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第一章:第八節 決戦(後)

 私の地元にも原発があるんですが、福島原発の件で結構影響でそうですね。型も同じだそうですし。

 三号機と四号機の運転が送れそうです。寧ろ中止になる可能性も……。

 トーリ・シジョウとオーガが戦ったと思しき場所は、地面が抉れ、其の一体だけが焦土と化していた。


「派手に戦ったものだ。炎熱系の魔術に、あの痕跡は風刃か? 通用しなかったとはいえ、大した威力だ」

「後始末も大変そうですね。いや、家屋に火が移らなかっただけでも幸運ですか」


 だが、戦闘に巻き込まれたのであろう、何軒かの家屋が崩れているのが見て取れる。痕跡から見て、恐らくはオーガの攻撃によるものだろうが、一日二日では片付きそうに無い。

 今現在も、街の住民や非戦闘員の警備兵等が総出で始末に当たっているが、一向に終わる気配が無い。


「まあいい。――それより、トーリ・シジョウのガラドヘイム防衛戦への参加の話だが、頼めそうか?」

「それは……、トーリさんの性格を考えると、難しいかもしれません」

「性格? 其処まで難儀なのか、トーリ・シジョウは」

「いえ……その……何というか……」


 何かを迷うように言葉に詰まるフィエナ。其れを見てレイルが横から助け舟を出した。


「トーリは死を極端に恐れています。だから討伐隊にも参加しないと、そう言っていました」

「……は?」


 予想外の一言に、ゲアハルトは間の抜けた一言を返してしまう。


 傭兵だろうと一般人だろうと、死ぬのを怖がるのは至極当たり前のことだ。だから、高確率で死ぬ危険のある幻魔の森討伐隊やガラドヘイム防衛戦に参加しようとしないのは理解できる。

 だが、其れならば何故この街に来たのかが分からない。

 討伐隊の募集は、国中に出していたのだ。少なくとも、旅をしていたというのであれば、今この街が穏やかならざる状況にあるという事を、知らないはずが無い。


 其れに、聞くところによると、フィエナ達が彼に始めて会ったとき、彼は幻魔の森から出てきたという。果たして、極端に死を恐れる者が幻魔の森から出てくるだろうか?

 ましてや、其の時の彼は未だ傭兵ですらなかったのだ。如何考えても、幻魔の森から出てくる理由が無い。


 其れこそ、つい先ほど彼はオーガすら単独で斃しているのだ。此れで死を極端に恐れるなどと、誰が信じれようか。


「其れについては確かに疑問では有りますが、然し彼の言葉が嘘だったとは思えない。明らかに感情の箍が外れ、魔力の制御すら成っていなかった」

「……それは、もしや昨日観測された魔力の?」


 ベルディオの疑問を肯定し、レイルは其の時のトーリの様子について語った。

 成る程、話を聞く限りでは、確かに死を恐れているのだろう。だが、それ故に疑問は深まるばかりだ。


「ゲアハルト、考えていても仕方有りません。ちょうど宿にも着いたようですし、こういう事は本人に話を聞くのが一番ですよ。宿は此処で間違いないのですよね、ファーリエルさん?」

「はい。この宿の二階に、トーリさんがとった部屋があります」


 それほど高級な宿でもなく、かといって安宿というわけでもない。宿としては中堅ぐらいだろう。其れなりに値は張りそうだが、Bランク以上の傭兵が泊まるには手頃な宿か。

 宿の二階部分を一瞥し、ゲアハルトは扉を開け宿に入った。


 ガラドヘイム傭兵ギルドのギルドマスターが入ってきたのを見て、宿の主人の顔に驚愕が浮かぶ。然しそこはプロか、すぐさまそれを押し隠し用向きを尋ねてきた。


「トーリ・シジョウに会いに来たのだが、構わんか?」

「は、はい。それは勿論。ただ、まだ気を失ったままですが?」


 それを聞いて、サーシャが宿の主人に詰め寄った。


「まだ目が覚めないの? 原因は?」

「お医者様がおっしゃるには、なにやら休眠状態が如何とか……」

「休眠状態? 成る程、魔力の過剰使用で負荷がかかったのね」


 サーシャが納得したように何度も頷いている。実際、高い魔力を持った魔術師が、自らが扱える魔力の限界を超えて過剰使用したために気を失い、休眠状態に陥ることなどさして珍しいことではない。

