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第一章:第七節 悲鳴

今までで一番長いです。

Side 統利



 掏りの小僧(から統利の金を奪った破落戸数名)から銀貨を取り返し表通りに戻ってきた統利は、宿屋に帰ろうと通りを歩いていた。


『然し……あの小娘も中々に変わっておるな』

『ああ……』


 あの後、立ち去ろうとした統利を姉弟の姉が引き留め、助けてもらった事への礼をしたいと言ってきた。



§



 --礼なんていいから、宿に帰らせてくれ!


 少女に礼をしたいと言われた瞬間そう叫ぶ所だった。これ以上此処にいて、また面倒事に巻き込まれても困る。次はスラムごと魔術で吹き飛ばしてやろうかと、半ば本気で思っている。


 統利はそんな内心を隠しながら、少女に断りの言葉を口にした。


「ですが、助けていただいてお礼もしないでは、私の気がすみません!」

「別に、お前を助けた訳じゃない。俺の金を取り戻したかっただけだ」

「だとしても、結果的に助けていただいた事に変わりはありません」


 確かに、状況的に見れば統利が少女を助けたという事になり、少女がそれに対して礼をしたいと思うのも、まあ当然といえば当然だ。統利がそれに対して如何感じるかは別として、だが。


『厄介な娘よ。純粋な善意や感謝は、時として最も煩わしい』

『なまじ言ってる事に正当性がある分、下手に断れば俺が悪人だな』


 周囲の統利を見る目も、何処となく冷たく感じる。これでは無碍に断る事も難しい。この娘、本気でわざとやっているのではなかろうか。

 統利は内心頭を抱えながら、再度断りの言葉を口にしようとする。


「悪いが--」

「それに、見た所冒険者や傭兵のようですし、それならばお見せしたい物もあります」

「だからそんな物--」

『待て、主よ。この小娘の申し出を受けよ』

「要らない--ッて、は?」


 思いもよらないメフィストの言葉に、統利の口から間の抜けた声が漏れ出る。


『……何だいきなり』

『この娘の見せたいという物、我は興味がある。此処は我の助言に従え』

『其れは助言か? ……まあいい、その助言、意味の有る物である事を願うぞ』

「あの……」


 少女が戸惑いながら話し掛けてくる。

 いきなり奇妙な声を発したまま口を閉ざしていたのだから、訝しげに思うのも当然だ。どうも最近この世界に来てからというもの、突発的な出来事に上手く対処できていない気がする。


 こちらの返事を待っている少女に、その見せたい物とやらの所に案内してくれと言うと、一瞬驚いたような顔をされたが、次の瞬間嬉しそうに顔をほころばせた。


「では、こちらに来て下さい。--ほら、カイルも行くよ」

「うぅ……まってくれよ姉ちゃん」


 少女は統利の手を引いて、姉弟の家へと歩いていく。


『此れで良いんだろ? --で、何でいきなりあんな事言い出したんだ?』

『あの娘にな、異質な魔力の残滓があったのだ。恐らく、常日頃から魔道具の側で暮らしておるはずだ』

『魔道具……転送門のような、か?』

『あれは正真正銘稀少品だからな。あれよりランクは落ちるだろうが、相当強力なものではあろう』

『そうか、其れは楽しみだ』

『まぁ、見せたい物というのが其れであるとは限らぬが--どうやら着いた様だぞ』


 メフィストの言葉に、意識を現実に引き戻す。確かに、丁度姉弟の家に着いたところのようだ。

 家といっても、殆どあばら家ではあるが、その中から僅かに妙な感じの魔力が漏れ出ているのが分かる。


(此れがメフィストの言う魔道具か)


