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第一章:第八節 決戦(前)

「このエリアはこれで終わりか……」


 ドンッ、と巨大な戦槌バトルハンマーを地面に置き、屈強な体の戦士は呟いた。


 彼の名はゲアハルト・シュタイナー。ガラドヘイム傭兵ギルドの長であり、自身も鉄槌の(ゴッドハンマー)ゲアハルトの異名をとるつわものだ。


 ゲアハルトは、討伐隊を率いて最前線で戦っていた。

 今も、襲い来るトロール三体を始末したばかりだ。これで、幻魔の森のこのエリアに居た魔物はあらかた片付いた。

 だが、順調に作戦が進んでいると言うのに、ゲアハルトの表情は暗いままだ。


 ここに来るまでに死傷者が出たから、ではない。

 いや、確かにそれもある。だが、魔物の巣窟に乗り込む以上、この程度の損害は折込み済みだ。

 ゲアハルトとて歴戦の古兵ふるつわもの。事前に予想出来ていたのだから、その程度で戦場の只中にて感情を揺らすことは無い。


 ゲアハルトの悩みは、この森に入ってから感じていた、奇妙な違和感に起因する。


(何故だ? 予想より魔物が弱い)


 広大な幻魔の森は、森の奥に行くほど生息する魔物の種類も増え、魔物の能力も幾何級数的に強くなっていく。

 故に事前の作戦会議での、このエリアの魔物掃討時点での死傷者の数は、討伐隊全体の三分の一を越えると予想された。

 然し、いざ此処に来て見れば、討伐隊の損害は予想されていた数の八割にも満たない。


 ゲアハルトからしてみれば、予想されていた損害ですら、楽観視しすぎていると思っていた。だと言うのに、実際の損害は予想を遥か下回っていたのだ。

 つまりそれは、幻魔の森にて戦った魔物が、それだけ予想と比して弱かったと言う事。


 有り得ない--、と思う。


 ゲアハルト達が敵を過大評価しすぎていた―――訳では無い。

 幻魔の森への討伐隊を結成する事になった経緯を考えるなら、それは当然の事だ。寧ろ、それでも未だ相手を過小評価していると言われても、何ら不思議ではない。

 だからこそ、予想より損害が少なかった事に対する安堵よりも、不自然に弱かった魔物に不気味さを感じてしまう。


「だが、魔物そのものの能力が落ちている訳ではないな。矢張り、あの時の魔物の強さが異常すぎただけか? --否、それだけならばこの作戦、此処まで苦戦する事も無かったか……」


 どれだけ考えても答えが出ない。--いや、もとよりイレギュラーな出来事だった以上、判断要素が少ない現状で、幾ら考えようとも答えが出るはずも無い。

 せめて、もう少し事態を調べる時間があればよかったのだが。


(答えが出ない以上、考えても無駄か。気にしすぎて、戦闘に差し障っても問題だな。頭の片隅にでもとどめておけばよいか)


