第一章:第三節 戦闘
漸く更新致しました。
第二節の二倍ほどあります。
「な……!!」
統利は、驚きながらも慌てて足を止める。危うく、あれの目の前に飛び出してしまうところだった。
統利がいる場所は、ちょうど巨人の死角になっているため、まだ見つかってはいないようだ。
「どういうことだ。あんなのが居るなんて、聞いてないぞ……!」
小声でメフィストに抗議するが、全く動じた様子もなくメフィストは答えた。
『巨人とて、人型の魔物であろうが。我はどんな魔物が居るかなど、聞かれてはおらぬぞ』
確かに、統利もそこまでは聞いてはいない。だが、まさか巨人が出てくるとは……精々が、ゴブリンかオークぐらいだろうと思っていた。
「次からは、魔物の種類まで報告しろ」
『よかろう……それで、あやつはどうするのだ?』
出来れば逃げ出したいところだが、距離が微妙だ。もし逃げようとして音をたてれば、確実に気付かれるだろう。
なら、音をたてずに逃げれば良いのだが、統利の周囲には無数の枝や枯れ葉が落ちている。むしろ、ここに来たときに気づかれなかったことが奇跡だ。
「逃げるのは難しいとなると、戦うしかないか……メフィスト、勝てると思うか?」
『其れは主次第だが、実力的には問題ない。後は、主が気圧されずに済むかどうかだ』
そればかりは自信がない。統利とてメフィスト契約するまでは、只の十七の高校生だったのだ。いかに武術を修めようと、実際に命をかけた死闘は経験がない。
「なのに、初めての死闘の相手があれか……」
巨人に気づかれないように、小さく嘆息する。
(仕方ない、今さら逃げるのも無理だ。なら……せめて、やられる前に)
剣を脇に構え、意識を巨人に集中させる。
周りの雑多な景色を意識から閉め出し、
「殺るか」
一息に樹の影から飛び出した。
二歩目でトップスピードに乗り、一気に間合いを詰める。最早巨人に気付かれようにとも構わない。
統利から溢れる殺気に気付いたのか、巨人が緩慢な動きで振り返ろうとする。 だが、
(遅い!)
巨人が防御や迎撃の体勢をとる前に、統利の剣の間合いに入る。
「はっ!」
短く息を吐き呼吸を整え、すれ違いざまに巨人の胴を斬り上げる。
ガキィィン!
「ぐっ!?」
必殺の思いと共に、巨人の胴に吸い込まれていった斬撃は、しかし統利の思いに反して、音を立てて弾かれた。
「くそっ!」
斬りつけた勢いのまま、統利が前方に身を投げると、寸前まで体のあった場所に、巨人の大木の様な腕が振り降ろされた。
避けるのが半秒でも遅れていれば、今頃統利の体は粉々になっていただろう。
(剣が通じない? どういう事だ)
『一つ、言い忘れていたが、巨人の皮膚は大量の魔力が染み込んでいるせいで、鋼よりも硬い。気を付けよ』
「遅いよ!」
メフィストに抗議しながらも、統利は巨人から目が離せない。
巨人の動きに注意しているから、ではない。それもあるが、統利が巨人から目を離せないのは、その威圧感に圧倒されていたから。
体がすくむ。森に隠れて様子を窺っていたときとは、とても比べ物になら無い程のそれに、統利は既に呑まれかけていた。
『主、避けよ!』
メフィストの声に、はっとして我を取り戻す統利。その目の前には、巨人の石斧が迫っていた。
最早回避は間に合わない。
ガガッ!
巨人の石斧が、統利の剣を音を立てながら滑っていく。
(ぐっ、完全に受け流したのに、腕が……!)
