表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『お前は弱い』と追放された鑑定士、ギルド法務局に駆け込む ~剣も魔法も使えないけど、規約の穴なら0.8秒で見抜けます~

作者: lilylibrary
掲載日:2026/04/04


 「――お前は明日から来なくていい」


 剣聖カイルの声は、迷宮から戻ったばかりの夕暮れの酒場に、妙によく通った。

 周囲の冒険者たちが一瞬だけ視線を寄越し、すぐに逸らす。ああ、またか。そういう顔だった。

 Sランクパーティ「暁の剣」の支援職が切られる。それだけの話だ。


 ルーク・グラムは黙って立っていた。

 手にはまだ、今日の迷宮で使った鑑定用の羊皮紙が握られている。第四十二層の罠配置図。彼が描いたものだ。おかげで今日も死者は出なかった。けれど、そういうことは誰も覚えていない。


 「聞こえなかったか? お前は弱い。足を引っ張ってる。これ以上は連れていけない」


 カイルは腕を組み、ルークを見下ろした。

 パーティの他の三人――魔術師のエルナ、槍使いのガレス、僧侶のミーナ――は黙っている。誰も目を合わせない。


 ルークは息をひとつ吐いた。

 悔しくないと言えば嘘になる。三年間、このパーティのために罠を解析し、敵の弱点を鑑定し、報酬の分配表を作り、ギルドへの届出を代行してきた。

 だが、戦場で剣を振れない人間の仕事は、どうしても見えにくい。


 「わかった」


 ルークはそう言って、踵を返した。

 酒場を出る間際、小さく呟いた。


 「記録開始(オートログ)


 鑑定士の副次スキル。目の前の事実を、作動1分前に遡った時点から、そのまま羊皮紙に記録する。今のカイルの発言。日時。場所。立会人。すべてが一字一句、記録された。


 泣くのは後でいい。

 まず、やることがある。


   ◇


 翌朝。ギルド本部、法務局窓口。


 受付係の女性は、ルークが差し出した書面を二度見した。


 「……地位保全の仮処分申立書?」

 「はい。ギルド規約第三十七条に基づく構成員地位の保全を求めます」

 「いえ、あの、言葉の意味は分かるんですが……こんな申立て、初めて見ました」


 無理もない。

 冒険者パーティから追放された人間は、普通、泣き寝入りするか、別のパーティを探すか、冒険者を辞める。法務局に駆け込む者など聞いたことがない。


 だが、ルークは知っていた。

 Sランクパーティはギルド公認の準法人格を持つ。構成員の除名には、規約上、二つの条件がある。構成員過半数の議決。そして、ギルド調停委員会への事前届出。

 カイルは、どちらも踏んでいない。


 「被保全権利は、ギルド規約に基づくパーティ構成員たる地位です」


 ルークは淡々と説明した。


 「保全の必要性は、迷宮攻略報酬の分配停止による生活基盤の喪失。申立ての疎明資料として、昨夜の追放宣告の記録転写(オートログ)、過去三年分の報酬分配表、パーティ登録証の写しを添付しています」


 受付係は書面を繰り、目を丸くした。


 「……完璧ですね、これ」

 「鑑定士ですから。書類の不備を見つけるのが仕事です」


 三日後。

 仮処分の審尋が、ギルド法務局の小さな審問室で開かれた。


   ◇


 審問室は石造りの狭い部屋で、窓はひとつ。午前の光が斜めに差し込んでいる。


 調停官は老齢の元冒険者で、片目に眼帯をした厳つい男だった。名をベイルという。

 ルークは一人で出席した。代理人を雇う金がない。

 カイルの側には、ギルド公認の法務代理人がついていた。


 「申立人、主張の骨子を述べよ」


 ベイルの声に、ルークは立ち上がった。


 「パーティ『暁の剣』の構成員除名は無効です。理由は二つ。第一に、構成員過半数の議決を経ていません。カイル・ヴェルドの独断です。第二に、ギルド調停委員会への事前届出がありません。したがって、規約第三十七条第二項に定める手続要件を満たしておらず、当該除名は法的に存在しません」


