部、包み隠さずに話せる時がくんのかな」

「……さあな」

 黒季が空に向けてはいた息は、コーヒーの匂いがした。



 教室に戻ってくると、なにやら不穏な空気が漂っていた。

 友人同士の集まりが、教室の端に選り分けられたようになっている。それで皆気が気じゃない表情で、ちらちらと教室中央の様子を伺い見ていた。

 視線の方向は大体俺の席がある方向に向いていて、いやな悪寒が背筋を張った。

 また神田先輩がらみか? 俺はとっさにそう思い当たる。最悪のケースとしては神田先輩が東乃先輩を伴って、「自慢げにこのミヨが噂になってるはるかちゃんの嫁よ!」なんて事実無根を胸張って自慢してる光景だ。まず間違いなく、嫉妬に狂った男子全員が牙をむき、俺に明日はない。

 とはいえ、さすがにそれはないだろうと3流ギャグマンガな展開を否定する。

「アレは、大沢と、倉敷か。またどうにも妙な組み合わせだな」

 俺の隣で、同じく教室の違和感に足をとめていた黒季が冷静に言う。

 大沢と倉敷ねえ。……全然顔が出てこない。最近は高夏とか絡むことが多くなったとはいえ、未だに教室での立ち位置が定まっていない俺は、クラスメイト(?)の名前がかなりうろ覚えだ。まともに覚えてるのは、黒季と琴葉くらいなもんだろう。

「何度言ったらわかんの? あんたのその無駄に大きくがちがちの頭は、ゴミだめをかき集めて作られてんのかしら?」

 と、きんきんと頭に響く高い声が騒ぎ立てた。

「てめえこそ、アイシャドーがクマみたいになってんぞ? はは、自分を着飾るのに必死で、男が逃げ出すほど化けもん面になってんのが見えてねえよな」

 対して雄雄しい、野性味溢れる野太い声が卑屈な笑い声を上げた。

「はあ? それとこれとは関係なくない? つか普通ーにかわいんですけど」

「は。鏡見ろ。いや、無駄か。てめえに審美眼なんざ、すでに腐ってるしな」

「ありえない。腰ぬけで粋がってるだけの草食男が調子にのんなっつの。この前だって散々西倉先生のこと、時代錯誤の老いぼれとか、根性でがんばれしか言えねえ腐れ教師とかののしってっくせに、授業態度が悪いて呼び出されたとたん、へことこと頭下げまくってんの、なさけな。かっこわる過ぎて、同じ年とも思いたくないって」

「うっせな。授業中に当てられた問題がわかんねえて逆ぎれして、馬鹿の一つ覚えみたいに不貞腐れてる腐れびっちには言われたくねえな。オレは少なくとも、他人に迷惑はかけてねえからな」

「はあ? 迷惑だっつの。同じ教室、同じ空気吸ってるだけで気分が悪くなんだから。じゅーぶん公害だっつの」

「だったらてめえも同罪だ。いつもふんふんと化粧と香水の臭いを撒き散らしやがって、お前こそ、異臭発生源だって自覚もてよ?」

 顔を凄めてガンを飛ばす大柄の男と切れ長の目をすがめた勝気な女がもめていた。男はブレザーの上からでもわかる筋肉質の体つきをしていて、髪は剣山のようにとげとで敷く尖っていた。人目で不良とわかる容姿で、ぎちぎちと今にも相手の女を食いちぎらんと歯軋りしている。

 一方女は、明るい茶髪のオールバックをカチューシャで止め、制服をだるく気崩している。胸元にきらりと銀のチョーカーが光る。顔はとにかく派手だった。くるりと持ち上がった付けまつげ、目元のアイシャドー、耳には埋め込むタイプのイヤリング。唇はグロスでてかり、肉厚の唇は不愉快極まりないと口角を持ち上げ結ばれていた。

 二人は周囲に人がいることを無視して大声で罵り合っている。他の生徒が怯えたり、嫌悪してるのはそのためか。

「黒季、……あの二人の間に俺の席があるように見えるのは気のせいか?」

「倉敷が腰掛けてるのが俺の席だな。間違いなく」

 腰掛けてるのは勝気な女の方。つうことはその右隣にある席は俺のか。……認めざるをえないらしい。

 どうして俺の席をはさんでもめてるんだ? 作為か? 嫌がらせか? 無意識の行動だったら、たちが悪すぎんだが?