 少女の案内に従って姉弟の家に入ると、感じる魔力が段違いに跳ね上がった。

 咄嗟に入り口を振り返ると、扉代わりの垂れ幕に幾何学的な模様と象形文字で出来た、摩訶不思議な文様が描かれていた。


『魔法陣か……其れも相当旧い物だな。此れが魔力の流出と、不審人物の侵入を拒んでいたのだな』

『魔法陣……』

『今では使う者は滅多におらぬがな。否、使える者がおらぬといったほうが良いか……。現在の魔術とは根本的に性質が異なっておるからな』

『なるほど』


 暫くその魔法陣を観察していると、奥に行っていた少女が鎖が何十にも巻かれた木箱を持って戻ってきた。この家も、外から見れば只のあばら家だが、中に入ってみると結構な広さがある。


「それが気になりますか? 剣士様」

「あぁ……。それと、俺の事は統利で良い。--で、其れが例の?」

「はい、剣士--トーリさん。これは元々、父が冒険者をしていた時にとある遺跡で見つけた物らしいです。力有る魔導書らしいのですが、冒険者として未熟だった父では扱いきれなかったので、仕方なく知人の魔術師に頼んで封印を施したと聞きました」


 確かに、この家に充満する魔力の元は、この木箱の中にあるもので間違いない。

 それにしても、見れば見るほど異質な魔力を放っている。封印されていて此れとは、どれほどの力を持った魔導書なのか。


 統利は、木箱に向けていた目を少女に戻し、これを自分に見せた理由を聞いた。


「父が生前に、これぞと思う冒険者や傭兵と出会ったらこの魔導書を譲り渡してくれと……。それに、今の私に出来るお礼といったら、これ位しかありませんから」

「なら、此れは貰ってもいいんだな?」

「はい。トーリさんがご迷惑でなければですが……」

「否、そんな事は無い。ありがたく頂くとしよう」


 そう言って統利は、魔導書の入っている木箱を少女から受け取った。


「しかし、此れはどうやって開けるんだ?」

「父が言うには、資格あるものがもてば勝手に解けると」

「それはまたアバウトな--ッ!?」


 開ける方法のわからない木箱を調べていると、急に木箱が強烈な光を発した。

 数秒間の後光が収まるとそこには木箱は無く、替わりに奇妙な質感の表紙の本が在った。


『主の魔力に反応したようだな。中々にかわった術だ』

『資格はあったって事か。--まあそれはともかく、この魔導書の表紙は何なんだ? また奇妙な質感だが』


 奇妙と言うか、どこかで触った事の有るような質感だ。こんな表紙の本など触った記憶は無いが、珍しい動物の皮だろうか。それにしては何処か懐かしいと言うか、普段から触っているようにも感じる。


『ふむ、確かに珍しいと言えば珍しいが……端的に言うならば、人の皮だ』

『人……だと……?』


 それはつまり、この魔導書の装丁には人間の皮膚が使われていると言う事か。

 メフィストこそあっさりとした物言いだが、だからと言ってああそうですかと返せるはずも無い。心なしか、手に持つ魔導書が呪物のたぐいに見えてきた。

 というより、人間の皮膚が使われているなどどう考えてもまともな--まともな魔導具というのも変だが--魔導具ではあるまい。


 統利は僅かに顔を顰め、メフィストに抗議の念を送る。


『どういうことだ? どう考えても持っていると碌な事にならなさそうなんだが』

『問題あるまい。見たところ、人皮を装丁に用いている割には異常なほど邪気が無い。恐らくだが、聖人聖女の類の皮膚を使っておるのだろうな』

(寧ろ余計に呪われそうな気もするが、メフィストがそう言うのだから大丈夫なのだろう。多分)


 無理矢理ではあるが、一応は納得する統利。それに、此れが呪われた魔導書であるなら、封印を解いた時点で既に手遅れだろう。

 悪魔であるメフィストとも契約しているのだ、今更人間の皮膚が装丁に使われた魔導書如きで騒ぐ事もあるまい。


 ふう、とため息を1つ吐き、統利は此方の反応を窺っている少女に向き直った。


「……此れは有り難く貰っておくよ。確かに、中々強力な魔導書のようだし」

「気に入っていただけたようで何よりです」


 いや別に全くこれっぽっちも気に入っていないし寧ろ此れ厄介払いじゃないのかと言いそうになる心を抑え、統利は少し引き攣った笑みを浮かべ少女に別れを告げ、姉弟の家を後にする。