 だが、一度こうなれば、恐らく数日間は眠ったままであることが多い。


「これでは、トーリ・シジョウの性格云々以前に、ガラドヘイム防衛への協力など望めんな」

「此ればかりは無理にも起こせませんからね」

「仕方あるまい、ギルド本部に戻りこれからの対策を考えるか。ファーリエル君たちは他の傭兵と共に街の警備を頼みたいが」

「分かりました。わたしたちは、一度トーリさんの様子を見てから警備に回ります」

「うむ。では主人、騒がせたな」


 ひたすら恐縮している宿の主人に一声掛け、ゲアハルトとベルディオは宿を後にする。フィエナ達は、宿の主人から鍵を借り受けトーリ・シジョウの部屋へと向かったようだ。


「ベルディオ、此処からが正念場だ」

「此れほどの戦い、あの頃を思い出しますね」

「懐かしんでいるときではないぞ。やる事は山済みなのだからな」


 ベルディオをたしなめながらも、ゲアハルトの口元には微かな笑みが浮かんでいる。

 ガラドヘイムの戦力は半減し、いつ魔物が襲来してくるかも分からない。そんな危機的状況にあってもなお、ゲアハルトに焦りは見られない。


 当然だ。この程度で慄くほどゲアハルトは物分りがよくない。どれ程の困難が立ちはだかろうとも、一切合財まとめてぶち壊す。鉄槌の異名はそのためにあり、其れこそがゲアハルトの生き方なのだから。



§



 刻にして未明。偵察に出ていた傭兵の一パーティーより、幻魔の森から前代例無き大量の魔物の群れが押し寄せているとの報告が入った。

 此れを聞き、ガラドヘイムは即座に戦闘態勢へと移行。街中を警戒警報が鳴り響いた。

 事前に仕掛けておいた魔術トラップのお陰か、魔物たちの進行速度は遅く、ガラドヘイムへ到着するのは空が白んでくるころとの事。


 既にガラドヘイムは、ゲアハルトの指揮で万全とは言いがたいものの、最善の迎撃準備が完了している。傭兵や動ける警備兵たちも配置につき、今か今かとその時を待っている。


「! 見えたぞっ!」


 右手から薄っすらと日が顔を出し、空が徐々に明るくなってきた頃、誰かが前方より迫り来る黒い群を見つけ叫んだ。

 仄かな明かりに照らし出される其れは、数多の魔物の姿。一般人が思い浮かべるであろうそれらをすべて抜き出したかのごとく、多種にわたる魔物たちが遥か前方をうごめいていた。


 其処彼処から息を呑む音が響いてくる。

 討伐隊がかなりの数を斃したはずなのだが、果たして何処にあれだけの魔物が隠れていたのだろうか。或いは、オーガのように誰かが他所から転移させたのかもしれないが。


「総員、砲撃戦用意! 魔導兵装一番二番、魔力充填開始!」


 圧倒的な魔物の群れを前に、開戦前から気後れしている傭兵たちを、ゲアハルトの指示が正気に戻した。


 傭兵たちは、それぞれ迎撃体制に移る。其の中でも、街門の上に五つ設置されている、魔物の群れに砲口を向けた巨大な大砲は、一際威容を放っていた。


 此れは、威力と射程にのみ特化した砲撃魔術を、魔力の消費のみで発動するために作られた魔導兵装、其の試作品である。

 魔力さえあれば、魔術の才に関係なく砲撃魔術を放てるこの大砲は、容易く戦況を変えることを可能とする。であるが、既にこの大砲の研究は頓挫している。


 確かに威力は高く射程も長い。だが、魔力の重点に時間がかかり、なおかつ一度使用するごとに全面的なオーバーホールを要するこの大砲は、兵器としての費用対効果が悪すぎるのだ。

 ガラドヘイムにある五機の大砲も、不要になった試作品をベルディオが伝を使って貰い受けた物だ。

 故に、本格的な施設の要するオーバーホールが出来ず、一度放てば部品が劣化し二度は使えないこの大砲は、文字通り使い捨ての消耗品である。


 だが、威力はある。上手く使えば、かなりの数の魔物を掃討出来るだろう。


「良いか、ギリギリまで引き付けるんだ。成るべく多く巻き込むぞ」


 迫り来る死の群れに、今にも引き金を引きそうになっている砲手にゲアハルトが声をかけ、落ち着かせる。

 タイミングが重要なのだから、恐怖で折角の切り札の一つを台無しにしてもらうわけには行かない。


 誰一人として音を鳴らさないガラドヘイムへと、魔物が轟かせる地響きの音が数百メルテス程まで近づいたその時、ついに其の号令が轟いた。


「魔導兵装三番から五番魔力充填開始。一番二番()ぇぇぇえ!]