 ふう、と溜め息を吐き、思考を切り替える。

 今はとにかく体を休めるのが先決だ。まだ戦いは終わっては居ないのだから。



Side レイル



 周りの傭兵達は、ほぼ例外なく顔に疲労の色を見せている。何れ劣らぬ歴戦の戦士達だろうが、こう連戦が続けば、流石に作戦開始時の勢いも失せると言うものか。


 フィエナ達もその例に漏れず、一様に疲労で顔色が悪い。

 何時もは騒がしいジーンですら、先ほどから一言も喋ってはいないのだから、討伐隊の疲労の度合いが良く分かる。


「……なあ、レイル。目標地点まで後どれくらいだ?」

「このエリアまで来ると、後は---およそ十ケイメルトル位か?」

「マジかよ……」


 ジーンが呆然と呟く。此処まで来るのにも、かなりの労力を要したのだ。

 精霊魔術は先の【精霊憑依】の反動の影響で使えず、魔力も底をつきかけている。連戦のせいで体力も限界が近い。なのに、後十ケイメルトルも有るという。


「また戦闘しながらだろ。無理じゃねえか?」

「流石に今日はもう進まないだろう。結界で安全を確保した後に、このエリアでキャンプじゃないか?」


 このまま進めば、高確率で全滅しかねない。元より、一日では終わらないだろうと予想されていたのだ。討伐隊の疲労を考えても、今日の進攻はここで止めるべきだろう。


 レイルのその予想を聞き、ジーンが安堵の息を漏らす。


「でも、これだけ戦力を投入して、ガラドヘイムの方は大丈夫なのかしら? 別ルートで魔物が襲撃してたら危ないんじゃ……」


 ふと思いついたようにサーシャが呟く。

 実際、ガラドヘイムに残っている戦力は、街の警備隊と討伐隊に参加しなかった、或いは参加できなかった傭兵たちだけだ。

 とは言え、ガラドヘイム警備隊とてそれなりの実力はある。そうむざむざと魔物にやられはしないだろう。


「傭兵の方はどうかは知らんが、ガラドヘイム警備隊でも梃子摺るような魔物なら、保有魔力のせいで討伐隊に気付かれずに幻魔の森を抜けるのは無理だろう。そんなに心配する事も無いと思うが」

「それは--―確かにそうね。どの道心配した所で、私たちに何が出来るでもないし」

「そう言う事だ」


 とは言え、確かにそれは気になる。この作戦の元が元だけに、それも有り得ないとは言えないのだ。

 最も、だからといってレイル達に何か出来るというわけでもないが。


 その可能性についてレイルが黙考していると、少し離れた場所が騒がしいのに気付く。

 周りに目を向けると、ゲアハルトが誰かと話しているのが見えた。他の討伐隊の者たちも、何事かとそちらに目を向けている。


「馬鹿な……! 我々の目を潜り抜けてガラドヘイムを襲撃するとは--」

「如何します? これが事実なら、警備隊では荷が勝ち過ぎるかと」

「決まっている。街へ戻るぞ」

「宜しいので?」

「事が事だからな。---聞け! 討伐隊の勇者たちよ! 先ほど、ガラドヘイムから連絡が入った。幻魔の森に棲息する魔物が一体、ガラドヘイムを襲撃したそうだ。無論、警備隊がすぐさま迎撃に入ったそうだが--」


 そこで一旦言葉を切り、討伐隊を見回した。レイル達も含めて、それが如何したのかと言いたげな表情をしている。


「--恐らくはそう持たないだろう。否、既に壊滅している可能性もある」


 傭兵達に驚愕が広がる。当然だ。討伐隊に気付かれない程度の低級な魔物に、ガラドヘイム警備隊が敗北を喫する等と、誰が想像出来ようか。


「その--ガラドヘイムを襲撃した魔物とは?」


 誰かがゲオハルトに問い掛ける。


「…………オーガだ」

「『ッ!?』」


 先ほど以上の驚愕が、傭兵達を襲った。


 オーガ。

 並み居る魔物の中でも上位に位置し、極めて稀少な部類に入るオーガ。その姿を実際に見たことがあるものは、彼等の中でも果たしてどれほど居ようか。


 しばしの静寂の後、討伐隊の傭兵達がゲオハルトを質問攻めにする。


「静まれい!!!」


 魔力の篭った一喝に、傭兵達が静まり返る。傭兵達が静かに自分へ注目しているのを確認し、ゲアハルトは話を再開した。


「何故―――、と思う気持ちはわかる。だがしかし、今はその様な問答を行っている時ではない。事は一刻を争うのだ。これより我等討伐隊は、作戦を中止、速やかにガラドヘイムヘと帰還する!」