 法務代理人が立った。


 「リーダーには指揮権がある。パーティ運営上の判断として、構成員の入替えは裁量の範囲内だ」

 「指揮権は迷宮内の戦術判断に関するものです。構成員の地位の得喪は、規約上、指揮権の対象外として明示的に除外されています。規約第十二条第三項但書をご確認ください」


 法務代理人の顔が強張った。

 明らかに、条文を確認していなかった。


 沈黙の中で、カイルが苛立たしげに口を開いた。


 「そんな条文がどうした。あいつは弱い。迷宮で足手まといなんだ。仲間の命がかかってる。それでも連れて行けって言うのか」


 ベイルが静かにカイルを見た。


 「カイル・ヴェルド。発言は代理人を通せ」

 「いいや、俺が言う。あいつは三年間、一度もまともに戦えなかった。鑑定と書類仕事しかできない。そんな奴をSランクの迷宮に連れて行く方が、よっぽど——」

 「もう一度言う。発言は代理人を通せ」


 ベイルの声に、カイルは歯を食いしばって黙った。


 調停官は記録を確認し、ルークに向き直った。


 「申立人に確認する。被保全権利の疎明は十分と認める。保全の必要性について、追加で述べることはあるか」


 ルークは一拍だけ間を置いた。


 「……報酬分配が停止されると、今月の宿代が払えません。それだけです」


 飾らない言葉だった。

 ベイルはわずかに目を細めた。


 審尋は一時間で終わった。


   ◇


 翌日、仮処分命令が発令された。


 主文は短い。

 「申立人ルーク・グラムのパーティ『暁の剣』構成員たる地位を仮に定める。相手方は申立人の活動参加を妨げてはならない」


 間接強制金は、違反一日につき金貨十枚。

 Sランク冒険者にとっても、決して軽い額ではない。


 ギルドの掲示板に命令の写しが貼り出されると、冒険者たちはざわめいた。

 追放された鑑定士が、法務局で仮処分を取った。前代未聞のことだった。


 だが、ルークの胸に痛快さはなかった。

 勝ったのは手続きの話だ。カイルの言葉は消えない。

 お前は弱い。足を引っ張っている。

 それは、三年間ずっとルーク自身が恐れていたことでもあった。


   ◇


 仮処分命令から三日後、ルークは「暁の剣」に復帰した。


 空気は最悪だった。

 カイルはルークを完全に無視した。ガレスは気まずそうに目を逸らした。ミーナは困ったように笑うだけだった。


 唯一、魔術師のエルナだけが、いつも通りルークに話しかけた。


 「罠配置図、今日もお願いね」

 「……ああ。いつも通りやる」

 「いつも通りで助かるの。ルークの鑑定がないと、私たち第四十二層で三回は死んでた」


 ルークは少し驚いて、エルナを見た。

 エルナは何でもないことのように、杖の手入れを続けていた。


 その日の迷宮攻略で、事件が起きた。


 第四十五層。未踏破のフロア。

 ルークの鑑定が、通路の奥に高密度の魔力反応を検知した。


 「止まれ。この先、複合罠だ。物理と魔法の二重構造。片方を解除するともう片方が起動する」

 「迂回すればいい」とカイルが言った。

 「迂回路にも反応がある。三方向すべて塞がれてる。……ただし、起動条件に時間差がある。物理罠の感知から魔法罠の起動まで、〇・八秒(コンマはちびょう)。その間に魔法罠の術式核を鑑定して、属性を特定できれば、エルナの相殺術式で無効化できる」