受け流してこれだ、まともに喰らったら、文字通り押し潰されてしまうだろう。
巨人の追撃が来る前に、急いで飛び退き、剣を構える。
巨人も石斧を構え直し、再び睨み合うような状況になる。
(さて、どうするか)
まず、まともに斬り合うことはできない。身体能力が上がっている今でさえ、目の前の巨人とは圧倒的な力の開きがある。まともに斬り合おうとしたところで、一方的にダメージを食らうだけだ。
さらに悪いことにこの巨人、思いの外動きが早い。鈍重そうな見た目に反し、かなり俊敏に動く。
『気を付けよ、あやつの攻撃が掠りでもすれば、人間などひとたまりもなかろう』
「そんなこといったって、あの速度だ、いつまでも避け続けられないぞ」
『ならば、一撃で決めればよかろう。相手に攻撃の隙を与えねば、避ける必要はあるまい』
簡単に言ってくれる。それが出来ないから、今こうして悩んでいるというのに。
「グガアアァ!」
どう戦ったものかと悩んでいると、巨人が吼声を上げ、統利に向かって斬りかかってくる。
真一文字に振られた石斧をしゃがんで避け、振りきられた巨人の腕を斬りつける。
が、巨人の皮膚に傷一つ付けることなく、剣は弾き返され、統利破体勢を崩した。
「しまっ――!」 そこへ、巨人の石斧が襲い掛かってくる。
辛うじて剣で受け止めるが、勢いを殺せずに吹き飛ばされ、背中から樹に叩きつけられた。
「がはっ!」
衝撃と激痛で息か詰まり、一瞬視界が白に染まる。もしかしたら、骨に罅くらい入ったかもしれない。
荒く息を吐きながら、樹に手をついて立ち上がる。
『主、魔術を使え。剣を強化すれば、あやつにもダメージを与えれよう』
「魔術か……なれない技を実戦で使いたくはなかったが……」
ここで躊躇っていても、あの巨人にあっという間に肉塊に変えられるだろう。やらねば、あるのは死だけだ。
統利は、敵を目前にしながらも、目を瞑った。
本来なら、自殺行為以外のなにものでもないが、ここで焦って不完全な魔術で戦っても、返り討ちになるだけ。ならば、危険でも意識を集中して、完全な魔術を使う方が良い。
まあ、それを言うなら、慣れないなどと言ってないで、最初から使っていればよかったのだが。
(取り敢えず、剣の切れ味を強化して……後は……)
自分の中の魔力を探り、それを手に持つ剣に流し込む。
そんな統利に隙を見たか、巨人が斬りかかってくるのが気配で感じ取れた。
統利と巨人の間の距離は、凡そ八十、巨人の体躯ならば数歩で渡れるだろう。
徐々に、だが恐るべき早さで迫ってくる死を感じながら、統利の心は不思議と落ち着いていた。
何故か、自分がこの戦いで死ぬことはないだろうと思える。それが契約で得た力ゆえか、メフィストが統利の精神に干渉したのかは分からない。只、統利は自分の生のみを確信していた。
「グォオオォオオ!」
目を瞑り、微動だにしない統利の頭上に、死が振りおろされる。
Side ???
その巨人は困惑していた。訳が分からない。
巨人は『強者』の筈だった。己以外の存在は、巨人の気まぐれで命を落とす、巨人に生を弄ばれるだけの『弱者』で、それは今目の前にいるこの人間も同じだと思っていた。
だというのに、何故このような状況になっているのだ。
その日巨人は、人間の雌と戦っていた。巨人が森を歩いていると、行きなり襲いかかってきたのだ。
人間にしては強かったが、それでも巨人の敵ではなく、すぐに動かなくなった。
それからねぐらに帰ろうと、背後の森に振り向きかけた時、今度は人間の雄が襲い掛かってきた。
その雄は、さっき殺した雌よりもしぶとかったが、とうとう諦めたのか、なんの抵抗もしようともせずに、あろうことか目を瞑った。
獲物がなんの抵抗もしなくなったことに、少しがっかりしたが、次の瞬間には殺戮への歓喜がわいてきた。
巨人は一気に距離を詰め、なんの抵抗も示さなくなった獲物に、右腕の石斧を振り下ろした。
何時ものように、獲物の無惨な死体が出来ることを疑わずに。
何が起こったか分からない。どうして目の前の獲物は、全くの無傷なのか、いや、そんなことよりも、どうして石斧を持っていた腕が、半ばからなくなっているのか。
困惑と混乱の中、巨人は目の前の獲物の声を聞いた。
Side 統利
ザシュッ!