 轟っ! と二筋の光弾が大空を裂き、蠢く黒い群へと着弾する。

 地上に極小の太陽が生まれたかのごとき閃光が一帯を覆い、一瞬遅れて凄まじい衝撃と轟音が傭兵魔物の双方を襲った。


 閃光の消えた後には、二割近くを消滅させた魔物の群が在った。

 其の余りの威力に、傭兵たちは絶句し、魔物すら一時其の進攻を停止した。


「圧倒的だな、この兵器は。だが、まだだ。弓兵、魔術師部隊は斉射用意! 魔導兵装の魔力充填も急がせろ!」

「『はっ!』」


 街壁の上にいた警備兵や魔術師たちが、それぞれ弩砲バリスタに矢を番え、杖を構えて詠唱を開始する。其の目が見据えるのは、眼下の化生。


「良し……。斉射始め!」


 号令と共に、空を鉄と魔の矢が覆いつくす。動きを止めていた魔物に、其れを避ける術は無い。魔物の群の先陣に着弾した其れは、瞬く間に魔物の死屍を晒していく。

 雨霰と降り注ぐ弾幕に、魔物は引くも進むも叶わず、其の身を穿たれる。


「魔導兵装三番から五番、魔力充填完了。何時でも撃てます!」

「撃ち方止め! 十秒後魔導兵装発射。三番は敵後方を、四番五番は先陣へ照準合わせ。総員、対閃光対衝撃防御。五、四、三、二、一、今!」


 三度みたび地上に陽が瞬き、赤光と豪風が戦場を包み、巻き上がる粉塵が魔物を覆い隠す。

 晴れやらぬ粉塵に、傭兵や警備隊は次手を決めかねている。此方が圧倒的不利なのだから、無駄弾を消費するわけにもいかない。故に、敵の姿が見えぬ今、委細の攻撃をしかねているのだ。


「―――――――!」


 静寂を打ち破るような咆哮一つ。

 刹那、魔の群を覆いし粉塵の内より、一匹の狗が飛び出してくる。只の狗ではない、凡そ二メルトルにも達しようかという其の体躯、妖しげな紫炎を纏いし其の姿は、正しく化生の物であろう。


「ヘル……ハウンド……!」


 誰かの半ば悲鳴じみた声が聞こえる。

 さもありなん。煉獄に棲まいし魔狼の眷属なのだ、まみえて嬉しいものでは有るまい。


「如何します、ゲアハルト。あれには弓も魔術も効きませんよ?」

「ふん。是非も無い」


 只一言をつむぎ、傍に立て掛けてあった戦鎚を手に構えるゲアハルトへ、ベルディオが恐る恐る声を掛けた。


「……あの、ゲアハルト? まさか貴方――」

「後は任せた」


 跳躍。ゲアハルトは一息に街壁を飛び越え、ヘルハウンドへと降下する。


「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 可視化するほどの高密度な魔力を籠めた渾身の一撃。十数メルトルの上空からの落下速度も加わった其れは、容易く魔狼の頭蓋を砕き、直下の地面を大きく陥没させる。