 ゲアハルトの宣言。フィエナ達討伐隊は、其れに我知らず息を飲んだ。焦りの見え隠れする其の声色に、傭兵達は改めて事の重大さを理解する。

 歴戦の強兵たるゲアハルトが此れほど動揺するのだ、ガラドへイムが壊滅したかもしれないと言うのも、強ち只の比喩ではないのだろう。


 一瞬傭兵達の時が止まるが、流石プロというべきか、直ぐに我を取り戻し帰還の準備に入る。

 大して休息も得られなかったが、今は其れを気にしている時間はない。フィエナ達も、疲労の消えぬ体に鞭打って準備を進める。


「てか、オーガってマジかよ……。何で気づかなかったんだ?」

「矢張り誰かが事件の裏に居るのか? 転移門でも使えば、此方には気づかれずに済むか……。索敵特化の魔術師も居たのだがな」


 偶然見つからずに抜けた、などと言う事はまず有り得ない。加えて、ガラドヘイムを襲撃したのはオーガ一匹だけなのか、という問題もある。

 オーガだけでもかなり厄介だというのに、其れが数体、或いは他の魔物までもが居るとなれば、疲労した討伐隊では相手にならないかもしれない。


「そういえば……、トーリ君ってまだガラドヘイムに居るのかしら?」


 ぽつり、とサーシャが呟く。

 まだガラドヘイムに滞在する積もりのようだったが、だとすればオーガの襲撃に巻き込まれている可能性がある。


 フィエナが其の呟きを聞いて、はっと顔を上げる。

 よもやオーガに戦いを挑むなどという無茶はすまいが、狙われてしまえば逃げることも難しい。トーリはかなりの魔力を持っているため、其れが脅威と認識されてもおかしくはないのだ。


「だ、大丈夫でしょうか!? オーガと戦ったりなんかしたら――!」

「落ち着きなさい、フィエナ。あれ程の魔力を持っているのだから、逃げに徹すれば早々大事にはならないわよ」


 顔色を変えて詰め寄るフィエナを、サーシャが宥める。

 だが、確かに其れは心配ではある。なまじ強いからこそ、戦うという選択肢を選んでしまいかねない。

 とはいえ、昨日のトーリの様子からすれば、其の可能性もそう高くはないだろうが。ただ、万が一という事もある。


 レイルは頭を振り、其の思考を打ち消した。このまま思考を続けていても、碌な考えしか浮かぶまい。元より幾ら考えても詮無い事だ。その様なことよりも、今は目先に集中すべきだろう。


 キャンプを張る前だったため、出立の準備にはさほど時間はかからない。他の傭兵達も準備は終わり、ゲアハルトの言葉を待っている。


 一通りの準備が終わったのを確認して、ゲアハルトが号令をかける。其の言葉と同時に、集団は一斉にガラドヘイムへと向かって行軍していく。


 レイルたちもまた、其れに遅れないようにと足早に歩き出した。

 石の街と、其処で出会った一人の少年の無事を願いながら。



Side unknown



 自らの下方を武装した集団が駆けていくのを、其の人影は眺めていた。ローブから覗いた口元には、愉悦の微笑が浮かんでいる。


「如何やら、オーガが既に斃された事までは知らないようだね」


 其れもつい先ほどの事。寧ろ知っている方が不自然ではあるのだが、よもやあれ程容易くオーガが斃されるとは想像の埒外であったため、もしやとの不安が有ったのだ。


 何せ、疲労した討伐隊をガラドヘイムへと撤退させるのが本来の目的とはいえ、ガラドヘイムを堕とすつもりで仕掛けたことであった。其の為に、苦労してオーガをガラドヘイム近隣に転移させたのだ。

 然し、実際は只一人の少年に斃されてしまった。其れも、其の少年に大傷の一つも与える事無くだ。


「転移門を破壊した時から目はつけていたけど、あれは驚いたな。単純な戦闘能力だけなら、オーガが勝っていた筈なんだけどね。殺し合いの才能でも有るのかな?」


 討伐隊の行軍を眺めながら、人影は独白を続ける。


「クス……。契約者というのも、中々に底の知れない。まだまだ遊べそうだ。――さしあたっては、今回の実験を終わらせるとしようか。其の後に挨拶に行こう。うん、其れが良い」