生々しい音が響き、巨人の腕が宙を舞う。
ギリギリで魔術の発動が完了した。あと少しで、物言わぬ肉塊に変えられるところだった。
(流石に少し焦った。目を開けたら、目の前に石斧だもんな)
だが、これで巨人に攻撃が通用する。先程までは、傷一つ与えられなかったのに、今は軽く剣を振るっただけで腕を斬り飛ばせた。
「さあ、殺し合いを始めようじゃないか、バケモノ」
そう宣言し、混乱しているのか動こうとしない巨人の、がら空きの胴体に蹴撃を食らわせる。
「ガグェッ!」
魔術で強化された一撃をまともに食らい、先程の統利のように呆気なく吹き飛んだ。
「凄いな、魔術で強化しただけで、ここまで身体能力が上がるのか」
『最初から使っておれば、苦戦することもなかったであろうに』
それについては反省しているが、そもそもメフィストが魔物の種類まで教えていれば、こんなことに首を突っ込まずに済んだのだ。
『余計なことを考えている場合か? あやつはまだ生きておるぞ』
その言葉に巨人の方を見やると、ゆっくりと起き上がっているところだった。
「折角だ、色々試してみるか」
巨人に手を翳し、魔力を集中させる。
想像するは熱、万物を燃やし尽くす灼熱の業火。
「詠唱略……術式:獄焔」
巨大な炎弾が、火の粉を撒き散らしながら、高速で巨人に衝突し、盛大に爆発した。
「殺ったか?」
爆煙が晴れると、炎弾が直撃したところは炭化しているものの、それ以外は目立つ外傷のない巨人が立っていた。
『火力が足りなかったな、あれでは怒らせただけだ』
「魔術耐性が高いのか。剣で直接殺るしかないな」
痛みで我を忘れたのか、雄叫びをあげながらがむしゃらに突っ込んでくる。
それに対し、統利は剣を片手で構え応戦する。
「ガァアア!」
統利を押し潰さんと迫ってくるこぶしを避け、その左腕も切り落とした。
「グギャッ!」
痛みで暴れる巨人から距離を取り、構えを解く。
「攻撃さえ通用すれば、大したことはないな……。さて……折角だ、俺の秘剣を見て逝くが良い」
そう言うや否や、統利は剣に魔力を流し込んだ。強化のためではない。この剣を創る際、剣という形状以外に、唯一設定した機能を起動するためだ。
剣に込められた魔力量が一定に達し、剣が赤黒く淡い輝きを放った。
その光が刀身全てを包むと、その刀身が縦に幾つかの欠片に解れ、鞭状になる。
鞭剣。それが、この種類の剣の名前だ。
(我流……秘剣・蛇)
統利が鞭剣を振るうと、魔力によって操られた刀身が、さながら、生きた蛇のように巨人の体に巻き付いた。
腕の切り落とされた巨人に、その魔剣から逃れる術はない。
「……無慚と散れや――」
統利が鞭剣の柄を引き寄せると、それに連動して刃が巨人を切り裂いた。
否、切り裂いたなどという生易しいものではない、切り分けられた。
それこそ、六十センチ以上の塊がないほどに。
呆気ない、余りにも呆気ない程に、幾多の命を奪ってきた魔物は、その生を終えた。
「ふう……さて」
雨のように降り注ぐ血を被りながら、統利は巨人にやられた少女の元に駆け寄った。
見目麗しい少女だ。未だ成熟しきってはいないながらも、後二~三年もすれば、稀代の美女と呼ばれていたかもしれないと、そう思わせる美貌をしている。
その、血にまみれてなお美しい容貌も既に青白く、生気を宿してはいない。
『駄目だな、完全に息絶えておる』
「そうか……」
出来れば助けたかったが、戦闘が長引いた上に、そもそも統利が来たときには虫の息だった。結局助けることはできなかっただろう。
それでも、もしもと思ってしまうのは、統利が甘い証拠だろうか。
「――よし!」
少女の遺体に手を伸ばし、そのまま抱き上げる。
『主? 何をする気だ』
「何って……彼女を運ぶんだよ、近くの街まで。こんなところに放置していたら、魔物に食い荒らされるだろ」
それを聞いたメフィストは絶句した。何を言っているのだ、こいつは。生きるために悪魔へも魂を売ったのではないのか? なのに、何故この森で余計な荷物を背負い込む。まして、その雌姓体は既に死んでおるのだぞ!
