第一章:第二節 遭遇
その扉を潜った先には、木々の鬱蒼と繁る森があった。
「ここは……」
『おぬし――主の新しく住まうことになる世界だ。この場所は……どうやら、幻魔の森と呼ばれている所らしい』
幻魔の森? と統利は尋ねた。
『然り。この森は、大気中に含まれる魔力量が、異常なほど多い。故に、この森には様々な魔物たちが生息している。一説では、この大陸に存在する魔物の種類、ゆうに三桁を越えるそれの、凡そ八割がこの森には住まうという』
それを聞いて、不安が統利を襲う。
そもそも、魔物が存在するなど聞いていない。しかも、大陸に生息する三桁以上の魔物の種類の内、八割までもがこの森にいるとは……。 この悪魔は、本当に統利の命を助けるつもりがあるのだろうか?
「大丈夫なのか? 正直、魔物なんぞと遭遇して逃げ切れる自信はないぞ」
『問題ない。仮にもこの我と契約しておるのだぞ? そこいらの魔物ごとき、塵に等しい』
普通に戦っても勝てるということだろうが、それならまず最初に教えておいてほしかった。
むしろ、この世界に移動する前に、そういうことは教えておくのが筋というものだろう。
「聞かなかった僕も悪いが、そういうことはなるべく早く教えてくれ……。で? 戦うにしても、魔物との戦い方なんてわからないぞ。武術は一通りやっていたが、あくまで対人戦だからな」
魔物と聞いて想像するのは、RPGやファンタジー小説に出てくるようなのだが、実際に戦えと言われても困る。元居た世界でも、猛獣の類いと戦ったことは無いし、ましてやそれらを遥かに凌ぐであろう魔物と戦うなど、出来ればごめんこうむりたい。
大体、幾ら力で魔物を凌駕していようとも、それを使いこなせなければ意味がない。百の力を持っていても、その内十の力しか使えない者と、二十の力しか持っていないが、二十全てを使える者とでは、どちらが勝つかなど言うまでもないだろう。
『案ずるな。我と契約して得た力の使い方は、主の頭に入っている。一度も使ったことの無い力であろうと、それを十二分に使いこなせよう』
「そういうものか。だが、実際に魔物と向き合ってまともに戦えるのか? いくら勝てるとわかっていても、怖いものは怖いだろう。それが今まで見たことの無いものであれば尚更だ」
何が問題かと言えば、それが問題だ。力の使い方が頭に入っているというのなら、それはいい。が、まさかこの悪魔も統利の精神までは弄ってはいないだろう。たぶん。
『主が魔物ごときに恐れをなすとは思えぬが……何れにせよ、死にたくなくば戦うしかあるまい。魔物と遭遇せずに、この森から出ることなど出来ぬしな』
「お前は本当になんて所に連れてきてくれたんだ……!」
やはりこいつは信用できないと思いながら、統利はこれからの事を考える。
(取り敢えず、今は魔術の使い方を確認するか。……魔物と遭遇しない内に)
「というわけで、どうすれば良い? 使い方が頭に入っているとは言っても、何処から手をつければ良いのかわからん」
『ふむ、ならば今の内に簡単に説明しておこう。まず、主が得た我の魔術は、この世界で使われている魔術とは異なる。この世界の魔術は呪文の詠唱を必要とするが、我の魔術は、我の居た――仮に虚界としておくが――虚界の力を引き出して使っているのだ。故に、態々呪文を詠唱する必要など無い』
虚界――あの矛盾の世界の事では、思考が直接世界の有り様に干渉していた。その力を引き出して使うということは、思考した結果がそのまま魔術となるということだろう。
『虚界とは我を通じて常に繋がった状態にある。故に、文字通り思考するだけでよい』
思考するだけ、というのも聞けば簡単だが、実際には使いたい魔術の効果や形状など、かなり細かく想像する必要があるようだ。
(試しになにかやってみるか。取り敢えず、何ができるんだ?)
統利は、与えられた魔術の知識を参照するが、限度はあるにせよ、基本的に出来ない事はないらしい。
『武器でも作ってみてはどうだ。我の魔術が使えるとはいえ、素手では心許なかろう』
確かに、人を遥かに凌駕する魔物と戦うのに素手では、いささか不安だ。
『虚界で製造した武器を、現実世界に取り出すのだ』
「虚界で製造……」
統利は、あの恐ろしくも不思議な世界を思い描く。
すると、体は現実世界にありながらも、精神の一部だけが虚界に転移したかのような、奇妙な感覚に襲われた。
(これが、魔術……!)