 ゲアハルトの攻撃はそれでは終わらない。着地時に起こった一瞬の膠着の後、ヘルハウンドに続いて迫り来た魔物数体を屠り、付着した血糊を払い落とした。

 ――其の姿、戦鬼の如し。


「俺はゲアハルト・シュタイナー。鉄槌ゴッドハンマーの名を戴きしガリムの騎士なり! 命の要らぬ者から疾く参れ!!」


 其の名乗りに呼応するかのように、魔物たちの進攻が再開する。迫る地響きを、ゲアハルトの背後から轟く鬨の声が押し返す。


「今こそ、我等全力を賭して戦う時! 刃持ち敵を討て! ゲアハルトに遅れを取るな!!」

「『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』」


 魔術による拡声で部隊を鼓舞するのは、街壁の上に居るベルディオ。ゲアハルトの参謀として知られる彼の合図と共に、隊は陣形を整え、魔物の群とぶつかり合う。

 二つの軍勢がぶつかり合った瞬間、鮮血が空を染め、肉片が地を覆った。


 魔物を斃せば傭兵が、傭兵が討たれれば魔物を。一度二度と剣戟爪牙が振るわれる毎に、凄まじい速度で互いの死者が増えていく。

 だが、斃しても斃しても後から湧いて来る魔物に、一晩では疲労も覚めやらぬ傭兵たちは、時間と共に不利になるは必定であろう。故に、決着は早期で無くばならない。

 とは言うものの、地力が違う以上其れもまた難しい。


 此処にいる中で最強の傭兵たるゲアハルトや、フィエナ達『トニトルス』を始めとして、名だたる傭兵も居るには居るが、大多数は中堅程度の実力者だ。

 雑魚には勝てても、多少強い魔物が出てくれば、途端に押されていく。元々人間より魔物のほうが強く出来ているのだから、其れも仕方の無いことではあるが。


「ぬおおぉぉぉ! 総員、怯むな! 常に複数で敵に当たれ! 出来るだけ単独での行動は避けよ!!」


 其の中でいて、否、その様な状況だからこそか、ゲアハルトの奮戦振りは異様とも言えるほどだった。


 数百ケイグリムもある巨大な戦槌が一振りされる毎に、並み居る魔物が血肉を散らし、戦槌が的を外し、地を打ったかと思えば、巻き起こる衝撃波が魔物を容易く吹き飛ばす。

 まさに圧倒的なまでの武勇を持って、ゲアハルトは戦場に君臨していた。


「ふん!」


 衝撃波に耐えて獲物を振り上げたミノタウロス。その頭を戦槌で砕き、開いた左手で魔物を掴み別の魔物に叩き付けた。

 さながら嵐の如き彼の奮戦は、其れを見る傭兵たちの士気を上げ、絶対不利な戦線を辛うじて維持している。


「ええい、限が無いわ! このままでは全滅も時間の問題か……。せめて国軍が来るまで持てば――むっ!?」


 思考により、僅かに集中が削がれた其の瞬間、四方より複数の魔物がゲアハルトに其の爪牙を振り下ろした。

 反応が送れ、且つ攻撃直後だったゲアハルトは、其の半数を迎撃するものの残る数体を防ぐには至らない。


(いかん!)


 咄嗟に身を投げるが、其の程度で回避できるほど魔物の攻撃は甘くは無かった。致命傷は避けられるであろうが、其の傷は確実に戦闘続行に支障を及ぼす重傷であると、結果を見るまでも無くゲアハルトは理解した。


 最早此処までか、とゲアハルトが覚悟した正に其の時、何処からか飛来した魔の矢がゲアハルトを囲む魔物たちの命を一瞬にして奪っていった。


「何っ!?」


地に倒れると同時に、すぐさま身を起こし辺りを見回すゲアハルトだが、魔術を放ったものの姿は見当たらない。

 或いはベルディオかとも思ったが、彼は弓兵・魔術師混合部隊を率い、己もまた渾身の魔術で持って敵後方に攻撃を加え続けている。どう見ても、ゲアハルトをピンポイントで援護する余裕は無いだろう。


 相対する魔物を牽制しながら、不可解な援護のもとを探るゲアハルト。其の時だった。大戦おおいくさの最中でありながら、静寂を打つかのように”彼”の声が聞こえたのは。


「これはこれは……、囃子に惹かれて来て見れば、今日は何の大祭だ?」


 其の声が聞こえた瞬間、ゲアハルトは魔物を一掃し、ガラドヘイムの方へと向き直る。其処には余りにも奇妙な光景があった。

 傭兵たちが血花を咲かせ、一体でも多くの魔物を撃滅せんと戦う中、”彼”は唯一人、戦場に舞う何れかとも異なる、ある種独特の雰囲気をもって、其の煉獄を闊歩していた。


 奇妙なのは、”彼”よりも寧ろ其の周囲の方であろう。

 傭兵たちはまだ良い。圧倒的不利なこの状況で、他人にまで気を取られている暇などありはしないのだから、気付いていなくとも不思議は無い。だが、魔物となると話は変わる。


 明らかに目の前を通り過ぎたというのに、何れの魔物も”彼”を害そうとはしない。むしろ、其処に”彼”が居る事すら認識していないようにも見える。

 否、そもこの戦場で”彼”の存在に気付いているものが、果たしてゲアハルト以外に居るのだろうか。


 直ぐ背後の魔物に意識を向けながらも、ゲアハルトは”彼”から目を離す事が出来ないでいた。

 黒いローブを身に纏い、左手に開かれた書物を持ち、右手には赤黒い長剣を携えた姿で悠然と歩みを進める”彼”は、さながら悪魔を見ているかのような錯覚をゲアハルトに与えていた。