「俺の目的が生きることだからだよ。必死に生きるために戦った者を、こんな所に置いては行けない」
『……魔物に襲われたらどうする』
「その時は自分の命を優先するさ。俺だって、そこまでする程お人好しじゃないさ」
『今でも十分すぎるわ、愚か者!』
「自覚してるよ。メフィスト、案内を頼む」
『やれやれ、とんだ変わり者と契約したものだ』
メフィストの嫌味に苦笑しながら、統利は森に入っていった。
§
「ここか」
目の前にあるのは、石造りの頑丈そうな城壁。
メフィストによれば、この街ガラドヘイムは地方都市らしいが、ここまで堅牢そうな城壁を持つのは、幻魔の森に接しているためだろう。
『それで、これからどうするのだ?』
「街に入る」
『死体を抱えてか?』
「何のために運んできたと思ってるんだ」
『……まあ良い、精々警備兵に捕まらぬことだ』
何処か諦めたようなメフィストの、忠告とも皮肉とも取れるそれを無視して、統利は城門へ近付いて行った。
「おい、止まれ」
素知らぬ顔で城門を潜ろうとした統利を、全身鎧を着込んだ屈強そうな門番が遮った。
幻魔の森のある方角からやって来た帯剣した少年が、少女の死体を抱えたまま、城門を通ろうとしたのだから当然だが。
「君、その遺体はどうしたんだ?」
「幻魔の森で戦闘音が聞こえたので、その現場に駆けつけたら、彼女が魔物にやられてたんです」
取り敢えず、大まかな流れのみ説明する。
「君が彼女を見つけた経緯は分かったが、何故その遺体をわざわざ街に「お姉ちゃん!」何だ?」
門番が次の質問をしようとするのを遮って、誰かの叫ぶような声が聞こえた。
辺りを見渡すと、街の中から一人の少女が駆け寄ってきた。
「姉?」
『主の抱えているそれの事ではないか?』
「いや、それは何となく分かるが」
統利とメフィストがそう話している間に、少女は目の前にまでやって来ていた。
「お姉ちゃ――!?」
統利の抱いている姉に話しかけようとして、少女は絶句して立ち尽くす。もしかすると、遠目では、既に死んでいることが分からなかったのかもしれない。
だが、巨人の石斧によって腹部を大きく抉られたその姿は、誰が見ても死んでいることが明らかだった。
「嘘……お姉ちゃん? お姉ちゃん!」
呆然として、我を忘れたように、少女は姉を呼び続ける。
「フィエナ!」
街から三人の男女が、走ってくる。
「フィエナ、急に走り出して、一体どうしたんだ?」
彼らは、フィエナと呼ばれた少女に駆け寄りながら、怪訝そうな表情でたずねた。
「本当にどうしたんだ? エレナを探しに――!?」
「おい、どうし――んなっ!?」
「え……!?」
統利の抱えている少女を見て、三人が息を飲む。
「お、おい……まさか、死んで……?」
「い、嫌ぁあああああああああ!」
後から来た三人の内、赤い髪の大剣を背負った男がそう呟くと、フィエナと呼ばれた少女が、泣き叫びながら崩れ落ちた。
「……君は何者だ、何故彼女の遺体を抱えている」
もう一人の、怜悧そうな鋭い眼をした端整な顔の男が、詰問するような口調で話しかけてくる。
「それは――」
「待て、こちらも状況を把握したい、詰所で話そう」
統利が説明しようとすると、それを門番が遮った。
「俺は構いませんが――」
「……良いだろう、ここは人目にもつく」
それを聞いた門番は、彼らを詰所へと案内した。
「――成る程、つまり君が駆けつけたときには、既にエレナは息絶えていた。その後、君はエレナの命を奪った巨人を倒した、と」
「ええ、その通りです」