 スラムの出口の路地に入り、姉弟の家が見えなくなると統利は壁にもたれかかり、盛大にため息を吐いた。


「どうするんだ此れ……。呪われる呪われない以前に、装丁に人間の皮膚を使った魔導書なんて持ち歩きたくないぞ、俺は」

『贅沢な奴よ……。これほどの魔導書、本職の人間(魔術師)ならば狂喜するであろうに……』

『俺をそんな理解不能な狂人と一緒にしないでくれ……。で、何とか成らないのか此れ?』


 放たれる魔力は最初と比べ随分と小さくなっているが、こんなあからさまな物を持ち歩いていれば確実に目立つ。それも悪い意味で。

 正直、こんなもの持ち歩いてて警備隊につかまっても、文句が言えないのではないだろうか。


 魔術師が狂喜する品物といっても、実際に人前で此れを晒す訳ではあるまい。それこそ、人間の死体を弄びましたと公言するようなものだ。

 姉弟の父親も、実力云々よりそのせいで使えなかったのではなかろうか。


『取り敢えず、ローブかマントでも買ってその下に隠すか』

『其れが妥当であろう。流石に我も、堂々と其れを見せびらかせとは言えぬな』

『言われたら即行契約の破棄を要求するぞ悪魔』


 メフィストと言い争いながら、統利は表通りへと足を進めた。



§



「はあ……」


 ほんの数分前の事を思い出し、統利は再びため息を吐く。

 件の魔導書は、裏路地を出る前に創ったローブを羽織ってその下に隠してある。


 最初は商店で買おうかと思っていたが、ならば魔力も隠せたほうが良いのではないかと言うメフィストに、其れもそうだとこの世界に来て二度目となる虚界の魔術を使った。

 メフィストの助言で、姉弟の家の入り口の垂れ幕に書かれていた魔法陣を参考にしたので、魔導書自体の魔力は完全に隠す事が出来た。


 二日ぶりの虚界の魔術だが、矢張りかなり疲れる。とは言え、ため息の原因は疲れではないが。

 この世界に来てから、どうも予想外の事態に数多く直面している気がする。


『天性の苦労人と言った所か。我としては楽しめて良いが』

『死に晒せ腐れ下道』


 悪魔に言っても仕方ないが、悪態を吐かずにはいられない。メフィストと契約したのを、少し本気で後悔してきた。


『もういい、かえって寝る』

『このような時間から寝ようなどと、駄人の極みぞ』

『誰のせいでこんなに疲れてると思っているんだ』

『ふん、まあ戻るならば早くしたほうが良かろうな。主の事だ、どうせまた厄介ごとに巻き込まれるに決まっておる』

『やめろよ。そんな事言って本当に巻k「キャアアアアアアアア!」…………オイ』

『噂をすれば影か』


 メフィスト(こいつ)は悪魔じゃなくて疫病神なんじゃなかろうかと頭痛をこらえながら、統利は悲鳴の聞こえた方へ頭を向ける。


 --血、血、血、血、血、血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血!!!