「……トーリ………シジョウ………」


 その外見特徴に合致する者を、ゲアハルトはたった一人だけ知っていた。

 本来ならば聞こえるはずが無いであろうこの距離で、”彼”――トーリ・シジョウは、ゲアハルトが微かに呟くと同時に、其れに答えるかのごとく口元を歪めた。


「ッ!?」


 まさかこの距離で聞こえたのか、と驚愕で目を見開くゲアハルトをよそに、トーリ・シジョウは書物を掲げ一言呟いた。

 音としては聞き取れなかったが、ゲアハルトの目には其れが『跳躍』と言っているように見えた。


 真の驚愕は、寧ろこの時であった。トーリ・シジョウが何事か呟いた半瞬後、彼の姿は影形残さず掻き消える。同時に、ゲアハルトの背後で肉を断つ鈍い音が響いた。

 振り返ってみれば、其処には右手の長剣を振りぬいたままのトーリ・シジョウの姿があった。


「……無詠唱での転移とは、聞きしに勝る実力だな」


 ゲアハルトは構えていた武器を下ろし、トーリ・シジョウに話しかける。

 事前にフィエナ達から聞いていた情報から考えると、彼が今此処に立っている理由が分からない。死を人一倍忌み嫌うならば、生道無きこの死地に自ら身をおきはしないだろう。


 転移を無詠唱で行える彼が参戦してくれるならば、大幅な戦力向上が見込める。だが、彼が何を考えてこの場にいるのかが分からない以上、諸手を挙げて喜ぶわけにもいかない。

 そんなゲアハルトに、トーリ・シジョウは長剣に付いた血糊を掃い、事も無げに答えた。 


「何を聞いたかは知らないが、取り敢えず先に魔物こいつらを何とかしないか?」

「……良いだろう。だが、一つだけ聞きたい」


 背後から襲い来る魔物を、振り返らずに両断したトーリ・シジョウは、無言で続きを促してくる。

 危なげなく死角からの攻撃にも対処する彼に、内心感嘆の声を上げながらも、其れを表に出す事無くゲアハルトは話を続けた。


「君は……死を極端に忌避している、と聞いたのだが?」


 その問いに、トーリ・シジョウの表情が僅かに揺らいだ。


「それは―――」

『「う、うわああぁぁぁぁぁ!!」』

「――ッ!?」

「何だ!?」



Side 統利



「それは―――」

「うわああぁぁぁぁぁ!!」

「――ッ!?」

「何だ!?」


 統利の言葉を遮るかのように響き渡る悲鳴。其れを聞いた統利と戦槌の戦士は、悲鳴の上がった方へと顔を向けた。


「あれは……!」

『トロールか!』


 嘗て、この世界に降り立ったばかりの統利が、初めてまみえた魔物。統利の魔術すら大幅に軽減させるほどの防御力を持ち、並人では到底及ばぬ膂力を振るう巨人の末裔。

 其れが十体、味方であるはずの魔物諸共、傭兵たちを蹴散らしていた。


「滅茶苦茶な……、敵味方お構い無しか」


 戦追の戦士が得物を構えなおしながら、呆気にとられたようにそう呟いた。

 所詮は理性の欠片もない狂獣に過ぎないのだろう。明らかに敵味方の区別すら出来ていない。


 とは言え、あれを放置しておけば、只でさえ不利な状況にある戦線が確実に崩壊してしまうだろう。実際、突如現れたトロールに、傭兵たちの士気は目に見えて落ちている。


『如何するのだ? 主よ』

『当然、鏖だ。俺にとって害にしか成らないからな』


 ジャラッ、と長剣の刃が分離し鞭状になったそれが、音を立てた。

 その物音を怪訝に思ったか、今にもトロールに突撃せんと得物を構えていた戦槌の戦士が振り返る。


「トーリ・シジョウ?」

「別にあんたが聞いたことは間違っちゃいない。俺は人より生への執着が強いからな。少しでも危険があれば、其れに近付こうとは思わない。だが……、向こうから迫ってきた危険は別だ」


