オタクな彼女の落とし方
隠れオタクと自認している新人社会人の私、深町泉澄は意外な人の意外なモノを見つけて、いま絶賛爆発的に興奮している。冷静を装っているけど!
少し離れた席の田嶋涼太先輩のカバンに人気アニメのアクリルキーホルダーがついていたのを見逃せなかったのだ。あぁ、聞きたい、話しかけたい、語りたい。涼太先輩もそうだったのかと思うと、興奮が止まらない。
涼太先輩は今の部署での営業さんで、入社した当初に仕事を教えてくれた人のひとり。笑うとたれる涼やかな目元に、柔らかな髪がなびく、人懐っこいタイプの人だ。
私は営業さんをサポートする事務をしている。だから話しかけてもおかしくないはず。
「次、シロノ企画、行ってきまーす」
先輩が、いつもの客先に向かおうと私の席の近くを通る。
「あの! 涼太先輩!」
すごくびっくりした顔の先輩と目が合って、うっかり手を掴んでしまったことに気づいた。
「あ、ごめんなさい。ええっと」
「大丈夫。落ち着いて、泉澄ちゃん」
何から言っていいかわからなくて焦ってしまう。
「あの、それ……」
キーホルダーを指差すと、合点がいったように先輩は微笑んだ。
「昨日の会社帰りにクレーンゲームで獲ったんだよ。泉澄ちゃんも好き?」
私が、勢い良く頷くと、先輩はおもむろにカバンを開け、たくさんのキーホルダーを出してきた。
「たくさんあるから、あげるよ。好きなキャラがあるといいけど」
「い、いいんですか!? 先輩、神!」
語彙力を無くしたことに気づかず、1つ選んだ。私の好きな青髪の騎士キャラだ。
「あ、あの、先輩は付けたままシロノ企画に行くのですか?」
気になっていたことを聞くと、先輩は内緒だよって、仕草をしながら
「話題になるからね。こういうところから会話を始めるんだ」
「そうなんですね! さすがです」
合いの手を入れながら、急激に恥ずかしさと居たたまれなさが襲ってきて、悲しくなってきた。
「じゃあ、行ってくるね」
「先輩、ありがとうございました。いってらっしゃい」
一瞬の気まずい空気を、何もなかったように流して、先輩は爽やかに出かけて行った。
そっか、そうだよね。そうやって営業成績が作られるんだ。先輩が仲間じゃなくて残念だったし、私の態度が恥ずかしいやらで呆然としていた。
「…………ちゃん、いずみちゃん」
自分の世界に飛んでいた私は、隣の席の百合音先輩の声にハッとした。
「すみません! なんでしたでしょうか」
無視してしまって不機嫌かと思った百合音先輩の顔は、予想と違ってニヤニヤしていた。
「どうしたの? 涼太が気になるの〜?」
うちの部署はチームワークを大切にしている課長の影響で、名前呼びだったりする。百合音先輩は涼太先輩とは同期入社だ。年齢が同じかは知らないけれど。
「あの、いえ、キーホルダーの話をしていただけで」
オタクを隠しているから、目が泳いでしまう。
「隠さなくてもいいのよ。目で追っていたじゃない」
どっちを!! と思ったけどツッこめない。たぶん、完全に誤解をされてしまった。どうしよう。涼太先輩のことは素敵だと思うし、カッコイイとも思うけれど、いまひとつ生身の男性はわからないのだ。
「いいのよ、任せておきなさい。でも、たぶん何もしなくても大丈夫よ」
何が大丈夫なのか、百合音先輩の声がなんだか遠くに聞こえる気がするのだった。
それからは気にしないように頑張って、書類を作成したり、コピーをしたりして過ごし、定時を1時間ほど回った頃だった。
「ただいまーって、あれ? 泉澄ちゃんだけ?」
涼太先輩が帰ってきて声をかけられた。
「私はもうすぐ帰るところですが、残業組は夕食に出ています」
「そう、ちょうど良かった。これ差し入れ」
机にコトンと置かれたそれは、アニメとコラボしていた缶コーヒーで、キャップのようなケースにマスコットが入っている。
「あ……!」
びっくりして先輩と缶コーヒーを見比べてしまった。
「えっと、好きかと思って」
控えめに先輩が言うので、慌ててしまった。慌てたので、思いの外大きな声が出た。
「はい、大好きです!」
コツン。
その時、足音がしたのでびくっとする。
「ごめんね。これは、邪魔したかなぁ……」
食事から戻ってきた課長だった。
えっ、待って! いつ戻ってきたの?