 統利からほんの百数十メートル程度離れた所では、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。


 飛び散る鮮血、撒き散らされる肉片、響く悲鳴。

 およそ陽気な昼下がりの大通りにはとても似合わない残酷劇グランギニョルを演じているのは、トロールにも匹敵しそうな体格の、然しより凶悪な外見をした一匹の魔物。

 その魔物が手に持った大槌を振るう度に、大通りは深紅に染められ鉄臭いにおいを濃くしていく。


『魔物だと、何故此処に!?』

『アレは--オーガか? いかん、此れは不味いぞ、アレは--ッ!』


 ギロリ、とその魔物--オーガ--が統利へとその血走ったまなこを向けた。


 殺気。

 身体が凍りつきそうになるほどの其れを受け、統利は無意識に後退る。

 解かる。理性ではなく本能で、アレはトロールとは似ていても全く違う、もっと兇悪で強暴なナニカだと。トロール如きで梃子摺るような者が相対して良いモノではないと。


「グギャオオオオオオオ!!」

「ッ!?」


 咆哮一つ。

 直後、オーガはその体躯を撓らせ跳躍した。


 その鈍重そうな外見からは想像もつかないほど軽やかに空を駆け、ただの一跳びで百数十メートルの距離を越えてきた。


「くッ!」


 咄嗟に真横に身を投げる統利。寸前までいた場所には、オーガの大槌に抉られた大地があった。


「術式:獄焔・あまた!」


 無数の炎弾を至近からオーガに放ち、僅か怯んだ隙に大きく後ろに跳び退る。


「術式:獄焔、雷霆らいてい窮奇かまいたち矛雹むひょう


 動きの止まっているオーガにむかって、高威力の魔術を連続で放つ。

 着弾の衝撃で捲き起こる風塵で、オーガの姿が完全に隠れていく。


「続けて術式(あわせ):獄焔・業焔・爆焔・刃焔:混合術式:叢焔そうえん!」


 異なる性質を持つ同じ属性の魔術を四つ掛け合わせたそれは、さながら小型の太陽であるかのように輝き凄まじい熱気を周囲に撒き散らしている。


 轟ッ! と叢焔が塵芥を燃滅させ、オーガへと襲い掛かった。

 叢焔がオーガに直撃し、摂氏数千度にも及ぶ炎熱が周囲を火の海へと変える。これほどの熱量、仮にトロールと言えど秒も持つまい。それほどまでに圧倒的な威力。


『此れは驚いた……。本来の三割程度の威力だろうが、初めて使った合成魔術を成功させるとはな……』

『人間死ぬ気になれば何でもできるさ。--で、流石に此れで死んだか?』


 一合も打ち合ってすらいないので正確にはわからないが、少なくとも先日戦ったトロールの倍以上の身体能力は持ち合わせているだろう。勿論、魔術耐性もそれに順ずるとみた方が良い。

 だが、あのトロールでさえ獄焔の一発で表皮は炭化したのだ。メフィストの言うように本来の三割程度の威力であろうとも、元が単体魔術の数十倍以上の威力を誇るという合成魔術、たかだかトロールの倍程度の強さで耐え切れるものではない。


 地面を融解させるほどの威力に勝利を確信する統利。

 しかし、メフィストからは己の契約者の勝利に対する何の感情も伝わってはこない。それどころか、数千度の焔に焼かれ骨すら残さず燃え尽きた筈のオーガに対し、未だ警戒を解いてはいない。


『メフィスト、どうしたんだ何時までも? もう敵はいないだろ』

『否……アレがオーガならば、この程度では倒せぬ』

『おいおい……幾らなんでもあれだけ食らったんだぞ、流石に死んだだろ』


 あれで死なないのであれば、今の統利にはどうしようもない気もするが。

 何せ、あれほどの威力の魔術を使おうとすれば、かなり精神を集中させなくてはならない。不意打ちならともかく、戦闘中にそれを行うのは中々難しい。まあ、圧倒的実力差があるなら話は別だが。


 ともかく、【破滅の恒星】には及ばないものの現在統利が使える魔術の中では、特に強力なものを使ったのだ。これで生きているとなると、正直打つ手が殆どなくなるのだが--


「グオオオオオアアアアアア!」

「ッ! 何だと!」

『矢張りか!』


 咆哮が轟いたかと思うと、粉塵の中から巨大な影が飛び出してくる。その姿は、紛れも無くオーガ。

 高位魔術が直撃したはずの皮膚表面には僅かにダメージ痕は見られるものの、それは獄焔を食らったトロールよりも軽く、既に傷もふさがりかけている。


 オーガは大槌を振り上げ、統利に力任せに叩きつける。それは突進の威力とあいまって、魔力による身体強化をしていない統利では致死となりうる一撃。

 それを辛うじていなす統利。力任せの一撃を躱されたオーガが体勢を崩した一瞬の間に、身体の隅にまで魔力を浸透させる。


 身体強化は出来た。が、僅かな時間だけではそれも十分なものではない。下手に一撃を貰えば、到底軽傷では済むまい。

 良くても先頭に支障が出る程度のダメージは負うことになるだろう。


『くッ、何故魔術が……』

『だから言ったであろう。アレ等の身体能力は、良くてもトロールの二倍程度だ。だが、魔術耐性に関してならば、巨人種でも最高位に位置するギガント族に次ぐ程だ。俗に魔術師殺しとも言われておるな』