簡単な自己紹介のあと――赤い髪の男がジーン、もう一人の男がレイル、女性はサーシャ――、一通りの説明が終わり、レイルがそのときの状況を確認する。
「マジかよ、エレナと戦っていた巨人って、あのトロールの事だろ? それを一人で殺ったってのかよ……」
「間違いないわ、彼の服に付いている血は、紛れもなくあのトロールのものよ。凄い……」
あの巨人――トロールと言う種類らしいが、それを単独で倒したことにジーンとサーシャが驚いている。
確かに、普通の剣であの皮膚を貫くことは無理だ。それを考えれば、この反応も理解できる。
「だが、何故君はエレナの遺体を? あの森をエレナを抱えながら突破するのは、楽ではなかった筈だ」
「理由と言われても……放って行くのが可哀想だったから、では駄目ですか」
「可哀想等と言う理由で――いや、そのお陰で私達は死体とはいえ、エレナと再会できたのだ、それは聞かないでおこう」
重い空気が部屋を覆う。ジーンとサーシャの二人も押し黙り、フィエナは俯いて言葉を発さない。
「あ~、ちょっと良いか? トーリ・シジョウだったか、君は何処から来たんだ? 俺は昨日と今日は、一日中この北門に立っていたが、君は見ていない」
その空気に耐えられなかったのか、門番の男が話題を変えるように質問してきた。
まさか、本当のことを話すわけにもいかない。
「東の国から来たんですが、路中思いの外時間がかかって、旅費が底をついたんです。それで、少しでも旅費を稼ごうと。幻魔の森には、魔術や錬金術に使う、珍しい素材も多いですから」
「成る程、それなら納得できる。一度街に寄らなかったってことは、ギルドには登録してないのか?」
「ええ、元々冒険者という訳ではないので」
メフィストが考えた台詞を、そのまま答える。門番も特に疑問に思わなかったのか、追求はしてこなかった。
「しかし、遺体一つ運んできたんだ、素材を運ぶ余裕はなかっただろう。旅費も無いということだし、これからどうするんだ?」
「どうしますかね、これからまた森に入っていくのは、正直御免被りたいですし」
確かにそれは問題だ。そもそも、なにか計画を練ってあの森に居たわけではない。文字通り行き当たりばったりだったのだから、これからどうするかなど、考えてある筈がない。
話が長引いたせいで、もう日も沈みかけている。今から再び幻魔の森に行くのは、ただの自殺行為だ。
「あ、あの――」
どうしたものかと悩んでいると、今まで塞ぎ込んでいたフィエナが、遠慮がちに話しかけてきた。
「何?」
「えっと……もし宜しければ、今夜の宿をお貸ししましょうか?」
「お貸ししましょうかって……」
「厳密には、貴方の代わりに宿代をお支払するということですが」
「それは――」
願ってもないことだ。宿代から何まで出して貰うというのは心苦しいが、一文無しの今、そんなことに拘ってもいられない。「……良いんですか?」
統利は、レイルたち三人に向かって尋ねた。
「問題ない、私たちも君には感謝している」
「当たり前だぜ。わざわざエレナの遺体を運んできてくれたんだ、これくらいの事はしねえとな」
サーシャもそれに頷き、同意を示す。
反対するものが居ないのであれば、統利がその厚意に甘えるのに、委細の問題はない。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
§
「ふう……」
統利は、ベッドに倒れ込みながら息を吐いた。
長い一日だった。
通り魔に殺されたことから始まり、虚界にてメフィストと契約し、新たなる命を得て異世界に来た。
果てには巨人との殺し合いだ。
