第一章:第九節 祝祭
お久し振りです。鬼柳堂で御座います。
本作の大幅な改訂版を書いていたり、私が若干スランプに陥っていたりしたこともあり、拙作を楽しみにしていただいた皆様には、大変お待たせすることになり、まことに申し訳ございません。
短いですが、最新話です。急遽書き上げましたので、あまりクオリティは高くありませんが、楽しんでいただければ幸いです。
開け放たれた窓より、街の喧騒を風が運んでくる。
統利は、飲んでいたエールのジョッキを机に置き、祝祭の始まった街へと視線を向けた。
『アレほどの戦の後と云うのに、逞しいことよ』
「逆だ。あれほどの戦の後だから、だよ」
一口エールをあおる。
「幸い、傭兵を除いた人的被害は少なかったが、あの恐怖は人々の心に深く根付いた筈。それから目を逸らさせるのが、此れの目的だろ」
時間の経過が、人々の恐怖を薄れさせていくだろう。人は、忘れることが出来る生き物なのだから。
それに、魔物の中には爪牙や皮が高値で取引されているものもいたらしく、資金的には戦の傷が癒えるまで祝勝祭を行っていても、問題はないだろう。
「とは言え、事実上ガラドヘイムの人的被害が警備隊だけというのも、悲壮感を減らす一因となってはいるんだろうがな」
『その警備隊も、大半が戦争屋出身のの独り身か。成る程、家族よりも隣人の方が死ぬ悲しみも少ないと言うことか』
戦場に嫌気がさしたり、一線で剣を奮うには歳を経た戦争専門の傭兵。彼等の多くがガラドヘイム等の町で警備の仕事についているらしいが、戦場で幾年も過ごしてきた身からすれば、一般の民草とは馴染みにくいと言うことか。
民間人上がりの警備隊員は、殆どが事務屋だったりの裏方らしく。死傷者も数人だけだったとの事。
「因果だな……。まぁ良い、この話は此処までだ。其れよりもメフィスト、お前に一つ聞きたいことがある」
統利の雰囲気がガラリと変わる。その眼に揺らめくのは、紛れもない憤怒。
魔物すら怯ませんほどの怒りを、姿無き悪魔に向けている統利の姿が、其処にはあった。
『落ち着かぬか、主よ。其ほどまでに――』
「あの時、俺は目覚めて間も開けずに戦場に足を向けた」
『――…………』
「何故だ? ゲアハルトに語ったように、迫る驚異を排除するためか? ハッ、馬鹿馬鹿しい! 幾ら俺でも……否、俺だからこそそんな思考はあり得ない。何故危機に飛び込む必要がある? 無いだろう。オーガと戦り合った時のように、逃げることが出来なかった訳じゃない。地理が分からなくても、街道に沿っていけば、何れは他の街に辿り着いた筈だ。それこそ、魔術で身体能力を強化して走っていけば良い。其れで尚幾日も掛かるほど離れてはいないだろう。此れほどの街だ。加えて幻魔の森に隣接するほどの要所とあっては、近隣に有事の際に支援が可能な拠点としての街があったって、何らおかしくはない。国軍の救援だって、一日で来れたんだ。良く整備された道が、近隣の駐屯所と繋がっているんだろう。
まぁ、つまりだ。お前――、俺に何をした?」
統利の詰問に、メフィストの沈黙が返ってくる。
統利の持つグラスにヒビが入る。今にも爆発しそうな憤怒を抑え込み、統利は再びメフィストを問い詰める。
「答えろよ【悪魔】。お前の事だ、どうせ―――」
『クックックックック、ハッハハハハハハ!』
「貴様――!」
『流石だ契約者、こうも早々に気付くとはな。――否、当然か。その執着、如何な違和感も赦さぬ程。然らば、気付くは必定か。
あぁ、正しくその通りだ。我の力により、主の感情を弄らせて貰った。我が楽しむために、な』
「――! この――」
ガタンッと音を鳴らし、椅子が床に倒れる。
今にも破裂せんほどの怒りに震える統利を、突如響き渡ったノックの音が引き戻した。
「――誰だ」
「わ、わたしです。フィエナです。えっと、何か叫び声がしましたけど、大丈夫ですか?」
不機嫌な統利の誰何に、吃りながらも気弱そうな声が返ってくる。それを聞き、統利は大きく深呼吸して心を落ち着かせる。
何とか怒りを抑え、統利は返事を返した。
「いや……、何でもない。今日は疲れたからな、少し横になってたら悪い夢を見てしまって――、みっともなく叫び声を上げてしまっただけだ。気にするな」
「そ、そうですか? ならいいですけど……」
「あぁ――、そんなことより、用件はそれだけか?」
「あ……いえ、その……えっと……。わたしたち、これから祭りを回ろうと思ってるんですけど、トーリさんも一緒にどうですか?」