『ギガント族とやらが--くッ--どれほどのものかは知らないが、とにかく--ぐうッ--今の俺の魔術では碌なダメージは与えられないと言う事か』


 メフィストに念話でオーガについて聞きながら、暴力の嵐の如きオーガの連撃を長剣でいなし続ける。

 オーガの攻撃は当たれば重傷はほぼ確実だが、所詮技術も何も無いただ身体能力に頼った攻撃だ。防御に専念すれば容易く防ぐ事が出来る。


 ただ、逆に言えば攻撃に転じる事が出来ないでいると言う事でもある。

 何せ、体勢を崩したと思っても力任せに攻撃してくるのだ。下手に斬りかかろうものなら、大槌で弾き飛ばされる事は間違いないだろう。


「ちぃッ、ならば……。術式【電雷】!」


 放たれるは雷光。低位魔術のため威力は低いが、その閃光はオーガの目を焼き致命的な隙を作り出す。


「はッ!」


 下段から長剣を斬り上げる。速度の乗った斬撃は、容易くオーガの胴体を両断する--


「なッ!?」


 --事は無かった。


 常人の目には映らぬほどの速度で放たれた斬撃は、オーガの皮膚を切り裂くも、その身を絶つ事なく勢いを失い停止する。


「グオオオオオオオオオ!」


 驚愕し動きの止まった統利へ、体勢を立て直したオーガが大槌を横薙ぎに叩きつける。当たれば如何に身体強化していようと、骨を砕かれ内蔵は潰される事だろう。


「ッ! くそッ!」


 完全に不意を突かれたその一撃に反応できたのは、最早奇跡と言っていいほどの偶然。

 実戦の経験が無くとも、地球に居た頃にひたすら研鑚を続けて得た剣士としての勘。今まで物語の中でのみの話だと思っていた幻想を、現実のものとして目の当たりにした衝撃で一時的に狂っていたそれは、事此処に至りようやく正常に働いた。


 その勘に従い、咄嗟に剣で防御しようとする統利。だが、オーガを断つに至らずともその身に深く突き刺さった剣身は、オーガの強靭な筋肉により抜き去ることが困難になっている。

 統利はそれを理解した後すぐに魔力を集中させ、身体を更に強化すると共に大槌の直撃するであろう個所に、魔力の障壁を張る。

 だが、それは一秒にも満たない時間。如何に魔術の知識を持っていようと、どれほどの魔力を内包していようと、魔術の使用や魔力の運用に慣れていない統利では大槌の一撃を防ぎきるには時間が足りない。


 振るわれた大槌は、威力を減らしながらも障壁を破壊し統利を弾き飛ばす。

 統利は数メートルほど吹き飛び、空中で身体を捻り受身を取った。


「ッと……グッ!」


 受身の衝撃で左腕と左胸に激痛が走る。見れば左腕はあらぬ方向に曲がっていた。恐らくあばらの二、三本は折れているだろう。ただ幸運な事に、折れた肋骨は内臓には刺さっていないようだ。


