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オタクな彼女の落とし方

作者: 瑠璃/風花
掲載日:2026/06/11

 隠れオタクと自認している新人社会人の私、深町泉澄(いずみ)は意外な人の意外なモノを見つけて、いま絶賛爆発的に興奮している。冷静を装っているけど!

 

 少し離れた席の田嶋(たじま)涼太(りょうた)先輩のカバンに人気アニメのアクリルキーホルダーがついていたのを見逃せなかったのだ。あぁ、聞きたい、話しかけたい、語りたい。涼太先輩もそうだったのかと思うと、興奮が止まらない。


 涼太先輩は今の部署での営業さんで、入社した当初に仕事を教えてくれた人のひとり。笑うとたれる涼やかな目元に、柔らかな髪がなびく、人懐っこいタイプの人だ。

 私は営業さんをサポートする事務をしている。だから話しかけてもおかしくないはず。


「次、シロノ企画、行ってきまーす」


 先輩が、いつもの客先に向かおうと私の席の近くを通る。


「あの! 涼太先輩!」


 すごくびっくりした顔の先輩と目が合って、うっかり手を掴んでしまったことに気づいた。


「あ、ごめんなさい。ええっと」

「大丈夫。落ち着いて、泉澄ちゃん」


 何から言っていいかわからなくて焦ってしまう。


「あの、それ……」


 キーホルダーを指差すと、合点がいったように先輩は微笑んだ。


「昨日の会社帰りにクレーンゲームで獲ったんだよ。泉澄ちゃんも好き?」


 私が、勢い良く頷くと、先輩はおもむろにカバンを開け、たくさんのキーホルダーを出してきた。


「たくさんあるから、あげるよ。好きなキャラがあるといいけど」

「い、いいんですか!? 先輩、神!」


 語彙力を無くしたことに気づかず、1つ選んだ。私の好きな青髪の騎士キャラだ。


「あ、あの、先輩は付けたままシロノ企画に行くのですか?」


 気になっていたことを聞くと、先輩は内緒だよって、仕草をしながら


「話題になるからね。こういうところから会話を始めるんだ」

「そうなんですね! さすがです」


 合いの手を入れながら、急激に恥ずかしさと居たたまれなさが襲ってきて、悲しくなってきた。


「じゃあ、行ってくるね」

「先輩、ありがとうございました。いってらっしゃい」


 一瞬の気まずい空気を、何もなかったように流して、先輩は爽やかに出かけて行った。


 そっか、そうだよね。そうやって営業成績が作られるんだ。先輩が仲間じゃなくて残念だったし、私の態度が恥ずかしいやらで呆然としていた。


「…………ちゃん、いずみちゃん」


 自分の世界に飛んでいた私は、隣の席の百合音(ゆりね)先輩の声にハッとした。


「すみません! なんでしたでしょうか」


 無視してしまって不機嫌かと思った百合音先輩の顔は、予想と違ってニヤニヤしていた。


「どうしたの? 涼太が気になるの〜?」


 うちの部署はチームワークを大切にしている課長の影響で、名前呼びだったりする。百合音先輩は涼太先輩とは同期入社だ。年齢が同じかは知らないけれど。


「あの、いえ、キーホルダーの話をしていただけで」


 オタクを隠しているから、目が泳いでしまう。


「隠さなくてもいいのよ。目で追っていたじゃない」


 どっちを!! と思ったけどツッこめない。たぶん、完全に誤解をされてしまった。どうしよう。涼太先輩のことは素敵だと思うし、カッコイイとも思うけれど、いまひとつ生身の男性はわからないのだ。


「いいのよ、任せておきなさい。でも、たぶん何もしなくても大丈夫よ」


 何が大丈夫なのか、百合音先輩の声がなんだか遠くに聞こえる気がするのだった。

 



 それからは気にしないように頑張って、書類を作成したり、コピーをしたりして過ごし、定時を1時間ほど回った頃だった。


「ただいまーって、あれ? 泉澄ちゃんだけ?」


 涼太先輩が帰ってきて声をかけられた。

 