 魔力を鞭剣に通していく。赤黒い刀身が、淡い輝きを帯びる。

 刀身に神経が張り巡らされたかのように、感覚が鞭剣に広がるのが分かる。


「俺の命を奪おうとする者は、全て打ち砕くと決めている。此れも同じだ。俺がいるガラドヘイムへ侵攻している魔物、其れは我が命の脅威に他ならない。故に――」


 右腕を僅かに後ろへ引き、打突を放つかのように鞭剣を振り上げる。


「――脅威は、実力を持って排除する」

「ギャ?」


 重力を無視し、高速で飛来した鞭状の刀身が、呆気なくトロール一体の脳天を貫いた。

 己が身に何が起こったのか、恐らく毛ほども理解していないであろうその巨人は、眼前の獲物を屠ろうと腕を振り上げた姿のまま、大地へと崩れ落ちた。


 強い対魔の性質を持ち、並みの打撃斬撃では傷一つつかぬトロール。其れをあっさりと葬った統利に、ゲアハルトはおろか、死戦を繰り広げる傭兵たちですら束の間驚愕に目を見開いた。


「グギャアアァァァアアアア!!」


 同胞を殺された怒りか、残る九体のトロールが咆哮を上げながら、統利へと突進してくる。対する統利は、左手の魔導書を仕舞いつるぎを構え、悠然と雰囲気でそれを待ち構えた。


 一瞬だった。傭兵たちを蹴散らしながら、トロールの一体が統利から凡そ数メルテスの距離にまで迫ったまさにその瞬間、不動の構えを見せていた統利の体が紫電の如く閃き、刹那の後にはトロールの眼前で剣を逆袈裟に斬り上げていた。

 果たしてどれだけの者がその動きを見切れたであろうか。人も魔物も、恐らくはその殆どが身体強化に使われた魔力の残滓が見せる影しか見えなかったに違いない。

 それほどまでにその動きは鋭く、はやかった。


「ふっ!」


 だが、それだけで統利の進撃は終わらない。

 胴を断たれ、既に命宿らぬ同胞の肉ごと、統利を押し潰さんと振り下ろされた石剣。それを、僅か身を動かすことで避し、そのトロールに鞭状に展開した剣を巻きつけた。


「その程度で俺を殺そうなど――、四十と六億年、早い……!」


 その言葉と共に、統利が鞭剣を持った右腕を思い切り引いた。肉を裂く音と共に、トロールが無数の肉片へとその身を変えた。

 奇しくもその光景は、嘗て統利が始めてトロールを撃破せしめた時と、酷く似通っていた。


「グギョァァァアアアア!」


 突如響いた断末魔の叫び。背後より聞こえたそれに統利が振り向くと、統利を襲おうと腕を振り上げた格好で、戦槌の戦士により胴体を砕かれたトロールが、ゆっくりと倒れていく姿があった。


「ふむ……。無用かとは思ったが、身体が動いてしまったのでな」

「いや……、助かった。感謝する」


 実際、あのトロールの動きは察知していたし、その対処も瞬時に幾通りか考えていた。しかし、彼の助力のおかげでより安全に切り抜けられたのだから、統利としては十分感謝に値する事だ。


 短い会話を終え、統利と戦槌の戦士は背中合わせに武器を構えた。既に二人の周りは、残る六体のトロールに包囲されていた。


『流石に仲間が四体も殺られて、それでも矢鱈に攻撃してくるほど馬鹿ではない、か』

『如何に最下の巨人と言えども、その程度の知能はある。痴愚と侮っては、命を落とすぞ』

『一度死に掛けたからな。それぐらい分かってる』


 とは言え、最早この程度の相手に苦戦することが無いのも事実だ。隙さえ見せなければ大事無いだろう。


「そう言えば、アンタの名前は? ガラドヘイム傭兵ギルドのギルドマスターって事は知ってるが」


 トロールを牽制しつつ、統利が戦槌の戦士へと尋ねる。

 敢て膨大な魔力を放出しているため、トロールは此方を警戒し、攻撃を加えてはこない。ならばこそ、今のうちに聞ける情報は聞いておくべきだろう。

 何せ、目が覚めてから状況も分からず、ただ衝動のままにこの場へと来たのだ。如何に統利と言えども、この戦場の魔物全てを屠るのは不可能である以上、最低限勝利条件は確認しておきたい。


「ゲアハルト。ゲアハルト・シュタイナーだ。人からは、鉄槌ゴッドハンマーなどと大層な名で呼ばれている。まあ、ゲアハルトと呼んでくれ」

「統利・熾条。統利と呼んでくれ。今のうちに聞いておきたいんだが、まさか何の勝算も無くこの戦いを始めたわけじゃないだろう? 魔物を殲滅する以外の勝利条件があるなら教えてくれ」