 其の言葉とともに、人影が空の赤に融けてゆく。

 全くの無詠唱での転移魔術を行使した人影は、其の姿が完全に消え行く前に、眼下の集団の中の一人に目を向けた。


「君も因子の一つだ。精々彼と仲良くしてあげてくれ」


 そして人影は其の姿を消した。



Side フィエナ



「?」


 ふと、違和感を感じて頭上を見上げる。だが、其処には沈みかけた日によって赤々と染まる空のみがあった。

 気のせいだったかと、フィエナは顔を戻す。矢張り疲れているのだろう。まともに休むことも出来なかったのだから、其れも仕方のないことではあるが。


「フィエナ。どうかしたの?」

「ん、なんでもないよ。大丈夫」

「そう? ちゃんとした休憩も出来なかったから、あまり無茶はだめよ?」


 フィエナの言葉に、不思議そうにしながらも特に疑問にも思わなかったのか、それ以上は追求せずにフィエナの体力を心配するサーシャ。


「わかってる。ありがとう、サーシャ」

「どういたしまして」


 其れから誰一人と喋る事無く、討伐隊は森を進んでいく。

 フィエナも、逸る心を抑えながら、魔力の回復に努めている。動きながらでは、大した回復は見込めまいが、其れでも万が一の時には足しにはなろう。


(トーリさん、ガラドヘイムの皆、どうか私たちが到着するまで無事でいて!)

「おい、森の出口だ! ガラドヘイムはもう直ぐだぞ!」

「!?」


 先頭を行く誰かの声が届き、討伐隊は知らずと其の速度を上げていく。


 ガラドヘイムはどうなったのか? あの街はまだ残っているのか? それともオーガに蹂躙されつくしたのか?

 討伐隊の誰もが、ガラドヘイムが近づくにつれ、其の不安を隠せなくなっていく。フィエナもまた、疲労だけではない心臓の動機に、押しつぶされそうになっていた。


 ガラドヘイムの門に着いても、普段なら居るはずの門番たちの姿が見えない。幻魔の森方面のこの門に誰も居ないなど、まず有り得ない事だ。


「止まれ! ベルディオ、索敵を頼む」

「了解しました」


 ゲオハルトの命に、ガラドヘイムギルド専属魔術師、ベルディオ・ディルベインが詠唱を開始する。補助魔術に特化した彼ならば、ガラドヘイム全体を調べることが出来るだろう。

 討伐隊の傭兵は、焦燥を抑えながら結果を待つ。


 数分にも感じられた数秒の後、ベルディオから発せられていた魔力が収まっていった。ガラドヘイムの探索が終わったのだろう。


「ベルディオ、結果は?」

「―――オーガは居ません。その他の魔物の存在も感知できませんでした」

「敵が居ない? ……まさか、既に手遅れだったのか!?」


 ゲアハルトが声を荒げながらベルディオに詰め寄ると、周囲の傭兵たちが騒ぎ出した。

 ベルディオは片手を挙げて其れを沈め、ゲアハルトの言を否定する。


「いえ。すみません、言葉が足りなかったようですね。正しくは、”生きた”魔物の存在は感知できません、ですね。――警備隊の修練所に、件のオーガの死体らしき物を感知しました。如何やら、我々が戻るまでもなく、既に誰かが斃してしまっていたようですね。其れなりに被害はありますが、ガラドヘイム住民の無事も確認しました」

「『ッ!?!?』」

「……どういうことだ、其れは? オーガを斃せるものが、この街に残っていたと言うのか?」

「落ち着いてください。今から、私が感知した全てをお話します」


 そう言ってベルディオは説明を始める。


 まず最初に彼が感知したのは、ガラドヘイムの住民たちだった。負傷者や、少数ながら死者も出たものの、彼らの殆どは既に日常生活に戻り始めていたという。

 そして次に、件のオーガの捜索を始めたベルディオは、ガラドヘイム警備隊本部の修練所に其の死体を発見する。ただ、大通りの一角に戦闘の跡と、膨大な血液を処理する住民たちの姿があったことから、戦闘後に死体を移動させたものだろうとの事。


 其れを聞きながら、フィエナ達四人は『オーガを斃したもの』について密かに話し合う。


「オーガを斃した者。一人だけ心当たりがあるのだが」

「奇遇だな、俺もだよ」


 何処か難しげな顔で呟くレイルとジーン。フィエナにも一人、其の心当たりはあった。

 己を盗賊に荷を取られた旅人と言いながら、大陸最強クラスの魔人にも匹敵しよう魔力を持ち、単独でトロールを撃破することが出来る少年。トーリ・シジョウと名乗った彼ならば、或いはオーガすら斃せるかもしれない。