成る程、それも悪くはない。これ程の祭りだ、さぞ楽しめることだろう。だが、今は間が悪い。
抑えてはいるものの、今にも溢れ出しそうな怒りが、統利の内で燃え盛っている。祭りを楽しむ事など、到底出来そうにない。
「悪い……今はそんな気分になれない。済まないが、しばらく一人にしておいて貰えないか」
統利のその返答に何を感じたか、フィエナは僅かの沈黙の後に「分かりました」とだけ答えて、部屋の前から去っていった。
完全に気配が消えたのを確かめた統利が、メフィストに向かって言葉を発するよりも早く、メフィストの念話がそれを遮った。
『クク……。危うかったな、主よ。少し落ち着いてはどうだ?』
嘲るようなその声色に、統利は怒りの表情で歯軋りする。
だが、ここでまた我を忘れ怒りに身を任せれば、面倒なことになりかねない。
統利はそう自分に言い聞かせ、猛る憤怒を抑えていく。
「―――良いだろう。結果的に問題はなかったんだ、今回だけは不問にしてやる。だが――、次はないぞ? もし又同じようなことがあれば、どんな手を使おうとも、必ずお前を消滅させてやる」
『ふん……案ずるな。我とて、これ以上余計な真似はせぬ、万が一にも主に死なれては、我の楽しみも無くなるのでな』
「その言葉――、真であることを願うぞ」
その言が必ずしも真実ではないだろう。元より悪魔を自称する輩など、如何なる信も置くべきではないということか。
ただ、今の統利ではメフィスト相手に何が出来るわけでもない。故に、統利も表面上は引き下がったが、然し、統利とメフィストの間に出来た塞がり得ぬ亀裂は、統利のメフィストに対する信を完全に打ち壊した。
この先、彼等の間に信頼関係が築かれることは、恐らく二度と無いだろう。
『む……? 主よ、何処に行くのだ?』
「気晴らしだ、フィエナ達と合流する。―――俺が許可するまで話しかけるな、不愉快だ」
『……了解した、主よ』
だが、或いはそれすらもこの悪魔の思惑の内なのか。他者の人生をゲームにする、そんな輩にとっては統利のこの感情すらも、肴になり得るのだろう。
――不愉快な。
メフィストに気取られぬように、心の奥の奥で『敵』を排除する術を思考しながら、統利はその感情を隠すことなく露にした。
Side unknown
「がはっ……!」
鮮血が、暗闇の大地に撒き散らされる。
男は、地に片膝をつきながらも、自らを下した眼前の『影』睨み付けた。
「くっ……。君は――」
男の言葉を遮るかのように、『影』から衝撃波が放たれる。防ぐ事も叶わず、男の体は宙に舞った。
「がっ……!」
真上からの追撃で、男は地面に叩きつけられる。
「ま……まさか、此処が見付かるとは思わなかったよ……。ぐっ……」
痛みに顔を歪めながらも、男は尚も『影』に向かって言い募る。
「迂闊だったよ……。幻魔の森での実験にかまけすぎて、君ほどの存在に狙われているのに気が付かなかったなんて、ね」
『…………』
「ふふ……。でも、この事を知れば、彼はどう思うだろうね? 何せ、君は――」
『死ね』
『影』の翳した手に大気中の魔力が集まっていく。それを見た男も、防御の魔術を行使するために魔力を集めるが――、間に合わない。
無詠唱でありながら、瞬く間に高威力の攻撃魔術の術式を展開した『影』は、男に防御魔術を展開する間を持たせずに、光を撃ち放った。
暗闇に煌めく其れは、地上に生まれた旭光のように男を飲み込み、その背後にあった屋敷ごと周囲一帯を覆った。
光が収まった後には、ただ荒野と穿たれたクレーターが在った。其処に男の姿は見受けられない。当然か、あれほどの魔術をまともに喰らって尚、存在していられる人間など先ず居ないだろう。跡形もなく蒸発した筈だ。
余波を避けるために、上空に飛び上がっていた『影』は、その惨状を一瞥すると、その身を暗闇に溶かすように、その場から転移した。
その姿を眺める、一対の瞳には気付かずに。
「この力……やはりそうか。――さて、君はどうするのかな、熾条統利君……?」
To be continued
これでガラドヘイム編は終わりです。
次回からは、フィエナ達と共に傭兵として主人公が各地を回ります。
漸く話を先に進めることができると思うと、何やら達成感が……。正直、ガラドヘイム編に時間を掛けすぎた感がありましたからね。
さて、次回の更新は来週の土日になると思います。拙い愚作ではありますが、此れからも読んでやって下さいますと幸いです。
其れでは、またお会いできますことを願って。