「私はもうすぐ帰るところですが、残業組は夕食に出ています」

「そう、ちょうど良かった。これ差し入れ」


 机にコトンと置かれたそれは、アニメとコラボしていた缶コーヒーで、キャップのようなケースにマスコットが入っている。


「あ……!」


 びっくりして先輩と缶コーヒーを見比べてしまった。


「えっと、好きかと思って」


 控えめに先輩が言うので、慌ててしまった。慌てたので、思いの外大きな声が出た。


「はい、大好きです!」


 コツン。

 その時、足音がしたのでびくっとする。


「ごめんね。これは、邪魔したかなぁ……」


 食事から戻ってきた課長だった。

 えっ、待って! いつ戻ってきたの?


「これは! ぜんぜん違って。あの!」


 私は慌てて否定しようとするのだけれど。

 

「照れなくても大丈夫だよ。言いふらさないから」

「いや、だから」

「若いっていいねぇ」


 全然聞いてもらえない。若いって、微笑みながら席につく課長だってまだ三十代じゃないの。ちょっと待って。


「あの……」


 視線を移すと、先輩の顔は赤くなっていて。


「大丈夫、誤解はしてないよ」


 そう言うのに、先輩は口元を片手で覆っていて、いつもと様子が違った。


「だから、課長に誤解されたお詫びに、駅前のゲーセンに行きませんか? 好きなの取るよ」

「っ、行きます!」


 それダメなやつ〜と警笛が頭で鳴るけれど、欲望が先に顔を出してしまったのだった。






 泉澄ちゃんから好きだと聞きたくて、ズルい聞き方をした俺に返ってきた『大好きです』という言葉は、予想以上に破壊力が大きかった。


 ちょうどタイミングが良く、課長が戻ってきて良かった。一生懸命に否定する彼女がクソ可愛い。


 きっとこれで、彼女は俺を意識しただろう。


 こんなにうまく行くだなんて思っていなかった。


 きっかけは、シロノ企画に営業に行った時、担当の涼風(すずかぜ)さんに恋バナを求められたことだった。動画を作ったりする彼は、刺激がほしいと言って、よく話題の無茶振りをするのだ。


 それが、とうとう先日はリアリティーが欲しいと言って、俺の話を白状させられて。


 ふわっとした髪をハーフアップした、彼女を思い浮かべながら特徴をあげていく。

 通勤の私服では、淡い水色のバッグを持って、髪にはきれいな青色のバレッタをつけていて、青色が好きなのかなと思っている。確かペンケースも水色だ。


 そして、天然そうに見えてガードが堅い。彼女にだけ親切にしてるつもりなのに、反応が薄いのだ。誰にでもしてると思われてそう。


「次に来るときは、ゲーセンでキーホルダーを取ってカバンに付けてきてよ」

「え? どこのどれですか?」

「駅前にもあるでしょ?」


 ひとしきり話を聞いて満足したらしい涼風さんが放った言葉は、すぐには理解できず、彼の新しい遊びだろうかと思ったけれど、駅前のゲーセンでムキになってたくさん取った。

 

 そのうちの1つをカバンにつけると、なんと泉澄ちゃんから声をかけられた。驚いたけれど、涼風さんにはそのまま報告することになった。


「いいねぇ。実にいい」


 肘をついて話を聞く、涼風さんは満足気だ。


「貴重なネタを提供してくれた田嶋くんには、とっておきの1本をあげよう」


 ネタって言ったぞ、この人。うちとの新しい仕事につながるんだろうな? と思いながらも受け取ったのは、青い髪のキャラクターのついた缶コーヒーだった。


 ここからは、俺の力で頑張らないと。なんて声をかけようか。

 可愛い想い人に声をかけるのは、緊張するけれど、交渉は得意だ。課長の出現で混乱した彼女に提案する。まずはゲーセンに誘って、食事に持ち込もう。

 

 いつか本当に好きになってもらえるように。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

ご評価いただけましたら、励みになり、とっても嬉しいです。


こちらの話は、某オープンチャットの企画でキーワードをいただきました。

ちむちーさんありがとうございました。


・ビジネスオタク男子

・マジガチオタク女子

・本当に好きになるということ


というワードで想像した話でした。

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