『お前は弱い』と追放された鑑定士、ギルド法務局に駆け込む ~剣も魔法も使えないけど、規約の穴なら0.8秒で見抜けます~
「――お前は明日から来なくていい」
剣聖カイルの声は、迷宮から戻ったばかりの夕暮れの酒場に、妙によく通った。
周囲の冒険者たちが一瞬だけ視線を寄越し、すぐに逸らす。ああ、またか。そういう顔だった。
Sランクパーティ「暁の剣」の支援職が切られる。それだけの話だ。
ルーク・グラムは黙って立っていた。
手にはまだ、今日の迷宮で使った鑑定用の羊皮紙が握られている。第四十二層の罠配置図。彼が描いたものだ。おかげで今日も死者は出なかった。けれど、そういうことは誰も覚えていない。
「聞こえなかったか? お前は弱い。足を引っ張ってる。これ以上は連れていけない」
カイルは腕を組み、ルークを見下ろした。
パーティの他の三人――魔術師のエルナ、槍使いのガレス、僧侶のミーナ――は黙っている。誰も目を合わせない。
ルークは息をひとつ吐いた。
悔しくないと言えば嘘になる。三年間、このパーティのために罠を解析し、敵の弱点を鑑定し、報酬の分配表を作り、ギルドへの届出を代行してきた。
だが、戦場で剣を振れない人間の仕事は、どうしても見えにくい。
「わかった」
ルークはそう言って、踵を返した。
酒場を出る間際、小さく呟いた。
「記録開始」
鑑定士の副次スキル。目の前の事実を、作動1分前に遡った時点から、そのまま羊皮紙に記録する。今のカイルの発言。日時。場所。立会人。すべてが一字一句、記録された。
泣くのは後でいい。
まず、やることがある。
◇
翌朝。ギルド本部、法務局窓口。
受付係の女性は、ルークが差し出した書面を二度見した。
「……地位保全の仮処分申立書?」
「はい。ギルド規約第三十七条に基づく構成員地位の保全を求めます」
「いえ、あの、言葉の意味は分かるんですが……こんな申立て、初めて見ました」
無理もない。
冒険者パーティから追放された人間は、普通、泣き寝入りするか、別のパーティを探すか、冒険者を辞める。法務局に駆け込む者など聞いたことがない。
だが、ルークは知っていた。
Sランクパーティはギルド公認の準法人格を持つ。構成員の除名には、規約上、二つの条件がある。構成員過半数の議決。そして、ギルド調停委員会への事前届出。
カイルは、どちらも踏んでいない。
「被保全権利は、ギルド規約に基づくパーティ構成員たる地位です」
ルークは淡々と説明した。
「保全の必要性は、迷宮攻略報酬の分配停止による生活基盤の喪失。申立ての疎明資料として、昨夜の追放宣告の記録転写、過去三年分の報酬分配表、パーティ登録証の写しを添付しています」
受付係は書面を繰り、目を丸くした。
「……完璧ですね、これ」
「鑑定士ですから。書類の不備を見つけるのが仕事です」
三日後。
仮処分の審尋が、ギルド法務局の小さな審問室で開かれた。
◇
審問室は石造りの狭い部屋で、窓はひとつ。午前の光が斜めに差し込んでいる。
調停官は老齢の元冒険者で、片目に眼帯をした厳つい男だった。名をベイルという。
ルークは一人で出席した。代理人を雇う金がない。
カイルの側には、ギルド公認の法務代理人がついていた。
「申立人、主張の骨子を述べよ」
ベイルの声に、ルークは立ち上がった。
「パーティ『暁の剣』の構成員除名は無効です。理由は二つ。第一に、構成員過半数の議決を経ていません。カイル・ヴェルドの独断です。第二に、ギルド調停委員会への事前届出がありません。したがって、規約第三十七条第二項に定める手続要件を満たしておらず、当該除名は法的に存在しません」
法務代理人が立った。
「リーダーには指揮権がある。パーティ運営上の判断として、構成員の入替えは裁量の範囲内だ」