 「〇・八秒で鑑定? できるのか」

 「鑑定士を三年やってる。できる」


 ルークの目が光った。法理看破(リーガルチェック)。あらゆる構造の瑕疵を見抜く固有スキル。

 本来は契約書や規約の不備を見つけるための力だ。だが、罠もまた、ひとつの「構造」である。


 〇・八秒。

 物理罠が起動した瞬間、ルークの目が罠の術式核を捉えた。


 「氷属性、第三位階、核は左壁の第二紋章!」

 「――相殺展開(カウンター)ッ!」


 エルナの炎が、正確に術式核を焼いた。

 罠は沈黙した。通路が開く。


 カイルは何も言わなかった。

 だが、足を止めて、ほんの一瞬だけルークの方を見た。


   ◇


 迷宮から戻った夜。

 ギルドの酒場で、ルークは一人で安い麦酒を飲んでいた。


 エルナが向かいに座った。

 手に、一冊の帳簿を持っている。


 「ルーク。これ、見てほしいものがあるの」

 「なんだ?」

 「パーティの内部監査記録。私がずっとつけてたもの」


 エルナが帳簿を開いた。

 三年分の迷宮攻略記録が、日付順に並んでいる。


 各攻略の横に、エルナの字で注記が添えられていた。


 「第三十八層:ルークの事前鑑定により罠回避、推定被害ゼロ」

 「第四十層:ルークの敵性鑑定により弱点特定、攻略時間四割短縮」

 「第四十一層:ルークの報酬査定により、ギルドの過少評価を是正。差額金貨三十二枚回収」

 「第四十二層:ルークの罠配置図により、全員生還」


 三年分。

 一日も欠かさず。


 ルークは言葉を失った。


 「……なんで、こんなものを」

 「本案訴訟の証拠にしようと思って。ルークがパーティに不可欠な構成員であることの立証資料」


 エルナは淡々と言った。


 「でもそれだけじゃない。カイルは馬鹿だけど、悪い人間じゃないの。ただ、目に見える強さしか分からないだけ。だから、目に見える形にした。数字と記録で。鑑定士が一番信じるものでしょう?」


 ルークの視界が滲んだ。


 三年間。

 自分の仕事を見てくれている人間が、一人もいないと思っていた。

 誰にも気づかれない仕事を、ただ規則と職分を信じてやってきた。

 それを、ずっと記録していた人間がいた。


 「エルナ」

 「なに」

 「仮処分の審尋の時、本当は怖かった。勝てると分かっていても。正しいのは手続きで、俺自身じゃないかもしれないと思ったから」


 エルナは帳簿を閉じて、ルークの前に押しやった。


 「三年分の記録が、あなた自身が正しかったって言ってる。手続きだけじゃない。ルーク、あなたがいたから、このパーティは誰も死ななかった」


 酒場の喧騒の向こうで、誰かが笑っている。

 窓の外では、夏の終わりの風がギルドの旗をはためかせていた。


 ルークは帳簿を受け取って、胸の前で抱えた。

 三年分の、自分の仕事の重さが、両腕にあった。


   ◇


 後日。

 本案訴訟は、和解で終結した。


 和解条件は、ルークが提案した。

 金銭賠償ではない。

 パーティ「暁の剣」の運営規約の改定。構成員の除名には全員の合議を要すること。そして、戦闘職以外の貢献を評価する内部監査制度の導入。


 カイルは渋い顔で署名した。

 だが、署名の後、ぼそりと言った。


 「……四十五層の罠。お前がいなかったら、死んでた」


 それは謝罪ではなかった。

 ただの事実の確認だった。

 カイルにとっては、それが精一杯なのだと、ルークは分かっていた。


 「知ってる」


 ルークは短くそう返した。


 ギルド法務局には、この和解条件が前例として記録された。

 パーティ運営規約に内部監査条項を設けた最初の事例。

 小さな、しかし確かな変化だった。


 エルナの監査記録は、正式にパーティの公式文書として登録された。

 これからは、目に見えない仕事も、記録される。


 ルークは今日も、羊皮紙を手に迷宮へ向かう。

 剣は振れない。魔法も使えない。

 だが、彼の鑑定と記録が、仲間を家に帰す。


 そのことを知っている人が、もう一人ではなくなった。

 それだけで十分だった。

この短編が面白いと思った方へ。


同じ「追放×法律ざまぁ」のテーマで、もっと深い企業バトルが読める長期連載をやっています。




★連載中・月〜金・毎日19時更新★


『【リーガルざまぁ】現行法でタコ殴り!異世界テンプレに泣く、どん底令嬢を救います〜魔王お嬢様弁護士の事件簿〜』


https://ncode.syosetu.com/n4144lz/


→第1章は「会社の利益の8割を稼いでいた令嬢を辺境に左遷」。この短編が好きな方にはド直球で刺さります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