 吹き飛ばされた時にオーガから抜けた長剣を支えに立ち上がり、折れた骨を魔術で治療する。

 その間オーガは追撃してこず、渾身の一撃を食らっても立ち上がった統利を、警戒するかのように見て唸っていた。


『ふむ……警戒しておるな。仮にも胴体に剣が刺さったのだ。幾らなんでも軽傷ではあるまい』

『だとしても、何故途中で止まったんだ? 結構魔力込めたつもりなんだが』

『アレ等はこの世界でも異端だ、生半可な攻撃では殺れぬ。だが、今の主がアレを斬れるほどの魔力を剣に込めようとすれば、致命的な隙が出来るぞ?』


 つまり、生き延びたければあのオーガの動きを止めろ、と言うのか。

 確かに、逃げる事が出来ず、倒すにしても魔術が禄に効果が無い以上、今現在統利が制御し得る最大の魔力で強化した剣による一撃でなければ不可能だろう。如何に魔力耐性が強かろうと、魔力で強化されたものには意味が無いのだから。


 ただ問題は、どうやってオーガの動きを止めるかだ。

 魔術で捕縛しようにも抵抗レジストされてしまう。戦いながら膨大な魔力を剣に込めることは不可能なので、取れる手段も非常に限られてくる。

 いや、オーガが統利を警戒しているこの好機にとるべき手段など、初から決まっている。


『虚界の魔術、か?』

『ああ、あれならオーガに対抗できる物を創れるだろ。……まぁ、結構魔力も食うからな、あれを仕留めるだけの魔力が残るかは解からんが』

『問題なかろう。今の主に一度に扱える魔力の限界はあれど、魔力の総量が並外れて強大であることに変わりは無いのだ。アヤツを殺す程度の魔力は残ろう』


 ならば、採るべき道は只一つ。


(虚界……接続--)


 虚界への意識接続のために、刹那だけオーガから意識が外れる。

 無論、それを見逃すようなオーガではない。


「グガアアアアアア!」


 咆哮一つ。再び嵐のようなオーガの攻撃が始まる。

 それを剣で防御しながらも、虚構の想像を同時に続ける統利。

 だが、多大な魔力を消費する虚界の魔術を行使するため、最低限の身体強化しか出来ず、虚界の魔術の特性上防御に意識を集中できないため、長くは防いでいられない。


(形状は……沼--)


 底無しである必要は無い、最低限魔力を込める時間さえ稼げればいい。


(素材は……闇--)


 光すら飲み込む深淵にて、脱出不可の楔となす。


(範囲……三メートル--)


 広大である必要は無い。只、眼前の鬼を捕捉出来る範囲でいい。


(創造……完了)


 夢幻の世界にて創られた虚構は、統利を通じて現実へと昇華される。


 次の瞬間、統利とオーガの足元に闇が広がる。


「術式:獄焔」


 沼が現界すると同時に獄焔を放つ。無論オーガに効きはしないが、その衝撃で後ろへ飛び沼の上から退避する。

 無茶なやり方ではあるが、此れで自身までもが沼に飲まれる事は無い。


 オーガは突如現れた闇の沼に反応できず、ずぶずぶとその身を沈めていき、腰まで沈んだところで停止した。これで沼が消えるまでは動く事は出来ないだろう。


(とは言え、沼もそう長くは持たないな。……さて、久々にマミヤのわざを使うとするか)


 長剣を納刀し、腰を落とし右手を柄の前に置く。所謂抜刀術の構え。

 それは、あまり切断を重視しない西洋剣を扱う為の技法ではなく、「断ち切る」ことを重視した刀を扱う為の技法。西洋剣を使っているものの、一撃で相手を断ち切る必要がある今この状況において、最も適した技法であろう。