「指揮権は迷宮内の戦術判断に関するものです。構成員の地位の得喪は、規約上、指揮権の対象外として明示的に除外されています。規約第十二条第三項但書をご確認ください」
法務代理人の顔が強張った。
明らかに、条文を確認していなかった。
沈黙の中で、カイルが苛立たしげに口を開いた。
「そんな条文がどうした。あいつは弱い。迷宮で足手まといなんだ。仲間の命がかかってる。それでも連れて行けって言うのか」
ベイルが静かにカイルを見た。
「カイル・ヴェルド。発言は代理人を通せ」
「いいや、俺が言う。あいつは三年間、一度もまともに戦えなかった。鑑定と書類仕事しかできない。そんな奴をSランクの迷宮に連れて行く方が、よっぽど——」
「もう一度言う。発言は代理人を通せ」
ベイルの声に、カイルは歯を食いしばって黙った。
調停官は記録を確認し、ルークに向き直った。
「申立人に確認する。被保全権利の疎明は十分と認める。保全の必要性について、追加で述べることはあるか」
ルークは一拍だけ間を置いた。
「……報酬分配が停止されると、今月の宿代が払えません。それだけです」
飾らない言葉だった。
ベイルはわずかに目を細めた。
審尋は一時間で終わった。
◇
翌日、仮処分命令が発令された。
主文は短い。
「申立人ルーク・グラムのパーティ『暁の剣』構成員たる地位を仮に定める。相手方は申立人の活動参加を妨げてはならない」
間接強制金は、違反一日につき金貨十枚。
Sランク冒険者にとっても、決して軽い額ではない。
ギルドの掲示板に命令の写しが貼り出されると、冒険者たちはざわめいた。
追放された鑑定士が、法務局で仮処分を取った。前代未聞のことだった。
だが、ルークの胸に痛快さはなかった。
勝ったのは手続きの話だ。カイルの言葉は消えない。
お前は弱い。足を引っ張っている。
それは、三年間ずっとルーク自身が恐れていたことでもあった。
◇
仮処分命令から三日後、ルークは「暁の剣」に復帰した。
空気は最悪だった。
カイルはルークを完全に無視した。ガレスは気まずそうに目を逸らした。ミーナは困ったように笑うだけだった。
唯一、魔術師のエルナだけが、いつも通りルークに話しかけた。
「罠配置図、今日もお願いね」
「……ああ。いつも通りやる」
「いつも通りで助かるの。ルークの鑑定がないと、私たち第四十二層で三回は死んでた」
ルークは少し驚いて、エルナを見た。
エルナは何でもないことのように、杖の手入れを続けていた。
その日の迷宮攻略で、事件が起きた。
第四十五層。未踏破のフロア。
ルークの鑑定が、通路の奥に高密度の魔力反応を検知した。
「止まれ。この先、複合罠だ。物理と魔法の二重構造。片方を解除するともう片方が起動する」
「迂回すればいい」とカイルが言った。
「迂回路にも反応がある。三方向すべて塞がれてる。……ただし、起動条件に時間差がある。物理罠の感知から魔法罠の起動まで、〇・八秒。その間に魔法罠の術式核を鑑定して、属性を特定できれば、エルナの相殺術式で無効化できる」
「〇・八秒で鑑定? できるのか」
「鑑定士を三年やってる。できる」
ルークの目が光った。法理看破。あらゆる構造の瑕疵を見抜く固有スキル。
本来は契約書や規約の不備を見つけるための力だ。だが、罠もまた、ひとつの「構造」である。
〇・八秒。
物理罠が起動した瞬間、ルークの目が罠の術式核を捉えた。
「氷属性、第三位階、核は左壁の第二紋章!」
「――相殺展開ッ!」
エルナの炎が、正確に術式核を焼いた。
罠は沈黙した。通路が開く。
カイルは何も言わなかった。
だが、足を止めて、ほんの一瞬だけルークの方を見た。
◇
迷宮から戻った夜。
