01 いつもと違う朝
鳴宮は目を覚ます。雀は鳴いていない。小学生の声も、聞こえない。随分と静かだった。今日は、美月が来ていない。どうかしたのだろうか。そこまで考えて、鳴宮はベッドから出た。数秒後には、そんなことを考えたことすら忘れていた。
顔は洗わない。髪は寝起きのまま。朝ごはんも食べない。全ては面倒だから。鞄だけを肩にかけ、玄関の扉を押し開ける。
「行ってきまーーす。」
返事はない。一人暮らしだから。でも、それを口にすることだけが、彼のルーティーンだと言えた。
もはやここまで来ると、学校へ向かうことが偉いとまで言えるだろう。彼は、そう言えるほど酷い生活だった。
学校に着く。何かおかしい、誰も歩いていない。彼はそれが何故かも考えない。とはいえ違和感は感じつつも、教室へ向かう。
大きな音を立てて、教室のドアを引く。なんの躊躇いもない。彼は時間など、起きてから確認していない。
ドアを開けても、誰かが椅子を引く音はしなかった。誰かの笑い声も聞こえない。誰も、居なかった。
「は?」
思わず声が出たらしい。
「一番乗りってことか。俺もやればできるらしい、無意識に早起きしちゃうなんてな。」
それをいいことに、気持ちを口に出しつつ席に着く。黒板の上の方からのカチカチという音は、規則正しく時を刻んでいるにもかかわらず、鳴宮の耳には入ってこない。
早起きは三文の徳、なんかいい事起きるかもしれん。女の子のパンツ見れちゃったりして、そうだったら最高だな、なんてことを考えていると、後ろのドアが勢いよく開く。
「おい拓海!お前今来たのかよ!」
聞きなれた声。振り返らなくてもわかる。
「颯太?」
そこに居たのは、体操着姿の親友、相沢颯太。いつもは整えられているチャラチャラした茶髪が、風で靡かれたように暴れている。ドアの前で驚いている颯太の後ろには、たくさんの男子が見えている。
鳴宮は理解した。流石にわかった。体育は四時限目。体育で教室に人がいなかっただけで、大遅刻をしていたことを。
「颯太、どうやら俺は今来たらしい。」
「今そう言っただろ、何してたんだよ。いつも遅刻はしないだろ?」
鳴宮は遅刻はしない。何故なら、幼馴染がいつも起こしに来て、一緒に登校するからだ。あれ、幼馴染?
鳴宮は気づく。
「あ、そういえば、今日は美月が来なかった。起こしに。」
まるで起こしてもらうことが当たり前であるかのような言葉。感謝の欠片は微塵も感じられない。
そう言うと颯太はギョッとした顔をする。
「あ、そ、そうか。水瀬か。なるほど、なるほど、、、」
「おい颯太。なにひとりで納得してんの。顔白いぞ?」
「い、いや。大丈夫。なんも無い。」
顔が引き攣っている。
「嘘つけ。言えよ普通に。気になるだろ。」
「無理だ、俺の口からは言えない!とにかく、今回は俺は助けられないからな!」
そう言うと颯太は制服を掴んで、更衣室へ走ってしまった。
「なんなんだよ、、、とは言え、遅刻してたのか。全然気づかなかったな。ぬか喜びだったし。」
鳴宮は肩を落とす。よくよく考えてみると、教室の席にはみんな鞄がかかっていたし、教室の鍵も空いていた。思考を放棄していた鳴宮は何にも気がつかなかった。
数分後、男子も女子も戻ってきた。男子は行きは教室で着替え、授業後は更衣室で着替える人がほとんどなので1度戻ってきていたが、女子はそのまま更衣室に行くので教室には戻ってきていなかった。その中にはもちろん、颯太と美月の姿があった。当然、美月に声を掛ける。
「美月、今日はなんで来なかったんだ?お陰で遅刻したぞ?」
「、、、拓海。まだわからない?」
そう言う彼女の表情はいつも通りなものの、目がこちらを突き刺すように光っていた。
「なんだよ。はっきり言ってくれ。、、、あ、もしかして美月も遅刻したんだろ。そういう日もあるって。ジュース1本で許すよ。」
あはは、と鳴宮は冗談めかして言った。とは言え、半分くらいは本気でそうじゃないのかと思っている。何故ならそう言ったあとの美月の顔が引き攣っていたからだ。図星をつかれた顔だと、鳴宮はそう思った。
「は?本気で言ってるの?それ。」
「え?」
美月からオーラが出ている気がした。紛れもない、怒り。憤怒と表現してもいいそのオーラに、無意識に1歩足が下がる。
「本気で言ってるなら、そう言って?早く。」
「え、す、すみません、俺なんかしたかな、、、」
たじろぎ、全くわかっていない様子の鳴宮に、美月が覚悟を決めたように重々しく口を開く。
「ねぇ、拓海。私があんたを毎日起こしに行ってるよね。毎日、毎日。毎日毎日。それであんたはそんな返事ができるんだ?感謝もなく。私の時間を削ってるんだよ?私、もう高校生だよ?JK。貴重な朝の時間削って、起こしに行って。それだけじゃないよ。色んなことであんたの世話して、私だけ損してる。百歩譲って感謝してきたとしても、改善しようと思わないもんね。わかってるよ。あんたは変わっちゃったから。もう私の知ってる拓海じゃない。」
「私があんたを世話する理由って、何。」
美月はそう言い残して、教室を出る。呆気にとられているのは鳴宮だけではなかった。教室にいたほとんどが、ポカンとした顔をしている。普段大人しめな美月が、教室で声を張り上げて怒っていた。当然の反応だった。
そんな張り詰めた空気を緩めたのは、昼休憩のチャイムだった。誰かが飯食おーぜ、と言ったのを皮切りに、ガヤガヤとした声が教室に戻る。とは言え、教室全員の、私は触れませんよ、という顔と、鳴宮への冷ややかな視線も付いて、だが。
「な、鳴宮。言っただろ、今回は俺には助けられないって。」
気まずそうな顔をしながら、颯太がそう言った。
「あ、あと1週間だけ待つよ。多分、美月から謝ってくるって。言い過ぎた、って。」
「、、、お前、自分が何言われたかわかってんの?流石に引くぞ。」
「だ、だって、いつも美月、そうは言っても戻ってきてくれるから。」
「お前な、あの顔みたか?本気だ。わかるだろ?」
「それは、そうかもだけど。」
「、、、正直、何とか協力するつもりだったけど、お前は1度痛い目を見るべきだな。水瀬の判断は正しかったらしい。俺はもう知らないぞ。」
颯太まで、背中を向けて教室を出ていく。中学までは、こんなんじゃなかったんだけどな、、、という小声が聞こえた気がした。
「なんだよ、颯太まで。そこまで言わなくたって良くないか?」
鳴宮はそこでやっと、周囲に気づく。いつもと変わらない教室が、やけに広く感じた。
初めて書いてみました。気が乗って暇があれば、続きを書きたいですね。