その感覚を保ったまま、統利は武器を想像する。
(形状は……剣型……)
想像し、思考する。思考は形となり、想像より創造され、虚界に一振りの剣が創られる。
(これを……現実世界に取り出す……)
右手が熱い。
黒い光と共に、右手に何処か禍々しさを感じさせる、赤黒い刀身の長剣が現れる。
『其れが、主の創りし武器か……。なんとも禍々しい剣よ』
それについては、統利も驚いている。そもそも、そこまで細かく想像してはいない。精々が、剣という形状ともう一つ、ある特殊な機構だけだ。
『まあ……其れが主の心の具現ということだろう』
「……」
『其れよりも……一度作り出した武器は、虚界に収納しておくというわけにはいかぬ。鞘も創っておくがよい』
「虚界に保存が出来ない? どういうことだ」
『虚界では、意思のあるものしか存在できぬ。生物ですらない武器では、言うまでもなかろう』
武器を創るには、ある程度の時間が必要だ。戦闘の度に一々創り出す訳にもいかない。これで虚界に保存が出来ないとなると、この悪魔の言うように常に身に付けておくしかない。
「仕方ないな」
統利は、再び虚界に接続し、鞘て剣を吊るすベルトを創りあげる。
一度剣を創った事で慣れたのか、今度はそれほど労力をかけずに創ることが出来た。
「取り敢えず、これで剣を――!」
統利は、突如響いた剣檄の音に、帯剣しようとしていた手を止める。
「おい」
『気付いたか、主よ、何者かが人型の魔物と戦っているようだ……どうやら、魔物の相手をしているのは、若い人間の雌姓体のようだな』
「何処だ?」
統利は素早く帯剣し、戦闘の起こっている場所を尋ねた。
『行く気か? 魔物がいるのだぞ』
「人型なら、それほど気圧されずにすむ。何より、お前の魔術がこの世界でどれ程通用するのかも見ておきたい」
この悪魔は、自分と契約した統利には敵うものはいないと言っているが、どれ程信用して良いものか分からない。いざというときに、実は手も足も出ませんでした、なんて事にはなって欲しくはない。その為にも、ここで調べておく必要がある。
『ならば急いだ方がよかろう。この森には道らしい道はない、魔物と戦っている者も、苦戦しているようだ』
「分かった。案内してくれ」『承知』
出来れば、魔物と戦っている者も助けたいと思っている。
統利は、彼の契約悪魔が述べる方向に向かって走り出した。
『そういえば主よ』
戦闘地点への移動中に、悪魔が話しかけてきた。
「何だ? なにか問題でも起こったか?」
もしや戦っている人間が危ないのか、とも思ったが、どうもそういう雰囲気でもない。
『否……そうではない。そろそろ我の呼び名を考えてはくれぬか』
今言うことか? と反論しかけたが、どうせこの悪魔は分かってて言っているのだろう。
「後じゃ駄目か?」
『今が良い』
――くそったれ!
統利は内心で毒付きながらも、悪魔の要望を叶えるべく思考を巡らせた。
「……メフィスト」
『む?』
「メフィスト、お前の名前はメフィストだ」
メフィストフェレス――ゲーテの『ファウスト』で、ファウストと契約して悪魔の名前だ。
この名前にしたのには特に意味はない。ただ真っ先に思い付いたのが、これだっただけの事だ。
『メフィスト……か、悪くない。気に入ったぞ』
悪魔改めメフィストは、満更でもなさそうに答えた。
「そうか、それはよかった!」
適当に返事をしながら、統利はスピードを上げる。
ついさっき気が付いたことだが、この世界に来て――と言うよりも、メフィストと契約して――、基本的な身体能力も向上しているようだ。
「あとどれくらいだ、メフィスト」
『凡そ五百だ……む!?』
「どうした、メフィスト? ――!」
剣戟の音が止んだ。一時休戦となったか、それとも……決着がついたか。
前者は兎も角、後者であれば、魔物と戦っている若い女性が勝っている可能性は低いだろう。メフィストの言を信用するならば、彼女は苦戦していたようだから。
「くっ……!」
木々の生い茂る森では、危険と言えるほどの速度を出し、統利は戦闘が行われていた場所に急行した。
(見えた、あれか――!?)
森が突如途切れ、戦闘が行われていたと思われる広場が現れた。
そこには、腹部に大きな傷を負い、地面に倒れたままピクリとも動かない、十代後半頃の少女――恐らく彼女が魔物と戦っていた人間だろう――と、灰色熊をも超える身長の人型の魔物――巨人が居た。
第三節 戦闘に続く
と言う訳で、最初の敵が出てきました。第三節で戦います。
さて、漸く異世界に来たわけですが、すいません。統利とメフィスト以外のキャラは第三節に出ます。
後、メフィストの命名理由は作中の地の文で出ているものと同じです。どうでも良いですね。はい。
第三節も近い内に投稿します。
感想などいただければ嬉しいです。