「いいだろう。ではトーリ、現在の状況は分かるな? 見ての通り、此方が押されている。だが、王都に要請した援軍が来れば、魔物など鎧袖一触に出来るだろう。我等はそれまでガラドヘイムを守りきればよい」


 ガラドヘイムの街壁は非常に堅牢であるし、攻め来る魔物も極一部を除けばCランクの傭兵でも対処できる程度の強さしかない。基礎能力で負けていようと、戦いで磨いた技術や仲間との連携があればそう簡単に後れを取ることもないだろう。

 但し、あくまで防御に徹していれば、ではあるが。


「兎に角、俺と君は強敵の遊撃だ。他の強者は兵を纏めて貰わねばならんからな」

「了解。先ずはこの醜愚な巨人からか」

「そろそろ痺れを切らすだろうからな。3セコンドでいくぞ」


 統利はその言葉に頷き、改めて長剣を構えなおす。

 ゲアハルトの言葉通り、いい加減憤怒が忍耐の限界に来たのだろう。寸前まで統利の魔力をあれ程警戒し近付こうともしなかったトロールが、理性の欠片ない表情で襲い掛かってくる。

 このあたり、トロールにとっては本能における恐怖の比重が低いのかもしれない。どうでもいいことではあるが。



「良いな? 3、2、1、行け!」


 ゲアハルトの合図と共に、二人は素早く右方に動いた。

 背後で二人を狙っていたトロール二体が相打つの音を聞きながら、統利は眼前のトロールが振り下ろす腕を断ち、心臓を突く。

 急所は人体と変わりなかったのか、胸より鮮血を撒き散らし倒れていく。


 先ずは一体。

 統利は行き着く暇なく、魔力で強化した足でそのトロールを蹴り飛ばし、その隣にいたトロールへとぶつけ、動きを阻害させる。


「はっ!」


 蹴り飛ばしたトロールの死体を足場に、同胞の死体に邪魔され、動きが一瞬停止したトロールの上空に飛び上がる。

 そのまま宙で一回転し、落ちる勢いのままにトロールを両断した。


「何ともアクロバティックな体術だな」


 声に振り返ると、其処には血糊の付いた戦槌を地面に下ろし、此方を見ているゲアハルトの姿があった。

 彼の後方には、トロール六体の屍骸。その内二体は相打ちだとしても、統利が二体斃している間に、ゲアハルトはその倍の数のトロールを葬ったと言うのか。


「ゲアハルトこそ、流石はギルドマスターと言ったところか」

「なに、攻撃に定評があってな。巨人の末裔と言えど、鈍重な下等種など相手にならんよ。

 ふむ、如何やら他に然程難敵もいないようだな。……良し。トーリ、右翼を頼む。俺は左翼を支えよう」

「中央は?」

「両翼で余裕が出来た分を回す」

『主。早速右翼が崩れかけておるぞ』

『何? ――分かった。折角の機会だ、もう少し魔術に慣れておくとするか』

「了解した、ゲアハルト。戦が終わったらまた会おう――【跳躍】」


 視界が歪む。次の瞬間には、統利の体は先程居た場所よりも遠く、魔物の密集した場にあった。

 統利が転移してきたことに気づいた魔物が、その爪牙を持って襲い来る。


「さて……、先ずは小手調べといくか」


 その言葉と共に赤炎が巻き起こり、魔物を飲み込んでいく。

 炎が消えた後には、黒く炭化した魔物の姿。自らが放った魔術の威力を見て、統利は口元を歪めた。


「素晴らしい。この魔導書、矢張り手に入れて正解だった。感謝するぞ、メフィスト」

『主には、精々我を楽しませてもらわねばならぬからな、当然のことよ』

「ふ……、続けていくぞ。墜ちろ、神の怒りよ」


 鳴り響くは、轟音を超えた爆音。魔術によって生み出された暗雲より、無数の雷霆が降り注ぐ。

 それは以前統利がゴブリンに用いたものと、どれ程威力に差異があったのだろうか。雷の圧倒的なエナジーを前に身を晒し、焼ける前に粉微塵と散った魔物。魔物を砕いた勢いのまま、諸共に穿たれた大地がそれを見るものに知らしめる。