とても、一日に起こった出来事とは思えない。否、或いはかの虚界にて、実際に遥かな刻に身を委ねていたのかもしれない。
(ならば、元の世界に戻れなかった理由にもなる)
何れにせよ、今さら考えたとて詮なきことだ。
今はそんなことよりも、これからの未来に目を向けるべき時だ。
(さしあたっては――)
「メフィスト、一つ聞きたいことがある」
『よかろう、我も主に聞きたき事がある』
その言に、統利は眼を瞑り沈黙する。
何を考えているのだろうか。
彼と契約したメフィストでさえ、その心中を推し量ることはできない。
暫しの後、統利は再び眼を開けた。
「そっちから聞こう。大体予想はできるが、何が聞きたいんだ?」
『恐らく、その予想と違わぬであろう。我が聞きたいのは、主があの雌姓体をこの街まで運んだ理由だ』
矢張それか、と統利は内心苦笑する。
流石に、あの時メフィストに語った理由では納得してはもらえなかったか。
そもそも、統利がメフィストであったとしても、あの様な理由、信じようともしなかったであろうから。
だが、
「改めて聞かれても困るな。あのとき語った理由に、一片の嘘も混じってはいない」
『あの様な理由で、数多の魔物が跳梁跋扈する幻魔の森を、死体一つ抱えて踏破したというのか』
馬鹿な、と思う。その様な理由で、自らの命を危険にさらしかねない真似を、この契約者が行うとは、到底信じられない。
「理解できないだろう? お前だけじゃない、恐らく、三千大千世界に住むあらゆる存在の中で、この行動を本当に理解できるのはほんの一握りだろう」
『……』
例えそうだとするのならば、メフィストには何があろうとも、到底理解し得ないだろう。 恐らく、統利を理解できる者とは、彼と同じ執着を持つものだけだろうから。
「次は俺の番だ。メフィスト、契約の時お前は言ったな? 俺の命を貰うのは、俺が特定の言葉を口にしたときだと。特定の言葉とは何だ?」
『ふむ……もう少し主がこの世界に慣れてから考えようと思っていたが、よかろう』
メフィストは、少し考えるように間を空けた。
『主は我をメフィスト名付けた。ならば、これが最も相応しかろう。我が主の魂を奪う為の言葉、其れは――』
一拍の後、悪魔はその言葉を口にした。
『"Verweile doch! Du bist so schon."《瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい!》』
To be continued
長い…………
というわけで、鬼柳堂で御座います。
色々詰め込んだ結果、第二節の二倍ほどの長さになってしまいました。
しかし、疲れた……。
では、中身の解説を少々……。
まず、主人公の使っていたあの剣ですが、ただ単に作者が変わった武器を出したかっただけです。いやほんとそれだけ。
多分途中で武器変わります。
さて、これが一番肝心なことなのですが、最後の方の統利とメフィストの会話で、契約に関することが出てきました。
それに関して第一節を改訂しましたので、この場を通じてお知らせ致します。
まあ、正直数文字変わっただけなので、改めて見直す必要はないかと。 要は、契約終了の条件が、統利の死から特定の言葉を口にしたら、に変わっただけなので。
最後に今後の予定を。
取り敢えず、次話はまた短くなるかと思います。更新は二週間ぐらい後になるかと。
次話更新前に、簡単な用語集の様なものを入れようかと思っています。
それでは、第四節にて皆様と又お会いできますことを――