「やっぱり、トーリ君なのかしら?」

「警備隊では話にならん。ランクの高い傭兵は討伐隊に。ならば、俺たちが知っている限りではトーリが最も可能性が高いな」

「……でも、トーリさんがオーガと戦ったりするでしょうか?」


 そう、疑問なのはそこだ。如何に魔力量が多くとも、其れを使いこなせていなければ意味は無い上、オーガ自体に魔術が通用しにくいと言うこともある。そもそも、死を極端に忌避するトーリが、態々そんな相手と戦うだろうか?

 否、普通は逃げるだろう。トーリでなくとも、其れは変わらないはずである。基本的に、どんな強者であってもオーガとの戦いは避けようとするものだ。

 戦闘において重要なファクターである魔術が効かないのだから、其れは当然のことと言える。


 実際のトーリの強さがどれほどのものかは分からないが、あの歳でオーガに対して一方的な戦闘を挑めるほど強いとは思いがたい。

 ならば、持ちうる全力を持って戦闘を回避、ガラドヘイムからの離脱を行うのではないだろうか?


「逃げる隙無く襲われたって事もあんだろうけどよ、あれほどの魔力があって魔術が使えるなら、オーガから逃げんのは難しくないはずだしな」

「ベルディオならば、トーリの魔力を感知できるだろうが、―――ああ、如何やら分からなかったようだな。何れにせよ、直ぐに分かることだ。可能性としてゲアハルトに報告しておけばいい」


 ベルディオの説明が終わったのを見て、レイルが話を切り上げる。其れと同時に、ゲアハルトの号令がかかり、フィエナ達も注目する。


「如何やら、最悪の事態は避けられたようだ。これより、俺とベルディオはオーガの死体を確認しに行く。ガラドヘイムギルド専属傭兵は本部に戻り、状況確認後ガラドヘイムの機能復帰を行え。それ以外は警備隊に変わり周囲警戒を頼む」


 其れを聞いた傭兵たちは、速やかに行動していく。そんな中、警備隊の修練所へ行こうとしていたゲアハルトに、フィエナ達は話しかけた。


「あの……」

「ん? なんだ、お前たちか。先も言ったとおり、警備隊の代わりに周囲警戒を頼むぞ」

「其のことなのですが――、オーガを斃した者、我々に一人心当たりがあります」

「……何?」

「ほう――、其れは興味深い」


 萎縮したフィエナの代わりにレイルが口にした内容を聞き、ゲアハルトとベルディオは驚愕に目を開いた。


「我々が先日知り合った一人の少年――昨日ギルドで傭兵登録したばかりなのですが――、彼は単独でトロールを撃破しています。また、その身に宿す魔力も膨大なもの。可能性は有るかと」

「その話は聞いたことがありますね。初期ランクがBの期待の新人。ほら、昨日観測された魔力の持ち主ですよ。報告は上げたと思いますが」

「ああ、あの――。成る程…………確かに残員を考えると…………そうなるか。良いだろう、お前たちも共に来い。事実の確認が必要だ」

「了解しました。皆も其れでかまわないな?」

「はい、大丈夫です」


 レイルの確認に、三人を代表してフィエナが答える。これで、トーリの安否も直ぐに分かるだろう。

 再び修練所に向かうゲアハルトとベルディオに続き、フィエナ達も歩き出した。



Side ゲアハルト



 トーリ・シジョウ。男性。十六歳。赤黒い刀身の長剣を武器にする。ギルド登録時の初期ランクはB。出身地不明。


 ゲアハルトの知っているトーリ・シジョウの情報である。これに加えて、未確認では有るが魔人である可能性も高い。トロールを単独で撃破したと言うのだから、恐らくは事実なのであろうが。


(然し、出身地不明と言うのはな……。あれほどの魔力を持ち、噂に上がらない筈も無いが)