ギルドの酒場で、ルークは一人で安い麦酒を飲んでいた。
エルナが向かいに座った。
手に、一冊の帳簿を持っている。
「ルーク。これ、見てほしいものがあるの」
「なんだ?」
「パーティの内部監査記録。私がずっとつけてたもの」
エルナが帳簿を開いた。
三年分の迷宮攻略記録が、日付順に並んでいる。
各攻略の横に、エルナの字で注記が添えられていた。
「第三十八層:ルークの事前鑑定により罠回避、推定被害ゼロ」
「第四十層:ルークの敵性鑑定により弱点特定、攻略時間四割短縮」
「第四十一層:ルークの報酬査定により、ギルドの過少評価を是正。差額金貨三十二枚回収」
「第四十二層:ルークの罠配置図により、全員生還」
三年分。
一日も欠かさず。
ルークは言葉を失った。
「……なんで、こんなものを」
「本案訴訟の証拠にしようと思って。ルークがパーティに不可欠な構成員であることの立証資料」
エルナは淡々と言った。
「でもそれだけじゃない。カイルは馬鹿だけど、悪い人間じゃないの。ただ、目に見える強さしか分からないだけ。だから、目に見える形にした。数字と記録で。鑑定士が一番信じるものでしょう?」
ルークの視界が滲んだ。
三年間。
自分の仕事を見てくれている人間が、一人もいないと思っていた。
誰にも気づかれない仕事を、ただ規則と職分を信じてやってきた。
それを、ずっと記録していた人間がいた。
「エルナ」
「なに」
「仮処分の審尋の時、本当は怖かった。勝てると分かっていても。正しいのは手続きで、俺自身じゃないかもしれないと思ったから」
エルナは帳簿を閉じて、ルークの前に押しやった。
「三年分の記録が、あなた自身が正しかったって言ってる。手続きだけじゃない。ルーク、あなたがいたから、このパーティは誰も死ななかった」
酒場の喧騒の向こうで、誰かが笑っている。
窓の外では、夏の終わりの風がギルドの旗をはためかせていた。
ルークは帳簿を受け取って、胸の前で抱えた。
三年分の、自分の仕事の重さが、両腕にあった。
◇
後日。
本案訴訟は、和解で終結した。
和解条件は、ルークが提案した。
金銭賠償ではない。
パーティ「暁の剣」の運営規約の改定。構成員の除名には全員の合議を要すること。そして、戦闘職以外の貢献を評価する内部監査制度の導入。
カイルは渋い顔で署名した。
だが、署名の後、ぼそりと言った。
「……四十五層の罠。お前がいなかったら、死んでた」
それは謝罪ではなかった。
ただの事実の確認だった。
カイルにとっては、それが精一杯なのだと、ルークは分かっていた。
「知ってる」
ルークは短くそう返した。
ギルド法務局には、この和解条件が前例として記録された。
パーティ運営規約に内部監査条項を設けた最初の事例。
小さな、しかし確かな変化だった。
エルナの監査記録は、正式にパーティの公式文書として登録された。
これからは、目に見えない仕事も、記録される。
ルークは今日も、羊皮紙を手に迷宮へ向かう。
剣は振れない。魔法も使えない。
だが、彼の鑑定と記録が、仲間を家に帰す。
そのことを知っている人が、もう一人ではなくなった。
それだけで十分だった。
この短編が面白いと思った方へ。
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『【リーガルざまぁ】現行法でタコ殴り!異世界テンプレに泣く、どん底令嬢を救います〜魔王お嬢様弁護士の事件簿〜』
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→第1章は「会社の利益の8割を稼いでいた令嬢を辺境に左遷」。この短編が好きな方にはド直球で刺さります。