 統利は目を瞑り、極限まで意識を集中させる。どれほどの威力であれば良いのか正確にわからない以上、出し得る最高の一撃を持って一擲乾坤を賭さねばならない。

 そのために、虚界の魔術を使ったときよりも遥かに強い集中を要する。


 膨大な魔力が、統利の持つ長剣の剣身に集まっていくのを見て暴れだすオーガ。だがもう襲い。

 如何に暴れようとも、闇がより纏わりつくだけで逃れる事は出来ない。そう創ったのだから当然のことではあるが。


『主よ、これ以上の魔力は主の体が持たぬ。沼も後数秒で消えよう』

『委細承知。沼が消えた瞬間に、最速にして最強の一撃で奴を断つ!』


 徐々に沼が消えていく。それと同時に、沼に沈んでいたオーガの下半身が姿を現していく。


 統利は最後に息を整え、オーガが沼の拘束から逃れるのを待つ。


「グルアアアアアオオオオオ!」



 残り僅かとなった沼の拘束を力任せに引きちぎり、オーガが咆哮と共に統利に襲い掛かってくる。

 対する統利は不動。迫り来る脅威を前にして微動だにしない。


 瞬く間に距離を詰めたオーガは、常人には視認する事すらあたわぬ一撃を放つ。

 かなりの速度ではあるものの、統利には視認が可能なレヴェル。にもかかわらず、統利は未だ避けようとしない。

 否、避けないのではなく避ける必要が無いのだ。


「眞宮流抜刀術:不抜……」


 統利の右手が霞む。抜刀術には不向きな西洋剣でありながら、抜合の極みにまで至ったその業は、容易に後の先を取ることを可能にした。


 シュィン、キンッ!


 まさに瞬光。鞘走りと納刀の音が、間を開けず連続で聞こえるほどの速度で放たれた斬撃。

 常人どころか達人にすら視認が困難なソレは、初撃で大槌を斬り飛ばし、返す一閃で袈裟懸けにオーガを両断する。


「グ……ガ……ア……?」

「マミヤの抜合は最速にして必殺。……無惨と散りて黄泉路を惑え、鬼人……」


 ドサッとオーガが倒れる。斜めに断たれたその鬼は、既に事切れ骸と化していた。


「ふぅ……。ッ!? くッ……」


 これで終わったと気を抜いた瞬間、統利の体から力が抜け崩れ落ちる。

 咄嗟に剣を抜き地面に突き立てるが、支えきれずに膝をつく。


 今までに無いほどに疲労している。当然だ。何せ、疲労が激しい虚界の魔術を使った後に、処理能力の限界までの魔力を只一撃に込めたのだ。更に、不抜自体も本来ならばかなりの集中を要する。これで疲れない筈がない。


『流石は主よ。あれほどの魔力を暴走させずに制御しきるとはな』

『正直、満身創痍だが……』


 酷く目眩がする。気を抜けば倒れてしまいそうだ。


『討伐隊の者共も、既にこの街に向かっておる。眠るが良い、後は我が見張っておこう』

『ああ、頼む。流石に……きつ……い……』

『然し、……や此れほど……く……を倒そうとは……り……契……の--』


 統利は、メフィストの独白を聞きながら薄れ行く意識を手放していった。



Side Out



『ふん、久方振りの来訪者であったが、中々の拾い物のようだ。我が隷獣を屠るとは……こ奴、我の次の玩具に相応しい。精々我を楽しませよ--我が主にして契約者、熾条統利よ』



To be continued

 ……これ魔導書のくだり要らない気がします。前回、予告で書いてしまったため入れたわけですが、直後の戦闘で何の役にも立ってないどころか、明らかに忘れられてる訳ですし。

 多分今後も余り出てこないんでしょうけど。流石にアレを人前で堂々と使うのもどうかと思いますしね。装丁人間の皮膚ですし。

 後最後の最後で怖い事言ってる人? が……。まあ気にしないで下さい。


 それはさておき、これからの予定ですが、後一話か二話でガラドヘイム編が終了し、その後にようやく冒険の旅へ出ます。

 取り敢えず暫くは確固たる目的の無い旅になります。魔王とか居ないですし。


 さて、それでは簡単な次回予告を。


 ガラドヘイムにオーガが侵入したと言う知らせを受けた討伐隊。急遽進攻を止めガラドヘイムに帰還した彼等が見たものは、身体を上下に断たれ事切れたオーガと、その側で死んだように眠る一人の少年の姿だった、

 目覚めぬ少年と来襲する魔物の群れ。石の街を舞台に、人と魔物の決戦の火蓋が切って落とされる。


 次回、第一章:第八節 決戦











 あれ、これ後二・三話じゃ終わらなくね?

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