「何があったんだ?」

 俺が項垂れてる間に、黒季は適当に近くの生徒に事情を聴いていた。それとなく聞き耳を立てる。

 わかったことは二つ。

 勝気に相手を見下す女が倉敷で、野犬のようにしか獰猛そうな男が大沢(確定)。

 口論のきっかけは大沢の一言で、わざわざとって聞かせるような独り言を聞き捨てならなかった倉敷が食って掛かって今の状況になったらしい。

 今の状況とは倉敷と大沢は互いに罵りあい、貶めあうというもの。

 んで、口論の火蓋となった一言を言うのが、

『ざけんなよな、桂の奴。良い子ちゃんぶって教師にケツを振りまくってよ』

 というふざけた内容だった。

「そうか。わかった、すまないな」

 黒季は話を聴いだした生徒に低い声で礼を言った。礼を言われた生徒は小さく口を開けたままほんのりと色めいていた。だが肝心の黒季の方は特段気にした風もなく、俺の腕を掴んで勇み足を踏み出そうとしたところを引き止める。

「止めておいた方が賢明だな。倉敷や大沢たち()見たところ随分と頭に血が上っている。無為に横槍を入れても火に油を注ぐだけだ」

 黒季は冷静に諭してくる。黒季の顔を見ると、俺を身すめる黒い瞳の奥に存外強い意志が点っていて、気がおされた。怒り、とは違うが、ガスバーナーの青い炎のような静かながら激しく燃焼している。

 そこで初めて、クラスメイトが黒季を過剰に大人びている理由がわかった。

 黒季が発する威圧感は半端ない。厳粛にして静謐。無為な言葉や下手な言い訳は、口に出すこともはばかられる。恐らく、俺たちとはつぎ込んできた時間の密度が違うのだと、一瞬にして全身が震え上がって黒季の空気に飲み込まれてしった。

「わかってる。俺はまだ冷静だよ」

 視線を逸らしてようやく声と発した。

 実際には冷静でもなんでもなかった。理性は一瞬に吹き飛んで、意識は大沢に掴みかかっていた。大沢の胸倉を掴むと同時に握りこんだ拳を頬に入れる。そのまま床にもつれ込んで、マウントポジションで締め上げることしか頭になかった。そんな一方的な暴力が、体格さの大きい大沢に使えるなんて、普段なら思い浮かべた自分を鼻で笑って一蹴する妄想を、この瞬間俺は行動に起こそうとしていた。

 誰のためでもない。一過性に湧き上がった憤りを収めるためだ。

「他人の誹謗中傷に憤りを覚えるのは良いとは思うが、そのために身にそぐわない行為に及ぶことは誰のためにもならない」

 黒季が独り言みたいな雰囲気で言った。

 そうじゃない。他人のためとか大層なことは考えていない。否定するべきだったが、否定できなかった。都合よく勘違いされてるなら、それに乗っかって言い訳にしてしまえば良いじゃないか。俺の卑怯な部分が唆す。違う違わない違うっ違わない……悶々と自分同士で押し問答をして、俺は食み出した憤りを固く握りつぶした。

 大沢と倉敷は俺の葛藤なぞ知るよりもなく、相手に泥をなすり続けることに執心していた。

 見た目、素行、私生活、あらゆることから罵倒できる要素を見出しては懇親の罵詈雑言を相手にぶつける。

 琴葉という要素が欠落くていることに、二人とも気づくそぶりはない。

 いい加減にしろ。そいつをけなしたいなら、貶めたいなら、下劣に罵りたいなら、当人の目の前で気が済むまですれば良いだろ。お前らは何がしたいんだ。結局散々相手を罵倒して、時間切れでしぶしぶ引き下がったら、お前らは真っ先にどうするつもりだよ。

 こうするんじゃないか? 『さっき琴葉のことでもめて』とか、原因だけを掘り起こすんじゃねえのかよ? だしに使った人間を、あたかも諸悪の根源のように取り上げるんじゃねえのかよ!


「いい加減にしなさいよ!!」


 今にも叫びそうになった瞬間、剣呑な女の声が教室にとどろいた。

 咄嗟に自分の心の声が発露されたのかと思って、口を押さえた。

 教室は嘘のように静まり返った。罵り合っていた二人の生徒も、それを遠巻きに様子を伺っていた生徒たちも声を失い、声の主に視線を向けるのが空気でわかった。突然の闖入者を奇異と、怪訝で見舞う。

 しかし、一向に視線を感じない。その時になって初めて、先ほどの一括が俺の声でないことに気づいた。そもそも声の質が違うのだから、たがえることはありえない。

 じゃあ誰だ? 疑問視を浮かべ、最後に俺が声の主に視線を注いだことで、教室にいた全員分の視線を張りのない胸が跳ね除ける。

「神田部長……?」

 疑問が晴れたはずが、余計に頭が混乱する。

 どうして部長がここにいるんだ? 俺を呼びにきたのか? それともたまたま廊下を歩いて騒ぎに気づいた? 最近しょっちゅう俺のクラスに来てこと自体が、この騒ぎの伏線だったとでもいうのか?

 とにかく、部長は何がしたくてここに至り、他人の口げんかに横槍を入れたんだ?

「かん、だ……? なんで、部外者が俺らの喧嘩に口を挟んできやがんだ?」

「部外者ではないわ!」

 怪訝に顔をゆがめる大沢に向かって、部長はさも当然のように断然した! 

 あまりにきっぱりというものだから、直接関わってない倉敷も唖然として思わずのけぞっていた。

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