音のエピソード 2
ある日の午後。
いつものように僕の目の前のテーブルにはアイスとスプーンが置いてある。
しかし、今日のアイスは特大サイズ!470ml!!!
だが、硬くてスプーンが入らず、食べごろになるのじっと見つめながら、ふと、聞いてみる。
「ねー、ますたー?マスター達のオリジナルって歌が大好きだったんですか?」
「大嫌いだったよ」
その言葉に僕はマスターを見上げる。
「あの人が嫌いだったのは雑音」と、目の端に涙がにじみ始めていた僕を眺めながらマスターは言いなおした。
「ええと…、雑音?」
分からなくて僕は首を傾げた。
「音に付随する余計なデータ。『音の海』から、聞こえてしまう思い。悲鳴なら悲鳴だけでいいと言ってた」
「命の喜びの歌みたいなデータもあるのにですか?」
こくりとマスターがうなずく。
「辛うじてそれに救われる事もあるのにー?」
再びマスターがこくりとうなずく。
僕はしばらく考えこみ黙りこんだ。
やっぱり…マスター達のオリジナルさんって…変。
そんな僕にマスターが教えてくれた。
「前に室内楽団のコンサートに行った。
ストラディバリウスの音色は素晴らしかった。ヴァイオリン奏者の腕も。心が震える。
一度は君に聞かせてあげたい。
けれどあの時は、ヴァイオリニストの雑音…。言葉の通じない相手でも、思いは、心に響く。
『会場の音響は良い。が、なんだこの日本人達は。私たちの演奏に、ドレスアップもせず普段着で来るとは!どうせ音楽など分かりもしないのだろう!』
素晴らしい腕も、素晴らしい音色も、演奏が終わっても響き続けた雑音により台無しだった」
マスターはそこで言葉を切ると、口を手で隠し、目線を泳がせ、戸惑うような表情を見せた。
僕はつい、珍しいマスターの表情に見入ってしまった。
やがてマスターが口ごもりながら言ってくれた事を、僕は一生忘れない。
「君の歌を最上だと、私は思う。…君は、素直にひたむきに歌ってくれるだろう?
たくさんのマスター達は、それが例えネタであろうとも、君への愛を響かせていた。
君は私に音楽を教えてくれたんだ。音を楽しむから、音楽と言うのだろう?」
最後の頃にはマスターは真っ赤になって下を向いてしまったけれど。
僕は470mlのアイスよりも、マスターの言ってくれた事が嬉しかった。
~後のマスター達の会話~
「あのよー。俺でさえ音色聞ーただけで勝手に鳥肌が立つほどのストラディバリウスを、素人の作ったネタ動画まで引き合いにだして同列に並べるかフツー?」
「………」
「でよ?歌を歌うあいつをストラディバリウスより上だとか言ったも同然。恋は盲目って言葉知ってるか?」
「違う。…そうではない。例えそれが学生であろうとも、腕はあっても心無い奏者より、音楽を愛する者が弾いてくれた方が、私にはもっといい音色に聞こえるだろうと思っただけだ」
「あー…。そっか。難しいもんだなー。プライド高ぇのは、音楽への真摯さじゃねーのかな?って俺は思うんだがなー?」
「…本当に良い奏者は、音楽と一つになった音色で聞こえるものだ。そこに雑念など聞こえはしない」
「あー。あいつらとあいつらのマスター達を想像したら、なんかエロく聞こえるぞ?ん?ちょおおっまてや?まてまてまてっ?!寒気してさぶイボ立ったわっ!」
「………邪念だらけだな」