 統利の猛攻は、然しそれでは終わらない。身体を強化し、疾風の如き速度で魔物を両断していく。

 元より、戦いのセンスはあったのだ。自身を害そうとする『敵』を排除するために、何時実るとも知れぬ不断の修練を積んできた統利が、魔術と言う新たな力を使いこなせば、この程度造作も無いことであろう。


 統利がその力を存分に振るい、魔物を屠っていると、後方、戦場の左翼より、先の雷にも匹敵する轟音が空気を揺らした。


 振り返れば、遠目にも分かるほどに打ち上げられた複数の魔物。位置からして、それを為したのはゲアハルトだろう。

 果たして何を如何のようにすれば、あれ程のことが出来るのか。


 如何に比類なき力を手にした統利とはいえど、所詮はこの地に到るまで実践の一つも経験したことのない日本人だ。実戦にて技を磨いたであろうゲアハルトと比べれば、数段劣る。

 流石はガラドヘイム傭兵ギルドのギルドマスター。鉄鎚ゴッドハンマーの名は伊達ではないと言うことか。


「流石……! 此方も負けては―――!?」


 渾身の魔力を集め、いざ魔術を放たんとした統利だが、その攻撃は突如響いた鬨の声に中断を余儀なくされた。


「何? 増援が来たのか!?」

『そのようだ』


 鬨の声と共に、戦場になだれ込んで来たその集団は、瞬く間に魔物の群を蹂躙して行く。

 見れば、それが国旗なのであろう、その集団は一角獣と白鷺の描かれた旗を掲げている。

 彼らが身に付けた鎧や、魔物を両断してゆくその剣は、仄かな光に包まれ、それが魔術にて鍛たれた業物であると誇示していた。


 その武装だけでなく、それを扱う戦士もまた一流。彼らの武勇と、援軍が来たことによって再び士気を奮起させた傭兵たちにより、戦線は徐々に押し戻され、ガラドヘイムの防衛戦は魔物の殲滅戦へと移ろいでいく。


 統利もまた、遅れじと魔物を一掃する。

 戦場の流れは完全に人間側へと移り、既に魔物側に挽回の機会は無くなっていた。死を逃れようと、戦場から逃走する魔物すら逃さず、傭兵と国軍はその一体までをも狩りつくしていった。



§



「終わったか」


 死屍累々と横たわる戦場跡に、統利は剣に付着した血脂を拭いながら、誰とも無く呟いた。

 その呟きに答えるでもなく、ゲアハルトが話しかけてくる。


「よくやってくれた、トーリ。君が来てくれねば、援軍到着まで持ちこたえられなかったやも知れん。ガラドヘイム一同を代して、礼を言わせてもらう」

「あんたこそ、面白いくらいに魔物が宙に舞っていたじゃないか。一体何やったんだ?」

「ふ……。何、君が来てくれたおかげで、力を温存しておく必要もなくなったからな。存分に鎚を振るわせてもらったよ」


 そう言って、ゲアハルトは豪快に笑った。

 それを呆れた様に眺めながら、統利はため息を吐いた。


「で、これから如何するんだ? 一応こっちの勝ちだが、黒幕の正体は分からず、加えて、受けた被害も尋常じゃあないだろう」

「王政府も、十分な支援を約束してくれている。幸いにして、街そのものの被害は極軽微だからな、如何とでもなるだろう。取り敢えずは――」

「取り敢えずは?」


 言葉を反復する統利に、ゲアハルトは周囲に散乱する魔物や傭兵の死体を指し、苦笑しながら答えた。


「戦場の後片付けと行こうか」

「……了解した」


 鉄鎚を肩に掲げ、先ず街の周辺の死体を片付けようとしている国軍と傭兵に近付くゲアハルトに、統利は剣を収め、その後を追ってガラドヘイムへと歩いていった。




To Be Continued

 主人公ターンの筈が、何故かゲアハルト無双になってしまいました。然し本当に何者だゲアハルト。最初はモブキャラのつもりだったのに、真坂此処まで強くなるとは……。


 さて、散々引っ張った挙句、あっさりと終わってしまいましたが、これ以上書けそうに無いので、ご勘弁を願います。

 一応この後、ガラドヘイム編のエピローグを挟んで、予定通り冒険の旅にでも出すつもりです。もしかすると、その前にもう一話挟むかもしれませんが。

 取り敢えず、次話がどうなるか不明なので予告は無しで。


 其れでは皆さん、又次話お会い出来ますことを祈って。

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