 魔力を抑えていたとしても、生まれた時より其れが出来た訳では有るまい。或いは、余程の辺境の出身なのか。

 オーガを斃したのが彼ならば、その力も含めて確かめる必要がありそうだ。―――無論、生きていればではあるが。


 だが、街の被害を見る限り、戦闘そのものは短時間で終わったようだ。人的被害は兎も角、倒壊した建物も少ない。短期でオーガを斃したのなら、トーリ・シジョウが死亡している可能性も低いだろう。


「所でゲアハルト。オーガの死体を確認するのは結構なのですが、此れからの事についてはどの様に考えているのですか?」

「街が健在であったのは幸いだが、魔物の討伐は中断したからな。今からもう一度、と言うわけにもいかない以上、あちらの出方を待つしかあるまい」


 戦力の建て直しも急務であるし、警備隊がほぼ全滅した以上、ゲアハルトら傭兵が街を離れるわけにもいかない。


「黒幕さえ姿を見せてくれれば、どうとでもなるのだがな」

「前も同じような事言っていませんでしたか? まあ、気持ちは分かりますが」

「ままならんな……」


 その対策に追われるであろう事を想像すると、頭が痛くなる。王都にも救援は頼んだものの、距離を考えると、余り当てには出来ない。

 其れを考えると、オーガを斃した可能性のあるトーリ・シジョウの協力は是非とも得たいものだが――


「おや。着いたようですよ、ゲアハルト」

「――む? そうか。なら、先ず件のオーガを確認した後に、オーガを斃した者について聞くとしよう」

「了解しました。ファーリエルさんたちもそれで宜しいですか?」


 何か思うところでもあったのか、此処に来るまで終始無言であったフィエナ達が、ベルディオの言葉にうなずくのを確認し、ゲアハルトは警備隊本部へと入っていく。


 既に連絡が行っていたのか、本部内へ入って直ぐに警備隊の非戦闘員が二人、ゲアハルトたちを迎えた。

 その二人に事情を話す間こそあれ、ゲアハルトら六人はオーガの死体が置かれている裏の修練所へと案内される。


 修練所に近づくにつれ、えもいわれぬ異臭が漂ってくる。恐らくは、オーガの死体の腐臭。夏場ゆえか、只でさえ朽ちるのが早い下等巨人種の腐敗速度は、より増しているようだ。


 それにしても臭い。余りこういった事に慣れていなさそうなフィエナは、特に顔色がわるく、今にも嘔吐しそうなほどだ。


「フィエナ・ファーリエル。辛いのなら、本部の一室で待っているが良い。どの道、君たちにはオーガを見てもらったところで大して意味は無いからな」

「……済みません。お言葉に甘えさせていただきます」


 辛うじて、と言った体で細々と呟く。慣れていなければ、大の大人でさえ耐えられないであろうその異臭に、未だ耐えていられるのは賞賛に値するが、これ以上は流石に無理であろう。


「私も一緒に行くわ。こんな状態のフィエナを一人には出来ないもの」

「分かった。そっちの君、彼女たちを臭いの届かない部屋に案内してやってくれ」

「了解しました」


 フィエナ達が来た道を戻っていくのを見送った後、再び修練所に向かって歩き出す。


「……所で、今警備隊で動けるのは何人だ?」

「戦闘要員は、オーガによってほぼ全滅させられましたから……。そうですね、戦えるのは無理しても十人前後かと」


 非戦闘員を除いた警備隊の総数が、確か三十人前後だったか。戦える十人と言うのも比較的軽傷だったと言うだけで、実際はまともな戦力としては数えれまい。

 魔物相手には傭兵が居るため、警備隊は対人に特化していたのが仇となったか。警備隊も決して弱くは無いが、相手にダメージが無いのだからどうしようもない。


 魔物が徒党を組んで襲撃してきた場合、実に遺憾な事態に陥ることは想像に難くない。

 其処を如何するかがゲアハルトの腕の見せ所なのだろうが、正直一介の傭兵風情にどうにかできる状況では、既に無くなっている。大体、ゲアハルトは大規模戦での指揮を執った経験など、数えるほども無い。だというのに、一体神は何をお考えなのか。