「これは! ぜんぜん違って。あの!」
私は慌てて否定しようとするのだけれど。
「照れなくても大丈夫だよ。言いふらさないから」
「いや、だから」
「若いっていいねぇ」
全然聞いてもらえない。若いって、微笑みながら席につく課長だってまだ三十代じゃないの。ちょっと待って。
「あの……」
視線を移すと、先輩の顔は赤くなっていて。
「大丈夫、誤解はしてないよ」
そう言うのに、先輩は口元を片手で覆っていて、いつもと様子が違った。
「だから、課長に誤解されたお詫びに、駅前のゲーセンに行きませんか? 好きなの取るよ」
「っ、行きます!」
それダメなやつ〜と警笛が頭で鳴るけれど、欲望が先に顔を出してしまったのだった。
泉澄ちゃんから好きだと聞きたくて、ズルい聞き方をした俺に返ってきた『大好きです』という言葉は、予想以上に破壊力が大きかった。
ちょうどタイミングが良く、課長が戻ってきて良かった。一生懸命に否定する彼女がクソ可愛い。
きっとこれで、彼女は俺を意識しただろう。
こんなにうまく行くだなんて思っていなかった。
きっかけは、シロノ企画に営業に行った時、担当の涼風さんに恋バナを求められたことだった。動画を作ったりする彼は、刺激がほしいと言って、よく話題の無茶振りをするのだ。
それが、とうとう先日はリアリティーが欲しいと言って、俺の話を白状させられて。
ふわっとした髪をハーフアップした、彼女を思い浮かべながら特徴をあげていく。
通勤の私服では、淡い水色のバッグを持って、髪にはきれいな青色のバレッタをつけていて、青色が好きなのかなと思っている。確かペンケースも水色だ。
そして、天然そうに見えてガードが堅い。彼女にだけ親切にしてるつもりなのに、反応が薄いのだ。誰にでもしてると思われてそう。
「次に来るときは、ゲーセンでキーホルダーを取ってカバンに付けてきてよ」
「え? どこのどれですか?」
「駅前にもあるでしょ?」
ひとしきり話を聞いて満足したらしい涼風さんが放った言葉は、すぐには理解できず、彼の新しい遊びだろうかと思ったけれど、駅前のゲーセンでムキになってたくさん取った。
そのうちの1つをカバンにつけると、なんと泉澄ちゃんから声をかけられた。驚いたけれど、涼風さんにはそのまま報告することになった。
「いいねぇ。実にいい」
肘をついて話を聞く、涼風さんは満足気だ。
「貴重なネタを提供してくれた田嶋くんには、とっておきの1本をあげよう」
ネタって言ったぞ、この人。うちとの新しい仕事につながるんだろうな? と思いながらも受け取ったのは、青い髪のキャラクターのついた缶コーヒーだった。
ここからは、俺の力で頑張らないと。なんて声をかけようか。
可愛い想い人に声をかけるのは、緊張するけれど、交渉は得意だ。課長の出現で混乱した彼女に提案する。まずはゲーセンに誘って、食事に持ち込もう。
いつか本当に好きになってもらえるように。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ご評価いただけましたら、励みになり、とっても嬉しいです。
こちらの話は、某オープンチャットの企画でキーワードをいただきました。
ちむちーさんありがとうございました。
・ビジネスオタク男子
・マジガチオタク女子
・本当に好きになるということ
というワードで想像した話でした。




