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知らない体

目を覚ました瞬間、違和感があった。

思うように息が吸えない。胸がひどく重い。

——こんなにも、体は重かっただろうか。


見知らぬ天井が視界に広がる。

触れたシーツはやけに柔らかく、妙に落ち着かない。


——ここは、どこだ。


コンコンコン、と控えめなノックが響いた。


「失礼いたします」

扉が静かに開き、使用人と思しき男が入ってくる。


「リオルド様、おはようございます。御加減はいかがでしょうか」


——リオルド? 誰だ、それは。


体はじっとりと汗ばんでいる。呼吸も浅い。


「……お、れ……だれ……」

声を出そうとしても、喉が焼けつくように痛む。まともに言葉にならなかった。


男が大きな窓を開ける。

差し込んだ光に、思わず目を細めた。


眩しさを遮るように手をかざして——


……まて。


俺の手は、こんなにも小さかったか?


かつては豆だらけだったはずの手は、

何事もなかったかのように滑らかで、白い。


——なんだ、これは。


おい……まさか、夢か。

それとも、死の間際に見るという走馬灯か。


そのとき、不意に——


鉄のぶつかる音が、頭の奥で響いた。

火花。怒号。血の匂い。

振り下ろされる剣。

受けきれず、崩れる体。


——ああ、そうだ。

俺は、あの戦場で——


「リオルド様? どうされました?」

男の声に、意識が引き戻される。


「……いや、なんでもない」

かすれた声が喉を擦り、思わず小さく咳き込んだ。

思うように体を動かせない。


男は心配そうに眉を寄せ、そっと額に手を当ててくる。

「熱は……少し下がりましたね」

——熱?


「まずは水を飲みましょうか」


体をそっと支えられ、わずかに傾けられる。

口元に運ばれた水を、少しずつ流し込まれた。


——冷たい。


乾いていた喉が、ようやく潤う。

ひとつ、息をついて。


……さっきから、気になっていたことがある。


「——リオルドって、誰だ?」


男の動きが、ぴたりと止まった。


「……え?」


信じられないものを見るように、こちらを見つめてくる。


「リオルド様……? 何を、おっしゃって……」

その声は、明らかに動揺していた。


「……だから、知らないんだ。俺は——」

言いかけた瞬間、男の顔色がみるみる青ざめていく。


「っ、医師を! 誰か、医師をお呼びしろ!!」

扉の外へ向かって、男が声を張り上げた。


慌ただしい足音が、廊下に響いていく。


——なんだ、これは。

ただ名前を聞いただけだろうが。


頭が、ひどく重い。

意識が、引きずり込まれるように沈んでいく。視界がぐらりと揺れて——


「リオルド様!?」


誰かの声が遠ざかっていく。

それを最後に、意識は途切れた。




——重たい意識が、ゆっくりと浮かび上がる。

ぼんやりとした視界の中、天井が再び映り込んだ。


「……っ」

小さく息を吸う。さっきよりは、いくらか楽だ。


「リオルド様!」

焦った声が耳に届く。


視線を向ければ、先ほどの男と——もう一人。

白い髭を蓄えた老人が、こちらを覗き込んでいた。


「目を覚まされましたか」

落ち着いた声でそう告げるその男は、どこか医者のような雰囲気を纏っている。


「ご自身の名前は、分かりますかな」

問われて、言葉に詰まる。


——分かるはずがない。

一度、息を吐く。


「……そいつが、リオルドって呼んでいた」

視線で使用人を示しながら、続ける。


「それより——ここはどこだ?」

老人は一瞬だけ目を見開き、すぐに表情を引き締めた。

その隣で——

使用人の男が、わずかによろめく。


「……っ」

何かを言いかけて、言葉にならないまま口を閉ざした。


「……ここは、セレスティア王国の王城」

セレスティア——どこかで聞いたことのある国だ。


「そしてあなた様は——リオルド・セレスティア殿下であらせまする」


——俺が、皇子?

そんな馬鹿な。


俺はただの騎士だったはずだ。

剣を振るい、泥にまみれて、ただ生き延びるために戦っていた——


それなのに。

目に映るこの体は、どう見ても。


——知らない体だった。

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