 防衛の要所にある要塞にも匹敵する堅牢さを誇るこの街だが、オーガの件は別としても、はてして魔物相手に持ちこたえられるものだろうか。


「ああ、着きましたよ」


 考え込むゲアハルトを、修練所への到着を知らせる警備兵の声が、現実へと引き返させる。

 顔を上げれば、目の前には修練所への扉。ゲアハルトですら、其処から漂う悪臭には顔を顰めずにはいられない。


「氷結系の魔術が得意な奴は居なかったのか? 流石にこれは……」

「はは……。腕利きの魔術師は、殆んどが討伐隊に参加してしまいましたから……」


 苦笑する警備兵に、ゲアハルトはため息で返す。

 正直な話、今すぐ回れ右して無事だった酒場で一杯やりたい所だが、ギルドの長としての義務を放棄するわけにも行かない。


 事が片付いたら、秘蔵の火酒ウォッカでオーガの腐臭を記憶から洗い流そうと心に誓いながら、ゲアハルトは扉を押し開いた。


「うっ……」

「これは……」

「何ともはや……」

「臭せぇ……」


 一度この臭いを嗅いだであろう案内の警備兵を除き、ゲアハルトら四人は顔を顰め、鼻を押さえる。

 その悪臭に引き返そうとする我が足を懸命に抑えながら、ゲアハルトは修練所の中央へと歩みを進めた。


 其処に鎮座するのは、無造作に放り捨てられた悪臭を放つ二つの肉塊。袈裟懸けに体を両断されたオーガの死体は、既に表皮の大部分が腐食し、かくもグロテスクな異様を見せていた。


「ベルディオ?」

「ええ……。あれで間違いありません。袈裟懸けに一太刀で両断されていますね……。一体どれ程の業物を持っているのでしょうか、シジョウ・トーリは」


 ゲアハルトとて、オーガ一匹の単独撃破など然程苦労もせずに行えようが、成る程、只の一撃でその命を刈り取るなど、ゲアハルトですら困難な絶技だ。


「此れを殺った者の名は分かるか?」

「いえ、見ていた者の話によると、オーガを斃して直ぐに気を失ったそうですから。只、赤黒い長剣持っていた黒髪黒目の少年だと言うことは確認しています」


 赤黒い長剣に黒髪黒目の少年。確かに其れは、トーリ・シジョウの特徴に一致する。


「では、その他に何か特徴は?」

「そうですね……。他の特徴となると、黒いフードを身につけていたというくらいしか……。ああ、そう言えば、この大陸では見たことの無い素材で作られた、変わった服を着ていました」

「黒いフードは知りませんが、トーリが変わった服を着ていたのは確かです。恐らくトーリで間違いないかと」


 警備兵から特徴を聞き、トーリ・シジョウ本人で間違いないと断言するレイル。隣のジーンも其れに同意するかのように頷いている。


「その者は今何処に?」

「外傷は無かったので、彼の泊まっている宿に運ばれたはずですが。すみません、何分後始末に気を取られていまして、どの宿かまでは……」

「否、かまわない。今の話で大体の目星は付いたのでな、君たちは君たちの職務を果たしてくれ」


 そう言いながらレイルとジーンの二人に目を向けると、彼等は委細承知とばかりに頷いた。

 その宿を知っている、否、同じ宿に泊まっていると言うことだろう。ならば、後は彼等に案内を任せればいい。


「良し、では彼に会いに行くとしようか。二人とも、案内を頼む。それとベルディオ、序でに此れを事が終わるまで何とかしろ。臭くて堪らん」

「了解しました。凍て付け(コンゲリート)、悠久の刻より外れ其の身を留めよ」


 ベルディオの唱えた呪文に呼応し、オーガの死体が巨大な氷に包まれていく。

 生体ほどではないとはいえ、魔術に掛かりにくいオーガを、此れほど容易く凍らせることが出来るのだから、ベルディオの卓越した技量が伺える。


 完全に氷棺に封じられ、悪臭を外に放つことのなくなったオーガの死体を満足そうに眺めた後、ゲアハルトはレイルとジーンを促し修練所の出口へと歩いてった。



continues to 第一章:第八節 決戦(後)

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